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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第三十二話 戦いのあとで


 炎が消え、魔物の体が灰になって崩れた。


 地面に残された枝は、燃えていない。

 すぐそばに立つ木の壁にも、炎が移った様子はなかった。


 上空でそれを見下ろしていたヴァルベルドが、細く息を吐いた。


「……恐ろしい子供たちですな」

「勝つのは分かってただろ」


 フェリックスは腕を組んだまま答えた。


「勝ち方の話です。あの距離で炎を使い、周囲へ一切広げないとは」

「周りを燃やすなってことくらい、あいつも分かってる」

「分かることと、できることは別でしょう」


 フェリックスの口元が、わずかに上がった。


 南東側で、魔物の腕が落ちる。

 風の刃が続けて胴を裂き、脚を切った。


 ヴァルベルドはそちらへ視線を移した。


「もう一人も、見事な――」


 言葉が止まる。


 倒れた魔物の体が跳ねた。

 武器を落とし、立つための脚を失っても、風の刃は止まらない。


「……まだ、続けますか」

「見えてる」


 フェリックスはディアルを見下ろしていた。

 笑みは、もうなかった。


「お止めにならなくてよろしいのですか」

「今はな」


 最後の斬撃が地面を走った。

 風が止み、細かな木片が落ちる。


 白髪の少年が声をかけた。

 ディアルが振り返る。


 短い言葉を交わした後、二人は戦士たちへ目を向けた。やがて並んで、内側へ続く道を歩き始める。


 フェリックスは、その姿を追っていた。


「あいつのそばには、フィルがいる」

「フィル殿が、お気づきになるでしょうか」

「さあな。何でも分かる奴じゃないだろ」


 あっさりと答え、フェリックスは組んでいた腕を解いた。


「ただ、俺が言っても聞かないことを、あいつなら聞かせられるかもしれない」


 ヴァルベルドは再び地上を見た。

 二人の後ろへ、イーサックが歩み寄っている。


「しばらく、お任せになると」

「お前も覚えとけ。あいつらは強いが、まだ子供だ」


 フェリックスの視線が、回復部隊の建物へ移った。


「強さだけ見て、放っとくなよ」


 ◇◇◇


 カリーナが目を覚ましたのは、俺たちが遅い食事を済ませた頃だった。


 と言っても、立派な食卓に座ったわけではない。

 空いていた部屋でパンと温かい汁物をもらい、三人で壁際に並んで食べただけだ。


 アリスは最初、あまり食欲がないと言っていた。

 けれど一口食べると、すぐに二口目へ進み、気づけば俺より早く食べ終えていた。


 魔法をあれだけ使ったのだから、お腹も減るよね。

 俺もパンをもう一つもらった。


 そこへ、カリーナが起きたと知らせが来た。


 戻ると、彼女は枕へ頭を預けたまま、隣の寝台を見ていた。

 ウルスナは先に目を覚ましていたらしく、こちらへ静かに顔を向ける。


「アリス様」


 カリーナが体を起こそうとした。


「寝ていてください」


 アリスがすぐに近づいた。

 その肩へ手を添え、寝台へ戻す。


「ですが、お怪我は」

「ありません。お二人が守ってくださったので」


 カリーナの目が、俺たちへ向いた。

 ディアルが頷き、俺も片手を上げてみせる。


「こっちも平気。魔物は倒したよ」


 そこでようやく、カリーナの肩から力が抜けた。


「よかった……」


 目を閉じ、一度、ゆっくり息を吐く。

 その顔を見ていると、俺まで少し力が抜けた。


 しばらくして、彼女はアリスの手元へ目を留めた。


「その杖は」


 アリスが両手で持ち上げる。


「変わったのです」


 一本の捻れた枝が、先端の球体を支えている。

 カリーナはそれを見つめ、口を開きかけたまま動かなくなった。


「私の魔法にも、応えてくれました」


 アリスが柄へ指を添えた。

 木目に沿って、小さな光が走る。


 カリーナの目が丸くなった。


「……私が眠っている間に、ですか」

「はい」

「そのお姿を、私も拝見したかったです……」


 声が、少しだけ沈んだ。


 アリスが困ったようにウルスナを見る。

 ウルスナは杖へ視線を向けたまま、静かに言った。


「今、ご覧になっています」

「変わるところから、拝見したかったのです」


 なるほど。そこは譲れないらしい。


「もう一度は、できませんよ?」


 アリスが杖を見る。

 試そうとしたわけではないのだろうが、カリーナが慌てて首を振った。


