繰り返し見る悪夢
のどかな村の外れ。夢はいつもここから始まり、時間はひとりの少年の視点ですすむ。
『おーい、___どこにいるのー?』
―― んん……寝てた
『あ、いたいた。……いつもどおりなんだね、いよいよ明日なのに』
―― ハハ、緊張してるよ?
『そっか、がんばってね』
―― ああ、絶対に合格してみせる! やっとなんだ……
翌日、少年は村の掟にある試練を受けるために森の中にいた。そして目的を果たしその場を立ち去ろうとしたところで想定外の事態が起こった。5メートルはありそうなドラゴンが現れたのだ。
―― うああああー!!
―― なんだよこれ! こんなやつ聞いてない! 試練はあいつを倒せば終わりじゃなかったのかよ!
クッ……俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだよ!
森の中を逃げ回る少年をドラゴンは執拗に追いかけてくる。なんとか大きな岩の陰に身を隠すも村まではまだ距離がある。それにこんな見たこともないドラゴンを村に近付けるわけにもいかない。
―― ハア、ハア、ハア、このままではみつかる。この森であと隠れられそうな場所は……洞窟か!
少年はドラゴンから隠れるために洞窟に逃げ込んだのだが、
―― しつこいな、あいつここまで追いかけて来たのか! 今死ぬわけにはいかないんだよ! やっと試練を受けれたんだ、やっと帰れるんだ……だからやるしかない! このままここで殺されるわけにはいかないんだ!!
逃げ込んだ洞窟の中にドラゴンが追ってきたところでまたしても場面は切り替わる。夢だから、なのかところどころ場面が飛ぶことがあり、次の場面では村までたどり着いていた。
ドラゴンからは無事に逃げ延びられたようだが、大怪我を負っている。意識を保つのもそろそろ限界のようだ。
―― う……うぅ……
『おい、大丈夫か? 酷い怪我じゃないか! だれか! 急いで治療してやってくれ!』
『え、もしかしておまえ___、なのか? 森で何があった!?』
あまりの姿に村人もすぐには少年だと気付けなかったようだ。
―― ……俺、は、試練は……
それから数日がたった。
『試練は合格だ、村の外に出る許可をやろう。お前にこんな怪我を負わせたドラゴンは大人達が何とかするから、まずはしっかり体を治しなさい』
―― 合格、ふっ、くっ、うう……
あのあと森の様子を見に行った大人たちの報告で大怪我を負ったのは試練を済ませた後だとわかり合格がもらえたのだ。
『こんな姿になって……ほんとうに、生きて帰ってきてくれてよかった。___、今はゆっくり眠りなさい』
森から戻って半月が経ったころ、怪我が治り動けるようになった少年は村長とお世話になった村の人達と友達に別れを告げる。
『ほんとうに行くんだな』
―― お世話になりました
『今のお前はならば一人前として村から送り出すことが出来る。だが決して油断はするなよ』
―― はい
『___、これ、餞別だ』
―― ありがとう、じゃあ俺からはこれを…
『ありがとう。鍛錬は怠るなよ!気を付けてな!』
―― ああ、じゃあな
そうして別れを告げて村を出るところで毎回夢は終わっていたのだが、今回は王都にたどり着いた。時間が進んだようだ。
しかし王都の様子が何かおかしい。空は暗く空気も淀んでいるようだ。王都の上空に何かいる?
―― なんで王都がドラゴンに襲撃されているんだよ!
王宮騎士団と魔法師団が応戦しているが街に降りてきたドラゴンの近くには逃げ惑う人々がいるため、派手な攻撃が出来なくて動きを抑えることしかできていないようだ。
ドラゴンによる王都の襲撃など今まで聞いたことがない。この夢はこれから起こることなのか。
―― 中型のドラゴンだし動きをお抑えられているのなら……
驚くことに彼はひとりで中型のドラゴンを倒してしまった。
―― ハア、ハア、ハア、時間をとってしまった、家族のみんなは無事だといいのだが……
馬車?
前方に馬車が倒れているのが見えた。
― 大丈夫か! 誰か居るのか!? 居るなら返事をしてくれ!
まわりに誰か居ないか声を掛けながら駆け寄るが返事は無い。倒れた馬車に上り扉を開けて中を覗くと何か見えた。
―― 手!? 今、今助けるからなっ……___と___!? しっかりするんだ! 今そこから出してあげるからっ!
中に倒れている二人を外に出したのだが、
―― 呼吸も心臓も止まってる……俺は、間に合わなかったのか?
―― やっと、帰って来れたんだよ?
―― やっと、やっと、やっと! やっと! やっと! やっと! やっとっ、ここまで! 帰って来れたんだよぉっ!! それなのに、あ……ああああ……あああああああーーーっ!!!!!!
こんなの嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!
―― ああああああーーー!!!!
