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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第七話 始まりの里へ

「ありえません」


 ウルスナの声を聞いて、俺は手の中の刀を見直した。


 ゆるやかに反った刃が、部屋の明かりを映している。反対の手にある鞘も、きちんと同じ長さに変わっていた。試しに収めてみると、引っかかることもなく、鍔が小さな音を立てた。


 うん。ちゃんと刀になっている。


「……どこか、おかしい?」


 ウルスナは答えなかった。鞘に収まった刀へ視線を落としたまま、立ち尽くしている。隣のカリーナも同じだった。


「変わるって言ったよね?」


「……はい」


「じゃあ、成功じゃないの?」


 ウルスナが顔を上げる。その唇が一度開き、何も言わないまま閉じられた。


 いつもなら、俺の質問くらいすぐに答えてくれる人だ。着替えや勉強を後回しにする言い訳など、最後まで聞いてもらえないことすらある。


 今日はずいぶんと返事が遅い。


「刀じゃ、駄目だった?」


「いえ。そのようなことはございません」


 今度の返事は早かった。


「ただ、少々……思いがけない形でしたので」


「そう?」


 刀以外にも候補はあった。大きな剣とか、槍とか。ただ、どれを使ってみたいかと聞かれれば、やっぱり刀だったのだ。


 ウルスナはもう一度、俺の手元へ目を向けた。


「フィル様は、なぜ刀をお望みになったのですか」


「かっこいいからだけど」


 さっきも言った気がする。


 ほかに立派な理由を求められても困るので、そのまま答えた。ウルスナは俺の顔をしばらく見つめ、それから静かに頷く。


「……左様でございますか」


 カリーナが何か言いかけたが、結局、言葉にはならなかった。代わりに両手を前で重ね、いつものように笑ってみせる。


 その笑顔も、少しぎこちない。


 うーん。二人には何か気になることがあるらしい。


「持っていても、大丈夫なんだよね?」


「もちろんでございます」


 ウルスナが答えた。ようやく聞き慣れた調子に戻っていたので、俺も柄を握る手の力を抜く。


 刀を選んではいけない決まりでもあったのかと思った。


「神樹の武器がどのような姿になるかは、私どもにも分かりません。驚かせてしまい、申し訳ございませんでした」


「いや、ぼくはいいんだけど」


 驚いたのは、そちらの方では。


 そう言いかけたところで、アリソンが一歩近づいてきた。


「少々、拝見してもよろしいでしょうか」


 鞘に収めた刀を渡すと、彼は机の上の包みを片づけ、その場所へ丁寧に横たえた。柄から鞘へ指を滑らせ、模様を目で追っていく。


 笑みは残っているが、もうこちらを見ていない。


 今夜の仕事が増えて、嬉しそうである。


「どうだ」


 ディアルが尋ねる。


「詳しく調べなければ何とも。ただ、形だけが変わったわけではなさそうですね」


「壊れてない?」


「そのような様子はございません」


 それを聞いて安心した。せっかくもらった誕生日の贈り物を、数秒で壊していたら申し訳が立たない。


 横からイーサックものぞき込む。


「ずいぶん長くなったな。振れそうか?」


「たぶん。思ったより軽いよ」


「なら、明日持ってこい。周りに何もないところで試そう」


「うん」


 言われて、部屋の中を見回した。机も椅子も人もいる。嬉しくなって、ここで振らなくてよかった。


 アリソンから刀を返してもらい、ディアルへ向き直る。


「これ、本当にぼくが使っていいんだよね?」


「お前にやった」


「そうだけど。なんだか、すごい物みたいだし」


「なら、大事に使え」


 話は終わりだとでも言うように、ディアルが自分の席へ戻った。そのあっさりした背中を見ていると、こちらまで難しく考えるのが馬鹿らしくなってくる。


「うん。ありがとう。大事にする」


 俺は刀を布の上へ置いた。


 顔を上げた時、ウルスナと目が合った。彼女はいつものように小さく頭を下げ、空になった皿へ手を伸ばす。カリーナも菓子を勧め始め、部屋には少しずつ賑やかさが戻ってきた。


 二人が何を気にしたのかは、結局よく分からなかった。


 でも、使っていいのなら、まずは使ってみよう。


 俺は布からのぞく柄へ、もう一度目を向けた。


 明日の稽古が、少し楽しみになった。


 ◇◇◇


 翌朝、中庭へ刀を持っていくと、イーサックがすぐに気づいた。


「さっそくか。気に入ったみたいだな」


「うん。せっかくだし、使ってみようと思って」


「いい心がけだ。じゃあ、まずはゆっくり振ってみろ」


 人のいない方へ向き、刀を抜く。明るいところで見ると、刃の反りが昨夜よりはっきり分かった。柄を両手で握り、頭の上から振り下ろしてみる。


 刃が空気を切った。


 軽い。振った感触も悪くない。ただ、普段の剣と同じつもりで動かすと、刃先が思っていた位置から少しずれる。


 足を置き直して、もう一度。


「手首を固めすぎだ」


 横からイーサックが声をかける。


「いつもの剣とは形が違う。腕の力で、同じところを通そうとするな」


「うーん。見てる時は、もっと簡単そうだったんだけど」


「何を見たんだ?」


「刀を使うところ」


 間違ったことは言っていない。


 前世で遊んだゲームには、かっこいい技がいくつもあった。構えた姿勢から一瞬で斬り抜けたり、振った武器から光の刃を飛ばしたり。ああいうものが、この世界の魔法なら本当にできるかもしれない。


