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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第三十九話 入口で待つ


 洞窟の入口は、森の奥で黒く開いていた。


 アリスはカリーナと並び、その前に用意された天幕へ向かった。


 王宮から歩いて二時間。


 いつ二人が出てきても迎えられるよう、公務を終えてから来たのだ。


「まだ、お戻りではないのですね」


 入口近くにいたウルスナが、静かに頷いた。


「はい。中からの物音もございません」


 アリスは洞窟を見る。


 奥は暗く、外からでは何も分からない。


「今日で五日目ですよね」


 カリーナが言った。


「普通なら、そろそろでしょうか」


「あの二人なら、朝のうちに出てきてもおかしくなかったけどな」


 イーサックは、入口の脇へ座ったまま答えた。


「フィルが中で面白いものでも見つけたんだろ。ディアル様を連れ回してるんじゃねえか?」


「お兄様が、止めると思います」


「一緒に見に行ってるかもしれねえぞ」


 そんな二人を想像すると、少しだけおかしかった。


 フィルなら、気になるものを見つければ足を止めそうだ。何をしているのかとディアルが覗き込み、結局、二人で確かめている姿まで浮かんだ。


「では、今日中には戻りますね」


 アリスが言うと、イーサックは笑った。


「そう思いますよ。腹を空かせて出てくるでしょうから、食事でも用意して待ちましょう」


 期限は二週間ある。


 五日は、これまで試練を受けた王子たちが戻る、おおよその日数に過ぎない。


 アリスは、カリーナと一緒に迎える準備を始めた。


 食事は温かいものをすぐ出せるようにしてもらう。水と布を並べ、怪我があった時に使う物も確かめた。


「お二人なら、治療の必要はないかもしれませんね」


 カリーナが言う。


「なくてもよいのです。でも、戻ってから用意していては遅いですから」


「お二人とも、戻ったらすぐにお休みになるでしょうか」


「その前に、お話を……」


 言いかけて、アリスは口を閉じた。


「食事と、休息が先ですね」


「お話を聞く椅子も、用意しておきます」


 カリーナは笑いながら、並んだ布の端を整えた。


 アリスも少し笑った。


 フィルなら、自分は元気だから食事だけでいいと言うかもしれない。ディアルは必要がないと判断すれば、そのまま報告を始めようとするだろう。


 二人とも、まず座らせなければならない。


 帰ってきた時に言うことまで考えながら、入口の見える場所へ椅子を移した。


 アリスはもう一度入口を見てから、天幕へ入った。


 ◇◇◇


 昼を過ぎ、森の影が長くなっても、二人は戻らなかった。


 自分の夕食にも手をつけた。隣でカリーナが食べ始めてから、ようやく匙を取った。


 温かかったはずなのに、何を食べたのかはあまり覚えていない。


 食事が済むと、アリソンが翌日の予定を確かめに来た。


「明朝、王宮へお戻りになる手配でよろしいでしょうか」


「はい」


 返事をしてから、アリスは入口へ顔を向けた。


「私が休んでいる間に二人が戻りましたら、すぐに知らせていただけますか」


「もちろんです」


「王宮に着いた後でもです」


「最も早い手段でお伝えいたします」


 いつもの笑顔で答えられ、アリスは頷いた。


 暗くなってからは、入口の前に灯りが増やされた。


 出てきた二人の顔も、足元も、すぐに見える。アリスは椅子を少し入口の方へ寄せた。


 アリスはその光が揺れるたび、何かが動いたのではないかと顔を上げた。


 風で葉が鳴っただけだった。


「……やはり、遅くありませんか」


 近くにいたイーサックへ尋ねると、彼も一度入口を見た。


「まだ五日目です。フィルの寄り道に付き合ってたら、一日くらいはすぐでしょう」


「お兄様に、早く戻ろうと言ってほしいです」


「帰ってきたら、二人に言ってやってください」


 アリスは頷いた。


 そういう話なら、いつもの二人と変わらない。危ないことがあったのではなく、何かに夢中になっているだけ。


 昼間には笑えた想像を、今は何度も頭の中で繰り返した。


「アリス様」


 カリーナが、肩へ上着を掛けた。


