第四十五話 みんなで遊ぶために
「今日は、工房へ行くんだよね」
朝食の席で、アリスが尋ねた。
ディアルがベルガン様と広場へ来てから、数日が過ぎていた。
「うん。やっと試せるところまでできたって」
「公務がないのは、お前だけだな」
ディアルが言う。
「遊ぶのも大事な予定だよ」
「仕事とは言っていない」
「言われる前に答えただけ」
ディアルは今日もベルガン様のところへ行く。アリスにも医療施設での仕事があった。
俺は午前中を工房で過ごし、午後には卵を持ってハリエット様へ相談に行く。
遊ぶ予定も、帰る時刻も決まっていた。
「では、遅れないでくださいね」
「どっちに?」
「どちらにもです」
アリスに見送られ、俺はフードを深くかぶって王宮を出た。
◇◇◇
工房へ入ると、三人とも、もう作業を始めていた。
アダムスは卓の前で人形を持ち上げ、腕や脚の関節を一つずつ動かしている。
その隣では、魔道具の修理や組み付けを得意とするパーロが、卓上のフィールドを組み直していた。外した部品を次々に置くので作業台は散らかって見えるが、戻す場所に迷う様子はない。
若い弟子のセオは必要な道具を並べながら、何度もこちらを見た。
フィールドと呼んでいる台を挟み、二人で人形を戦わせる。そんな遊びを、この三人と前から作っていた。
自分の人形で相手を出し抜き、攻撃を避け、やり返す。
考えるだけで、台の向こう側に誰かを座らせたくなる。
「遅いぞ、フィル」
「約束の時間には間に合ってるよ」
「俺たちは先に始めてた」
「それはセオが早かったんじゃない?」
「準備する側は早く来るものなんだよ」
先輩らしいことを言いながら、使わない道具まで一つ並べている。
パーロが笑い、セオは何も言わずにそれだけ端へ戻した。
「今日は昼まで試せるよ。午後は約束があるけど」
「なら、話してる間に始めようぜ」
セオに急かされ、俺は人形を作ってくれているアダムスへ向き直った。
「人形は?」
「問題ない」
短い返事だった。
アダムスが人形を卓へ置き、背中を軽く押す。体は傾き、足首と膝が動いて倒れずに止まった。
子供が何度も遊べるよう、関節は簡単には外れない。壊れた時に直せる作りも、前から確かめてきた。
「こっちも、外れたところはないぞ」
パーロがフィールドを指で叩く。
「昨日、セオが触ったところも含めてな」
「ちゃんと戻しただろ」
「だから動くか試すんだよ」
言い返しかけたセオは、俺の前へ場所を空けた。
「まず、人形だけ動かしてみろ」
「うん」
俺は人形へ直接、操作魔法を使った。
右腕を上げる。下ろす。一歩前へ進ませ、体を横へ向ける。
人形は指示したとおりに動いた。
アダムスが足元へ手を添え、関節の動きを見る。引っかかりはない。
「人形は大丈夫だな」
パーロが言った。
「次だ、次」
セオが人形をフィールドの上へ戻す。
アダムスが両足の位置を直している間に、パーロが側面へ最後の部品を組み込む。セオが道具を下げると、俺の前が空いた。
やりたいのは、操作魔法を直接使うことではない。
フィールドへ魔力を流し、そこから人形へ指示を送る。操作魔法の適性がない人でも、同じ台を使って遊べるようにするためだった。
俺はフィールドへ手を置き、いつも使うくらいの魔力を流した。
人形の腕を上げるつもりで、指示を送る。
動かない。
「もう一回」
今度は、前へ進むようにする。
人形は、フィールドの上で立ったままだった。
「寝てるんじゃないか?」
パーロが言う。
「さっき起きてたよ」
俺が答えると、アダムスが人形の頭を指で叩いた。
「起きている」
「アダムスまで言うの?」
セオが人形を持ち上げ、俺はまた直接動かす。
腕も脚も、問題なく動いた。
パーロはフィールドの部品を確かめ、セオが道具を渡す。アダムスは人形の足を外から動かし、また戻した。
俺も魔力を流す場所や、動かそうとする順番を変えた。
それでも、フィールドへ戻した人形は動かない。
パーロが手を伸ばすと、セオは言われる前に次の道具を渡した。俺には似たように見える細い道具も、ちゃんと使い分けている。
やがてパーロは体を起こし、外していた部品を戻した。
「接続は合ってる。割れた部品もない」
