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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第二十六話 もう一度


 アリスとカリーナを見送った後、俺は庭へ戻った。


 午前の稽古は終わっている。午後まで剣を振るつもりはなく、日陰の椅子で休みたかっただけだ。

 できれば、今度こそ温かいうちにお茶を飲みたい。


 そんな俺の前で、ディアルがフェリックス王へ頭を下げた。


「俺にも、稽古をつけていただけますか」

「いいぞ。剣は持ってきてるな?」

「はい」

「じゃあ、そこへ立て」


 早い。

 お互い、午後の予定を決めるのに何の迷いもないらしい。


 俺は椅子へ座りかけたところで、少し位置をずらした。ここなら二人がよく見える。

 ウルスナがお茶を置いてくれたので、礼を言って杯を持つ。


 見ている分には、転ばされる心配もない。

 なかなかよい午後になりそうだった。


 ◇◇◇


 最初の一撃を仕掛けたのは、ディアルだった。


 近づくまでは速くない。

 けれど、踏み込む足が地面へ着く直前、剣先だけが急に伸びた。


 フェリックス王の大曲剣が、それを横へ払う。

 ディアルは逆らわず、逸らされた剣を引きながら、もう一歩内側へ入った。


 俺なら、そこで体ごと流されていたと思う。

 ディアルの足は止まらず、短く返した刃が、王の脇へ向かった。


 金属の音が二つ続く。


 最後に聞こえたのは、靴が草を擦る音だった。

 ディアルが後ろへ下がり、胸元へ寄せられた大曲剣を見下ろしている。


「近づくところまでは、悪くない」


 フェリックス王が剣を引いた。

 ディアルは短く頷き、元の位置へ戻る。


 二度目は、同じところまで入らなかった。

 王が剣を返そうとしたところで足を止め、先に相手の刃へ自分の剣を当てる。大曲剣の向きを変えてから、逆側へ回ろうとした。


 途中までは、俺にも分かった。


 だが、次に王の体が動いた時には、ディアルの剣は上を向いていた。柄に何かをされたように見えたが、よく分からない。

 空いた喉元へ、刃が止まる。


「今の、何をしたの?」


 隣へ来ていたアリソンに、小声で聞いた。


「殿下の剣が戻る位置を、先に塞がれました」

「先に?」

「はい」

「……なるほど」


 分かったように頷いたけど、もう一度見ても分かる気はしなかった。


 ディアルは自分の剣へ目を落とし、握りを少し変えた。

 次に踏み込んだ時には、先ほどと違う高さから刃を返している。


 見ていただけで、そこまで直せるものなのだろうか。

 俺にも、あれくらい分かりやすく見せてほしい。いや、見せてもらっても、できるかどうかは別なんだけど。


 何度か打ち合いが続いた。


 間合いを広げる時もあれば、深く入る時もある。同じ攻撃に見えても、踏み込む間が少しずつ違っていた。

 そのたびに、フェリックス王は受け方を変える。


 ディアルの剣が腕へ届きかけたこともあった。

 避けた王へ続けて踏み込み、さらに一撃を重ねる。


 当たるかと思った。

 だが、王は下がった分だけ横へ動き、すれ違いざまにディアルの剣を押さえた。


 俺の杯は、とっくに空になっていた。

 ウルスナが注ごうとしてくれたのに気づいて、慌てて机へ戻す。


「休むか?」

「まだ、できます」


 ディアルの返事は、いつもと同じだった。

 息を整え、額の汗を袖で拭ってから構える。


 次は、どうするのだろう。

 俺は椅子の背から体を起こした。


 何度目かの打ち合いを終える頃には、庭へ落ちる木の影が長くなっていた。


 フェリックス王が大曲剣を下ろす。


「今日はここまでだ」

「もう一度」


 早い返事だった。


 王は剣を持ち直さなかった。

 ディアルだけが、まだ構えたまま立っている。


「次は、何を変える?」


 返事がない。

 先ほどまでは、負けた後もすぐに剣の位置や足の向きを確かめていた。今は、そのままだった。


 俺も、何となく口を閉じた。


 やがてディアルの剣先が下がる。

 握っていた指を一度開き、柄を持ち直した。


「……ありがとうございました」


 頭を下げると、フェリックス王は軽く頷いた。


「手入れしておけよ。随分、使ったからな」


 それだけ言って、王は広場を出ていった。


 俺は机の上の、まだ使っていない杯を取った。

 ウルスナに飲み物を注いでもらい、戻ってくるディアルへ差し出す。


「お疲れ様」

「ああ。ありがとう」


 杯を受け取る手に、少し赤いところがあった。


「ぼくより、ずっと長く立ってたね」

「倒されなければいいわけじゃない」


 ディアルはそう答え、飲み物へ口をつけた。

 俺は自分の椅子を少し横へ寄せる。


「とりあえず、今は座っていいと思うよ」


 空いた場所へ椅子を置くと、ディアルはそこへ腰を下ろした。


 ◇◇◇


