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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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幕間 眠りのあとで


 帰路について最初の夜、一行は街道沿いの宿へ入った。


 夕食の席で、フィルは早く寝るようにと言われるより先に立ち上がった。今夜は何もしないという大切な用事があるらしい。


 その用事を邪魔する者はなく、三人が部屋へ引き上げたあと、ウルスナも水差しを手に廊下を進んだ。


 ディアルの部屋には、まだ灯りがついていた。


「お休みの前に失礼いたします」


 卓には、エスティアで受け取った報告の控えが広げられている。


 ディアルは顔を上げ、水差しを見てから、窓の外へ目を向けた。


「もう、そんな時間か」


「明日も早くに発ちます。続きは馬車の中になさいますか」


「あと一枚だ」


「では、お水を替える間に」


 ウルスナが卓の端を整えている間に、紙をめくる音がした。振り返ると、報告はひと束にまとめられていた。


「これで終わりだ」


「はい。お預かりいたします」


 受け取った束の角を揃える。上着を掛け、窓が閉まっていることを確かめたところで、背後から呼ばれた。


「体は、もう問題ないのか」


「普段の務めには差し支えございません。長く歩き続けることは、まだ控えておりますが」


「なら、お前も休め」


「フィル様のところを確かめましたら」


「もう寝ていると思う」


「私も、そう思います」


 ディアルの口元がわずかに緩んだ。


 灯りを落とし、隣の部屋へ向かう。


 こちらは扉を叩いても返事がなかった。静かに開けると、フィルは寝台へ斜めになって眠っていた。片足が掛け布から出て、布の端は床まで垂れている。


 確かに、何もしていない。


 ウルスナは水差しを置き、落ちかけた布を引き上げた。フィルが小さく身じろぎする。しばらく待ったが、目を覚ます様子はなかった。


 枕元には刀がある。


 レアリードへ向かった頃、フィルはこの刀の反応に首を傾げていた。今は、戦いの話をする時にも、当たり前のように刀のことが出てくる。


 ディアルもフィルも、いずれこうした経験を重ねると思っていた。新しい力を覚え、それを使う場所を知っていく。二人がそこへ進んだことに、驚きはない。


 ただ、その話を聞く時間は楽しかった。


 馬車の中でフィルが身振りを交えて話し、ディアルが短く訂正する。するとフィルは、そこは大した違いではないと抗議する。聞いているうちに、ウルスナもつい続きを促していた。


 掛け布を肩まで戻し、寝台の下で片方だけ裏返っていた靴を揃える。


 明日の朝は、ディアルよりこちらを先に起こした方がよさそうだった。


 ウルスナはもう一度寝顔を確かめ、扉を閉めた。


 ◇◇◇


「もう一度だけ、見せていただいてもいいですか」


 カリーナが両手を差し出すと、アリスは抱えていた杖を見下ろした。


「今日、三度目です」


「はい」


「覚えていらしたのですね」


「でも、明るいところと暗いところでは、違って見えるかもしれません」


 アリスは卓上の灯りを見たあと、小さく息をついて杖を渡してくれた。


 カリーナは椅子へ腰を下ろし、顔を近づける。


 捻れた枝が球体を支えている。柄を両手に載せ、少し傾けると、見慣れていた木目が灯りの下を通った。


 自分が贈った時とは、随分違う姿になった。


「やっぱり、変わるところを見たかったです」


「それも、三度目です」


「何度でも思います」


 アリスが笑った。


 カリーナが目を覚ました時には、戦いは終わっていた。黄金色の光が広がったことも、杖が形を変えたことも、あとから聞いた話だ。


 もっと詳しく聞こうとすると、アリスは自分のことより、助かった人たちの話をする。誰が歩けるようになったとか、誰に礼を言われたとか。その話を聞くのも嬉しくて、カリーナは途中から一緒に喜んでしまう。


