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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第十話 里長の稽古

 翌朝、朝食を終えた俺たちは、里の奥にある稽古場へ連れてこられた。


 踏み固められた広い地面を低い柵が囲み、その向こうには竹林が続いている。片隅には木剣や槍を立てた棚があり、反対側には、何度も斬りつけられたらしい丸太が並んでいた。


 昨日は旅が終わったと思って喜んだのだが、どうやら今日からが本番らしい。


「よく眠れたか、ディアル」


「はい」


「そうか。飯も足りたか」


「十分です」


「足りん時は言えよ。育ち盛りなんだからな」


 ハーバードは満足そうに頷くと、その隣にいる俺へ目を向けた。


「フィルも、よく食っておったな」


「朝ご飯、おいしかったです」


「結構。ならば遠慮なく動けるな」


 うーん。そこへ繋がるのか。


 少し離れた日陰では、ウルスナが水差しや布を用意していた。アリソンはその隣に立ち、いつもの笑顔でこちらを眺めている。


 イーサックだけは、なぜか俺たちから少し距離を取っていた。


「さて。まずは二人の動きを見るつもりだったが、その前に手本を見せておくか」


 ハーバードが武器棚から木剣を二本取り、片方を放った。


 受け取ったのは、離れていたはずのイーサックである。


「……俺ですか」


「ほかに誰がいる」


「アリソンもおりますが」


「お前に言っとる」


 逃げ道はなかったらしい。


 イーサックは木剣を一度振り、諦めたように息を吐いた。その足が稽古場の中央へ向いた途端、いつもの気安い雰囲気が薄れる。


「魔法は」


「なしだ。好きに来い」


 ハーバードは木剣を下げたまま、動こうとしなかった。


 対するイーサックは、両手で柄を握って腰を落とす。


 その構えを見て、俺も自然と口を閉じた。


 いつも俺たちの相手をしている時とは違う。剣の位置も、足の開き方も、見覚えはあるのに、間に入り込める気がしなかった。


 隣のディアルも、二人から目を離さない。


 先に動いたのはイーサックだった。


 地面を蹴る音がしたと思った時には、もうハーバードの目の前にいる。上から振り下ろされた木剣を、ハーバードが斜めに持ち上げた剣で受けた。


 乾いた音が響く。


 いや、受けたというより、滑らせたのか。


 イーサックの剣先が脇へ流れ、その勢いのまま体が回る。すぐに横から次の一撃が来たが、ハーバードは半歩だけ踏み込み、振り切られる前の柄元を押さえていた。


「大きい」


 短い声とともに、木剣の先がイーサックの喉元へ止まる。


 終わった。


 そう思う間もなくイーサックが身を引き、今度は低い位置から斬り上げる。ハーバードの服の裾が揺れ、二本の木剣が続けざまに打ち合わされた。


 そこから先は、正直、全部は追えなかった。


 ただ、最後にイーサックの肩へ木剣が載っていたことと、ハーバードが最初に立っていた場所から、ほとんど動いていないことだけは分かった。


「前よりはよい」


「それは、どうも」


「途中から腕で取り返そうとしたな。足を使え」


「……はい」


 イーサックが木剣を下ろす。


 その額には、短い打ち合いだけで汗が浮いていた。


「いつもと全然違うんだけど」


 戻ってきたイーサックへ言うと、彼は苦笑した。


「お前らとの稽古で、今の動きをしてどうする」


「まあ、そうなんだけどさ」


 いつも十分ひどい目に遭っているのだが、どうやらあれでも大変優しくしていただいていたらしい。


 もう少し優しくしてくれてもいいんですよ。


「見えたか、ディアル」


「最初は。途中からは、少し」


「なら、今日はその少しを増やせ」


 ハーバードはそう言って、俺にも木剣の先を向けた。


「フィル。お前はまず、立ち方からだ」


 ◇◇◇


 刀というのは、持てばそれらしく見える武器である。


 少なくとも、俺はそう思っていた。


「肩に力を入れすぎだ」


「はい」


「抜きすぎだ。落とすぞ」


「ちょうどいいところが難しいんですけど」


「それを覚えるんだ」


 なるほど。正論である。


 刀を持つ右手、添える左手、足の位置。ハーバードは一つずつ確かめ、少しでも崩れると、その場で止めた。


 昨日、ヴィルツを倒せたことについては褒められた。ただし、刀の使い方がよかったわけではないらしい。


「相手を見て動ける。それはいい。だが、今のお前は使い慣れた剣の代わりに、それを振っとるだけだ」


 否定できない。


 格好のいい刀を手に入れたからといって、急に扱い方まで身につくわけではなかった。


「刃の向きを見ろ。手だけで直すな。足からだ」


 言われるままに構え直し、ゆっくりと振り下ろす。


 途中で止められ、もう一度。


 今度は振り終わったところで姿勢を直され、また最初から。


 それを繰り返しているうちに、一度だけ、妙に気持ちよく刀が通った。


 腕で引っ張った感じがしない。それなのに、刃はさっきまでより素直に、思った場所へ収まっていた。


「今のだ」


「あ、ちょっと分かったかも」


「なら、もう一度」


 次は駄目だった。


 分かった気がするのと、できるのは別らしい。魔法の勉強でも似たようなことを言われた気がする。


 隣ではディアルが、普段から使っている剣で同じように指導を受けていた。


 ハーバードに足の位置を直され、一度振る。


「そうだ」


 もう一度振る。


「忘れるなよ」


「はい」


 早くない?


