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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第三十八話 上へ続く風

どんどん更新していきます。


 暗い空洞の先へ、魔力を伸ばす。


 右の道は、少し進んだところで細く途切れていた。


 正面は長く続いているが、空気がほとんど動いていない。


 左からは、ごく弱い風が来ていた。


「左かな」


「理由は」


「向こうから空気が来てる。どこかにはつながってると思う」


 ディアルも左の空洞へ魔力を伸ばした。


「奥で上っているな」


「じゃあ、決まり?」


「正面も途中までは確かめる」


「慎重だね」


「戻る道を間違えたくない」


 それはそうだ。


 正面の道を調べると、奥は崩れた石で塞がっていた。動かそうとすれば、その上にある岩まで落ちてきそうだ。


 右は、俺でも肩を入れられないほど狭くなっている。


 残った左の道へ、二人で入った。


 調べた分岐を見分けられるよう、入口の壁へ印を残す。


「これで、迷って戻ってきても分かるね」


「戻ってこない方がいい」


「そうなんだけどさ」


 火を先へ浮かべ、足元を照らす。


 今のところ、怪我はない。魔法もいつもどおり使える。


 元の道がなくなっただけだ。


 言葉にすると簡単だけど、その一つがかなり困る。


 ◇◇◇


 左の道は、しばらく緩やかに上っていた。


 ところどころで天井が低くなり、身を屈めて進む。刀も剣も抜ける広さではない。


 魔物の気配はなかった。


 そのことに安心したのは、最初だけだった。


 昼を過ぎても、食用になる小型の魔獣が一頭も見つからない。


 足跡も、岩へ爪を立てた跡もなかった。


「こっちには、いないのかな」


「まだ分からない」


 ディアルの返事に頷き、先へ進む。


 食べ物はないけれど、水なら作れる。


 休憩の時に手のひらへ水を集め、ゆっくり飲んだ。喉は潤う。空っぽの腹が満ちるわけではない。


「今日の昼ご飯、水だけになっちゃったね」


「夕方までには何か見つけたいな」


「せめて味がついてれば、もう少し楽しいんだけど」


 腹の中で水が揺れる。


 飲みすぎた。立ち上がる前から、少し後悔した。


「進めるか」


「うん。まだ平気」


 立ち上がり、防具の留め具を確かめる。


 空腹ではある。でも、足が動かないほどではないし、考える邪魔になるほどでもない。


 今は食べ物のない場所で立ち止まるより、道を探す方が先だった。


 ◇◇◇


 やがて、先へ送った火が壁を照らさなくなった。


 その周りだけ、暗い空間が広がっている。


 広い空間へ出たわけではない。足場そのものが途中で切れ、その先には深い割れ目が開いている。


 火を下へ落としてみる。


 かなり先まで沈んだところで、ようやく小さな光が岩へ届いた。


「また下は嫌だなあ」


「向こうへ渡る」


 ディアルが対岸を示した。


 こちらより少し高い位置に、細い足場が続いている。空洞の幅は、俺たちが風で越えられるくらいだった。


「俺が先に行こうか」


「着く場所が崩れないか確かめる」


 ディアルが小石を浮かべ、対岸へ飛ばした。


 石が足場へ当たり、乾いた音を立てる。表面の砂が少し落ちたが、大きく崩れる様子はない。


「右側の方が厚そうだね」


「ああ。そこへ行け」


 足元へ風を集める。


 短く踏み込み、体を前へ運ぶ。落ちる速さを抑えながら、対岸の右側へ足をついた。


 岩が小さく鳴る。


 俺はすぐに体重を戻し、風で姿勢を支えた。


 ひびは広がらない。


「大丈夫そう」


 向こうへ声をかけ、足元の砂を風で払う。


「もう少し右。そっちは薄い」


 ディアルが頷いた。


 こちらへ飛ぶ直前、背後から小さな石が落ちた。


 踏み切った足場の端が欠ける。


 ディアルは慌てず、風で体を前へ押した。


 飛んでくる位置が少し低い。


 俺も下から風を重ねる。


 浮き上がった体が、指定した場所へ着いた。


 ディアルは片膝をつき、すぐに立ち上がる。


「助かった」


「どういたしまして」


 俺たちが離れた後、元いた足場の端がもう一度崩れた。


「戻る時は、着く場所を探し直さないとね」


「先に進んでから考える」


「そればっかりになってきたなあ」


 今の俺たちにできることも、それだった。


 対岸の道は、すぐに上向きの縦穴へ変わった。


 高さは、俺たち三人分くらい。壁は斜めになっているが、手をかけられそうな出っ張りは少ない。


 風だけでも上がれる高さだった。


 ただ、上の足場がどれだけ安定しているか、下からでは見えない。


「俺が見てくるよ」


 壁へ水を這わせ、小さな窪みの中で凍らせる。


 できた氷を足掛かりにして、体を持ち上げた。全体重を預けず、風で軽く支える。


 一つ上の窪みに、また氷を作る。


「左は避けろ」


 下からディアルの声がした。


 顔を上げると、左上の岩に細い亀裂が走っている。


「分かった」


 右へ体を寄せ、風で一気に縦穴を抜けた。


 上の空間へ手をつき、すぐには立ち上がらない。足元へ魔力を通し、岩の奥を確かめる。


 中央には細いひびがあったが、右の壁際はしっかりしている。手で押し、少しずつ体重をかけても、砂は落ちなかった。


