もう一つの悪夢
俺は同じ夢を転生してからずっと見続けてきた。目が覚めると内容を思い出すことができなかったが最近は夢の内容を忘れなくなっている。
あれはサイドストーリーで描かれていたアルバートの身に起きた事だ。
アルバートに転生したことで、前世の記憶が警鐘を鳴らして見せているのだろうか? それとも……。
始めはアルバートの目線でアルバートの体験を映像として見ている感じだったと思う。
けれど回数を重ねるごとにだんだんと自分自身の身に起きている出来事として感じはじめてきて、今ではもう悲しみも恐怖も怒りも自分のものになりつつある。
そのせいか目が覚めた時は顔は涙でぬれていて、全身には汗をぐっしょりとかいているし、息が上がっていて心臓は早鐘を打っている。
一時期は頻繁に夢を見ていたので、正直体がもたないのでこの夢をどうにかできないだろうかと真剣に悩んでいた。
それから困ったことに俺は夢にうなされていると叫び声をあげて暴れているらしく、目が覚めると心配した両親やアデル、使用人までが集まってきていた。
不思議なことにアデルが手を握ってくれるとそれだけで安心できて心を落ち着かせることが出来る。アデルはまさに天使だ。
とにかくあの夢を見ることは周りにも迷惑をかけてしまう厄介な事なのだ。
それなのに今日はうかつにも自分の部屋ではなく、王宮魔法師団の団長室で眠ってしまい、運の悪い事にそこであの夢を見てしまった。王宮騎士団の訓練に参加して疲れてしまったせいなんだろうけれど失態だった。
両親もアデルもいなかったので目が覚めるのが遅かったせいか、あれが夢だったと気付くまでに時間がかかっり、何も知らないグラード団長とカインさんに迷惑をかけてしまった。目が覚めるまで叫びながら暴れるのできっと驚いたことだろう。
今回はカインさんの香料のおかげで症状を抑えることが出来たと聞いて、さすがは王宮魔法師団と感動した。
今までアデル以外に症状を抑えることが出来る人はいなかったから、希望の光が見えた気がしたのだ。
グラード団長とカインさんはあんな異常な状態の俺をみても優しくしてくれて、力になれることがあったら協力するから頼っていいと言ってくれた。
あのあと迎えに来た父に事情を説明して、父と一緒にご迷惑をかけたお詫びを言って帰ってきたのだが、馬車の中ではカインさんの香料について今後依頼して作ってもらおうかと真剣に話し合った。
夜になり、良い子は眠る時間になっても今日は眠りたくないと言ったら、昼間のことがあったので父にアデルというお守りを授けてもらえた。
一般的にはこの年にもなって妹と一緒のベットで眠るなんて事はまずないのだが、俺の場合夢の事で両親もアデルも心配してくれているので時々許してもらっている。苦肉の策なのだよ。
今後はカインさんの香料を定期的に購入させていただけるようになればアデルに頼らずに症状を抑えることが出来るかもしれない。
まあ今夜眠りたくないのはなんとなくまたあの夢を見るような予感がしているからなんだけど。同じ日にもう一回見るのはきつい。
記憶を取り戻してから未来を変えようと、剣術の鍛練を厳しくしてもらってきたし、書庫でこの国の歴史や過去の魔王との戦いなども調べてきた。
けれど、夢の中での未来はいつも漫画と同じ。
夢はいつも同じところから始まって、同じところで終わり、その先までは進まない。
俺が防ぎたい出来事なのだからそこまでなのだろうけど、剣術の鍛錬をしても、たくさん勉強しても、結末はいつも同じ。
俺には未来を変えることはできないと見せつけられているような気がしてくる。
そして、それは夢から覚める時に時々誰かに呼ばれるような気がすることからかもしれない。
考え過ぎだとは思うけれど、やっぱり不安になって考えてしまう。未来を変える出来事を起こすまでこの夢を見ることは終わらないのかと。
たしか、行方不明になるのは魔法を学べるようになってからだったし、辺境の村での生活は10年くらいだったはずだからまだ時間に余裕はありそうなんだけれど、時間の問題ではなく何か重要なことがあるのだろうか。
マンガでは今の年齢の頃の事は描かれていなかったから俺とあっちのアルバートの現時点での違いがわかんないんだよな。なんて考えているとアデルに呼ばれた。
「お兄様〜」
「ん? アデルどうしたの?」
「えへへ〜。ねえお兄様のその指輪見てもいい?」
「指輪? いいよ」
アデルは俺の手を天井にかざすようにしながらグラード団長からもらった指輪を見ている。この指輪がお気に入りのようで一緒にいる時は見せてと可愛くお願いされる。
女の子はやっぱり指輪とかアクセサリーが好きなのかな? いつも助けてもらっているお礼にいつか可愛いアクセサリーを贈ってあげるから待っていてね。
アデルが指輪を見ながら手をにぎにぎしてくるから眠くなってきた。昼間はあんなに恐怖心でいっぱいだったのに不思議だな……。
「あれ? お兄様眠っちゃった。ちょっとだけ、指輪かしてもらっても大丈夫だよね? キラキラしてきれい……」
すやぁ。
______
これ、夢だよね。いつもと違うようだけど。
林の中の道を走る馬車に親子二人が乗っていた。今回の目線は娘の方のようだ。
『私の可愛いお姫様は今日もとてもうれしそうだね』
―― はい、____様に会えるんですもの
『うん、君が幸せそうで私もうれしいよ。ところで今日は殿下に我が家の家宝をお見せするんだろう?』
―― ____様がぜひ見てみたいって言うから
少女の手には布に包まれた小さな物が抱えられていた。
『昨日も言ったけれど、私が言ったことはきちんと守ること、本来は有事の際以外邸からの持ち出しは禁止されているものなんだよ。今回は私の方でも陛下に我が家の家宝について説明しないといけないから持ち出したのだからね』
―― はい、お父様。でもおかげで____様にもお見せできるのだから良かったですわ
少女は父親に返事をすると包んでいた布をほどいて金色の細かい細工の施された青い箱をうっとりと見つめた。
『___、王宮に着くまで決して箱を開けてはいけないよ』
―― はい。でも見ているだけなら良いのでしょう?