 こっちは、さっき一回できた動きを探しているところなのだが。


 目が合うと、ディアルは俺の足元へ視線を落とした。


「右足が戻ってる」


「……本当だ」


 直すと、さっきより振りやすくなった。


 教えてもらえるのはありがたい。ありがたいのだが、同じことを習い始めたはずなんだよね。


 ◇◇◇


 何度目かの休憩を挟んだ頃、ハーバードが一本の木剣を手に取った。


「次は魔力付加だ」


 思わず、背筋が伸びる。


 武器へ魔力を纏わせる。


 それができるようになるために、この里まで来たのだ。立ち方の大切さもよく分かったが、やっぱりこちらは気になる。


「先に言っておくが、火も雷もいらん。まずは魔力だけを通せ」


「燃やしたりはしないんですか」


「持っている物を燃やしたいなら、止めはせんが」


「それは困ります」


 ハーバードが木剣を横に構えた。


 木の表面に、薄い光が行き渡る。強く輝いているわけではない。朝の光の下では見落としそうなほど淡いのに、柄から先端まで、途切れることなく覆っていた。


「片寄らせるな。先ばかりに流せば手元が疎かになる。多ければよいというものでもない」


 木剣を軽く動かしてみせたあと、光を消す。


「武器にも限度がある。扱う者にもな」


 ディアルが先に試した。


 握った柄の周囲が淡く光り、それが少しずつ剣身へ伸びていく。途中で薄くなった箇所をハーバードに指摘されると、しばらくして、そこにも同じ明るさの光が戻った。


「止めてみろ」


 光が消える。


「もう一度」


 再び、剣が淡く光った。


 うん。見ている分には簡単そうだ。


 こういう時、大抵は見ている分だけなのだが。


「フィル」


「はい」


 俺は刀を握り直した。


 柄から刃の先まで、薄く、均等に。


 魔法を使う時と同じように意識を集中させ、少しだけ魔力を流す。すると、刀は驚くほど素直にそれを受け入れた。


 抵抗らしい抵抗もない。


 指先から流れた魔力が柄へ入り、そのまま刃の内側を通っていく。表面へ淡い光が浮かんだところで、俺は少しだけ気が楽になった。


 なんだ。意外と――。


「ん?」


 流れが強くなった。


 増やしたつもりはない。それなのに、刀へ入っていく魔力の量が、勝手に膨らんでいる。


 慌てて絞ろうとすると、今度は向こうから引かれるような感覚があった。


「ちょっと待って」


 刀身の光が濃くなる。


「おい、待ってって」


「フィル。いったん切れ」


 ハーバードの声に、俺は刀へ繋げていた魔力を断った。


 腕の内側に残っていた引っ張られる感覚が消える。けれど、刀身にはまだ、薄い光が残っていた。


 自分の手と、刀を交互に見る。


「……勝手に持っていかれたんですけど」


「どれほど流した」


「最初は、ほんの少しです。そのあと、こっちが止めようとしても」


 ハーバードが刀を覗き込む。その隣へ来たアリソンも、興味深そうに目を細めていた。


「内部に魔力が残っていますね。今は、フィル様からの供給も止まっています」


「それは分かるんだけど。なんで勝手に増えるの?」


「もう一度、先ほどより少なく流せますか」


 俺は頷き、今度こそ慎重に魔力を通した。


 ほんの少し。


 刀はすぐに受け入れた。


 そして、もっと寄越せと言わんばかりに、その先まで引っ張った。


「だから、多いんだって」


 また繋がりを切る。


 隣で、イーサックが小さく笑った。


「ずいぶん食い意地が張ってるな」


「笑い事じゃないんだけど」


 使うたびに好きなだけ持っていかれたら、たまったものではない。


 しかも、こちらから入れようとした魔力は受け取るくせに、量を減らそうとすると、途端に抵抗するのだ。


 武器というのは、もう少し持ち主に協力的なものではないだろうか。


「一度、休むか」


 ハーバードに言われ、俺は刀を見下ろした。


 刃の奥に、まだ魔力が溜まっている。


