↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/47

第三十一話 届いた光


 水の向こうが、明るくなった。


 紫色に濁っていた景色へ、黄金色の光が差し込む。

 目の前のヴェノフロールが、大鎌を持ち上げかけた姿勢で止まった。


 裂けた体から溢れる霧が、光に触れて消えていく。

 押し流されているのではない。その場で色を失い、向こうの木材まで見えるようになっていた。


 少し離れた場所で、膝をついていた戦士が顔を上げる。


 俺は顔の前の水を開いた。

 息を吸う。


 喉が痛くない。


 もう一度、大きく吸い込んだ。

 胸へ空気が入ってくる。それだけで、泣きたいくらいありがたかった。


 ……助かった。

 本当に。水の中で頑張るのは、もうやめよう。


 体を包んでいた水を落とす。

 足元で弾けた水滴が、黄金色を映して散った。


 光は、回復部隊のいる方から来ている。

 誰が使っているのかは分からない。けれど、今なら動ける。


 俺は刀を握り直した。


 ヴェノフロールの顔が、こちらを向く。

 開いた花の奥から、また紫色のものが溢れた。


 まだ、出すつもりらしい。


 これ以上、後ろへ流させるわけにはいかない。

 俺は一歩、踏み込んだ。


 ◇◇◇


 刀へ火を流す。


 刃に沿って、細い炎が走った。

 外へ膨らませず、刀身へまとわせる。


 柄から、強い魔力が返ってきた。

 もう少し、と言われた気がした。


 うん。

 今は、俺もそう思う。


 求められる分だけ力を送る。

 刃を覆っていた炎が厚みを増し、熱が頬へ触れた。


 前には魔物。

 その向こうには木の壁があり、足元には折れた枝が散らばっている。


 燃やすのは、こいつだけだ。


 大鎌が動いた。

 傷ついた腕では持ち上げきれず、刃先が地面を引っ掻く。


 俺はその柄の内側へ入った。


 木の皮に似た胸が、すぐ目の前にある。

 狙う場所は見えていた。さっき自分でつけた、肩から胸へ続く傷だ。


 そこへ刀を重ねる。


「焔牙・灰燼(えんが・はいじん)」


 刃が通った。


 手応えが抜けると同時に、斬り口の奥で炎が膨らんだ。

 枝のような筋を伝い、胴へ、腕へ、花の形をした顔へ走っていく。


 魔物が身を反らした。

 その輪郭が赤く染まる。


 俺は振り抜いた刀を返し、一歩退いた。


 炎は、体の外へ広がらなかった。

 噴き上がろうとした火さえ、魔物の輪郭で折り返し、その内側へ戻っていく。


 大鎌を握る指が崩れた。


 長い柄が地面へ落ちる。

 その後を追うように、胴が傾いた。


 倒れきる前に、脚が砕けた。

 黒くなった体が、内側から崩れていく。


 炎が消える。


 後に残った灰が、地面へ落ちた。

 そばにあった枯れ枝は、元の色のままだった。


 俺はそこまで確かめて、ようやく息を吐いた。


「うん。今のは、よかったね」


 刀を少し持ち上げる。


 掌へ、短く魔力が返ってきた。

 先ほどまでみたいに、もっと寄越せという感じではない。


 なんとなく、得意そうだった。


「はいはい。君も頑張ったよ」


 指先が、ちくりとした。


「……褒めてるんだけど?」


 返事はない。

 刀は、いつもの重さで手の中に収まっていた。


 俺は小さく笑い、南東へ顔を向けた。


 ◇◇◇


 ディアルは、まだ剣を構えていた。


 周囲を隔てていた風は、もう見えない。

 その代わり、剣の周りに細い筋がいくつも走っている。


 向かい合うヴェノフロールが、槍斧を引いた。

 欠けた指で柄を握り直し、前へ突き出す。


 ディアルは半歩だけ体をずらした。


 穂先が脇を抜ける。

 剣が、静かに振り下ろされた。


「風葬(ふうそう)」


 魔物の腕が落ちた。


 何が通ったのか、一瞬分からなかった。

 次いで、胴の表面に斜めの線が走る。肩が裂け、花のような顔の端が散った。


 風の刃だった。


 一つではない。

 前から、横から、斜め下から。幾重にも重なった刃が、魔物へ集中している。


 槍斧が地面へ倒れた。


 体が傾く。

 支えようとした脚も切れ、膝から崩れた。


 もう、立てない。


 それでも風は止まらなかった。


 倒れた胴が跳ね、表皮が剥がれる。