 結局、杖のことはまた聞きそびれるのだった。


「カリーナは、そんなに嬉しいのですか」


「嬉しいですよ。アリス様は違いますか?」


「私も嬉しいです。ですが、カリーナは、ずっと……」


 アリスが自分の頬を指した。


 カリーナも片手で頬へ触れてみた。確かに、緩んだまま戻っていない気がする。


「仕方ありません。大事に使ってくださっていたのを、知っていますから」


 形が変わらないままでも、アリスは杖を手放さなかった。自分には認めてもらえないのかと悩みながら、それでも贈り物だから使いたいと言ってくれた。


 カリーナはそっと杖を返した。


「それに、あの時、ご自分から戦士の方の手を取られたでしょう」


 そこは、覚えている。


 留まってほしいと頼んだのに、アリスは目の前の苦しんでいる人へ手を伸ばした。


「何かできると思ったのです」


「はい」


「二人が倒れた時も。私が代わりに支えなければ、と」


 アリスは柄を撫でた。


「この子も、手を貸してくれました」


「では、この子にもお礼を言わないといけませんね」


 杖へ向かって頭を下げると、アリスが慌てて持ち直した。


「そこまでしなくても……」


「アリス様と、私たちを助けてくれたのですから」


 顔を上げると、アリスは杖を抱えたまま照れくさそうにしていた。


 ああ、やはり嬉しい。


 カリーナは膝に手をつき、立ち上がった。


「これからは、私ももっとお役に立ちますね」


「十分、助けていただいています」


「もっとです」


 言い切ったところで、足が少しもつれた。


 椅子の背に手を置いて立て直す。何事もなかったように顔を上げたが、アリスはこちらを見ていた。


「カリーナ」


「今のは、椅子が少し近くて」


「座っていらした椅子です」


「……そうですね」


「今日は休んでください」


 アリスは杖を寝台の脇へ置き、掛け布を引き寄せた。


「明日の朝も、見せてあげますから」


「本当ですか?」


「きちんと休まれたら、です」


 今度はカリーナが、素直に頷く番だった。


 ◇◇◇


 宿の裏手で、イーサックは剣の手入れをしていた。


 布を滑らせた刃に、窓から漏れる灯りが映る。


 森での戦いを聞いてから、妙に気分がよかった。


 ディアルが強いことなど、今さら確かめるまでもない。幼い頃から剣を合わせてきたのだから、そこらの者よりよく知っている。


 それでも、戦士たちを動かし、退く者にまで目を配っていたと聞いた時は、思わず詳しく話を求めた。


 自分一人が勝つだけなら、あの子にはもっと簡単なやり方があったはずだ。


 だが、そうはしなかった。


「大したもんだ」


 布を持つ手が止まる。


 稽古場で何度転がされても、ディアルは剣を拾って向かってきた。負けず嫌いで、強くなることに貪欲で、そのくせ褒められてもあまり顔には出さない。


 今度の話も、本人に聞けば必要なことをしただけだと言うのだろう。


 その澄ました顔が目に浮かび、イーサックは笑った。


 可愛げがないようで、ある。こちらが感心している間にも、本人は話の続きを待っているようなところが、昔から変わらない。


 フィルなら、もう少し分かりやすい。


 褒めれば喜ぶし、調子にも乗る。稽古がきつければ、口を動かす余裕だけは最後まで残している。どこからそんな言い分が出てくるのかと、呆れたことも一度や二度ではなかった。


 それが、あの森では火を敵へ絞り、周囲へ燃え移らせずに戦ったという。


 普段の軽い調子だけを知る者には、結びつかないかもしれない。


 イーサックには、分かる気がした。


 あれは、考えていないから軽口を叩いているわけではない。こちらの説明に首を傾げたかと思えば、思いもよらない使い方を持ち出す。ふざけているのか確かめると、本人は至って真面目だったりする。


