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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第四話 王の判断

 高い城壁と王城に挟まれた、綺麗に整えられた裏庭。

 その中央に、一人の女性が立っていた。

 腰まで伸びた金色の髪は、一つにまとめられている。

 背筋を伸ばした凛とした立ち姿からは、出産を終えて間もないとは思えない。


 女性の前で、何かが燃えていた。

 人の形をした何か。

 いや、生まれたばかりの赤子を思わせる、小さな何かだ。

 炎がその全身を包み、黒い煙が空へ昇っていく。

 形を残していた小さな手足が、炎の中で少しずつ崩れていく。

 女性は顔から表情を消し、燃え続ける炎を見ている。

 風が吹き、束ねた金色の髪を揺らす。

 煙が流れ、炎の熱が頬を撫でても、女性は動かなかった。

 炎の中で、小さな何かが完全に形を失っていく。

 大勢の視線を背中に感じながら、彼女は最後まで火を見続けた。

 ただ、遠く離れた我が子の無事を祈りながら。


 ◇◇◇


 広い部屋の奥で、男が俺を見ている。

 俺を抱えている黒服の男も、年上の少年も、何も言わない。

 ディアルだけは、いつもと変わらない顔で立っていた。

 できれば、もう少し赤子に優しい空気にしてほしい

 ただでさえ俺は、さっきから眠いのとお腹が減ったのとで忙しいのだ。


 部屋の奥にいた男が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 近くで見ると、やはりディアルたちによく似ていた。

