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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第二十八話 森を這うもの


 閉じた門の向こうから、何かがぶつかる音がした。


 一度ではない。重い音が続き、壁の上にいた戦士が、下へ向かって声を張る。


「南東側にも取りついた!」


 ヴァルベルドが腕を上げ、集まった戦士たちを振り分けた。盾を持つ者が前へ走り、その後ろへ槍や弓を持つ者が続く。

 俺たちのそばを、最後の荷車が内側へ抜けていった。


「フィル。ディアル」


 フェリックス王に呼ばれ、振り向く。


「お前たちも出ろ。あの群れを片づけてこい」

「分かりました」


 ディアルの返事は早かった。


 俺も頷きかけて、壁へ目を戻す。向こうが見えないのに、音だけは増えていた。


「結構、いるみたいですけど」

「いるな」

「ですよね」


 できれば、音の大きな数頭が頑張っているだけであってほしかった。

 でも、目の前の人は、少しも困っていないらしい。


 ヴァルベルドに呼ばれ、二人の戦士が来た。

 一人は髪を短くまとめ、もう一人は、長い髪を襟の中へ収めている。どちらも、走ってきた息を整える前に壁へ目を向けた。


「副団長のベリンガルと、エムバエルです」


 短い髪の方が、ディアルへ礼を取る。もう一人が俺の前へ立った。


「フィル殿は、私の隊と。東門側を受け持ちます」

「よろしくお願いします」


 ヴァルベルドがディアルへ向き直る。


「殿下はベリンガルと、南東をお願いします。両隊の間は空けません」


 彼が示したのは、防壁の内側にある広い作業場だった。荷車を止める場所らしく、今は荷も人も退かされている。

 その向こうに、二人の部隊が並び始めていた。


 フェリックス王が俺たちへ目を戻す。


「人の形をした奴が出たら戻れ。そいつは、お前たちの相手じゃない」

「人の形、ですか?」

「見れば分かる。出たら戻れ。いいな」


 俺とディアルが頷く。

 王はそれを確かめ、回復部隊の入口へ顔を向けた。


「アリス。お前はそっちだ。指示をよく聞けよ」

「はい」


 アリスが杖を持ち直す。カリーナとウルスナも、そのそばへ残った。


「こちらは、内側へ抜けたものに対処いたします」


 アリソンの声に続き、イーサックが俺の肩へ軽く手を置く。


「後ろは気にするな。前をよく見とけ」

「うん」


 壁の方で、木の裂ける音がした。


 振り返った先で、太い蔓が弾けた。組まれた木材が内側へ倒れ、その隙間から、何かが転がり込んでくる。

 それはすぐに起き上がった。


 四つ足だった。

 だが、俺の知っている犬とも、狼とも違う。


 背中は木の皮のようなもので覆われ、節のある脚が地面を掻いている。肩からは細い枝が伸び、顎を開くと、根を尖らせたような歯が並んでいた。


 その後ろから、二頭、三頭。

 倒れた木材を踏み越え、次々と入り込む。


「構えろ!」


 エムバエルの声で、盾が並んだ。

 俺は刀を抜き、彼の隣へ走った。


 ◇◇◇


 最初の一頭は、盾へぶつかる直前に跳んだ。


 高い。

 並んだ戦士の肩を越え、後ろへ抜けようとしている。


 俺は進路へ一歩入り、刀を横へ振った。


「風断(ふうだん)」


 刃から走った風が、魔物の胸を斜めに裂く。その体が宙で折れ、勢いのまま横へ飛んだ。


 倒せた。

 けれど、倒れた先がまずかった。


 死骸は地面を転がり、戦士たちが通る場所へ滑り込んだ。近くにいた一人が足を止め、別の者が腕を引く。


「触るな!」


 エムバエルの声が飛ぶ。


 あ。

 これは駄目だ。


「ごめんなさい。そっち、空けます」


 地面へ手を向け、死骸の下の土を沈めた。体が窪みへ収まったところで、脇の土を被せる。

 通り道を確かめた戦士が、俺を見た。俺は短く頷き、すぐ前へ向き直った。


 倒したら終わりじゃなかったね。

 触るなって、さっき教えてもらったばかりなのに。


 木みたいな体なら、火はよく効きそうだ。けれど、周りは木でできた壁や建物ばかりで、その向こうには森がある。

 魔物を片づけた後に消火を始めるのは、さすがにまずい。


 燃やさない。飛ばさない。

 うーん。倒すだけなら、もう少し簡単なんだけど。