「右側なら大丈夫。上がってきて」


 俺は壁際へ移り、下へ風を送った。


 ディアルが作った風と重なり、その体が縦穴を上がってくる。


「そのまま右。真ん中にひびがある」


 ディアルは縦穴の縁で一度止まり、俺が空けた場所へ足をついた。


 着地を見届けてから、二人とも風を弱める。


「上はどうだ」


「立てるよ。頭には気をつけて」


 屈んでいたディアルが、低い天井を見た。


「お前が立てても、俺が立てるとは限らない」


「そうだった。俺に合わせて作られてるね、ここ」


「なら、出口も用意してくれ」


「それができたら、真っ先に作るよ」


 少なくとも、元の空洞より一段上へ来られた。


 進めたことに変わりはない。


 ◇◇◇


 足場を越えた先は、しばらく上り坂になっていた。


 けれど、期待したほど長くは続かない。


 曲がった先で道が二つに分かれ、片方は下へ戻り、もう片方は行き止まりだった。


 印をつけて引き返す。


 別の細い穴を見つけ、身を屈めて進み、その先でも崩れた壁にぶつかった。


 広い場所へ出るたび、食べられる魔獣がいないか探した。


 しばらく足を止めて物音を待ち、風を送って匂いも確かめる。


 返ってくるのは、水気を含んだ岩の匂いと、自分たちの足音ばかりだった。


 崩落前には何度も見つけた爪跡や糞も、こちらの空洞にはない。


「食べ物の方から、逃げてるわけじゃないよね?」


「道を選んでいるのは俺たちだ」


「それなら、次は食べ物のいる道を選びたいな」


「風で分かるなら選べ」


「分かったら最初からやってるよ」


 行き止まりを調べ、戻る。


 風の向きを確かめ、上へ続く道を選ぶ。


 少し進んでは、また別の空洞へ出る。


 同じことを繰り返しているうちに、三日目の夜になった。


 乾いた岩の窪みを選び、背中を預ける。


 火を小さくすると、空腹の方が目立った。


「帰ったら、何が食べたい?」


 俺が尋ねると、ディアルは目を閉じたまま答えた。


「今、考えることか」


「今だから考えるんだよ。何かない?」


 少し間が空く。


「温かいもの」


「ざっくりしてるなあ」


「お前は」


「肉。味のついてるやつ」


「それも同じだろ」


「温かいものよりは決まってるよ」


 暗い中で、ディアルが小さく息を吐いた。


 笑ったのか、呆れたのかは分からない。


 食事の話をしても、腹は満たされなかった。


 それでも、少しだけ眠りやすくなった。


 ◇◇◇


 四日目も、食用になる魔獣は見つからなかった。


 水を飲み、短く休み、また歩く。


 空腹で腹が鳴る回数は増えたが、魔力は使える。足元も見えている。


 それまでの印を、分かれ道の向きだけでなく、空気の流れも分かる形に変えた。


 岩の表面を土の魔法で浅く削る。上へ続く道には線を一本、下る道には二本。行き止まりには大きく斜めの傷を入れた。


「最初から、こうすればよかったね」


「必要になったのは、落ちてからだ」


「前の道は、ほとんど一本道だったしね」


 線の脇には、風が流れる向きも添えた。


 少し離れた分岐から戻ってきたディアルが、俺のつけた印を見て、まだ調べていない穴を指す。


「次はあちらだな」


「うん。そっちは、まだ」


 一つずつ口で説明しなくても伝わった。俺は火をそちらへ動かし、ディアルの後へ続いた。


 ディアルが先を調べている間に、俺は少し戻って横穴へ風を通した。そちらが塞がっていると分かれば、余計に歩かずに済む。


 何度も行き止まりへ当たった。


 そのたびに相談し、印を残し、別の道を選んだ。


 進んだ距離のわりに、上へ近づいている感じはしない。


 それでも、同じ場所を回ってはいなかった。


 眠る場所は相変わらず硬かった。


 交代で休み、どちらかが火と周囲を見た。


 目を閉じても、岩に当たる肩が気になって何度も座り直した。ようやく眠れたと思ったら、今度は首が痛い。


 起きて首を回していると、ディアルも同じことをしていた。


「寝台って、偉大だね」


「ああ」


 珍しく、すぐに同意が返ってきた。


 五日目の朝。


 俺たちは、また三つに分かれた道の前に立っていた。


 右は下り、正面はほとんど空気が動かない。


 左の細い裂け目から、冷たい風が来ている。


 俺は手を差し入れ、その流れを確かめた。


「上から来てる」


「どのくらい続いている」


「奥で少し広がってる。そこから、斜め上かな」


 ディアルも隣へ立ち、裂け目の先を調べた。


「通れそうだ」


 岩の間は狭い。


 それでも、これまで見つけた中では一番はっきりと上へ続いている。


 風の向こうには、少し広い空間もあった。


「今頃は、入口へ戻ってる予定だったんだよね」


「普通ならな」


「イーサック、俺が寄り道してると思ってそう」


「否定できるのか」


「今回は違うよ」


「今回は、か」


 ディアルが裂け目へ体を向ける。


「進むぞ」


「うん」


 この道が、元の通路へつながっているとは限らない。


 外へ出られる日も、まだ分からない。


 それでも、昨日までより上へ進んでいる。


 俺たちは一人ずつ、冷たい風の来る細い道へ入った。

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