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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第二十七話 境界の暮らし


 出発の朝、俺の荷物は思っていたより軽かった。


 剣と、身の回りの物を入れた袋。

 木の器も、削る道具も、部屋に置いてきた。アリソンの確認を通り抜けたのは、必要だと説明するまでもない物ばかりである。


「忘れ物は?」

「ないと思うよ。置いてきた物なら、いっぱいあるけど」


 馬車の扉を押さえていたイーサックが笑った。


「帰りは重くなりそうだな」

「分かる?」

「顔に書いてある」


 そんなに分かりやすかっただろうか。

 後ろからアリソンが来たので、それ以上は話さずに乗り込んだ。


 ディアルとアリスは、もう座っていた。アリスは膝に杖を載せ、窓の外へ目を向けている。

 俺も向かいへ腰掛けると、ウルスナが袋の置き場所を直してくれた。


 ほどなく、馬車が動き出す。

 フェリックス王の乗る馬車を先頭に、俺たちは王都を離れた。


 森へ入っても、すぐに道が悪くなるわけではなかった。

 大きな木を避けて緩く曲がりながら、荷車が通れる幅が続いている。水のたまりそうな場所には溝が掘られ、道へ張り出す枝は払われていた。


 途中、向こうから来た荷車とすれ違う。

 こちらが道の広い場所で待つと、箱や空の籠を積んだ車列が通っていった。


「あれ、戻ってくる人も多いんだね」

「ああ」


 ディアルは荷台へ目を向けていた。

 脇に座る戦士がこちらへ礼を取り、すれ違った後は、すぐ森へ顔を戻す。


 少し先で、枝が揺れた。


 鳥かと思って見上げると、高い場所に人がいた。幹の間へ渡した足場から、長い柄の武器を持つ戦士が道を見下ろしている。


「こんなところにもいるんだ」

「見張りですね」


 アリソンの声に、もう一度目を向ける。

 葉の間へ姿が隠れてしまい、どこにいたのか分からなくなった。


 曲がり角には目印があり、途中で休んだ場所には、車輪を直すためらしい木材が積んであった。

 誰も通らない森へ入っていくのだと思っていたけど、違うらしい。


 俺たちの馬車が通る前にも、通った後にも、ここを使う人がいるのだ。


 ◇◇◇


 木々の隙間から、壁が見えた。


 最初は、ひときわ枝の密な場所かと思った。

 近づくと、太い木材が幾重にも組まれ、その間を蔓が縫うように這っている。葉に隠れた向こう側には、人が歩ける足場もあるらしい。


 開いた門の脇では、戦士たちが荷を確かめていた。

 俺たちの馬車が着くと、道を空けながらも、持ち場を離れることはない。


 降りる前に、フードの縁を確かめた。

 白い髪は、ちゃんと隠れている。


 外へ出ると、すでにフェリックス王が一人の男と話していた。


 背が高く、肩に厚みがある。編んだ髪を背へ流し、腰には使い込まれた武器を提げていた。

 王の話を聞きながらも、門を通る荷車が止まると、一度だけそちらへ目を向ける。


「お待ちしておりました、陛下」

「変わりないか?」

「はい。先にお送りした報告のとおりです」


 王が、降りてきた俺たちへ振り向いた。


「紹介しておく。ここの戦士団を預けてる、ヴァルベルドだ」


 男が礼を取る。

 ディアルとアリスが名乗り、俺もその後に続いた。


「フィルです。よろしくお願いします」

「お名前は伺っております。エスティアへようこそ」


 丁寧な返事だった。

 ただ、俺の名前が出た時だけ、近くにいた戦士がこちらを見た。


 何を聞いているのかは分からない。

 俺が視線を返すと、その人は門の外へ顔を戻した。


「荷を下ろしたら、中を見せてやってくれ」

「承知いたしました」


 ヴァルベルドが短く指示を出す。

 戦士の一人が動き、馬車は門の脇へ寄せられた。


 その人が俺たちの前を通る。

 腰の武器がぶつからないよう、体の向きをわずかに変えた。それでも、視線は周囲から離れない。


 宮殿で戦った騎士とは、感じが違う。

 イーサックを見ると、彼も戦士たちを見ていた。


 俺と目が合うと、いつもの笑顔のまま、少しだけ顎を引いた。


 ◇◇◇


 門の内側には、思っていたより家が多かった。


 武器を持った人ばかりが暮らしているのかと思えば、軒先で布を干す人もいれば、籠を抱えて歩く子供もいる。

 煙突からは細い煙が上がり、どこかで木を叩く音がしていた。


「皆さん、ここで暮らしているんですね」

「仕事の場でもあり、住まいでもありますから」


 案内してくれるヴァルベルドが答えた。


 物資を保管する建物の前では、荷車から下ろした箱を、係の人が一つずつ確かめている。