 問題は、当時の俺が握っていたのは刀ではなく、コントローラーだったことだ。


 押すボタンなら覚えているんだけどな。


 もう一度振り下ろすと、イーサックが俺の手元へ目を寄せた。しばらく眺めてから、自分の顎を撫でる。


「剣の振り方は教えられるが、刀を専門に扱うなら、詳しい奴に見てもらった方がいいな」


「イーサックでも?」


「俺だって、何でも知ってるわけじゃないぞ」


 それはそうだ。


 いつも散々に転がされているせいで、武器さえ持たせれば何でもできる人だと思いかけていた。


 少し離れた場所では、ディアルが普段使っている武器で稽古をしている。こちらの会話が聞こえたのか、動きを止めて振り向いた。


「祖父に見せればいい」


 イーサックの手が、顎に触れたまま止まった。


「……あの方にか?」


「ああ」


 返事はいつもどおり短い。その一方で、イーサックは何か言いかけ、やめた。


 そこへ、ウルスナとアリソンがやって来る。アリソンは俺の刀を見てから、イーサックの顔へ視線を移した。


「何かございましたか」


「殿下が、前国王陛下に刀を見せたいと」


「なるほど」


 アリソンが微笑んだ。


 笑ったまま、少し黙った。


 何だろう。二人の反応が気になる。


「ディアルのおじいさんって、そんなに刀に詳しいの?」


「詳しい。魔法も教えられる」


 ディアルが答える。


 刀も魔法も教えてもらえるのなら、俺にとってはありがたい話だ。だが、イーサックとアリソンは、そこまで楽しそうではなかった。


「会いたくない人なの?」


「ご立派な方ですよ」


 アリソンは即答した。


 質問への答えにはなっていない。


「大変、お元気な方でもございます」


 ウルスナまで言い方を選んでいる。


 俺はディアルを見た。三人の反応を気にする様子もなく、汗を拭いている。


 どうやら、そのおじいさんを恐れていないのは、この中ではディアルだけらしい。


「どこにいるの?」


「アストールだ」


 聞き覚えのない名前だった。


 アリソンが、俺にも分かるように言い直す。


「始まりの里アストール。アセナル王国が建てられる以前からある、王家ゆかりの里です」


「始まりの里?」


「今の王家のご先祖が築いた場所、とお考えください。現在は前国王ハーバード陛下が、里長を務めておられます」


 そんな場所があったのか。


 名前だけ聞くと、初めて旅に出る者が立ち寄りそうな里だ。もっとも、俺がこれから会うのは、そこで暮らす元国王のおじいさんらしい。


「そこで刀を教えてもらえるんだね」


「刀に限りません。様々な武器を扱う者が暮らしております。フィル様の刀についても、何か分かるかもしれません」


「行ってみたいな」


 口にしてから、ディアルを見る。


 彼は一度だけ頷いた。


「父上に話す」


 決めるのが早い。


 俺としては、これから皆で相談するつもりだったのだが、ディアルの中では、もう話がまとまっていたらしい。


「アリソン。準備を」


「かしこまりました」


 アリソンが頭を下げる。その隣でイーサックが、小さく息を吐いた。


 ますます気になる。


 ハーバードという人は、いったい何をすれば、この二人をこんな顔にさせられるのだろう。


 ◇◇◇


 里行きは、思っていたよりすんなり決まった。


 ディアルが父親である国王へ話を通し、許しをもらったらしい。同行するのは、アリソン、イーサック、ウルスナ。俺とディアルを合わせて五人だった。


 出発の準備が始まった日の昼食で、それを聞いたアリスが匙を置いた。


「私の名前がありません」


 もっともな指摘をする顔だった。


「アリスは留守番だ」


 ディアルが答えると、彼女は隣に立つカリーナを見た。カリーナも困ったように眉を下げる。


「アリス様には、決まっているご予定がございますので」


「それなら、お兄様たちが待っていればいいのです」


「そういうわけにもまいりません」


「私は刀を見たいだけです」


「ここにあるよ」


 俺が口を挟むと、じろりと睨まれた。


 どうやら、今のは欲しい答えではなかったらしい。


「フィルがちゃんと稽古できるか、見ていなければなりません」


「イーサックもいるけど」


「イーサックだけでは心配です」


「信用ないな、俺」


 当人が苦笑する。普段なら言い返しそうなものだが、今日はアリスの味方をしてくれるつもりはないようだ。


 アリスはディアルを見た。


 ディアルは食事を続けていた。


 しばらくその横顔を見つめてから、アリスは自分の皿へ視線を落とす。