「壊れてないのに、動かないね」
「一番困るやつだな」
パーロの返事は明るかった。
動かないのは悔しい。
でも、台を片づけようと言う人は一人もいない。俺もまだ帰りたくなかった。
「もっと魔力を流したら?」
俺が言うと、パーロがフィールドへ目を落とした。
「今よりか?」
「うん。少しずつ増やしてみる」
「壊すなよ」
セオが言う。
「壊れたら直す」
アダムスはそう言って、人形の横へ手を添えた。
頼もしいけれど、壊してよいという意味ではないはずだ。
俺はもう一度、フィールドへ魔力を流した。
さっきより多く。
まだ動かない。
さらに増やす。
フィールドの上で、人形の右腕が上がった。
「動いた!」
セオの声と、俺の声が重なった。
集中を切らさず、次の指示を送る。
人形が一歩進む。少し間を置いて、もう一歩。体を横へ向け、上げていた腕を下ろした。
俺は人形へ直接、操作魔法をかけていない。魔力を流しているのは、手元のフィールドだけだ。
それでも人形は、俺が送った指示に合わせて動いている。
「できた」
今度は小さく言った。
大声を出すと、集中までどこかへ飛んでいきそうだった。
アダムスは人形の足元から手を離し、初めて少しだけ口元を緩めた。
パーロは笑いながらも、すぐフィールドの横へ回り込む。セオだけは、人形と俺を交互に見てから、もう一度「動いた」と言った。
「もう一度、歩かせろ」
アダムスが人形の足を見る。
俺は一歩だけ進ませて、止めた。
パーロがフィールドの横から接続を確かめる。
「たまたま揺れたんじゃないな」
「うん。動かした」
セオが俺の隣へ入り込んだ。
「次、俺」
場所を譲ると、セオはすぐにフィールドへ手を置いた。
パーロとアダムスも、順に同じように試した。
三人が魔力を流している間、人形は立ったままだった。
俺の流し方を確かめて、同じようにやってみても変わらない。
「フィル、どれだけ流したんだ?」
パーロが尋ねる。
「いっぱい」
「それで伝わると思うか?」
「さっきより、かなりいっぱい」
「もっと分からなくなった」
パーロが俺の顔を覗き込んだ。
「それだけ流して、まだ続けられるのか?」
「うん。もう一度やろうか?」
いつもならすぐに次をせがむセオが、黙って俺を見た。アダムスも、フィールドに置いた自分の手から俺へ視線を移す。
「……よく残ってるな」
パーロが呟いた。
セオは自分の手を握ったり開いたりしてから、動かない人形を睨んだ。
「俺にも動かさせろよ。これじゃ、フィルと勝負できないだろ」
「俺も、それは困る」
動かせたことは嬉しい。
けれど、今のままでは俺しか遊べない。
魔力をたくさん持っている方しか動かせないなら、勝負を始める前に結果が決まってしまう。
作りたいのは、そういう遊びではなかった。
負けたらもう一回と言えて、次は別のやり方を試せるものがいい。
広場のオセロなら、子供が石を置くたび、大人まで盤を覗き込んで考えていた。年上だから、力が強いからというだけで勝ちは決まらない。
人形の勝負も、そうしたかった。
「子供だって、上手くやれば大人に勝てる方が面白いでしょ」
「お前、俺に勝つ気で言ってるだろ」
「そりゃ、勝ちたいよ。だから、セオも動かせるようにしないとね」
「俺が勝つけどな」
「まだ動かせてもないのに?」
「動いたら勝つ」
「じゃあ、早く動かせるようにしよう」
パーロが笑いながら、またフィールドを引き寄せる。
「動く方法があることは分かった。今日は、朝より進んだな」
原因も、少ない魔力で動かす方法も、まだ分からない。
それでも、フィールドから人形を操縦できることは確かめられた。
アダムスが人形を卓へ戻す。
セオはもう次に試す道具を選び始め、パーロも外した部品を並べ直している。
「午後の予定、遅れるなよ」
セオが道具を探しながら言った。
「分かってる。だから、それまでにもう一つ試そう」
「一つで終わるか?」
「二つくらい?」
パーロに笑われ、アダムスが無言で新しい部品を卓へ置いた。
皆で遊べるところまでは、まだ遠い。
でも、次に試したいことなら、もう四人分あった。
フィルの趣味にも興味持ってあげてください