 ディアルが足を止めた。


「王都からの荷ですか?」

「はい。本日届いた分です」


 蓋に青い印のある箱を見て、ディアルが頷く。


「これは、回復部隊へ?」

「ええ。数を確認して、こちらから渡します」


 王都で見たものらしい。

 ディアルは邪魔にならない位置へ寄り、箱が建物へ運ばれていくところを見ていた。


 その先では、割れた車輪を直している人がいた。

 俺が覗き込むと、削っていた木を置き、手元を見せてくれる。


「ここの形を合わせるんだ。ずれると、走ってるうちに緩む」

「そのまま入れるんじゃ駄目なの?」

「駄目だな。引く馬も困る」


 なるほど。

 人だけでなく、馬のためにも丁寧に直しているらしい。


 もう少し見ていたかったが、ディアルたちが先へ進んだので、慌てて追いかけた。


 家々の間を抜けると、広い道へ出た。

 両脇には物が置かれておらず、集落の奥まで見通せる。


「ここも、荷車を通す道ですか?」

「それもあります。怪我人を運ぶ時や、住民が内側へ移る時にも使いますので、空けておく決まりです」


 アリスが道の先へ目を向けた。


「怪我をした方は、どちらへ?」

「この先です。回復部隊の詰所がございます」


 背後で、子供の声がした。

 転がした木の輪が道へ出てしまったらしい。追いかけてきた子が、すぐに拾って端へ戻る。


 大人に怒られるより先に、道は元どおり空いた。


 ◇◇◇


 回復部隊の詰所は、広い戸口のある建物だった。


 中には寝台が並び、壁際の棚には布や瓶が収められている。入口から奥まで、物を避けずに歩けるようになっていた。


 ヴァルベルドが、出迎えた女性を紹介する。


「回復部隊を率いる、クルティアです」


 彼女が礼を取ったところで、視線が俺たちの後ろへ動いた。


「ウルスナ。カリーナも」


 カリーナが、少し顔をほころばせる。


「お久しぶりです」

「二人とも一緒だったのね。先に教えてくれてもよかったのに」

「急に決まりましたから」


 ウルスナも、いつもより少し柔らかい声だった。

 棚の前にいた別の治療師まで振り返り、こちらへ近づいてくる。


「お戻りになったのですか?」

「今回は、お供で参りました」


 その人は残念そうにしながらも、嬉しそうに頷いた。

 知り合いがいるとは思っていたけど、挨拶を交わすだけの相手ではなさそうだ。


「前に、ここで働いてたの?」


 小声で聞くと、カリーナが頷く。


「はい。ウルスナと、こちらの部隊におりました」

「そうだったんだ」

「棚の場所は、少し変わっていますね」


 俺の服を選んだり、アリスの野菜を皿へ戻したりする二人にも、俺の知らない仕事があったのだ。


 アリスが一歩前へ出た。


「お仕事を見せていただいても、よろしいでしょうか。できることがあれば、お手伝いもしたいです」


 クルティアが改めて向き直る。

 声も表情も丁寧だったが、王都の治療院で聞いたような、親しげな呼びかけではなかった。


「もちろんです、姫様。まずは、使う物の場所をご案内いたします」

「はい」


 アリスが嬉しそうに頷く。

 その時、戸口から声がかかった。


「巡回が戻りました。二人、手当てをお願いします」


 クルティアは、すぐに入口へ向き直った。


 ◇◇◇


 戻ってきた戦士たちは、自分の足で歩いていた。


 一人は腕を押さえ、もう一人は足をかばっている。装備には引き裂かれたところがあり、土と葉が付着していた。


「こちらへ。何にやられました?」

「ヴェノハウンドです。左腕と、足首」

「触れた場所は?」

「俺は腕だけ。こいつは倒れた時に、膝も」


 クルティアの質問に、一人が答える。

 別の治療師が手袋をはめ、二人を別々の寝台へ座らせた。


 アリスは通路を空け、杖を両手で持って待っている。

 クルティアが棚を指した。


「姫様。下の段の、布を入れた籠をお願いします」

「はい」


 すぐに持って戻る。

 受け取った治療師が礼を言い、膝をついて戦士の足を確かめた。


 必要な物が、次々と運ばれていく。

 俺も邪魔にならないよう、戸口の横へ寄った。


 そこへ、後から来た戦士が外した腕当てを置く。

 革の表面に、黒ずんだ筋が残っていた。


 ただの汚れではなさそうだった。

 近くで見ようと身をかがめると、戦士が手を上げた。


「触れないでください。毒が残っているかもしれません」

「これにも?」

「はい。噛まれなくても、触れればやられます」


 伸ばしかけた手を引っ込めた。

 戦士は腕当てを厚い布の上へ移し、ほかの荷物から離す。


「ヴェノハウンドは、体にも毒がある。倒した後も、不用意には近づかないように」