「……分かりました」


 あっさりした返事だった。


 もう少し粘ると思っていたので意外だったが、ここで余計なことを言って、話を最初からやり直すのも困る。


 俺も食事へ戻ることにした。


 その後、アリスがカリーナを呼び寄せ、何か小声で話しているのが見えた。カリーナはこちらをちらりと見て、それから慌ててアリスへ顔を近づける。


 聞こえない。


 目が合うと、二人は同時に背筋を伸ばした。


 うーん。


 隠し事が上手になったのか、なっていないのか。


 ◇◇◇


 出発の朝、俺は部屋の鏡の前でフードをかぶった。


 額の辺りから白い髪が少しのぞいていたので、指で押し込む。横を向いて確かめていると、背後からウルスナが手を伸ばし、襟元を整えてくれた。


「窮屈ではございませんか」


「大丈夫。ちゃんと前も見えるよ」


「では、参りましょう」


 刀を腰へ差そうとして、少し手間取った。


 持っているだけなら格好がいいのに、身につけて歩くとなると話が違う。どの位置なら邪魔にならないか確かめながら、帯を締め直す。


 ウルスナは急かさずに待っていた。最後に一度だけ刀の位置へ目を留めると、俺の荷物を確かめて扉を開ける。


 外では、すでに馬が用意されていた。


 イーサックが荷物の固定を確かめ、アリソンが何かを書きつけた紙を畳んでいる。ディアルは俺の姿を見ると、腰の刀へ目をやった。


「歩けるか」


「うん。何とか」


「邪魔なら外せ」


「もう少し、このままでいい」


 せっかくなのだ。慣れるまでくらいは頑張りたい。


 見送りに来ていたアリスが、俺の正面へ立った。


「フィル。途中で迷子になってはいけませんよ」


「ならないよ。皆と一緒にいるし」


「お兄様に迷惑をかけないように」


「気をつけます」


「それから――」


 言いかけて、アリスが口を閉じた。


 何か忘れ物でも思い出したのかと思ったが、彼女はカリーナを一度だけ見て、俺へ向き直る。


「いってらっしゃい」


「うん。いってきます」


 不満は残っていそうだったが、今朝は同行すると言い出さなかった。カリーナも、その後ろからにこにこと手を振っている。


 少し気になったものの、イーサックに呼ばれて馬へ向かった。


 鞍へ上がり、足の位置を確かめる。刀が当たらないように直しているうちに、ディアルはもう準備を終えていた。


「忘れ物は?」


「ないと思う」


 部屋から持ってきた荷物を見て、腰の刀へ触れる。


 よし。たぶん大丈夫だ。


 馬が歩き出すと、アリスたちの姿が少しずつ遠ざかっていった。振り返って手を振る俺の横へ、アリソンの馬が並ぶ。


「フィル様。道中、何かあればお申しつけください」


「うん。そういえば、里までどれくらいかかるの?」


「通常、兵士の足で十日ほどです」


「十日」


 なかなかの距離だった。教えてもらいに行くのだから仕方がないが、もう少し近くへ住んでくれていてもよかったと思う。


「今回は六日を見込んでおります」


「……急ぐんだ?」


「いえ。フィル様に合わせた日程です」


 俺は手綱を握ったまま、アリソンを見た。


 いつもの笑顔だった。


「ぼくに合わせて、六日?」


「はい。森の奥へ入ってからは、馬を下りて進みます。無理のないよう、休憩も取りましょう」


 気遣われている。それは分かる。


 分かるのだが、普通の兵士より四日も短い日程で気遣われると、こちらが何を求められているのか不安になる。


 前を行くイーサックに聞こえるよう、少し声を張った。


「五歳児に歩かせる距離じゃなくない?」


「まだ歩いてもいないだろ」


 振り返りもせずに返された。


 確かに、今歩いているのは馬だった。


「先に言っておこうと思って」


「その元気があれば大丈夫だ」


 隣でディアルも頷いている。


 この人たちの大丈夫は、あまり信用しない方がいい。毎日の稽古で、そこだけは十分に学んだ。


 王都の門を抜けると、道の先が広く見渡せるようになった。建物の間に閉じ込められていた風がフードを揺らし、俺は片手でその縁を押さえる。


 始まりの里アストール。


 そこには刀を教えてくれる人がいて、イーサックやアリソンが顔を曇らせるおじいさんがいるらしい。


 刀の扱いも気になるが、その人にも早く会ってみたくなっていた。


 俺は鞘の位置をもう一度直し、前を行くディアルの隣へ馬を進めた。

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