↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/47

第二話 黒髪の王子

「どうにか、無事に終わりましたね」

 アリソンがそう口にすると、マルティンは背もたれへ体を預けた。

「ああ。予定より長くなったが、話そのものは悪くなかった」

 王都へ向かう馬車が、石の多い街道をゆっくりと進んでいる。


 車輪が小石を踏むたびに、広い車内が小さく揺れた。

「先方も、我が国との同盟には前向きでしたから。今後は両国とも、少しは動きやすくなるでしょう」

「対等な同盟だ。そのことを忘れなければな」

「もちろんでございます」

 アリソンはいつもと変わらない笑みを浮かべている。

 だが、その顔にもわずかな疲れが見えた。


 ただ会談を行い、帰国するだけの予定だった。

 結果だけを見れば、望んでいた形で話はまとまった。

 しかし、その途中で思いもよらない事件が起こった。

 予定していた滞在期間は大きく延び、帰国の道にも通常より多くの兵が配置されている。


「事件の後も交渉を続けると言われたときは、どうなることかと思いました」

「あちらにも事情がある。こちらが一方的に責めたところで、得るものはない」

「随分と肝を冷やしましたが」

「終わったことだ」

 マルティンが話を切ると、アリソンもそれ以上は触れなかった。

 今はまだ、馬車の外で口にするべき話ではない。


 マルティンは息を吐き、向かいの座席へ目を向けた。

 そこには、三歳になったばかりの弟が座っている。

 ディアル・ミケル・アセナル。

 アセナル王国の第三王子であり、マルティンとは十三歳離れた弟だった。


 ディアルは先ほどから一度も会話へ加わらず、窓の外を見続けていた。

 艶のある黒髪の向こうに、幼い横顔が見える。

「ディアル」

 名を呼ぶと、視線だけがマルティンへ向いた。

「疲れたか」

「平気です」

「初めての国外だったが、何か面白いものはあったか」

「ありました」

「そうか」


 会話はそれで終わった。

 三歳の弟と話しているというより、必要な報告だけを受けているような気分になる。

 隣に座るアリソンが、申し訳なさそうに頭を下げた。

「殿下は、少々お疲れなのかもしれません」

「かまわない」


 マルティンは、再び外へ向けられたディアルの目を追った。

 弟は景色を眺めているのではない。

 木々の隙間。

 道の先にある曲がり角。

 街道を見下ろす小高い丘。

 馬車が進むにつれて、視線が規則正しく移っていく。

 幼いなりに、周囲を警戒しているのだろう。

 今回の事件を間近で経験したためかもしれない。

 あるいは、事件が起こる前から同じことをしていたのか。

「ここまで来れば、ひとまず安全だ」

「はい」

 返事はしたが、ディアルが窓から目を離すことはなかった。

 マルティンも、それ以上休むようには言わなかった。

 意味のない行動ではない。

 そう感じたからだ。


 馬車は森に挟まれた街道へ入った。

 夕暮れにはまだ早いが、張り出した枝が日の光を遮り、辺りは薄暗い。

 風に揺れた木漏れ日が、車内を何度も横切っていく。

 ディアルの目が、ある一点で止まった。

「止めてください」

 幼い声が、はっきりと告げた。

 アリソンがわずかに眉を上げる。

「どうされましたか」

「気になる場所があります」

「何がある」

 マルティンが尋ねると、ディアルは窓の外を指差した。

「分かりません」

「分からない?」

「小さいです。でも、魔力が揺れていません」

 アリソンの表情が変わった。

 すぐに目を閉じ、ディアルが示した方角へ意識を集中させる。

 しばらくして目を開けたが、その顔にはわずかな困惑があった。

「私には、はっきりとは感じ取れません」

「あそこにいます」

 ディアルは同じ場所を指したまま、言い切った。

 マルティンは少しだけ考え、前方の御者へ声をかけた。

「馬車を止めろ」


 合図が伝わり、車輪の音がゆっくりと止まる。

 護衛の騎士たちが馬車の周囲へ集まってきた。

「殿下、何かございましたか」

