別れの前に
テオルに継承する役割と箱のことについて詳しく聞きたかったのだが就寝の時間だと使用人が迎えに来たので話は中断してしまった。
だが、俺が一人の時間に来たということは、俺が箱を持っている事に気が付いていたと考える方が良さそうだな。
残念ながら箱の事も公爵家の役割についても何も知らなかったわけだが、それも伝わってしまったことだろう。
無責任な俺に彼は失望したのかな。
けれど俺は自分の決めたことは変えるつもりはない。
それと彼の能力が継承した力というのは真実を見抜くというものじゃないかと予想している。これは聞いても答えてもらえるかはわからないが。
出来ることなら役割を持った貴族の家の数やその役割について教えてもらいたい。そのどれかが我が家の役割なんだろうからね。
そして今まで公爵家から何の連絡もないという事は箱の中身を使う予定はまだないという事だ。グラード団長なら俺の居場所を探し出すことは簡単なはずだから。
俺は前世の記憶を書き綴っているノートを鞄の隠しポケットから取り出した。ノートは俺以外には読めないように前世の文字で書いてある。誰かに見られたら不審に思われるリスクは有るが仕方ない。
なんせこの世界に存在しない文字で書かれているのだ。よからぬことを企む者と疑われるかもしれない。俺自身はそういうの向いてないと思うけど。
忘れないうちにと、ノートに箱とそれを扱う者がいるという新しい情報を書き足してからベットで布団にくるまった。
翌日から早朝に庭で剣術の鍛練をし、午前中は街に行き、午後からはアルルとテオルと過ごすようになった。
アルルとはご令嬢の嗜みであるダンスの練習に付き合い、テオルには辺境伯領の外で見てきたことや聞いたことなどを話したり書庫で読書をして過ごした。
伯爵邸にお世話になって十日がたった。街で必要な物は買い足したし体のコンディションも整ったのでそろそろ旅立つことにし、夜伯爵に時間を取ってもらい報告とお礼を伝えに部屋を訪ねた。
「明日旅立とうと思います、お世話になりました」
「そうか、寂しくなるよ。アルルとテオルも寂しがるだろうな。今日まで二人の話し相手をしてくれてありがとう。私も息子がもうひとり増えたようで楽しかったよ」
「僕も皆さんと過ごした時間はとても楽しかったです。騎士のみなさんには訓練に参加させてもらい、今後の為にもなりました。ありがとうございました」
「うちの者達も君との訓練はためになったと言っていたよ。君の剣術は王都のものだろう?私もしばらく王都には行ってないが以前に行ったときに王宮の訓練場を見学したんだよ。いや、答えなくてもいいんだ」
バレていたんだ。ただ身分を隠しているために答えることはできないのが心苦しい。何も答えない俺に伯爵は優しく微笑んだ。そして何かを思い出したようだ。
「そういえば、君は王都で有名だと言う二人の天使を知っているかい?」
「いえ、残念ながら存じません……」
“二人の天使”なんて言葉を聞いたことがない。辺境伯でも知っているという有名な話題を知らないって俺の世界はどれだけ狭かったんだろう。
「そうか、有名だと聞いたんだが、貴族の間でだけなのかもしれないな。高位貴族の子息と令嬢で見目麗しいだけでなくとても優しく、聡明な方々と聞いていてね。王都の学園に入った時に学年が一緒になる娘と学友になってもらえたらよいと思っているんだ。私の領は危険な森に囲まれていて他家の同年代の貴族の子供達との交流もなかなかとれないから馴染めるか心配でね」
へえ、出来た方々なんだろうな。うちの天使もおっとりしていて人見知りなところがあるから馴染めるといいんだけど…。
「学園がどんなところかわからないのですが、アルルならきっと馴染めるんじゃないでしょうか。明るくて優しい女の子ですから。素直じゃないのでちょっとわかりにくいかもしれませんが細かい事にも気が付いて面倒見が良いですからね」
あ、最後はちょっと言い方悪かったかな。素直じゃないとか。でも伯爵はとてもうれしそうな顔をしていた。
実際、面倒見はいいのだ。俺やテオルに対してもだけれど、騎士の訓練を見に行ってけがの手当てをしたりタオルや飲み物を渡したりしていた。