______
「あああああああーーー!!!!!!!」
「大丈夫だ!アルバート君起きるんだ、大丈夫だから。君は夢を見ているんだ。起きよう、君の身には何も怖い事はおきていない」
様子を見過ぎたか。これはまずいかもしれない。
グラードはアルバートを起こそうと呼びかけるが目を覚ます気配がない。叫び声をあげて暴れる体を押さえつけてなだめる。
今はできれば魔法は使いたくない。隣の部屋にいるカインを呼び香料の調合を指示する。
「団長出来ました!」
カインの調合した香りをかがせるとアルバートは少しづつ落ち着いてきた。調合したのは精神を落ち着かせる香りだ。
カインは魔法だけでなく、調合が得意で的確に必要な物を用意してくれるのでとても助かる。
どこに居ても素早く調合してくれるので彼の隊服の内側にはあらゆる材料が張り付けてあるのではないかと噂されているくらいだ。
アルバートの涙でぬれた顔を柔らかい布で拭きながらゆっくりと呼びかける。呼吸は落ち着いたがまだ顔色は悪い。
「アルバート君、聞こえるかい?」
「……ここは」
「魔法師団の私の部屋だよ。わかるかい?君は今、夢を見ていたんだ」
「……夢。あれは夢?」
「そうだよ、夢を見ていたんだ。覚えているかい?」
質問には答えずに私にギュッと抱きついてきて小さく震えている。とても脅えているようだ。
これはカーティス公爵から依頼されていたことだった。
アルバート君は生まて間もないころから時々うなされていたらしい。本人は目覚めると内容は忘れていてただ怖い夢をみたという感覚を覚えているだけ。だが、それが最近になってさらに激しくなってきて、しっかりと睡眠がとれていないようで目の下には隈ができ、日に日に顔色も悪くなってきている。
本人は体調に問題はないと言い、心配して休むように言っても大丈夫と言い張る。確かに見た目に反して不調そうな様子は見受けられず、毎日座学と剣の鍛練、精神の鍛練と励んでいたそうだ。
しかし、このままではいつか体を壊すのではないかとみんなが心配していたのだが、魔石の件でここを訪れた頃からはぱたりとうなされなくなった。
夜中にうなされることがなくなったことでしっかり睡眠がとれているようで周りも安心することができてきた。
けれども長い間うなされて苦しむ息子を見続けてきた公爵は不安がぬぐえず、私に調べて欲しいと依頼をしにきたのだ。
アルバート君については私も気になっていた事だった。初めて会った時の彼は一目で異常だとわかった。できる限りの対処はしてきたのでこの依頼を受けた時にうなされなくなったことに関しての心当たりはあった。
原因を探るために公爵の許可を得て毎晩アルバート君の夢の中に意識を潜り込ませて見てきた。
始めはこちらからは何もしないで様子を見るだけ。特にうなされるような夢を見ることはなかった。
次の段階としてアルバート君が眠ったのを確認して渡した指輪に掛けている保護魔法の一部を解除する。すると、同じ内容の夢を繰り返し見るようになった。
この二通りの事を試してみると、保護魔法をかけている時は毎回別の夢を、魔法を解除すると度々同じ内容の夢を見るようになることが分かった。予想どおりだ。
もうひとつ、その夢を見る頻度について。公爵の言っていたうなされることが多くなった時期とうなされなくなった時期からあの魔石が関係しているのではないかと考えられた。
そこで普段から魔石を身近に置くようにしてもらうと夢を見る頻度が上がった。
夢に出てくる少年と魔石を送り込んできた存在とアルバート君、彼らの関係は何なのだろうか。
魔石からはこれ以上情報が得られないが、これらの件から何かつかめれば謎が解けるかもしれない。
夢の方も始めは当たり障りのない平穏な日々だった。きっとこれまでの経験で今後起こることを知っていたから先に進むことを拒絶していたのだろう。
原因を探るために夢の内容を先に進めるようにアルバート君の意識を誘導していった。そしてひと月半かけてようやく今日、先ほどの場面まですすめることができたのだ。
新たな情報は王都へのドラゴンの襲撃と少年の望みがかなわなかったこと。前もって聞いていた様子から夢はここまでだと思われるのだが、ふむ。
夢に出てくる人々の顔は影が掛かってはっきり見えず、名前を呼んだと思われる部分は聞き取れない。
自分ではない誰かになり体験する夢、内容はとても辛いもの。生まれて間もないまだ何も知らない赤ん坊の頃から見続けて来たアルバート君にどんな影響を及ぼしてきたのだろう。あんなに苦しみながら、どう受け止めてきたのだろうか。
公爵が言うには、双子の妹君が駆けつけてなだめることで落ち着きを取り戻していたということだったが、そこは双子にしかわからない不思議な力があるのだろうか。
またあの夢を見せるのは心苦しいけれど、ひとつ試してみるとしようか。
ドラゴンの大きさを変更しました。