 そのくせ、試しにほんの少し繋ぎ直すと、またこちらを引いた。


 足りない、とでも言いたそうに。


 ……へえ。


「そんなに欲しいの?」


「フィル?」


 アリソンがこちらを見る。


 俺は柄を握り直した。


 別に、腹が立ったわけではない。


 いや、ちょっとは立ったかもしれない。せっかく真面目に練習しているのに、こちらの都合をまるで聞いてくれないのだ。


 だったら、一度くらい満足させてやろうじゃないか。


「じゃあ、ちゃんと受け取ってよ」


 細く絞っていた魔力を、一気に流した。


 刀が、手の中で震えた。


 もっと引こうとしていた流れが、こちらから押し込んだ魔力とぶつかる。柄を握る指の間から光が漏れ、刃に沿って走った。


 まだ入る。


 そう感じたから、さらに流した。


「フィル、そこまでだ」


 ハーバードの声は聞こえた。


 ほぼ同時に、それまで引っ張り続けていた感覚が、ふっと消えた。


 魔力が途切れたわけではない。


 刀の中には、さっきよりずっと大きな力がある。それなのに、こちらから奪おうとする動きだけがなくなっていた。


 減らそうとすれば、流れが細くなる。


 止めれば、止まる。


 手に吸いついていた柄が、今は腕の続きみたいに馴染んでいた。


「あ」


 思わず声が出た。


「言うこと、聞いた」


 目の前には、打ち込み用の丸太があった。


 人はいない。


 足を整え、刃の向きを確かめる。さっき何度も繰り返した動きなら、今度はうまくできる気がした。


 俺は、そのまま刀を振り下ろした。


「伏せろ!」


 ハーバードの声と、刀の内側から力が解き放たれる感覚が重なった。


 丸太に刃が触れたかどうかも、分からなかった。


 視界の先で地面が跳ね、木片が舞い上がる。空気を叩きつけるような音が響き、正面の柵が支柱ごと吹き飛んだ。


 その向こうへ、ハーバードが踏み込んでいた。


 いつの間にか光を纏った木剣が振られる。


 もう一度、重い音がした。


 行き場を変えられた力が上へ抜け、竹林の葉が一斉に裏返る。巻き上がった土が降ってきて、俺はようやく、自分が振り終わった姿勢のまま固まっていることに気づいた。


 頬に、ぱらぱらと砂が当たる。


 誰も、何も言わなかった。


 目の前にあった丸太は、なくなっていた。


 その先の地面には大きく土が抉れた跡が続き、柵は半分ほど消えている。隣に並んでいた標的も倒れ、稽古場の向こう半分は、ついさっきまでとは別の場所になっていた。


「……え」


 俺は刀を見た。


 光は、もうほとんど消えている。


 こちらの手から勝手に魔力を引くこともなく、静かに収まっていた。


 いや。


 そんな、何事もなかったみたいにされても。


 ◇◇◇


「怪我はないか」


 戻ってきたハーバードが、まずそう言った。


 俺は頷きかけて、慌てて周囲を見た。


 ディアルはすぐ横にいる。イーサックは俺たちの前へ出ており、日陰にいたウルスナとアリソンも無事だった。


 誰にも、木片は当たっていないらしい。


「……ありません」


「魔力は」


「まだ、大丈夫です」


「なら、刀を納めろ」


 言われたとおりに鞘へ戻す。


 収まる時の小さな音が、やけに大きく聞こえた。


 ハーバードは壊れた稽古場へ一度目を向け、それから俺の前へしゃがんだ。


 目の高さが近くなる。


「今、何をした」


「魔力を、たくさん流しました」


「なぜだ」


「少しずつ入れようとしても、勝手に吸い取るので。その……欲しいなら、入れてやろうかと」


 口にすると、思っていた以上にしょうもない理由だった。


 ハーバードは笑わなかった。


「流したあと、どうなるかは分かっていたか」


「……いえ」


「どこまで届くかは」


「分かりませんでした」


「そうだろうな」


 声は大きくなかった。


 その分、逃げ道がない。