 そばへ来たヴァルベルドが言った。


 腕を押さえていた戦士を見る。

 治療を受けながら、無事な方の手で杯を持っていた。


 門にいた人たちと、同じ装備だ。

 弱そうには見えない。それでも、こうして戻ってくることがあるらしい。


「気分は、悪くありませんか?」


 アリスが、足を痛めた戦士のそばへ屈んでいた。


「少し、痺れるだけです」

「クルティア様、足に痺れがあるそうです」


 知らせると、クルティアがすぐに様子を確かめる。

 ウルスナとカリーナも、彼女の指示に合わせて動き始めていた。


 ◇◇◇


「団長。ご報告を」


 戸口へ来た戦士が、ヴァルベルドを呼んだ。


 フェリックス王は少し離れた場所に立ち、手当ての様子を見ていた。

 ヴァルベルドがそちらへ目を向けると、王は短く頷く。


「ここでいい。聞かせろ」


 戦士が姿勢を正した。

 俺とディアルも、通路の端へ寄る。


「東の巡回路で、十頭ほどと遭遇しました。数頭を倒しましたが、後方にも動く気配がありました」

「追ってきたか?」

「仲間が別の道へ誘導しました。我々は負傷者を連れて、こちらへ。残った者が確認を続けています」


 ヴァルベルドが壁の地図を指す。

 戦士が近づき、遭遇した場所から、帰ってきた道を示した。


「怪我人を戻した判断はいい。残った組には、深入りせず――」


 外で、短い音がした。


 角笛だった。

 話していた戦士が口を閉じ、クルティアも顔を上げた。


 少し間を置いて、同じ音が続く。


 ヴァルベルドが戸口へ向かったところで、別の戦士が駆け込んできた。


「東の見張りから報告です。ヴェノハウンドの大群が接近。こちらへ向かっています」


 十頭では、ないらしい。


「数は?」

「先頭だけで数十。後ろにも続いており、全体は確認できていません」


 ヴァルベルドが地図へ目を戻す。

 最初の戦士が示した場所より、報告された位置は集落に近かった。


「南東の見張りは?」

「確認中です」


 返事の直後、戸口の外から声が上がった。

 走ってきたもう一人が、敷居の手前で足を止める。


「南東にも多数。東の群れとは、別の経路です」


 ディアルが地図へ近づいた。

 俺も、示された二つの場所を見る。


 片方を見ていれば、もう片方は見えない。

 それくらいは、俺にも分かった。


「陛下。迎撃の配置を取ります」

「ああ」


 フェリックス王の返事は短かった。

 ヴァルベルドはすぐに、戦士たちへ顔を向ける。


「東と南東、両方の持ち場へ伝えろ。外にいる者を戻せ。荷の搬入は中止、住民を内側へ移す」


 命令を受けた者が走り出した。

 その後ろを、別の者が追う。


 クルティアが治療師たちを呼び、入口に近い寝台を空けるよう指示していた。アリスも椅子を持ち上げ、通路から離れた場所へ運ぶ。


 さっきまで眺めていた部屋の中が、急に広くなった。


 ◇◇◇


 外へ出ると、集落の鐘が鳴り始めていた。


 荷車が道の端へ寄せられる。

 積みかけだった箱は、そのまま建物の中へ運び込まれた。車輪を直していた職人が道具を置き、隣の家へ声をかけている。


「奥へ行くぞ。荷物は置いておけ」


 木の輪を持っていた子が、大人の手を握っていた。

 遊び道具は軒下へ置かれ、小さな足が広い道へ向かう。


 走っている戦士はいても、住民を押しのける者はいなかった。

 すれ違う場所を空け、歩くのが遅い人には別の者が手を貸す。


 さっき、何も置かれていなかった道だ。

 そこへ、人が流れ始めていた。


「フィル様、こちらへ」


 アリソンに呼ばれ、戸口の前を空けた。

 イーサックはすでに、その先の道を見ている。笑ってはいなかった。


 ディアルは、駆けていく戦士たちの向こうへ目を向けていた。

 俺も、その視線を追った。


 門の上で、見張りが腕を上げる。

 森から最後の数人が戻ると、門の両側にいた戦士が動き、太い木の扉が閉まり始めた。


 その隙間の向こうで、低い枝が大きく揺れた。


 一か所ではない。

 離れた茂みでも、さらにその奥でも、葉が波打っている。


 閉じていく門の間を、何かが横切った。

 地面に近い、四つ足の影だった。次の影が追い、その後ろにも続く。


 木の扉が重なり、森が見えなくなった。


「東、目視。多数、接近中!」


 見張りの声が壁の上を走る。

 南東の方からも、呼び交わす声が聞こえた。


 俺は刀の柄へ手を置いた。


 来る途中に見た道は、あの門の向こうにある。

 荷車も、人も、さっきまで通っていた道だ。


 今はそこを、別のものが埋めようとしていた。

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