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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第八話 霧の向こうの里

 王都を離れてしばらくすると、道の両側に畑が広がり始めた。


 風に揺れる作物の向こうで、農作業をしていた人が顔を上げる。馬に乗った俺たちを見送り、やがてまた手元の仕事へ戻っていった。城の窓から眺めるのとは違って、人も景色も次々と後ろへ流れていく。


 なかなか悪くない。


 今のところ、運んでくれているのは馬だし。


「ディアルは、里に行くの何回目?」


 隣へ声をかけると、ディアルは少し考えた。


「何度か」


「うん。その何度かを聞いたんだけどね」


「覚えていない」


 どうやら、細かな回数を気にするほど珍しい場所ではないらしい。


 前を進むイーサックにも尋ねてみると、肩越しに振り返った。


「俺も行ったことはあるぞ。アリソンもウルスナもな」


「じゃあ、初めてなのはぼくだけ?」


「そうなるな」


 案内役が四人もいる。迷子になる心配はなさそうだ。


「里って、何があるの?」


「家と畑と鍛冶場。それから、稽古をする場所だな」


「……王都にもあるね」


「里だからな」


 旅先の紹介としては、ずいぶんと地味だった。


 もう少し何かないのかと思っていると、アリソンが横から口を挟む。


「武器の扱いを学ぶには、よい場所ですよ。フィル様も、楽しみになさってください」


「その楽しみって、稽古のこと?」


「もちろんです」


 景色を見て浮かれていた気持ちが、少しだけ落ち着いた。


 そうだった。今回は遊びに行くわけではない。


 腰の刀へ目を落とす。馬の動きに合わせて鞘が揺れ、時々、脚へ触れていた。まだこの位置に武器がある感覚にも慣れないが、目に入るたび、つい柄へ手を伸ばしたくなる。


 ちゃんと扱えるようになりたい。


 ただ、稽古が楽しみかと聞かれると、そこは別の話だった。


 ◇◇◇


 最初の夜は、街道から少し外れた場所で過ごすことになった。


 イーサックが周囲を確かめに行き、アリソンが荷物を下ろす。ディアルは馬をつなぎ、ウルスナはもう夕食の準備を始めていた。


 俺も馬から降り、何をすればいいかと辺りを見回す。


 仕事を探している間に、皆の仕事が進んでいく。


「何か手伝うことある?」


「では、こちらにお水をお願いいたします」


 ウルスナに差し出された鍋へ手を向ける。底を覆った水が徐々に増えていき、ちょうどよさそうなところで魔法を止めた。


 少しだけ、水面が跳ねた。


 ウルスナは濡れた鍋の縁を布で拭き、何も言わずに受け取った。


「ありがとうございます」


「どういたしまして。火もつける?」


「お願いできますか」


 組まれた薪の下へ、小さく火を灯す。乾いた枝が音を立てて燃え始めると、薄い煙が夕方の空へ上っていった。


 やることが分かれば、俺だって役に立つのだ。


 もっとも、城でも同じくらい素直に手伝えば、ウルスナから小言をもらう回数も減るのかもしれない。


 鍋が火にかけられる頃には、イーサックも戻ってきた。


「問題なし。今夜はここで大丈夫だ」


 荷物のそばへ腰を下ろした彼は、俺が刀を膝に置いているのを見ると、口元を緩めた。


「まだ眺めてるのか」


「まだってほど、見てないよ」


「さっきも見てたろ」


「さっきとは、光の当たり方が違うから」


「そうかい」


 納得していない声だった。


 仕方がないじゃないか。自分の刀をもらったばかりなのだ。しかも、持ち主に合わせて形が変わるという、前世なら画面の中にしかなかった代物である。


 焚き火の明かりを受けた鞘の模様を眺めていると、イーサックが小枝を火へ放り込んだ。


「眺めても上手くはならんぞ」


「親しみを深めてるんだよ」


「なら、明日は素振りを増やすか。もっと仲よくなれる」


「今の話は忘れて」


 余計なことを言った。


 隣では、ディアルが旅の荷物を整理していた。こちらのやり取りを聞いているはずだが、助けてくれる気配はない。


 鍋から湯気が上がり、煮込んだ食材の匂いが漂い始める。ウルスナに器を渡され、俺はようやく刀を脇へ置いた。


「熱いので、お気をつけください」


「うん」


 まずは一口、慎重に飲む。


 ちょうどその時、隣でイーサックが勢いよく口へ運び、動きを止めた。


「……熱いな」


「申し上げました」


 ウルスナが静かに答える。


 王都を離れても、この辺りはいつもどおりだった。


 ◇◇◇


 翌日も、その次の日も、俺たちは馬で進んだ。


 畑の多かった景色は、次第に林や草地へ変わっていった。集落を通ることもあれば、長い間ほかの旅人とすれ違わないこともある。道が曲がるたびに先をのぞき込み、何も変わらないと少しがっかりする。