「ありがとう、よく見てくれていたんだね。君の言葉を聞いて安心したよ。確かに少し素直じゃないよね、私はそれも可愛いと思っていたがそこが心配でもあったんだ」
アルルはツンデレだからな。そこがわかれば可愛いものだ。
「アランくん、もしまたこの地を訪れてくれたなら我が家に顔を見せに来てくれたまえ。また話ができることを楽しみにしているよ」
「はい、必ず」
「そうだ、このあとテオルの部屋に行って声を掛けてくれないかい。きっと君の助けになると思うから」
「わかりました。では、失礼します」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
伯爵の部屋を出てテオルの部屋を訪ねた。
「明日旅立つと聞いたから来てもらったんだ。アラン兄様に話さないといけない事と見せて欲しいものがあって」
「うん?」
「まずは、その仮面を外してもらっていい?」
テオルに言われるまま仮面を外す。
「これでいいかな?」
「うん、ちょっと見せてね」
テオルは俺の両頬に手をあてて目をじっと見つめ何かを覗きこんでいるようだ。どうしていいかわからないがとりあえず俺の方もテオルを見つめてみる。
「やっぱり……」
「え?」
「ねえ、アラン兄様はどうしても森へ行くの?」
「うん」
「それが兄様をひどく苦しめることになるとしても?」
「うん、行かないといけないんだ。絶対に守りたいものがあるから」
テオルに厳しい顔で見つめられ俺も真剣に答える。
「兄様を苦しめている呪いのことなんだけど、兄様にはきょうだいがいるよね。兄様の家はとても大きな役割を持っているんだ。だから目をつけられて、兄様が選ばれたんだ。……っ、だから呪われた」
俺が選ばれた……、テオルには何が見えるのだろうか。
「僕が継承した力は先見の力なんだ。遠い先の事は見えないけれど近しい先に起こることが見える。だけど、力はまだ馴染んでいないから不安定で全てとはいかないんだ。それから僕は真実が見えるというスキルを持っていて、こちらは生まれつきのものなのでしっかりと見えます」
あ、これ全てバレてるってやつね。
「けれど呪いのせいか兄様は他の人より見えにくいんだ。だから、先ほど言った呪われた理由は僕の憶測だけど、外れてはいないはずです」
「うん、ありがとう。それがわかっただけでも良かった。呪われたのが僕で良かった」
アデルにこの苦しみを味わせないで済むなら呪われたって構わない。だって俺はアデルの兄なんだから。いや、俺が弟だったとしてもきっと同じだ。俺が呪いを受けてそして絶対にアデルを助けてみせる。
「兄様は、強いです。僕も強くなりたい。兄様、僕に出来ることはあまりないかもしれない。でも、助言はできますので何度でも僕を訪ねて来てください。そしてその呪いに抗ってください」
「うん、ありがとう。心強いよ」
俺は今上手に笑えているだろうか。俺の事情を知ったテオルに力になってくれると言って貰えたことがすごくうれしかった。
俺より年下だけれど幼くして役割を継承してすでにそれを務めているテオル。この子に出会えて本当によかった。
翌日朝食を済ませた後伯爵家のみなさんに別れの挨拶をした。
テオルは心配そうな顔をしていたが最後のアドバイスをくれた。
「アラン兄様、見て、聞いたものを正しく判断して信じてね」
肝に銘じよう。
「次に会うまでには私のダンスはもっと上手になっているから、あなたも私についてこれるようにちゃんと練習しておきなさいよ。上手に踊れたらエスコートさせてあげてもいいわ。……あなたのダンス踊りやすくて楽しかったから」
アルルはプイッと顔は反らした。けれど耳が真っ赤になっているのが分かる。まったく、素直じゃないなぁ。
ありがたきお言葉をありがとうございます。俺も楽しかったよ。でも、エスコートは貴族のご子息にお願いして下さいね。アランでは社交の場には出られませんからね。
伯爵や騎士のみなさんはこれから異変の起きているイジムの村に調査に行くというので、お互いの無事を祈りながらお別れをした。
さて、覚悟を決めて始祖の森へ向かおうか。




