第四十六話 届いた一歩
「もう一回」
セオがフィールドへ手を置く。
人形は動かない。
「もう一回は、さっきも聞いたぞ」
パーロが言うと、セオは手を離さないまま睨んだ。
「今のは昨日の分。これは今日の一回目だ」
「便利な数え方だな」
セオと交代して、俺も魔力を流してみた。少しずつ増やしていくと、人形の腕がようやく上がる。
けれど、これでは前と同じだった。
最初にフィールドから人形を動かせてから、もう一週間ほど経っている。工房へ来られる時には皆で試し、パーロは接続を確かめ、アダムスは人形を調べ、セオは試したことを残してきた。
壊れている場所は見つからない。
俺がたくさん魔力を流せば動く。それ以外の三人では動かない。
「今日も、立ってるだけなら上手なんだけどね」
俺が言うと、アダムスが人形を持ち上げた。
「人形に異常はない」
アダムスは両足をそろえ、フィールドへ戻した。
「じゃあ、意地を張ってるのはフィールドかな」
「叩けば起きるか?」
セオが手を上げ、パーロがその手首をつかんだ。
「起こす前に壊す気か」
その時、工房の扉が三度鳴った。
「開いてるぞ」
パーロが返事をする。
扉が外から開き、箱を抱えた男が入ってきた。足元の部品を避け、空いている卓を探して工房の中を見回す。
「前より置き場所が減ってないか」
「作る物が増えたんだよ」
「片づける物も増えたように見える」
「それは気のせいだ」
男は慣れた様子で一番端の卓へ箱を置いた。パーロも気安く返している。
「フィル、こいつはカリク。魔道具大国から部品を運んでくる商人で、昔からの付き合いだ」
パーロが俺を手で示す。
「カリク、こっちはフィル。この人形遊びを考えた本人だ」
「初めまして」
俺はフードをかぶったまま頭を下げた。
「初めまして、フィルさん。カリクです」
カリクも礼を返した。俺を見て驚くことも、代わりにパーロへ話しかけることもない。
その後はすぐ納品になった。
パーロが箱を開け、注文した品と数を確かめる。カリクは紙を見ながら一つずつ答えた。二人の口調は砕けていても、確認はあっという間に終わった。
「今日は珍しく、頼んだ物だけだな」
「お前は、頼んでいない物まで届くと思っているのか」
「面白い物があればな」
「それなら、そちらは何だ?」
カリクがフィールドを見た。
「面白くなる予定の物です」
俺が答えると、カリクは少しだけ目を細めた。
「では、今は?」
「俺がたくさん魔力を流した時だけ、動く物です」
「そこを何とかしてる最中だ」
パーロが笑い、フィールドから人形へ指示を送る仕組みを短く説明した。操作魔法が得意でなくても遊べるようにしたいことと、今は多くの魔力が必要なことも話す。
カリクは途中で口を挟まず、フィールドの側面と、置かれた人形を順に見た。
「魔力を受け取る場所を見ても?」
「裏だ」
パーロがフィールドを傾ける。
カリクは裏側の接続部分を覗き込み、しばらくしてから、自分が入ってきた扉の方を見た。
「次の納品先へ運ぶ品に、使えるかもしれない物があります」
「俺への納品じゃないのか」
「別の店の注文だ。予備も積んであるから、少し待ってくれ」
カリクは扉の外へ戻り、もう一つの箱を持ってきた。
「この中からなら、納品に差し支えず試作へ回せます」
箱から取り出したのは、俺の掌より小さい薄い金属板だった。表には細い溝が何本も走っている。
「魔力を先へ渡しやすくするための部品です。フィールドの裏側、魔力を受け取る接続部分へ付ければ、人形まで届きやすくなるかもしれません」
人形の中に入れる物ではないらしい。
パーロは金属板を受け取り、裏側へ重ねた。向きを変え、接続部分との間へ指を入れる。
「このままじゃ合わない。だが、受け口を一つ挟めば付けられる」
「なら、こちら側の溝をつなぐといい」
二人の言葉が急に短くなった。
俺には全部は分からない。でも、パーロが迷っている時ではなく、作り方を決めた時の顔をしていることは分かった。
「その部品、試させてもらえますか?」
俺が尋ねると、カリクはすぐには頷かなかった。
「ええ。ただし、仕事の相談があります」
穏やかな声のまま、言葉だけがはっきりする。
「自分の人形で友達と競えるなら、欲しがる人はいるでしょう。試作の部品と知識はこちらから出しますし、完成後の調達にも協力します。その代わり、皆さんと改良するこの部品は、私の店だけで販売させていただきたいのです」
