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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第九話 里長の出迎え

「……その子も、里へ入れるおつもりですか」


 ヴィルツという少年の視線が、ディアルから俺へ戻ってきた。


 正確には、俺の腰にある刀へ。


 それから顔を見られ、もう一度、刀を見られる。言いたいことは何となく分かった。五歳児が腰に差すには、ずいぶん立派な物を持っていると思われているのだろう。


「そのために来た」


 ディアルが答える。


「ですが、ここの稽古は、その年頃の子供が――」


 そこまで言ったところで、ヴィルツの口が止まった。


 目の前にいるディアルを見て、自分の言葉に何か問題を見つけたらしい。


「……誰でも、殿下と同じようにできるわけではありません」


 言い直した。


 その意見には、俺も賛成である。


「ついていけるかは、やってみないと分からないんじゃない?」


 口を挟むと、ヴィルツがこちらへ向き直った。


「遊びで来る場所ではないんだ」


「刀を教えてもらいに来たんだけど」


「なら、なおさらだ。半端な気持ちでは怪我をする」


 真面目な顔だった。


 意地悪を言いたいだけというわけでもなさそうだが、着いて早々、心構えの話をされるとは思わなかった。


 できれば、荷物を下ろしてからにしてほしい。


 俺が肩紐を直していると、門の向こうから笑い声が聞こえた。


「ずいぶんと立派なことを言うようになったな、ヴィルツ」


 低く、よく通る声だった。


 少年が振り返り、すっと背筋を伸ばす。その向こうから、ゆったりとした服を着た男が歩いてきた。


 歳は取っている。目元には皺が刻まれ、髭もきれいに整えられていた。ただ、まくった袖から見える腕は太く、背中もまっすぐだ。歩く姿を見ていると、年寄りという言葉が少し似合わない。