 剥き出しになった根のようなものが、さらに細かく裂かれていく。


 周りにいた戦士が、一歩下がった。

 ベリンガルは槍斧から目を離し、ディアルの方を見た。


 俺も、そちらを見た。


 剣を握る手が、動いていない。

 ディアルは倒れた魔物を見下ろしたまま、風を送り続けていた。


 ……もう、倒れてるんだけどな。


 最後の刃が地面すれすれを走った。


 細かな木片が散る。

 そこでようやく、風が止んだ。


 ディアルは剣を下ろした。


「ディアル」


 呼ぶと、顔がこちらへ向く。


「そっちは」

「終わったよ」


 俺が答えると、ディアルは頷いた。

 灰になった魔物の跡へ目を向け、それから後ろの戦士たちを見る。


「負傷者は」

「搬送を続けています。歩ける者も増えました」


 ベリンガルが答えた。


 いつもの声だった。

 いつものように、次にすることを確かめている。


 俺は地面へ目を落とした。

 何がどこの部分だったのか、もう分からなかった。


 刀を持つ手へ、風が触れた。

 今度のそれは、森から吹いてきた普通の風だった。


 ◇◇◇


 終わった、と誰かが言うより先に、エムバエルが声を上げた。


「残っている個体を確認しろ。死骸にも触るな!」


 戦士たちが動き始める。

 盾を持つ者が前へ出て、槍を持つ者がその間から壁の穴を覗いた。


 地面を照らしていた黄金色が、少しずつ薄れていく。

 光が消えた後にも、戦士たちは自分の足で立っていた。横になった仲間へ肩を貸し、声をかけ合いながら歩き始めている。


 ヴェノハウンドは、まだ何頭か残っていた。

 けれど、もう群れの勢いはない。散らばっていた個体が、一頭ずつ追い詰められていく。


 俺も近くの死骸を見た。


 動かない。

 でも、触って確かめる気にはならなかった。


 あんな霧まで出された後だ。

 倒れたから安心、とは思えない。


「フィル殿、お怪我は」


 エムバエルが、こちらへ来た。


「たぶん、ないです」

「たぶん?」

「水に入ってたから、少し濡れたくらいかな」


 自分の袖を見る。

 水は払ったつもりだったが、肘の辺りから雫が落ちた。


 エムバエルは俺の顔を見て、それから肩や腕へ目を走らせた。


「回復部隊で確認していただいてください」

「うん。そうする」


 彼は頷き、灰の残った場所へ向いた。


「周囲へ火が移った様子はありません。あれも、確認して使われたのですか」

「確認したというか、移らないようにしたというか」


 説明しようとして、少し困った。


「燃やす場所を、あいつだけにしたんです」

「……そうですか」


 エムバエルはもう一度、火の移らなかった枝を見た。

 何かを言いかけ、それをやめる。


「助かりました」


 まっすぐ頭を下げられた。


「あ、いえ。こちらこそ。周りを見ていてもらえたので」


 最初に死骸を飛ばした時も、すぐに声をかけてくれた。

 横から来る魔物を抑えてもらえなければ、もっと余計なものを斬っていたと思う。


 彼は顔を上げ、短く頷いた。


「では、こちらは我々が。内側への道は通れます」


 指した先で、戦士が荷物を脇へ寄せていた。

 俺たちを見ると、手を上げる。


「こちらです。足元だけ気をつけてください」


 来た時には、少し遠巻きに見られていた気がする。

 今は、向こうから歩み寄ってきて、通れる場所を教えてくれる。


 俺は礼を言い、ディアルと並んで歩いた。


 ◇◇◇


「二人とも、こっちだ」


 道の途中で、イーサックが待っていた。

 俺たちの顔を順番に見てから、服へついた汚れを確かめる。


「毒は」

「今は平気。ディアルは?」

「問題ない」


 イーサックが短く息を吐いた。


「そうか。陛下への報告はこの後だ。まずは診てもらえ」

「みんなは大丈夫?」

「手当ては続いてる。ウルスナとカリーナも休ませてるところだ」


 足が止まった。


「二人も?」

「ああ。詳しい話は中で聞け」


 イーサックが、詰所の方へ顎を向ける。

 俺は歩くのを早めた。ディアルも、何も言わず隣へ続く。


 入口にはアリソンがいた。

 運び出される寝台を通し、それから俺たちへ目を向けた。


「お戻りになりましたか」

「二人が倒れたって」

「今は呼吸も落ち着いています。こちらへ」


 中へ入ると、薬と血の匂いがした。