 そのうち、曲がる前からイーサックが教えてくれるようになった。


「この先も道だぞ」


「分かってるよ」


「なら、何を探してるんだ?」


「何か面白いもの」


「稽古する場所なら、あの辺がよさそうだな」


 それは探していない。


 五日目、街道を離れた先に、小さな建物が見えてきた。


 家に接するように柵が巡らされ、その奥には屋根の低い厩舎がある。こちらに気づいた男が手を止め、建物から出てきた。


 アリソンが馬を下りて言葉を交わすと、男はディアルへ頭を下げる。それから厩舎の方へ向かい、入口を大きく開けた。


「馬は、こちらへ預けてまいります」


 ウルスナに言われ、俺も鞍から降りた。


「ここから歩き?」


「はい。里との行き来に使わせていただいている場所です」


 馬の首を撫でてから、手綱を渡す。五日間も運んでもらったのだ。あと少し頑張ってほしいところだが、どうやらここからは俺の足の出番らしい。


 イーサックは、すでに自分の荷物を背負っていた。アリソンも必要な物をまとめ、建物の男と最後の確認をしている。


「フィル」


 ディアルに呼ばれ、俺は荷物を持ち上げた。肩へ掛け直し、刀の位置も確かめる。


「持てるか」


「持てるよ。ずっと持ちたいかは別だけど」


「なら、行くぞ」


 後半は聞かなかったことにされた。


 ◇◇◇


 森へ入ると、空が狭くなった。


 頭上で枝が重なり、日の光が葉の隙間から落ちている。街道と違って地面は平らではなく、木の根があちこちに顔を出していた。


 前を行くイーサックは、足元を確かめている様子もなく歩いていく。ディアルも同じだ。俺は二人が通った場所をたどりながら、飛び出した根をまたいだ。


「里を作る時に、もう少し来やすい場所にしようって話は出なかったのかな」


「五歳児が来るとは思わなかったんじゃないか」


 イーサックが前を向いたまま答える。


「今からでも移していいと思うよ」


「里を丸ごとか?」


「せめて、もう少し平らなところに」


「里長に言ってみろ」


 何でもおじいさんに任せればいいわけではないと思う。


 道を塞ぐように倒れていた木へ手をつき、向こう側へ飛び降りる。刀が引っかからないように押さえ、先へ進むディアルを追いかけた。


 少しすると、今度は上り坂になった。


 足を置く場所が狭く、枝を避けるたびに体を傾けなければならない。歩けないわけではないのだが、歩きやすくもない。


「道を作る魔法とか、ないの?」


「土魔法で整えることは可能でしょう。ただ、この距離となりますと、それなりの手間になりますね」


 後ろからアリソンが答えた。


「じゃあ、少しずつ」


「フィル様の修行として取り入れますか?」


「今日はいいです」


 危なかった。話の進め方を間違えると、歩くどころか道を作らされる。


 坂の上に出ると、少し開けた場所があった。先に着いていたイーサックが木へ片手をつき、俺たちを待っている。


「どうだ。疲れたか?」


「五歳児に優しくない道だとは思う」


「疲れたかって聞いたんだが」


「今のところは平気」


「だろうな」


 なぜか笑われた。


 後ろを振り返ると、アリソンとウルスナもすぐに追いついてきた。二人とも、王宮の廊下を歩いている時と大して変わらない顔をしている。


 俺だって、まだ余裕はある。


 ただ、木の根や石を避けるたびに足元を確かめている俺と、何事もないように話しながら歩く皆とでは、どうにも差がある気がした。


「皆、こういう道に慣れてるんだね」


「何度か通れば覚える」


 ディアルが言う。


「できれば、帰りはもっと歩きやすい道を覚えたいな」


「来た道を帰る」


 知っていたけど、聞きたくはなかった。


 イーサックが手を離し、また歩き始める。休憩するほどの場所でもなかったらしい。


 俺も肩紐を直し、その後へ続いた。


 ◇◇◇


 森の中でもう一晩を過ごし、六日目の朝を迎えた。


 出発してしばらくすると、木々の間に細くまっすぐな幹が混じり始める。見覚えのある節と葉の形に気づき、俺は顔を上げた。


 竹だ。


 進むにつれて、その数が増えていく。いつの間にか周りは竹ばかりになり、頭上で揺れる葉の音も、森の中とは違って聞こえた。


「竹もあるんだ」


 思わず呟くと、ディアルがこちらを見た。


「知っているのか」


「うん。見たことはある」


 どこで、とは聞かれなかった。


