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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第四十六話 届いた一歩


「もう一回」


 セオがフィールドへ手を置く。


 人形は動かない。


「もう一回は、さっきも聞いたぞ」


 パーロが言うと、セオは手を離さないまま睨んだ。


「今のは昨日の分。これは今日の一回目だ」


「便利な数え方だな」


 セオと交代して、俺も魔力を流してみた。少しずつ増やしていくと、人形の腕がようやく上がる。


 けれど、これでは前と同じだった。


 最初にフィールドから人形を動かせてから、もう一週間ほど経っている。工房へ来られる時には皆で試し、パーロは接続を確かめ、アダムスは人形を調べ、セオは試したことを残してきた。


 壊れている場所は見つからない。


 俺がたくさん魔力を流せば動く。それ以外の三人では動かない。


「今日も、立ってるだけなら上手なんだけどね」


 俺が言うと、アダムスが人形を持ち上げた。


「人形に異常はない」


 アダムスは両足をそろえ、フィールドへ戻した。


「じゃあ、意地を張ってるのはフィールドかな」


「叩けば起きるか?」


 セオが手を上げ、パーロがその手首をつかんだ。


「起こす前に壊す気か」


 その時、工房の扉が三度鳴った。


「開いてるぞ」


 パーロが返事をする。


 扉が外から開き、箱を抱えた男が入ってきた。足元の部品を避け、空いている卓を探して工房の中を見回す。


「前より置き場所が減ってないか」


「作る物が増えたんだよ」


「片づける物も増えたように見える」


「それは気のせいだ」


 男は慣れた様子で一番端の卓へ箱を置いた。パーロも気安く返している。


「フィル、こいつはカリク。魔道具大国から部品を運んでくる商人で、昔からの付き合いだ」


 パーロが俺を手で示す。


「カリク、こっちはフィル。この人形遊びを考えた本人だ」


「初めまして」


 俺はフードをかぶったまま頭を下げた。


「初めまして、フィルさん。カリクです」


 カリクも礼を返した。俺を見て驚くことも、代わりにパーロへ話しかけることもない。


 その後はすぐ納品になった。


 パーロが箱を開け、注文した品と数を確かめる。カリクは紙を見ながら一つずつ答えた。二人の口調は砕けていても、確認はあっという間に終わった。


「今日は珍しく、頼んだ物だけだな」


「お前は、頼んでいない物まで届くと思っているのか」


「面白い物があればな」


「それなら、そちらは何だ?」


 カリクがフィールドを見た。


「面白くなる予定の物です」


 俺が答えると、カリクは少しだけ目を細めた。


「では、今は?」


「俺がたくさん魔力を流した時だけ、動く物です」


「そこを何とかしてる最中だ」


 パーロが笑い、フィールドから人形へ指示を送る仕組みを短く説明した。操作魔法が得意でなくても遊べるようにしたいことと、今は多くの魔力が必要なことも話す。


 カリクは途中で口を挟まず、フィールドの側面と、置かれた人形を順に見た。


「魔力を受け取る場所を見ても?」


「裏だ」


 パーロがフィールドを傾ける。


 カリクは裏側の接続部分を覗き込み、しばらくしてから、自分が入ってきた扉の方を見た。


「次の納品先へ運ぶ品に、使えるかもしれない物があります」


「俺への納品じゃないのか」


「別の店の注文だ。予備も積んであるから、少し待ってくれ」


 カリクは扉の外へ戻り、もう一つの箱を持ってきた。


「この中からなら、納品に差し支えず試作へ回せます」


 箱から取り出したのは、俺の掌より小さい薄い金属板だった。表には細い溝が何本も走っている。


「魔力を先へ渡しやすくするための部品です。フィールドの裏側、魔力を受け取る接続部分へ付ければ、人形まで届きやすくなるかもしれません」


 人形の中に入れる物ではないらしい。


 パーロは金属板を受け取り、裏側へ重ねた。向きを変え、接続部分との間へ指を入れる。


「このままじゃ合わない。だが、受け口を一つ挟めば付けられる」


「なら、こちら側の溝をつなぐといい」


 二人の言葉が急に短くなった。


 俺には全部は分からない。でも、パーロが迷っている時ではなく、作り方を決めた時の顔をしていることは分かった。


「その部品、試させてもらえますか?」


 俺が尋ねると、カリクはすぐには頷かなかった。


「ええ。ただし、仕事の相談があります」


 穏やかな声のまま、言葉だけがはっきりする。


「自分の人形で友達と競えるなら、欲しがる人はいるでしょう。試作の部品と知識はこちらから出しますし、完成後の調達にも協力します。その代わり、皆さんと改良するこの部品は、私の店だけで販売させていただきたいのです」