 次の魔物が、盾の下へ頭を潜らせた。

 エムバエルが槍を突き出し、その口へ穂先を入れる。引き抜くと同時に、後ろの戦士が別の個体を押し返した。


「一頭ずつ止めろ。追うな!」


 命令に合わせ、隊列が半歩下がる。


 俺も、無理に前へ出るのをやめた。盾の間から、魔物の脚が見える。


「地牙(ちが)」


 地面から突き出した土の刃が、踏み込んだ前脚を貫いた。

 魔物が姿勢を崩す。すぐ横から槍が伸び、頭を貫いて止めを刺した。


「今のように、足を止めていただけますか」


 エムバエルが、前を見たまま言った。


「うん。どの辺り?」

「右から来るものを。左はこちらで抑えます」

「分かった」


 できることが決まると、少しやりやすい。


 右へ回り込む個体へ手を向ける。集めた水を細長く伸ばし、先端を絞って一直線に放った。


「水槍(すいそう)」


 胸を穿たれた魔物が、走ってきた勢いを失う。その後ろの一頭が死骸を避けたところへ、エムバエルの槍が伸びた。


 俺は、そのさらに後ろを見る。

 倒れた仲間へ脚をかけ、飛び越えようとする影があった。


 今度は、飛ばさない。


 跳ぶ前に距離を詰め、首の付け根へ刀を入れた。硬い表皮の下で刃が通り、体が沈む。

 横へ退き、倒れる場所を空けてから、次へ向き直った。


 まだ来る。

 でも、一頭ずつの動きは見えていた。


 問題は、倒した後の方かもしれない。

 足元の死骸を避けながら、俺は刀を構え直した。


 ◇◇◇


 南東の壁も、ほぼ同じ頃に破られていた。


 そちらはディアルたちが抑えている。視界の端を、短い風の刃が走った。

 前に出た魔物が崩れ、その脇から抜けようとした個体を、ベリンガルが斬る。


「殿下、左に二頭」

「見えている」


 ディアルが答え、戦士の前へ出た。


 剣を大きく振らない。

 一頭目の首へ刃を通すと、その動きのまま体をずらし、二頭目の顎を下から斬り上げた。


 返した剣へ、風が沿う。

 さらに踏み込んできた個体を切り裂き、ディアルは隊列の前へ戻った。


 その間に、ベリンガルたちが足元を確かめる。前へ出られる場所を選び、盾を持つ戦士が一歩進んだ。


 お互い、相手がどこにいるのか分かっているらしい。

 初めて一緒に戦う人たちなのに、よく合わせられるものだ。


「フィル殿、前です」


 慌てて正面を見る。

 見物している場合じゃなかった。


 低く走ってきた魔物へ刀を向け、刃先へ雷を集める。


「雷穿(らいせん)」


 突き出した刀が、開いた口へ入った。

 内側で光が弾け、体が強張る。俺は刃を引いて横へ避けた。


 倒れた体へ、隣の戦士が槍を構える。動かないことを確かめると、前へ目を戻した。


「次、右へ寄せます」

「うん。お願い」


 盾の縁が、飛びかかった一頭の向きを変えた。

 俺はその先へ入り、足を止めずに斬る。


 後ろにいた戦士が、短く息を吐いた。


「速いな」

「足元、気をつけてね。こっちにも倒れてるから」

「分かりました」


 今度は、俺が注意する側だった。


 エムバエルが槍を引き、隊列の向きを少し変える。言われなくても、戦士たちは同じ方へ動いた。俺もそれに合わせて場所を移す。


 壁の穴だけを見ていればいいわけではない。

 死骸を越えてくるもの、端へ回るもの、仲間の影に隠れて走るもの。


 その一つ一つへ、誰かの声が飛ぶ。

 俺は呼ばれた方へ刃を向け、見つけたものを声に出した。


 ◇◇◇


 回復部隊の詰所には、負傷した戦士が次々と運ばれてきた。


「こちらは傷の手当てを。毒への処置は済んでいます」

「はい」


 クルティアの指示を受け、アリスが寝台へ近づく。

 腕を押さえていた戦士が、顔を上げた。


「姫様が?」

「手を離していただけますか」


 戦士は一瞬ためらい、それから腕を差し出した。

 杖から柔らかな光が広がり、裂けた皮膚を覆う。


 アリスは顔色を見ながら、治療を続けた。痛みに寄っていた眉が、少しずつ緩んでいく。


「……ありがとうございます」

「まだ立たないでください。もう一度、確認していただきます」


 そばの治療師へ声をかけ、次の寝台へ向かう。

 入口では、カリーナが戦士の肩を支え、ウルスナが汚れた装備を受け取っていた。