少女は箱の向きを変えた時に箱から布がはみ出していることに気が付いた。
―― 家を出る前にこっそり箱の中身を確認した時にはみ出ちゃったのかな?
―― お父様は今回のことが決まってから何度も王宮に着くまで開けてはいけないと言っていたわ。でも陛下に見せるのに布がはみ出したままではよくないのではないのかしら?
少女は胸元からブローチを外し父親に見つからないようにはみ出している布をブローチの針でそっと押し込んだ。
それからしばらくして、御者の叫び声と馬が興奮したように鳴く声が聞こえて馬車が揺れ、強い衝撃が二人を襲った。そして少女の持っていた箱が衝撃で手を離れ馬車の壁にぶつかり蓋が開いてしまった……。
______
そこで目が覚めたのだが全身の皮膚が焼けるようにちりちりする。強い恐怖から心臓が早鐘を打っているし、呼吸も荒く気持ち悪い。なんだ? 何が起きたのだ?
俺にはあの馬車に乗っていた親子が誰なのかはわかっている。今回の夢は未来にアデルと父の身に起きる出来事だ。そして王都に戻った俺はそこで二人を見つける。
今までとは違う恐怖に襲われ体の震えと汗が止まらない。
そこではっとして隣に眠るアデルを見る。いつもなら夢にうなされた時にアデルが気が付いて手を握ってくれるのだが、今回は何かが違う。
アデルは眠っていた。手には俺の指輪が強く握られていて、表情は苦しそうでうなされている。起こさなければ! アデルの肩をゆさぶり呼びかける。
「アデル、起きて!」
「……う、ううん、お兄様……お兄様ぁ!」
俺を呼びながら抱きついてきたアデルを抱きしめ返し、落ち着くまで何度も大丈夫だよ、と言い聞かせた。
アデルは知らない誰かになってドラゴンと戦ったり追い掛け回される夢を見ていたらしい。洞窟の中まで追いかけられたところで俺に起こされたと言っていて安心した。最後まで見ていなくて本当によかった。
しかし……
それって俺が見続けている夢、だよな。どういうことだ?
俺がさっき見た夢は初めて見た未来のアデル視点の夢で、アデルは未来の俺の視点の夢。
アデルは初めて見た夢だと言う。俺が見た夢の事も簡単に説明したが、そのような夢も見たことはないと言っている。
それぞれが見ている夢を代わりに見たということではないらしい。
今回見た夢は最後まで見ていないけれど、この夢こそアデルには絶対に見せたくない。
このタイミングで新たな夢を見たのは何か意味があるのか……。気になる事が一つだけある。
嫌な夢をみるのなんて初めてじゃないし今さらだ。こうなったら開き直ってやる。だからもう一度見れたら絶対に確認しないと。
翌日、アデルに見つからないようにして一人で書庫の奥にある隠し部屋へ行って夢の中でアデルが持っていた箱を手に取った。
そして箱を開け中の布を引っ張り出し箱の蓋を閉める。かすかに肌を嫌な感じの何かが撫でる。グラード団長から教えてもらった方法で魔力の色を見えるようにしてもう一度箱を見ると、布が挟まったところから黒とも紫とも言えない魔力が漏れ出していた。
試に庭師からもらってきた針金で布を押し込んでみると隙間が少し広がり溢れ出す魔力の量が増えた。ブローチの針はもう少し細いはずだが同じことが起きる可能性はある。残念なことにアデルは起用とは言えないところがあるうえ、あれは揺れる馬車の中での出来事。
夢の中で父は国王陛下に家宝について説明するため、アデルは第二王子に見せるために王宮に向かっていた。
マンガの中でこの箱を見た場面は第二王子の部屋だった。その時第二王子、マリウス様は「亡くなった婚約者の形見なんだ。この箱を持って私に会いに来る道中で事故に遭った。私が見たいと言ったせいなんだ」と言っていた。
夢の内容とマンガの話が一致する。
箱を見た時のアルバートは驚いた顔をして「……まさか」とつぶやき涙を浮かべていたけれど、それだけだった。箱は壊れていたのだ、この嫌な感じを感じないはずはない。箱自体が出しているわけではないとしたら――
ではあのシーンでは箱の中身は無かった?
新たに見た夢はこれを指していたのだろうか。
怪しい。それにこの箱がなければあの日、父もアデルも登城する必要はなく事故は起きないのでは?