「人形や、この遊びごとじゃないんですよね」


「もちろんです。共同で改良する、この部品だけです」


 俺一人で決めてよいことではない。パーロを見ると、アダムスも人形を持ったまま話を聞いていた。


「値段や期間は後で決める。それでいいなら、まず試すところまでだ」


 パーロが言う。


「ええ。私も、使える物になるかは見ておきたい」


「じゃあ、早く付けよう」


 セオが道具を並べ始めた。


「商談の後で最初に言うことがそれか」


「動かなきゃ、売る話もできないだろ」


「それはそうだね」


 俺も笑って、フィールドの上から人形を下ろした。


 ◇◇◇


 作業はその日のうちに終わった。


 といっても、金属板を置いただけではない。パーロが接続部分に合わせて受け口を組み、カリクが溝の向きを確かめる。セオが頼まれた道具を渡し、俺はフィールドを押さえた。


 アダムスはその間に人形の腕と脚を調べていた。人形そのものは、今日まで四人で作ってきた物のままだ。


「できたぞ」


 パーロがフィールドを表へ返した。


 見た目は何も変わっていない。裏に収まったあの薄い板で、本当に動くようになるのだろうか。


 アダムスが接続部分を横から確かめ、小さく頷いた。


 人形を元の位置へ戻す。


 俺が手を出すより先に、セオがフィールドの前へ座った。


「最初は俺だ」


「どうして?」


「フィルが動かしたら、前と同じか分からないだろ」


 悔しいけれど、正しい。


「じゃあ、どうぞ」


 俺は場所を譲った。


 セオが、これまでと同じようにフィールドへ手を置く。


「いつもの量でやれ」


 パーロが言った。


「分かってる」


 セオは息を一つ吐き、人形へ一歩進むよう指示を送った。


 人形の右足が上がった。


 前へ出て、フィールドを踏む。


 誰も声を出さなかった。


 セオがもう一度指示する。


 左足が動き、人形は二歩目を進んだ。


「動いた」


 セオが言った。


「動いた!」


 俺も声を上げた。パーロが身を乗り出し、カリクも人形の足元を覗き込む。


「待て、そのまま止めるな。腕もだ」


 パーロに言われ、セオは慌てて次の指示を送る。


 人形が右腕を上げる。


「あれ、左のつもりだったのに」


「右も左も、分からなくなっちゃった?」


 俺が横から言うと、セオが振り向いた。


「動いたならいいだろ!」


 セオは怒ったように返したのに、顔はずっと笑っていた。


 アダムスが人形の足元を覗き込み、動きを確かめる。もう一歩。腕を下ろす。今度は体ごと少し横を向いた。


「俺の魔力で動いてる」


 セオが、確かめるように言う。


「うん。俺じゃなくても動いた」


 胸の中に引っかかっていた物が、一緒に動き出した気がした。


 俺がたくさん流せば動く。それだけでは、俺の遊びにしかならない。


 今、セオが自分の手で動かした。


「次は勝負だな」


 セオが人形を見たまま言う。


「まだ片方しか動かしてないよ」


「もう一体も動かせばいい」


「その前に、右と左を間違えないようにしないとね」


「間違えてない。人形が先走ったんだ」


「人形のせいにするのか」


 パーロが笑う。


 セオはまた手を置き直し、今度こそ左腕を上げようとした。人形は半歩進んでから、遅れて左腕を上げる。


 セオは自分の左手を見てから、人形の左腕を見直した。動くようにはなったけれど、慣れるまでは戸惑いそうだ。


 その様子を見て、前世で握った物を思い出した。


「手を置くだけじゃなくて、動かすための棒を付けたらどうかな」


 皆が俺を見た。


「棒を前へ倒したら前に進む。腕を上げるとか攻撃するとかは、押すボタンに分けるんだ。操作する場所を作れば、初めての人にも分かりやすいかもしれない」


 パーロが、フィールドの手前を指で測る。


「棒とボタンの操作台か。付ける場所は作れそうだな」


「押しすぎても壊れない物にする」


 アダムスが言った。


「俺は今のままでもできるぞ」


 セオはそう言いながら、もう操作台を置く辺りを見ている。


「じゃあ、できたら使わない?」


「先に試してやる」


 カリクは歩く人形を目で追っていた。やがて、パーロが指で測っている場所へ視線を移す。


「次に必要な部品も、探しておきましょうか」


「お願いします」


 一週間、セオの前で立ち尽くしていた人形は、今日、その魔力で歩いた。


 勝負はまだできていない。


 でも、次に作りたい物なら、もう目の前に見えていた。

もうしばらく、フィルの趣味にお付き合いください

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