「今夜はこちらでお休みください。私も一緒におります」


「眠れるでしょうか」


「横になっているだけでも違いますよ」


「カリーナも、ですよ」


「はい」


 二人で天幕へ戻る。


 入口から離れすぎないところへ、寝台が用意されていた。


 横になって目を閉じても、外の足音が聞こえるたびに耳が向く。


「フィルが、寄り道をしているだけでしょうか」


 小さく尋ねると、カリーナも天幕の入口へ目を向けた。


「何かを見つけて、お二人で確かめているのかもしれません」


「そうですね。お兄様も一緒ですから」


 アリスは自分へ言い聞かせるように頷いた。


 明日の朝には、入口から二人の声が聞こえるかもしれない。


 そう思って、もう一度目を閉じた。


 ◇◇◇


 朝になっても、入口に変化はなかった。


 アリスは朝早くに支度を整え、カリーナと王宮へ戻った。出発前にもう一度だけ振り返ったが、ウルスナが静かに見送っているだけだった。


 公務を休むことはしなかった。


 予定されていた面会を終え、医療施設ではセシリアの話を聞いた。廊下で足音がするたびに顔を上げそうになったが、話している相手へ目を戻した。


 ここで待っているのも、人だ。約束して来てもらったのに、自分の心配だけを優先するわけにはいかない。


 聞き取れなかったところは尋ね直し、次に必要なことを一つずつ確かめた。


 用事が終わると、セシリアが机の端へ温かい飲み物を置いた。


「今日は、もうお休みください」


「ですが……」


「明日もお仕事がございます」


 アリスは口を閉じ、両手で器を包んだ。


 その日は、洞窟へ戻らなかった。


 行こうと思えば行ける。


 けれど、もう一度往復すれば、それだけで四時間かかる。昨日は寝台に横になっていても、外の物音ばかり聞いていた。


 カリーナに促され、早めに部屋へ戻った。


 眠る前に、連絡が来ていないかを一度だけ確かめた。


 まだだった。


 ◇◇◇


 次の日から、アリスは必要な公務を終えてから洞窟へ通った。


 カリーナも一緒だった。


 王宮で予定を整え、歩いて入口へ向かう。二人が戻っていないことを確かめ、その日の様子を聞く。


 最初のうちは、待つ側にもまだ余裕があった。


「戻ったら、何を見てきたか、たっぷり聞いてやりましょう」


 イーサックが言うと、そばにいたヴィルツも頷いた。


「私も伺いたいです」


「フィルのお話は、長くなりそうですね」


「ディアル様にも聞けば、半分くらいで済むでしょう」


 その話を聞くと、アリスも少し笑えた。


 七日目は午後になってから王宮を出て、入口へ着いた頃には、帰るまで二時間ほどしかなかった。


 翌日は一時間早く着いた。


 その次の日は、さらに一時間。


 公務は削らなかった。カリーナや家臣と予定を相談し、空いた時間を入口で過ごすようにした。


 同じ道を歩き、昨日と同じ椅子へ座る。待てる時間が長くなった分だけ、洞窟を見る時間も増えた。


 待機している家臣たちも、冗談だけでは話さなくなった。


 入口から音がしなかったか。森の中に別の出口がないか。過去の試練で、この日数までかかった者はいたか。


 確かめられることは確かめても、洞窟の中だけは分からない。


 内部を監視する仕組みはなく、二人がどこにいるのかも、何を選んでいるのかも見えなかった。


 それでも、期限はまだ残っている。


 帰りの時刻だけは、変えなかった。夕方にここを出れば、王宮で夕食を取り、次の日に備えて休める。


 それはアリス自身も、カリーナと約束したことだった。


 最初の日は、そのとおりに立ち上がれた。


 次の日には、入口へ近づいてから、もう一度だけ中を見た。


 さらに次の日は、帰り支度を始める声がしても、すぐには椅子から立てなかった。


「アリス様。もうすぐ、お約束の時刻です」


「……はい」


 返事をしながら、洞窟を見る。


 そこから一歩離れるまでに、また少し時間がかかった。


 カリーナは腕を引かなかった。王宮へ着いてから休めるよう、帰り道の歩調だけを整えてくれた。


 王宮へ戻る道では、後ろを振り返る回数が増えていった。


 ◇◇◇


 十日目は、昼頃に入口へ着いた。


 少しして、森へ続く道からハリエットの姿が現れた。


 従える魔獣の背から降りると、ハリエットはその首元へ手を添えた。