 風に押された竹がしなり、どこかで乾いた音を立てる。その向こうを白い霧が流れていた。初めは地面の近くだけだったものが、進むうちに目の高さまで広がってくる。


 少し前を歩くイーサックの姿が、薄くかすんだ。


「これ、道を間違えない?」


「一人なら間違えるかもな」


「今のは安心させるところじゃない?」


「ついてくれば大丈夫だ」


 その言葉どおり、イーサックの足取りに迷いはなかった。


 細道が二つに分かれたところでも立ち止まらず、竹の根元に半ば埋まった石を見て、右へ進む。俺もその石を見たが、周りに転がっている石との違いが分からない。


 少し先では、まっすぐ続いて見える道を外れ、竹の間へ入っていった。


「そっちなの?」


「ああ」


 振り返れば、さっきの道がまだ見える。どう考えても、あちらの方が道らしかった。


 ところが何歩か進むと、足元に人が通った跡が現れた。落ち葉の下へ隠れていた細道が、そのまま霧の向こうへ続いている。


 なるほど。初めて来た人には分からないわけだ。


 俺はディアルとの間を少し詰めた。


「迷ったら、どこに出るの?」


「出られればいいな」


 イーサックの返事に、思わずその背中を見る。


 今のは冗談だよね。


 確認しようとしたところで、隣のディアルが口を開いた。


「もう近い」


 それを聞いて、アリソンが上着の裾を払った。ウルスナも袖口を確かめている。長く森を歩いてきたのだから、身だしなみを整えるのは分かる。


 ただ、イーサックまで襟元へ手をやったのが気になった。


「……そんなに気をつけないと駄目なの?」


「何がだ?」


「ハーバード様に会う時」


 イーサックは襟から手を離し、俺を振り返った。


「前国王陛下にお会いするんだ。失礼があっちゃいけないだろ」


 もっともな答えだった。


 王都でその人の話が出た時から、何となく歯切れが悪いことを除けば。


 俺はウルスナへ顔を向ける。


「ぼくも、服を直した方がいい?」


 ウルスナは足を止め、肩に付いていた細い葉を取ってくれた。続いてフードの位置を確かめ、小さく頷く。


「これで結構です」


「ありがとう」


 これで服装を理由に怒られる心配はないだろう。


 あとは本人に会ってみるだけだ。


 ディアルは、相変わらず平然と歩いていた。


 ◇◇◇


 竹の間を抜けたところで、ふいに視界が開けた。


 両側に石の柱が立ち、その間に木の門が開いている。向こうには道が続き、霧の切れ間から家々の屋根が見えた。


 水の流れる音がする。


 もっと奥からは、人の掛け声と、何かを打ち合わせる音も聞こえた。さっきまで竹の葉がこすれる音ばかりだったので、それだけでずいぶん賑やかに感じる。


「着いたぞ」


 イーサックが言った。


 俺は門の向こうへ目を凝らした。道の脇には水路があり、小さな橋が掛かっている。その先を誰かが歩いていったが、こちらを気にした様子はなかった。


 ここが、始まりの里アストール。


 まずは荷物を下ろせる場所があると嬉しい。


 そう思って足を進めた時、門の脇から一人の少年が出てきた。


 暗い赤色の髪をした、俺よりずっと年上の少年だった。ディアルよりも年上に見える。きちんと整えられた服に、腰には武器。こちらを見た顔には、どこか自信が感じられた。


 その目がディアルを捉える。


 少年の足が止まった。


「……ディアル殿下」


「久しぶりだ」


 ディアルが答えると、少年は背筋を伸ばして頭を下げた。顔を上げたあとも、視線はディアルから離れない。


 知り合いらしい。


 それにしては、再会を喜ぶような雰囲気でもなかった。


「ヴィルツじゃないか。元気にしてたか」


 イーサックが声をかける。


「はい。お久しぶりです」


 ヴィルツと呼ばれた少年は、ようやくほかの顔ぶれへ目を移した。アリソン、ウルスナと順に見て、最後に俺のところで止まる。


 フードの下から見上げると、わずかに眉が寄った。


「殿下。そちらの子供は?」


「フィルだ。俺の弟だ」


 いつもの紹介だった。


 俺が訂正するより早く、ヴィルツの視線が腰へ下がる。刀を見ているらしい。少しの間、何も言わずに眺めてから、彼はディアルへ向き直った。


「……その子も、里へ入れるおつもりですか」

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