「ディアルが林の中に何かを感じたらしい。数人で確認しろ」

「はっ」

 事件の直後である。

 騎士たちは武器へ手を添え、慎重に林へ入っていった。

 やがて、一人の騎士が足を止める。

「こちらに何かあります」

 騎士が見つけたのは、大きな木の根元へ置かれた籠だった。

 上には布がかけられている。

 動物の子供でも入っているのか、籠の中から小さな声が聞こえた。

 マルティンが近づこうとすると、騎士が片手を上げて制した。

「罠の可能性があります。お下がりください」

 騎士たちは籠の周囲と木の上を確認した。

 魔法による仕掛けがないことも確かめ、ようやく布へ手をかける。


 布が取り払われた。

 中にいたのは、まだ生まれて間もない赤子だった。

 泣き続けて疲れたのか、顔を赤くし、浅い呼吸を繰り返している。

 そして、その頭には雪のように白い髪が生えていた。

 騎士たちの間に緊張が走った。

「白髪……」

「まさか、このような場所に」

 一人が無意識に後ずさる。

「静かにしろ」

 マルティンの声に、騎士たちが口を閉じた。

 籠の中には、小さく折られた紙が入っていた。

 アリソンが取り出して開く。

「名前と、生年月日だけが記されています」

「名前は」

「フィル、と」

 マルティンは赤子を見下ろした。

 荷物も、家を示す印もない。

 残されているのは、名前と生まれた日だけだった。

「近隣の村を調べさせる。このままにはできない」

 そう命じてから、マルティンは弟の姿が近くにないことに気づいた。

 振り返る。


 ディアルはすでに籠のそばへ立っていた。

「ディアル、下がれ」

 呼びかけても、弟は動かなかった。

 赤子とディアルが、互いを見つめている。

 泣き疲れているはずの赤子は、黒い瞳をまっすぐディアルへ向けていた。

 目の前にいる相手が何者なのか、確かめようとしているような目だった。

「この子は、見ています」

 ディアルが呟く。

「赤子も人の顔くらいは見る」

「違います」

 短い言葉だった。

 だが、ディアルは確信しているようだった。

 白髪の赤子が、小さな腕を動かす。

 ディアルが差し出した指を、その手がつかんだ。

 

「連れて帰ります」

 マルティンは、すぐには答えなかった。

 ディアルはまだ三歳だ。

 白髪が何を意味するのか、すべてを理解しているとは限らない。

 だからこそ、曖昧なまま許すわけにはいかなかった。

「よく聞け、ディアル」

 マルティンは弟の前へ膝をついた。

「白髪を恐れる者は、アセナルにもいる。この子を王宮へ連れ帰れば、お前まで悪く言われるかもしれない」

 ディアルは黙って聞いている。

「父上がお許しになるとも限らない。王族として迎えることは、まずできないだろう。それでも連れて帰るのか」

「はい」

 返事に迷いはなかった。

「理由を聞いてもいいか」

 ディアルは、自分の指を握る小さな手を見た。

「俺が見つけました」

「それだけか」

「見つけたのに置いていけば、死にます」

 三歳の子供の言葉だった。

 だが、そこには誰かへ判断を委ねる響きがなかった。


 マルティンはしばらく弟を見つめた。

 そして、わずかに口元を緩める。

「分かった。お前が選んだのなら、俺も父上を説得しよう」

 ディアルは一度だけ頷いた。


 アリソンが赤子を布ごと抱き上げ、ディアルの前へ膝をつく。

 三歳の腕へそのまま預けるわけにはいかないため、下から支えながら抱かせた。

 ディアルは教えられたとおり、赤子の頭へ手を添える。

 白い髪と黒い髪が、触れそうな距離まで近づいた。

「フィル」

 紙に書かれていた名前を、ディアルが呼ぶ。

 赤子は、ただじっとディアルを見返していた。

「帰るぞ」


 その日、白髪の捨て子フィルは、黒髪の第三王子ディアルに拾われた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次回から、フィルの王宮での生活が始まります。

毎週火・土曜日の20時に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。