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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第三話 王宮への帰還

 どうやら、俺の願いは誰かに届いたらしい。

 次に目を覚ましたとき、俺はまた馬車の中にいた。

 ただし、前の馬車とは少し違う。

 座席は柔らかく、車輪が石を踏んでも体に伝わる揺れは小さい。籠にかけられた布も、いつの間にか厚くて温かいものへ替わっている。

 少なくとも、拾った俺をそのまま荷物扱いする人たちではないようだ。

 そこは安心した。


 問題があるとすれば、さっきから黒髪の子供が俺を見続けていることだろうか。

 年齢は三歳くらいだと思う。

 向かいの座席へきちんと腰かけ、膝の上に両手を置いている。顔立ちは整っているけど、ほとんど表情が動かない。

 その目だけが、ずっと俺を追っていた。

 うーん。

 拾った珍しい生き物を観察している感じかな。

 気持ちは分からなくもない。

 俺だって道端で珍獣を拾ったら、しばらく眺めると思う。


「――ディアル」

 隣に座っていた年上の少年が、黒髪の子供へ声をかけた。

 子供がそちらを見る。

 しばらくして、また同じ音が聞こえた。

「ディアル」

 どうやら、それがこの子の名前らしい。

 ディアル。

 俺より少なくとも三歳は年上だろうから、二度目の人生では先輩にあたる。

 よろしくお願いします、先輩。

 今の俺には声に出して挨拶することもできないけど、試しに口を動かしてみる。

「あぅ」

 ですよね。

 ディアルが少しだけ身を乗り出した。

 年上の少年が何かを言うと、素直に座り直す。

 二人はよく似ていた。

 同じ色の髪というだけではない。目元や、笑っていなくても不機嫌には見えない顔つきが似ている。

 兄弟だろうか。


 今度は、黒い服を着た男が籠のそばへ移動してきた。

 髪をきれいに整え、背筋を伸ばしている。服装と立ち振る舞いからすると、執事のように見える。

 彼は俺を見下ろし、柔らかく笑う。

 人当たりのよさそうな笑顔だ。

 なのに、なぜだろう。

 ものすごく信用できない気がする。


 男は俺へ一言断るように何かを口にし、胸元へ手をかざした。

 指先に淡い光が集まる。

 ああ、これなら知っている。

 俺を運んでいた三人のうち、一人が使っていたものと似ている。

 光が胸へ触れた。

 温かいものが体の中へ入ってくる。

 痛くはない。

 ただ、皮膚の上から触られているのではなく、体の内側を直接なぞられているような妙な感覚があった。

 健康診断みたいなものだろうか。

 前世の病院では機械へ入れられたり、血を抜かれたりした。それに比べれば、光を当てるだけなのはずいぶん楽だ。

 せっかくなので、好きなだけ調べてもらおう。

 そう思っていると、今まで意識したことのないものを感じた。

 胸の奥に、小さな熱がある。

 心臓とは違う。

 一定の速さで全身へ流れ、また同じ場所へ戻ってくる。

 男の光がその流れへ触れているのが、なぜか分かった。

 流れは乱れなかった。

 俺が驚いても、呼吸が変わっても、静かなまま体の中を巡っている。


 男の笑顔が消えた。

 目を細め、もう一度同じ場所へ光を当てる。

 うーん。

 何か見つかりましたか。

 深刻な病気でなければいいのだけど。

 男は年上の少年へ向き直り、声を潜めて何かを伝えた。

 少年の表情が険しくなる。

 ディアルだけは驚いた様子を見せなかった。

 短く何かを言い、俺の顔を見ている。

 会話の内容は一つも分からない。

 でも、三人の視線が俺へ集まっていることだけは分かる。

 できれば、本人にも分かる言葉でお願いしたい

 俺は赤子なだけで、意識はありますから。

 そう訴える代わりに手を動かす。

 籠の縁へ置かれていたディアルの指に、俺の手が触れた。

 握るつもりはなかった。

 けれど、赤子の手は勝手に指をつかんだ。

 ディアルは手を引かなかった。

 それどころか、先ほどより籠の近くへ座り直す。

 まあ、いいか。

 知らない場所へ運ばれている最中なのだ。

 つかめるものがあるなら、つかんでおこう。


 ◇◇◇


 馬車が止まったのは、空が赤く染まり始めた頃だった。

 途中で一度、近くの町らしい場所へ立ち寄った。

 そこで用意してもらったミルクを飲み、体を拭かれ、布も新しいものに替えられた。

 成人男性として思うところがないわけではない。

 ただ、空腹には勝てなかった。

 今は尊厳より栄養である。


 馬車の扉が開く。

 外から冷たい風と、大勢の人間が動く音が入り込んできた。

 黒い服の男が、俺を籠ごと抱え上げる。

 ディアルも続いて馬車を降りた。

 布の隙間から外を覗く。

 まず目に入ったのは、高い石壁だった。

 左右へ目を動かしても終わりが見えない。壁の向こうには、いくつもの尖った屋根と、大きな建物が並んでいる。

 入口には鎧を着た兵士が立ち、こちらへ一斉に頭を下げた。

 なるほど。

 俺を拾った一行は、かなり身分が高いらしい。

 いいところの子供かもしれないとは思っていたけど、予想より何段階か上な気がする。

 ディアルが歩くと、兵士も使用人も道を空ける。

 何度も同じ言葉をかけられていた。

 意味は分からない。

 ただ、三歳の子供へ向ける態度ではなかった。

 もしかして、本当に王子様だったりするのだろうか。

 いやいや。

 さすがに、それは出来すぎじゃない?

 捨てられたところを王子様に拾われるなんて、おとぎ話でも少し都合がいい。


 そんなことを考えていると、籠を運ぶ男の足が止まった。

 廊下にいた者たちが、俺を見ている。

 正確には、布の隙間から見えている俺の頭を見ていた。

 目を見開く者。

 口元を手で覆う者。

 一歩だけ後ろへ下がる者。

 生まれた直後と同じ反応だ。

 やっぱり、俺の髪には何かあるらしい。

 できれば鏡を一枚貸してほしい。

 ディアルが振り返った。

 廊下にいた者たちを、何も言わずに見回す。

 それだけで、囁き声が消えた。

 三歳児の眼力ではない。

 この子、いったい何者なんだろう。


 年上の少年が短く指示を出すと、一人の兵士が奥へ走っていった。

 その後、俺たちは長い廊下を進んだ。

 高い天井。

 壁に並ぶ大きな絵。

 磨かれた床には、窓から入る夕日が反射している。

 これはもう、大きな屋敷という言い訳には無理がある。

 城だ。

 たぶん、かなり立派な城だ。

 俺はどうやら、とんでもない場所へ連れてこられてしまったらしい。

 やがて、一行は大きな扉の前で止まった。

 扉の両側に立つ兵士が、年上の少年から何かを告げられる。

 二人は緊張した様子で頷き、同時に扉へ手をかけた。

 重い音を立てて、扉が左右へ開いていく。


 広い部屋の奥に、一人の男が立っていた。

 ディアルたちと、どこか似た顔をしている。

 その男の目が、俺の髪へ止まった。

 笑ってはいなかった。

 部屋から音が消える。

 うーん。

 どうやら、拾われたからといって一件落着ではないらしい。

早くフィルに言語を覚えてもらいましょう

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