「祖父様」


 ディアルが言った。


 では、この人が。


「おお。よく来たな、ディアル」


 男は顔をほころばせると、ディアルの肩へ大きな手を置いた。


「また少し大きくなったか」


「はい」


「そうか、そうか」


 ディアルの返事は相変わらず短い。それでも嬉しいらしく、男は何度も頷いていた。


 普通に、孫が来て喜んでいるおじいさんだった。


 少なくとも、俺にはそう見える。


「ご無沙汰しております」


 アリソンが頭を下げた。イーサックも、それまでの気安い様子を引っ込めて姿勢を正している。


 男は二人を見て、片方の眉を上げた。


「お前たちも来たか」


「殿下の供を務めておりますので」


「道中まで、その顔で通したのか、アリソン」


「その顔、と申しますと」


「分からんふりをするな」


 アリソンが笑った。


 いつもなら俺が返事に困らされる場面なのだが、今日は順番が逆らしい。


 男の目が、今度は俺へ向いた。


「お前がフィルか」


「はい。初めまして」


「ハーバードだ。この里を預かっておる」


 知っている。ここまで来る間に、その名前は何度も聞いた。


 けれど、目の前の本人と、皆の反応がまだうまく結びつかない。確かに大きくて強そうな人だが、今のところはよく笑うおじいさんである。


 俺を見る目も、怖くはなかった。


「で、何の話をしておった?」


 ハーバードが尋ねると、ヴィルツが口を開いた。


「こちらのフィル殿が、里で刀を学ばれると伺いましたので」


「気になるか」


「年齢を考えれば、基礎を身につけてからの方がよいのではないかと」


 気になるらしい。


 ハーバードは俺の腰へ目をやり、それからディアルを見た。ディアルは何も言わない。二人の間で何が伝わったのかは分からなかったが、おじいさんの口元が少し上がった。


「なら、確かめてみるか」


 嫌な予感がした。


 ハーバードが、ヴィルツを指す。


「フィル。そいつを倒してみろ。勝てたら入れてやる」


 俺は門の向こうを見た。


 家がある。人も歩いている。たぶん、座れる場所も、水を飲める場所もある。


 そこまで、あと少しなのだが。


「……ここまで来て、入れてもらえないことってあるの?」


「今、できたな」


 ハーバードが楽しそうに笑う。


 そういう決まりがあるのではなく、今作ったらしい。


 隣のディアルを見ると、俺へ手を差し出していた。


「荷物を」


 止めるつもりはないようだ。


「ディアルまで、やる気だね」


「邪魔になる」


 それはそうだろうけど。


 荷物を下ろして渡すと、肩が軽くなった。ようやく下ろせたと思ったら、次は試合である。


 この里、到着したばかりの客に厳しくないだろうか。


 ◇◇◇


 門の脇に、少し開けた場所があった。


 地面は踏み固められ、足を取られそうな石もほとんどない。ヴィルツが先に進み、俺から数歩離れたところで振り返った。


「魔法はなしだ。急所は避けろ。わしが止めたら、そこで終わりだ」


 ハーバードの言葉に、ヴィルツが頷く。


「はい」


「分かりました」


 俺も答え、フードがずれないように襟元を留め直した。


 刀の柄へ手をかける。


 ここへ来るまで、何度も抜いて、何度も眺めた。素振りもした。それでも、誰かと向かい合って抜くのは初めてだった。


 鞘から刃を引き出すと、竹林を抜けてきた風が手の甲を撫でた。


 ……うん。


 いいな、これ。


 子供の頃から、刀を使う登場人物が好きだった。腰を落として構える姿も、斬り終えたあとにゆっくり納める仕草も、いちいち格好がよかった。


「準備はよろしいですか」


 ヴィルツに声をかけられ、顔を上げた。


 彼はすでに剣を抜いていた。構えに隙が少なく、こちらを見る目も真剣だった。


 いけない。見惚れている場合ではない。


「うん。お願いします」


 俺も両手で柄を握った。


 本当は、鞘に収めたまま構えて、一瞬で抜くようなこともやってみたかった。前世のゲームでも、ああいう技はずいぶん使ったものだ。


 ただ、自分の手でやったことはない。


 最初の一回を人前で試して、抜く途中に引っかかったら、たぶん相当恥ずかしい。


 今日は普通に構えておこう。


「無理だと思ったら、すぐに言ってください」


 ヴィルツが言った。


「ぼくが?」


「ほかに誰がいるんですか」


「それもそうだね」


 真面目な人らしい。


 俺は一度、足元を確かめた。右足と左足の位置を直し、握っていた柄から少しだけ力を抜く。


 里でずっと修行している人だ。きっと強い。


 最初の一撃を、よく見なければ。


「では、始め」


 ハーバードの声がした。


 ヴィルツが踏み込む。


 剣が上がり、肩が動いた。


 その瞬間、俺は少し戸惑った。


 見える。


 どこへ斬り込もうとしているのかも、次に足が着く場所も。


 いつもの稽古なら、分かったつもりで避けても、その先に剣が待っている。こちらが動くのを見てから、途中で狙いを変えられることもあった。


 けれど、ヴィルツの剣は、最初に見えたところへまっすぐ下りてきた。


 俺は半歩だけ横へずれた。


 肩のすぐ脇を、剣が通る。


 踏み込んだヴィルツの胴が、目の前にあった。


 柄を返す。


 腕で無理に振ろうとせず、踏み出した足へ体を乗せ、そのまま刀の峰を横腹へ打ち込んだ。


 鈍い手応えが伝わった。


 ヴィルツの息が詰まり、足が止まる。俺が通り抜けて振り返った時には、彼は片膝を地面についていた。


「そこまで」


 ハーバードの声が響く。


 もう終わりらしい。