 物を置く場所、患者が歩く場所。どちらも塞がないように、声をかけ合って動いている。


「姫様、こちらもお願いできますか」


 呼ばれるたび、アリスは頷いた。

 杖は手の中で静かだったが、傷へ向けた魔力は滞りなく流れていく。


 窓の外で、金属のぶつかる音がした。


 アリスは一度だけ顔を上げた。

 そこから兄たちの姿は見えなかった。広い道の向こうを、避難する人々が歩いている。


 その中に、小さな子供を抱えた女性がいた。

 腕の中からこちらを見ていた子へ、アリスは小さく頷き、寝台へ向き直った。


「次は、どちらですか?」


 ◇◇◇


 少しずつ、押し寄せる魔物の間に隙間ができてきた。


 いなくなったわけではない。

 ただ、壁の穴から次々と流れ込んでいた勢いが、弱まっている。


「前へ出すぎるな。間を詰めろ」


 エムバエルの声で、戦士たちが並び直す。俺も刀を下げずに、一度、息を吐いた。


 後ろを振り返ると、離れた道でイーサックが剣を振っていた。

 こちらの端を抜けたらしい一頭が崩れ、そのさらに奥では、アリソンが住民を別の道へ誘導している。


 ちゃんと、見ていてくれている。

 俺は前へ向き直りかけ、上で何かが動くのに気づいた。


 フェリックス王だった。


 壁の上よりも高い場所に、浮いている。

 隣にはヴァルベルドもいた。足元に台があるわけでも、枝に立っているわけでもない。


 あれ、どうなってるの?

 ちょっと羨ましい。上からなら、ずっと遠くまで見えそうだ。


 でも、今聞きに行く方法はない。

 そもそも、行けない。


「そちらも、落ち着いてきましたか」


 ベリンガルの声が聞こえた。

 両隊の間で、エムバエルが短く答える。


「まだ来るが、減っている。こちらの負傷者は下げた」

「こちらもです。抜けたものは後方が対処しています」


 ディアルが、その横へ来た。

 剣は下ろしていない。俺の方を見て、短く尋ねる。


「大丈夫か」

「うん。倒した後が邪魔なくらい」

「踏むなよ」

「気をつけてる」


 ディアルの視線が、地面にできた不自然な盛り上がりへ向いた。最初に俺が飛ばした魔物を埋めた場所だ。


「何だ、あれは」

「ちょっと、片づけた」

「そうか」


 詳しく聞かれずに済んだ。


 エムバエルが、残っている魔物の位置を指した。

 両隊で、少しずつ前を揃えていく。


 死骸のない場所を選び、盾を置き直す。弓を持つ戦士が場所を変え、後ろから矢を放った。

 低い姿勢で走っていた一頭が足を止め、そこへ槍が届く。


 俺も刀へ魔力を通した。

 次に跳んできた一頭を斬り落とし、横へ抜けようとしたものには水槍を放つ。


 前に出る時、隣の戦士が盾を少し開いてくれた。

 戻ると、その隙間が閉じる。


「ありがとうございます」

「こちらこそ。今のが後ろへ行くと、面倒だったから」


 短く返し、次を見る。


 やれそうだ。

 このまま数を減らせば、破られたところも押さえられる。


 そう思った時、隣で槍を引いたエムバエルが、動きを止めた。


 彼の視線を追う。

 倒れた木材の奥で、葉が揺れていた。


 最初は、大きな枝が動いたのかと思った。

 だが、それは地面から離れ、二本の脚で木材を越えてきた。


 人だ。


 いや、違う。


 細長い胴に、二本の腕。肩のあたりには、重なった葉のようなものが広がっている。

 肌に見えた部分は木の皮に似ていて、肘が曲がると、その隙間から暗い色の筋が覗いた。


 顔のあるはずの場所には、裂けた花のようなものがついていた。


 片手に握っているのは、大鎌だった。

 長い柄の先で、内側へ湾曲した刃が鈍く光る。


 俺は、刀を握ったまま息を止めた。


 南東側でも、声が上がる。


 もう一体いた。

 そちらは、槍の先に斧を取りつけたような武器を持っている。人の背丈を越える柄を、片手で地面から持ち上げていた。


 周囲には、まだ四つ足の魔物がいる。

 その間から伸びる二つの姿だけが、やけに高く見えた。


 人の形をした奴が出たら戻れ。


 フェリックス王の声が、頭へ戻ってきた。


「ヴェノフロールだ。下がれ!」


 エムバエルの声が、戦場へ響いた。風断(ふうだん)

花金は技を使わせるを覚えた!

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