「いえ、そんなことは。大切になさってください」


 そう言ってから、まだ少し名残惜しそうに先端を見つめる。


 俺は笑いそうになって、口を閉じた。

 いつものカリーナに戻ってきたみたいで、少し嬉しかった。


 ディアルがウルスナのそばへ立った。


「今日は休め」

「ですが――」

「明日も、具合が悪ければ休め」


 ウルスナはディアルを見た。

 それから、ゆっくり頷いた。


「承知いたしました」


 アリスが二人を見比べる。


「本当に、ありがとうございました」


 深く頭を下げた。

 カリーナがまた起き上がりかけ、今度はウルスナに名前を呼ばれて止まった。


 うん。

 この二人には、誰かがついていた方がよさそうだ。


 ◇◇◇


 フェリックス王に呼ばれたのは、その後だった。


 アリソンに案内され、詰所を出る。

 さっきまで戦っていた方から、木を叩く音が聞こえていた。


 壁の穴へ、太い材木が運ばれている。

 倒れた木を片づける人、地面へ印をつける人、その周りを警戒する戦士たち。


 まだ、終わってはいなかった。


「殿下、フィル殿。そちらは通れます」


 荷物を抱えた戦士が、道を空けてくれた。


「ありがとう」


 俺たちが通ると、彼はまた荷物を持ち直した。

 片腕には布が巻かれている。力を入れた時、少しだけ顔が歪んだ。


 反対側から来た別の戦士が、何も言わずに荷物の端を持つ。

 二人はそのまま、壁の方へ歩いていった。


 アリスも、その後ろ姿を見ていた。


「まだ、痛むのですね」

「そりゃ、全部いっぺんには治らないよ」

「はい」


 アリスは杖を持ち直した。

 少し考え、それから前へ向き直る。


 ディアルは何も言わなかった。

 壊れた壁へ一度だけ目を向け、歩き続けていた。


 案内されたのは、戦士団の使う建物だった。

 中では人が行き交い、紙を持った者が次々と部屋へ出入りしている。


 アリソンが扉を叩いた。


「三名をお連れいたしました」

「入れ」


 俺たちが入ると、フェリックス王は机の上の紙を脇へ寄せた。

 窓の外を見ていたヴァルベルドが、こちらへ向き直る。


「では、私は確認へ戻ります」

「ああ。頼んだ」


 ヴァルベルドが退室し、アリソンも一礼して扉を閉めた。

 部屋には、俺たち三人とフェリックス王が残った。


 王が、向かいの椅子を指す。


「座れ」


 言われるまま腰を下ろす。

 隣でアリスが杖を椅子の脇へ置き、ディアルは静かに背筋を伸ばした。


「さて。何があったか、お前たちの口から聞かせろ」


 ◇◇◇


「見ていたんですよね?」


 思わず聞くと、フェリックス王が俺を見た。


「見てたな」

「じゃあ、だいたい分かってるんじゃ」

「お前が何を考えて水に沈んだかまでは、見てても分からないだろ」


 そこからですか。


 アリスが俺へ顔を向ける。

 そういえば、説明を後回しにしていた。


「毒を吸わないようにしようと思って」

「それで、水か」

「はい。外の空気に触れなければいいかなって」


 フェリックス王が頷く。


「で?」

「息ができませんでした」


 少し、間が空いた。


 王が笑った。

 声を隠そうともしない笑い方だった。


 アリスは笑わず、眉を寄せている。


「フィル、危ないではありませんか」

「うん。俺も、すぐ気づいた」

「使う前に気づいてください」


 ごもっともです。

 返す言葉がない。


「頭の周りに空気を残したので、しばらくは大丈夫だったんですけど」

「しばらく、だな」


 フェリックス王の笑いが止まった。


「長引いたらどうするつもりだった」

「早く倒そうと」

「それで倒せなかったら?」


 俺は口を閉じた。


 水の中で、胸が苦しくなった感覚を思い出す。

 あの光が届かなかった時のことまで、決めてはいなかった。


「……そこまでは、考えてなかったです」

「なら、次は考えろ」


 短く言われ、頷いた。


 王の視線が、俺の刀へ移る。


「そいつとは、前より上手くやってるようだな」

「たぶん。受け止めたい時とか、もう少し魔力が欲しい時とか、少し分かるようになりました」

「全部、お前の言うとおりに動いたか」

「いえ。俺が合わせたところもあります」


 答えると、フェリックス王の口元が緩んだ。


「そうか」


 机へ置いた指が、一度だけ動く。


「最後の火は」

「斬った相手だけを燃やしました。周りまで燃やすと、みんな困るので」

「簡単に言うな」


 怒られたのかと思ったが、顔を見ると笑っていた。