 俺は刀を下げ、ヴィルツを見た。彼は打たれた場所へ手を当て、こちらを見上げている。


 今だ。


「……峰打ちだ」


 少し声を低くして言った。


 言いたかったんだよな、これ。


 口にしてみると、思っていた以上によかった。できればこのまま格好よく刀を収めたいところだが、まだ鞘へ戻すのには少し気を使う。


 最後まで欲張るのはやめておこう。


 ともあれ、初めての実戦である。


 勝てたうえに、言いたかった台詞まで言えた。


 なかなか上出来ではないだろうか。


「見れば分かる」


 横からディアルが言った。


 そういうことじゃないんだよ。


 ◇◇◇


 刀を鞘へ戻してから、ヴィルツのそばへ寄った。


「大丈夫?」


 手を差し出すと、彼はその手を見た。次に俺の顔を見て、しばらく黙る。


 差し出すのが早すぎたかもしれない。


 引っ込めようか迷っていると、ヴィルツが俺の手を取った。引き起こすと、横腹を押さえながらも、自分の足で立つ。


「……負けました」


 絞り出すような声だった。


 俺へ言ったのか、ハーバードへ言ったのかは分からない。けれど、剣を握った手は強く締められていた。


「ありがとうございました」


 俺も頭を下げる。


 ヴィルツは剣を収めたあと、ディアルへ目を向けた。


「殿下に敗れてから、ずっと鍛えてきたのに……」


 ああ。


 そちらとも、戦ったことがあるのか。


 門の前で見せていた硬い表情を思い出す。再会を素直に喜べない理由が、少し分かった気がした。


「ディアルと比べると、分からなくなるよね」


 つい口にすると、ヴィルツがこちらを向いた。


「何がですか」


「自分が強くなってるのかどうか。できることが増えても、あの人には負けるし」


「あなたも、負けるんですか」


「そりゃあ、もう」


 ほとんど一緒に稽古しているのだ。


 負けた回数を数えろと言われたら、途中で嫌になる自信がある。


「昨日より上手くできたと思っても、普通に負けるんだよね。イーサックにも転がされるし」


 ヴィルツが、俺とイーサックを交互に見た。


 その視線を受けたイーサックが、口の端を上げる。


「稽古だからな」


「もうちょっと、こっちが気持ちよく終われる日があってもいいと思う」


「勝てるようになったらな」


 それができれば、苦労はしない。


 ヴィルツはまだ納得していないような顔だった。けれど、さっきまでのように地面を見つめてはいない。


「……もう一度」


 彼が言いかけたところで、ハーバードが手を上げた。


「そこまでにしておけ。客は今、着いたばかりだ」


 始めさせた人が言うと、なかなか説得力がある。


 ヴィルツは口を閉じ、改めて頭を下げた。


「失礼いたしました」


「あとでな」


 ハーバードが言うと、彼はようやく頷いた。


 あとでは、やるらしい。


 できれば明日以降にしてほしい。


 俺がディアルから荷物を受け取ろうとすると、ハーバードが近づいてきた。間近で見ると、やはり大きな人だった。


「よく見ておったな」


「何をですか?」


「相手をだ。すぐに振り回すかと思ったが、動くのを待った」


「先に動くと、よく叩かれるので」


 イーサックの方を見る。


 本人は笑っていた。


 ハーバードも、喉の奥で笑った。


「峰を使う余裕もあったか」


「怪我をさせたいわけじゃありませんから」


 それに、あの台詞を言ってみたかった。


 後半は黙っておいた方がよさそうなので、言わない。


 ハーバードの視線が、俺の刀へ下りる。鞘を眺め、それから俺の両手へ目を移した。


「足は悪くない。だが、握りには剣の癖が残っておる。途中で手首を固めたな」


「……分かるんですか」


「見ておればな」


 俺は自分の手を見た。


 言われてみれば、当てる直前に、力を入れた気がする。刀を落とさないようにと思ったのか、それとも慣れていないからか。


 そんなところまで見ていたのだろうか。


「その刀の扱いは、これからだ」


「はい。教えてもらえると助かります」


 素直に答えると、ハーバードが満足そうに頷いた。


「よかろう。入れ」


 そう言って、門の方へ歩き出す。


 ようやく、里へ入れるらしい。


 俺は荷物を背負い直し、その後を追った。ヴィルツは横へ退いて道を空けたが、すれ違う時、もう一度こちらを見た。


 まだ何か言いたそうだった。


 たぶん、さっきの勝負では終わらないのだろう。俺としても、里に着いた早々、気まずい相手ができるのは困る。


「また、よろしくね」


 声をかけると、ヴィルツは少しだけ目を丸くした。


「……次は、ああはいきません」


「うん。お手柔らかに」


 真剣な顔で言われたので、こちらも真剣にお願いしておいた。


 門をくぐると、水路を流れる水の音が近くなった。道の先には木造の家が並び、戸口から顔を出した人がハーバードへ挨拶している。


 ここで、しばらく刀を教わることになる。


 最初の勝負には勝てたが、俺の握り方は、まだおかしいらしい。憧れていた刀を手に入れたからといって、すぐに使いこなせるわけではないのだ。


 それでも、一度はちゃんと振れた。


 次は、もう少し格好よくできるかもしれない。


「ディアル」


 前を歩くハーバードが、振り返った。


「お前も、しばらくこちらにおるのだろう」


「はい」


「なら、二人とも明日の朝からわしが見る」


 ディアルが頷く。


 俺も頷こうとして、隣のイーサックを見た。


 目を逸らされた。


 その反応は、できれば見たくなかった。

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