 床には布が敷かれ、戦士たちが横になっている。

 壁へ背中を預け、自分の指を曲げ伸ばししている人もいた。


 その間に、アリスが立っていた。


 見慣れない杖を持っている。

 木目の深い柄が伸び、その先で一本の枝が捻れ、丸い球体を支えていた。


「お兄様。フィル」


 アリスが顔を上げた。

 俺たちを見ると、すぐに近づいてくる。


「お怪我はありませんか」

「俺は大丈夫。アリスこそ――」


 言いかけて、杖をもう一度見た。


 球体の奥に、薄く光が残っている。

 さっきまで戦場を包んでいたものと、同じ色だった。


「あの光、アリスだったの?」

「はい」


 アリスが頷いた。


 俺は、その顔を見た。

 額に汗が滲んでいる。杖を持つ手も、少し疲れているようだった。


 あの広さへ、一人で。


「そっか。助かったよ」

「届いたのですか?」


 すぐに聞き返された。


「うん。ちゃんと届いた。あれがなかったら、俺、まだ水の中だったと思う」

「水の中?」

「ちょっと事情があってね」


 今説明すると、たぶん呆れられる。

 隣を見ると、ディアルは否定も補足もしなかった。


 その代わり、アリスへ言う。


「助かった。ありがとう」


 アリスが、二人の顔を見比べた。

 それから、小さく頷いた。


「……よかったです」


 杖を握り直す。

 その口元が、ゆっくり緩んだ。


 ◇◇◇


 ウルスナとカリーナは、奥の寝台に並んでいた。


 二人とも眠っている。

 普段なら、俺たちが来ればすぐ気づくのに、今日は瞼も動かなかった。


 ディアルがウルスナのそばへ立った。

 俺はカリーナの顔を覗く。


 息はしている。

 胸がゆっくり上下しているのを見て、ようやく肩から力が抜けた。


「毒の影響は、かなり薄れています」


 クリティアが、そばへ来た。

 袖には血がつき、疲れた顔をしていたが、話す声は落ち着いていた。


「ただ、消耗しています。しばらくは休ませてください」

「目は覚めるんですよね」

「はい。今は、眠らせておきましょう」


 俺は頷いた。


 後ろで、誰かが彼女を呼んだ。

 クリティアは振り返り、一度こちらへ頭を下げてから、別の寝台へ向かう。


 戦いは終わった。

 でも、この人たちの仕事は、まだ終わっていない。


 俺は場所を空けるように壁際へ寄った。


 アリスが、二人を見ていた。


「最後まで、私を守ってくださったのです」


 小さな声だった。


 カリーナの寝台へ手を伸ばし、ずれていた布を直す。

 その動きは丁寧だったが、指先が少し震えていた。


「アリスも、座った方がいいんじゃない?」

「私は平気です」

「うん。俺もよく言うから分かるけど、それ、あんまり信用されないやつだよ」


 アリスがこちらを見る。

 ディアルは近くの椅子を引き、彼女の後ろへ置いた。


「座れ」

「……はい」


 今度は、大人しく腰を下ろした。


 杖を両手で抱え、先端の球体を見つめる。

 俺も、その隣へしゃがんだ。


「変わったんだね」

「はい」


 さっきと同じ返事なのに、少し声が明るかった。


「応えてくれたのです。初めて」

「そっか」


 俺は腰の刀へ目を落とした。

 こっちも、最初から上手くいったわけではない。今だって、褒めると痛くされることがある。


 でも、何を考えているのか分かると、少し嬉しい。


「助けてくれたんだ」

「はい。この子も、一緒に」


 アリスが柄へ指を添える。


「遠くまで届けたいと思ったら、応えてくれました」


 木目に沿って、淡い光が走った。


 アリスが目を丸くする。

 俺たちを見て、もう一度、杖を見る。


「……今も、返事をしてくれたのです」


 声に、隠しきれない嬉しさが混じっていた。


 俺は笑って頷いた。

 ディアルも、アリスの抱えた杖へ目を向けていた。


 まだ寝台の間を、人が行き来している。

 呼びかける声も、足音も、途切れてはいなかった。


 その中でアリスは、杖をそっと撫でた。


「ありがとうございました」


 指先へ何かが返ったらしい。

 今度は驚かず、嬉しそうに笑った。

ウルスナとカリーナの魔法を見ただけで真似した時点で、アリスは天才です。

さすが、

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。