「人形や、この遊びごとじゃないんですよね」
「もちろんです。共同で改良する、この部品だけです」
俺一人で決めてよいことではない。パーロを見ると、アダムスも人形を持ったまま話を聞いていた。
「値段や期間は後で決める。それでいいなら、まず試すところまでだ」
パーロが言う。
「ええ。私も、使える物になるかは見ておきたい」
「じゃあ、早く付けよう」
セオが道具を並べ始めた。
「商談の後で最初に言うことがそれか」
「動かなきゃ、売る話もできないだろ」
「それはそうだね」
俺も笑って、フィールドの上から人形を下ろした。
◇◇◇
作業はその日のうちに終わった。
といっても、金属板を置いただけではない。パーロが接続部分に合わせて受け口を組み、カリクが溝の向きを確かめる。セオが頼まれた道具を渡し、俺はフィールドを押さえた。
アダムスはその間に人形の腕と脚を調べていた。人形そのものは、今日まで四人で作ってきた物のままだ。
「できたぞ」
パーロがフィールドを表へ返した。
見た目は何も変わっていない。裏に収まったあの薄い板で、本当に動くようになるのだろうか。
アダムスが接続部分を横から確かめ、小さく頷いた。
人形を元の位置へ戻す。
俺が手を出すより先に、セオがフィールドの前へ座った。
「最初は俺だ」
「どうして?」
「フィルが動かしたら、前と同じか分からないだろ」
悔しいけれど、正しい。
「じゃあ、どうぞ」
俺は場所を譲った。
セオが、これまでと同じようにフィールドへ手を置く。
「いつもの量でやれ」
パーロが言った。
「分かってる」
セオは息を一つ吐き、人形へ一歩進むよう指示を送った。
人形の右足が上がった。
前へ出て、フィールドを踏む。
誰も声を出さなかった。
セオがもう一度指示する。
左足が動き、人形は二歩目を進んだ。
「動いた」
セオが言った。
「動いた!」
俺も声を上げた。パーロが身を乗り出し、カリクも人形の足元を覗き込む。
「待て、そのまま止めるな。腕もだ」
パーロに言われ、セオは慌てて次の指示を送る。
人形が右腕を上げる。
「あれ、左のつもりだったのに」
「右も左も、分からなくなっちゃった?」
俺が横から言うと、セオが振り向いた。
「動いたならいいだろ!」
セオは怒ったように返したのに、顔はずっと笑っていた。
アダムスが人形の足元を覗き込み、動きを確かめる。もう一歩。腕を下ろす。今度は体ごと少し横を向いた。
「俺の魔力で動いてる」
セオが、確かめるように言う。
「うん。俺じゃなくても動いた」
胸の中に引っかかっていた物が、一緒に動き出した気がした。
俺がたくさん流せば動く。それだけでは、俺の遊びにしかならない。
今、セオが自分の手で動かした。
「次は勝負だな」
セオが人形を見たまま言う。
「まだ片方しか動かしてないよ」
「もう一体も動かせばいい」
「その前に、右と左を間違えないようにしないとね」
「間違えてない。人形が先走ったんだ」
「人形のせいにするのか」
パーロが笑う。
セオはまた手を置き直し、今度こそ左腕を上げようとした。人形は半歩進んでから、遅れて左腕を上げる。
セオは自分の左手を見てから、人形の左腕を見直した。動くようにはなったけれど、慣れるまでは戸惑いそうだ。
その様子を見て、前世で握った物を思い出した。
「手を置くだけじゃなくて、動かすための棒を付けたらどうかな」
皆が俺を見た。
「棒を前へ倒したら前に進む。腕を上げるとか攻撃するとかは、押すボタンに分けるんだ。操作する場所を作れば、初めての人にも分かりやすいかもしれない」
パーロが、フィールドの手前を指で測る。
「棒とボタンの操作台か。付ける場所は作れそうだな」
「押しすぎても壊れない物にする」
アダムスが言った。
「俺は今のままでもできるぞ」
セオはそう言いながら、もう操作台を置く辺りを見ている。
「じゃあ、できたら使わない?」
「先に試してやる」
カリクは歩く人形を目で追っていた。やがて、パーロが指で測っている場所へ視線を移す。
「次に必要な部品も、探しておきましょうか」
「お願いします」
一週間、セオの前で立ち尽くしていた人形は、今日、その魔力で歩いた。
勝負はまだできていない。
でも、次に作りたい物なら、もう目の前に見えていた。
もうしばらく、フィルの趣味にお付き合いください