 面白い奴だ。


 そして今度の戦いで、その面白さに頼もしさが加わった。


 自分の教えた二人が、あの森で人を助けて帰ってきた。


 そのことが、ただ嬉しかった。


 剣を鞘へ収め、宿の窓を見上げる。子供たちの部屋がある辺りは、もう暗い。


 夕食を終えたフィルは、何もしないために寝るのだと言っていた。


「そりゃ、ご苦労なことだな」


 独り言に、自分で笑ってしまった。


 ◇◇◇


 裏口から戻ってきたイーサックを見て、アリソンは杯を置いた。


「随分、ご機嫌ですね」


「そう見えるか」


「ええ」


 イーサックは向かいの椅子を引き、腰を下ろした。


「あいつらの話を思い出してた」


「森でのことですか」


「ああ。二人とも、よくやった」


 珍しく、何も付け足さない褒め方だった。


 アリソンも頷いた。


「そうですね」


 上位の魔法を見せた時、二人はその場で使ってみせた。


 才能は知っている。それでも、分かっていたつもりのことを、何度も確かめ直す羽目になる。


 だが、ディアルに仕えていて嬉しくなるのは、そうした時ばかりではなかった。


 助けた者や自分のそばへ置いた者を、ディアルは気に掛ける。言葉が少ないため見落とされやすいが、周囲をよく見ている。


 フィルへの接し方にも、それは表れていた。


 弟だと言いながら、ただ庇って手元に置くわけではない。意見を聞き、任せ、時には言い合いにもなる。


 アリソンには、そのやり取りが好ましかった。


「ディアル様は、人に任せたことでも、ご自分には関わりがないという顔をなさいませんね」


「ああ。自分の分は済んだ、とはならねえな」


「ええ。お仕えしていて、誇らしく思います」


 イーサックが、少し意外そうにこちらを見た。


「お前が言うと、本人に聞かせてやりたくなるな」


「普段から、お伝えしていますよ」


「その顔じゃ、何か裏があると思われるぞ」


「心外ですね」


 アリソンは笑みを崩さず、杯を持ち上げた。


 ディアルへの言葉に、偽りはなかった。


 だからこそ、その隣にいるフィルのことも、単に優秀な子供としては見ていない。


 ディアルが相手でも、納得できなければ首を傾げる。言うべきことを飲み込まず、それでいて、相手の話を聞かないわけではない。


 ずっとそばで見ていても、時折、何を考えているのか分からなくなる。


 そのくせ、妙に分かりやすいところもあった。


「フィル様も、口ではあれこれ仰いますが」


「文句は多いな」


「その割に、アリス様のお手紙を手伝うお話からも、お逃げにはなりませんでした」


「逃げる隙がなかったんじゃねえか?」


「本当に嫌なら、もっと上手に理由をお考えになるでしょう」


 イーサックが声を立てて笑った。


 アリソンも、馬車の中でのやり取りを思い出す。


 フィルは巻き込まれたような顔をしていた。けれど、あれでアリスを突き放すことはない。


 ディアルにも、そうだ。


 面倒だと言いながら付き合っている時と、本当に嫌がっている時では、言い訳の熱心さが違う。本人はうまく隠しているつもりかもしれないが、長く見ていれば、それくらいは分かる。


「お前、分かってて聞いてたのか」


「ええ。どこまで仰るのか、少し気になりまして」


「いい性格してるな」


「フィル様にも、時々そういうお顔をされます」


「顔で済ませてもらってるうちが花だぞ」


 アリソンは杯を置いた。


 理屈を重ね、こちらの言葉の隙間を見つけては、するりと抜けようとする。手の掛かるところは確かにある。


 だが、あの軽口も含めて、アリソンはフィルを気に入っていた。


「お二人とも、もうお休みでしょうか」


「フィルは寝てるだろ。今夜は大切な用事があるらしいからな」


「何もしない、でしたね」


「ああ」


「それでしたら、邪魔はできませんね」


「お前が言うと、妙に不穏なんだよ」


 ただ頷いただけなのに、イーサックは最後まで疑わしそうな顔をしていた。


次の話からは、第3章となります。

よろしくお願いします。

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