「誰もおらん方へ向けた。それは分かる。だが、お前が思った場所で止まるとは限らん。あの先に誰かおったら、どうなった」


 壊れた柵の先へ目を向ける。


 今は竹林しか見えない。けれど、その向こうに道がないか、誰かが歩いていないかまで、俺は確かめていなかった。


「すみません」


 ハーバードは少しだけ黙り、俺の刀へ視線を落とした。


「今のやり方は、二度とするな」


 俺は顔を上げた。


「力を注げることと、使いこなせることは違う。あれを扱えると、わしが認めるまでは禁止だ」


「……はい」


「魔力付加そのものをやめろとは言わん。少し流し、止める。抜く。それを先に覚えろ」


 俺はもう一度、頷いた。


 ハーバードは立ち上がると、ようやく大きく息を吐いた。


「それと、わしが止めたら止まれ」


「はい」


「返事だけはよいな」


 今度は少しだけ、いつもの顔に戻っていた。


 それがかえって申し訳ない。


 横から、ディアルが俺の腕に触れた。


「痛むか」


「ううん。平気」


「そうか」


 短く答えて手を離す。その視線は一度だけ俺の刀へ向き、すぐに戻った。


「次は止まれ」


「……うん」


 今日は、返す言葉がない。


 アリソンが近づき、鞘に収まった刀を眺めた。


「振るう直前は、魔力を奪われているようには見えませんでした」


「それは、なくなったよ。こっちが止めたら、ちゃんと止まった」


「なるほど」


「振ったのも、俺だから」


 刀が勝手に動いたわけではない。


 握りやすくなって、うまく振れそうだと思って、それで振った。


 そこは間違えたくなかった。


「ええ」


 アリソンは、それ以上何も言わずに頷いた。


 ハーバードが、半分になった柵を指差す。


「さて。反省はしたな」


「はい」


「では、片づけるぞ」


 俺は散らばった木片を見た。


 かなり広い範囲に散っている。


「……これ、全部ですか」


「ほかに誰がやる」


 少し前にイーサックが言われていたのと、同じ言葉だった。


 ◇◇◇


 大きな木材は大人たちが運び、俺とディアルは、地面に散った小さな破片を拾うことになった。


「ディアルは、やらなくてもいいんだよ」


「一人だと終わらない」


「それは、そうなんだけど」


 否定できないことばかりである。


 俺たちが木片を集めている間に、ハーバードはイーサックへ新しい支柱を運ぶよう指示していた。アリソンにも何やら仕事が割り振られ、ウルスナまで散らかった道具を戻している。


 修行に来て、初日から全員の仕事を増やしてしまった。


 午後に振る予定だった刀は、今は日陰の布の上に置いてある。


 さっきまであれほど魔力を欲しがっていたくせに、ずいぶん大人しい。


 いや、刀が大人しいという言い方もおかしいか。


 それでも、最後に流れが変わった瞬間の感覚だけは、妙にはっきり残っていた。


 押し返されなくなったのとは、少し違う。


 こちらが流そうとした分を、そのまま通してくれた。まるで、初めて話を聞いてもらえたような――。


「フィル。手が止まってる」


「あ、うん」


 考えるのはあとにしよう。


 今は、とにかく拾わないと終わらない。


 ようやく一か所の木片を集め終えた頃、ウルスナが水を持ってきてくれた。礼を言って飲み、額の汗を拭う。


 その向こうでは、新しい支柱を抱えたイーサックが、抉れた地面を見下ろしていた。


「しばらく稽古には困らなさそうだな」


「どういう意味?」


「ここを直すのも、いい足腰の鍛錬になる」


 俺は地面を見た。


 それから、手元の木片を見た。


「……刀の使い方を習いに来たんだけど」


「まずは足から、って言われただろ」


 そういう意味ではなかったと思う。


 たぶん。

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