「刀が欲しがる分を流して、あとは燃やす場所を決めました。火が外へ広がらないように」


 説明しながら、腰の刀へ手を置く。


 あの時は、どこまで送ればいいか迷わなかった。

 刀が受け取り、俺が流す。そのまま振れた。


「前みたいに、無理に言うことを聞かせなくても大丈夫でした」

「ようやく気づいたか」


 フェリックス王は、楽しそうに言った。


 ◇◇◇


 次に、ディアルが呼ばれた。


「お前はどうだ」

「敵の動きを見て、戦えると判断しました」


 答えは短かった。


 槍斧を扱う動きも、毒の槍が生まれる位置も見えていた。

 近づけば攻撃の手段を限らせられるため、間合いを詰めた。


 そんなことを、順番に説明していく。


 俺は隣で聞いていた。

 似たようなことをしていたはずなのに、言葉になると、ずいぶんちゃんとして聞こえる。


「霧は」

「周囲の空気を風で隔てました」

「長くは持たないぞ」

「はい。後方への対応を確認し、発生源を止めることを優先しました」


 フェリックス王が、ディアルを見る。


 少しだけ、返事が遅かった。


「最後は?」

「風葬(ふうそう)で倒しました」


 王の指が止まる。


「確実に、か」

「はい」


 俺はディアルの横顔を見た。


 地面に倒れてからも、風は続いていた。

 確実に、と言われればそうなのかもしれない。でも、普段ならもっと早く終えていた気がする。


 フェリックス王は、それ以上聞かなかった。


「判断は速かった。周りも見えてたな」

「ありがとうございます」


 ディアルが頭を下げる。


 王は、その顔が上がるまで待ち、アリスへ目を向けた。


「お前は、随分変わったものを持ってきたな」


 ◇◇◇


 アリスが杖を抱え直した。


「見せてみろ」


 差し出された手を見て、アリスは一度、杖へ目を落とす。

 それから両手で差し出した。


 フェリックス王が受け取る。

 捻れた先端を眺め、指で木目へ触れた。


「いつ変わった」

「皆さんを治療していた時です」

「最初から、あの光を使うつもりだったのか」

「いえ。私にも、よく分からないのです」


 アリスが膝の上で手を重ねた。


「ウルスナとカリーナが、皆さんを魔法で支えていました。でも、二人とも倒れてしまって」


 指先が、少し強く重なる。


「私が代わらなければと思ったのです。クリティアさんは、ほかの方も診ていましたから」


 フェリックス王は、黙って聞いていた。


「二人のように、魔力を広げました。そうしたら、苦しそうだった方が息をしてくださって」

「それから?」

「もっと遠くにも届けようとしました。消えないようにしていたら、この子が応えてくれたのです」


 アリスが杖を見た。


「温かかったです」


 その一言だけ、声が少し明るくなった。


 フェリックス王が、杖を返す。

 アリスは大切そうに受け取った。


「形が変わってからは?」

「どこへ届けたいか、分かってくれるようになりました。外にも人がいたので、そちらへ向けて……」


 そこで言葉が止まる。


「光が、黄金色になりました」


 アリスは球体を見つめた。


「何か変えたのか」

「いいえ。同じように、助けたいと思っただけです」


 フェリックス王が、椅子の背へ体を預けた。


 少しの間、誰も喋らなかった。


 窓の外から、木を叩く音が聞こえる。

 さっきより遠くで、誰かが人を呼んでいた。


「そうか」


 王が言った。


 アリスは顔を上げた。


「よくやったな」


 頭へ、大きな手が置かれる。

 一度だけ撫でられ、アリスが目を丸くした。


「……はい」


 返事は、小さかった。

 でも、杖を抱え込んでいた腕からは、少し力が抜けていた。


 フェリックス王が、俺たちを順番に見る。


「お前たちもだ。来た時より、いい顔になった」


 俺はディアルを見た。

 特に変わった顔をしているようには思えない。


 たぶん、そういう意味ではないのだろうけど。


「ありがとうございます」


 ひとまず礼を言った。

 王は俺の顔を見て、少し笑った。


 刀のことも、アリスの魔法のことも。

 まだ分からないことはあるが、できることは増えた。


 俺は椅子へ座り直した。

 ずっと少し浮いていた肩が、ようやく下がる。


 フェリックス王も、満足そうに息を吐いた。


「やっぱり、壁を壊して、あいつらを中に入れてよかったな」

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