「ありがとう、ピレス。急がせてごめんなさい」


 ピレスはその手に鼻先を寄せた。


 ハリエットはこちらを見つけると、すぐに歩いてきた。ピレスも、その隣へ静かについてくる。


 あの魔獣となら、王宮とここを往復しても一時間かからない。


「まだ戻っていないと聞いたの。本当なのね」


 挨拶より先に、そう尋ねられた。


 その顔から、誕生日の夜の笑みは消えていた。


 ハリエットはアリスの前で足を止めた。


「あなたも、今日来たの?」


「公務を終えてから参りました」


「昨日は」


「昨日も、その前もです」


 ハリエットの視線が、アリスの靴へ落ちた。


 毎日歩いた土が、きれいに落としきれず残っている。


「休んでいるのね」


「六日目は王宮におりました。その後も、夜は戻っております」


「そう」


 短い返事だった。


 それ以上は言わず、ハリエットは入口にいる家臣たちへ向き直った。


「状況を説明してください」


 声は丁寧だった。


 けれど、入口にいた者たちの姿勢が一斉に正される。


 眉の寄せ方も、答えを待つ視線も、ラヤーナに似ていた。母親を前にすると緊張していた姉が、今はその母親と同じ顔をしている。


 イーサックが立ち上がる。


「出発の日から、二人はまだ戻っていません。こちらで確認できた異変もありません」


「中の様子は」


「分かりません」


「誰も、確認へ入っていないのですね」


「はい」


 短い返事の後、沈黙が落ちた。


 ハリエットは洞窟へ目を向けた。


「期限まで、あと四日です」


 アリソンが静かに告げる。


「知っています」


 返事は早かった。


 アリスも入口を見た。


 試練が始まってから、一度も中の様子は分からないままだ。


 二人を信じている。


 フィルもディアルも、簡単に倒れるような人ではない。


 それでも、無事であることを自分の目で確かめたい。


「お姉様」


 呼びかけると、ハリエットがこちらを見た。


「私、中へ入ります」


「アリス様」


 カリーナの声がした。


「入口で待っているだけでは、何も分かりません。お兄様たちを探しに参ります」


「私も行くわ」


 ハリエットは迷わなかった。


 アリスがカリーナへ向き直り、支度を頼もうとした時、イーサックが口を開いた。


 ハリエットとアリスを、順に見ている。


「待ってください」


「止めるのですか」


 ハリエットの声が低くなる。


「止めます」


 イーサックは、いつもの軽い調子で笑わなかった。


「まだ期限の中です。あの二人が、自分たちで続けると決めて進んでる可能性もある」


「何か起きて、戻れない可能性もあります」


 アリスが言う。


「あります」


 否定されなかった。


「だから、俺も心配です。今すぐ入って確かめたい気持ちは、同じですよ」


 イーサックは洞窟を見た。


「ですが、こちらから入れば、試練へ手を出すことになる。中で二人が何を判断して、どの道を進んでるのかも分からない。追えば、すぐ会えるとも限りません」


「では、何もせず待つのですか」


「今は」


 短く答える。


「あの二人の力も、判断も知っています。だから、俺は期限までは待つと決めています」


「無事だと言い切れるのですか」


 ハリエットが尋ねた。


 イーサックは、すぐには答えなかった。


「言い切れません」


 森の風が、洞窟の前を抜ける。


「言い切れないから、ここにいます。戻ってきた時、すぐ迎えられるように」


 アリスは入口へ目を戻した。


 暗い奥から、二人の姿は現れない。


 信じることと、心配しないことは同じではなかった。


「……分かりました」


 声に出すまで、少し時間がかかった。


 ハリエットが何か言いかけ、唇を閉じた。洞窟へ視線を戻したまま、それ以上は命じなかった。


 アリスは、支度を頼みかけたカリーナへ小さく首を振った。


 待とうとは決めた。けれど、胸につかえているものは、そのままだった。


 アリスは杖を両手で握り、洞窟の入口から目を離さなかった。

ハリエットは魔獣を従えています。

残りの4体も早く登場させたいです。

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