 年上の少年と同じ色の髪。鋭い目元。立っているだけなのに、周囲の人間が勝手に背筋を伸ばしてしまいそうな雰囲気まである。


 男が何かを尋ねた。

 年上の少年が前へ出て答える。

 落ち着いた声だった。

 ときどきディアルや俺へ視線を向けながら、長い説明を続けている。

 おそらく、俺を拾うまでの経緯を話しているのだろう。

 男は一度も口を挟まなかった。

 最後まで聞き終えてから、今度は黒服の男を見る。

 黒服の男――たぶん執事は、俺の胸元から小さな紙を取り出した。

 生まれた直後、母親らしい女性が入れてくれたものだ。

 男は紙を受け取り、広げる。

 そこには短い文字しか書かれていないらしい。

 男が紙と俺を交互に見た。

「フィル」

 聞き覚えのある音だった。

 俺の名前だ。

 その後にも何かを口にしたが、そちらは分からない。

 執事が胸へ手を当て、頭を下げた。

 それから男の許可を待ち、俺へ手をかざす。

 また、あの淡い光が胸へ触れた。

 体の中を温かいものが通り抜ける。

 馬車の中よりも念入りに調べているようだった。

 その間、男は執事の指先と俺の顔をじっと見ていた。


 やがて光が消える。

 執事が何かを報告した。

 男の眉がわずかに動く。

 年上の少年は難しい顔をしている。

 ディアルは、やっぱり驚かなかった。

 男がディアルの名を呼んだ。

「ディアル」

 ディアルが前へ出る。

 二人の視線がぶつかった。

 男は俺を指し、短く何かを尋ねる。

 ディアルが答えた。

 それだけで話が終わるかと思ったが、男はもう一度尋ねた。

 今度は、さっきより声が低い。

 ディアルの返事は変わらなかった。

 三度目も同じだった。

 内容は分からない。

 ただ、同じことを何度聞かれても、ディアルが同じ答えを返しているのは分かった。

 男が片手を上げる。

 壁際に控えていた使用人が、俺を受け取ろうと近づいてきた。


 その人に罪はないと思う。

 たぶん、言われたとおりに動いただけだ。

 けれど、伸ばされた手が俺へ届く前に、ディアルが籠との間へ入った。

 小さな背中が、俺の視界を塞ぐ。

 使用人が困ったように足を止めた。

 部屋の空気が、また重くなる。

 ディアルは男を見上げた。

 何かを言う。

 男も言い返す。

 ディアルが首を横へ振った。

 今度は、自分の胸へ手を置いてから、俺を指す。

 そして、もう一度同じ言葉を口にした。

 それが何を意味するのかは分からない。

 それでも、この子が俺を手放すつもりはないらしいことだけは伝わってきた。

 昨日会ったばかりの赤子に、そこまでしなくてもいいと思う。

 というか、俺はまだ何も返せていない。

 泣いて、ミルクを飲んで、寝ただけだ。

 我ながら、驚くほど役に立っていない。


 年上の少年が、ディアルの隣へ進み出た。

 男へ向かって何かを話し始める。

 ディアルをかばっているようにも、説得しているようにも見えた。

 執事は口を挟まず、静かに頭を下げている。

 ただ、その立ち位置はわずかにディアル寄りだった。

 この人、笑顔は怪しいけど、味方ではあるのかもしれない。

 長い話し合いが続いた。

 俺には何一つ理解できない。

 声の調子と表情だけを頼りに眺めているうち、眠気が限界へ近づいてくる。

 人生を決める会議らしきものが目の前で開かれているのに、当事者が寝そうだ。

 赤子というのは、ずいぶん自由な立場である。


 やがて、男が深く息を吐いた。

 ディアルへ何かを告げる。

 ディアルはすぐには頷かなかった。

 もう一度、俺を指して何かを確かめる。

 男が厳しい顔のまま答えた。

 そこでようやく、ディアルが頷く。

 年上の少年の肩から、わずかに力が抜けた。

 執事も、いつもの柔らかな笑顔へ戻っている。

 どうやら、いきなり城から放り出される事態は避けられたらしい。

 よかった。

 二度目の人生まで、捨てられる回数を競うつもりはない。

 男は壁際の使用人を呼び、いくつか命令を出した。

 一人が俺の頭を布で覆う。

 その途中で、髪が一房だけ額へ落ちてきた。

 なるほど。

 ようやく自分の髪の色が分かった。

 白か。

 生まれたばかりで白髪とは、なかなか個性的じゃない?

 似合っているかは、鏡を見ないことには判断できないけど。

 けれど、周囲の反応を考えると、珍しいだけでは済まないのだろう。

 男は布からこぼれた髪を見て、何かを付け加えた。

 使用人たちが揃って頭を下げる。

 たぶん、外では隠しておけという話だ。

 そこまで危ないものなのだろうか、白い髪は。

 少し不安になっていると、男がこちらへ手を伸ばした。

 頬に触れるのかと思ったが、指先は途中で止まる。

 男はその手を下ろし、代わりにディアルの頭へ置いた。

 短い言葉を告げる。

 ディアルがまっすぐに頷いた。

 たぶん、俺を連れてきた責任を取れとでも言われたのだろう。

 ずいぶん重たい責任を、三歳児へ背負わせるものである。

 でも、ディアルは嫌そうな顔をしなかった。


 ◇◇◇


 話し合いが終わると、俺は別の部屋へ運ばれた。

 先ほどまでの場所よりずっと小さい。それでも、前世の俺が暮らしていた部屋よりは広かった。

 中央には大きな寝台があり、その近くに新しい籠が置かれる。

 使用人が籠を隣の部屋へ運ぼうとした。

 ディアルが止めた。

 寝台のすぐそばを指し、そこへ置くように伝える。

 使用人は一瞬迷ったものの、結局は言われた場所へ籠を置いた。

 どうやら、ここはディアルの部屋らしい。

 俺も一緒に寝るということだろうか。

 王子様らしき子供の寝室へ、拾ったばかりの赤子を置いて大丈夫なのか。

 衛生面とか、防犯面とか、いろいろあると思うのだけど。

 まあ、追い出されるよりはいい。


 ディアルが籠のそばへ来る。

 布の中から出ていた俺の手へ、人差し指を差し出した。

 触れると、また勝手に握ってしまう。

「フィル」

 ディアルが俺の名を呼ぶ。

 続けて、まだ意味の分からない言葉を一つ口にした。

 声は小さかった。

 けれど、今まで聞いたどの言葉よりも、柔らかく聞こえた。

 俺は返事の代わりに、その指を少し強く握る。

 何を言われたのかは分からない。

 それでも、不思議と意味は伝わった気がした。

 ここにいていい。

 たぶん、そんな言葉だった。

 前の人生では、一度も聞いた覚えのない言葉だった。

 今度こそ眠気に逆らえず、目を閉じる。

 指を握ったままでも、ディアルは離そうとしなかった。

 二度目の人生で初めて、自分のために用意された眠る場所は、黒髪の王子の隣だった。


フィル、無事に保護されるの回でした。

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