 アリスが戻ってきたのは、その後だった。


 部屋へ顔を出すなり、俺たちを見て足を止める。

 ディアルは布を手に、剣の表面を確かめていた。俺は隣で、買ってきた木の器の蓋を開けたり閉めたりしている。


「お二人とも、こちらでしたか」

「おかえり。治療院はどうだった?」


 アリスは杖をカリーナへ渡してから、そばへ来た。


「今日は、前に治療した女の子が、お母様を連れていらしたんです」

「今度は、お母さんが怪我をしたの?」

「はい。手を切ってしまったそうです。私に診てほしいと、待っていてくださって」


 話しながら、アリスは自分の手のひらを開いた。

 少女が母親の手を心配していたこと、治った後は離そうとしなかったことまで、順番に教えてくれる。


「じゃあ、これからはお母さんも怪我できないね」

「そうですね。娘さんが、よく見ていてくださると思います」

「ぼくらにも、そういう人がいるし」

「それでも怪我をするのが、お二人です」


 こちらへ向けられた視線が、途中でディアルの手元へ止まった。


「お兄様。手を見せてください」

「問題ない」

「見せてください」


 俺は黙って、器の蓋を閉めた。

 ここへ口を挟むと、こちらの手まで調べられる気がする。


 ディアルは布を置き、片手を差し出した。

 アリスが指の付け根を確かめ、小さく眉を寄せる。


「修行は、いかがでしたか?」

「まだ、届かない」

「お祖父様にですか?」

「ああ」


 それ以上は続かなかった。

 アリスはカリーナから杖を受け取り、ディアルの手へ近づける。


「では、また修行ができますね。手は、先に治しておきます」


 柔らかな光が、赤くなったところを覆った。

 ディアルはその様子を見てから、妹へ目を向ける。


「ありがとう」

「はい。次は、もう片方です」


 アリスの手当てを受けながら、ディアルは治療院で何を教わったのか尋ねた。

 返事をするアリスの声が、少し弾む。


 俺は器を机へ置き、今度こそ、ちゃんと話を聞くことにした。


 ◇◇◇


 夕食の前に、三人でフェリックス王の部屋へ呼ばれた。


 机には地図が広げられている。

 王は手にしていた書類を脇へ置き、入ってきた俺たちへ目を向けた。


「王都は見て回ったか?」

「はい。お店もいろいろ見ました」

「買い物の話は、聞いてる」


 どこまで伝わっているのだろう。

 特に変な物は買っていないはずなので、気にしないことにする。


「今度は、国の外側を見に行くか」


 王の指が、地図の東側へ置かれた。

 森の中に、一つ印がある。


「東の集落、エスティアだ。あそこを受け持つ戦士団から報告が来てる。俺も、一度見ておこうと思ってな」


 ディアルが地図へ近づいた。


「魔物が増えているのですか?」

「この季節は、毎年そうだ。今すぐお前たちを連れて戦わせる話じゃない」


 アリスも、隣から覗き込む。

 俺は二人の肩の間から地図を見た。


 王都の周りは、すでに十分な森に見える。

 その外側となると、どれくらい木が増えるのだろう。道までなくなったら、俺はすぐ迷子になりそうだった。


「王都ばかりじゃ、この国のことは分からないだろ。外で暮らしてる連中も見てこい」


 フェリックス王が椅子へ座り直す。

 ディアルは、地図の印と、そこへ続く線を目で追っていた。


「物資を運ぶ道も、こちらですか?」

「ああ」

「王都で、境界へ送る荷を見ました。着いた後、どう使われるのかも見たいです」

「向こうで聞けばいい。仕事の邪魔はするなよ」

「はい」


 今度はアリスが顔を上げた。


「集落にも、治療院はあるのでしょうか」

「戦士団に回復部隊がいる。そっちを見せてもらえ」

「お手伝いをしても、よろしいですか?」

「何をするかは、現場の奴に聞け。勝手に患者を連れてくるなよ」


 アリスが真剣に頷く。

 王の口元が少し動いた。


「フィルは?」

「集落の家も、木でできてるんですか?」

「多いな」

「こんなふうに、木の間に道があるんでしょうか。あと、森では何が採れますか?」

「行けば分かる。好き勝手に道を外れるなよ」


 俺にだけ、注意が具体的だった。

 まだ何もしていないのに。


「出発は明後日の朝だ。支度は、そいつらと相談しろ」


 王が、後ろに控えるアリソンたちへ目を向けた。

 話は決まったらしい。


 部屋を出る時、アリスは早くもカリーナへ、治療院に予定を伝えなくてはと話していた。


 ◇◇◇


 戻った部屋で、アリソンが小さな地図を机へ置いた。


 王の部屋で見た物より、道が詳しく描かれている。

 俺とディアルが覗き込むと、アリソンは指で道筋を示しながら、移動中の予定を説明した。


「お荷物は、身の回りの物をまとめていただければ結構です。衣類や食料などは、こちらで整えます」

「全部持って歩くわけじゃないんだね」

「はい。ただし、すぐ必要になる物は、ご自身でお持ちください」

「剣とか?」

「もちろんです」


 ディアルは説明を聞きながら、手入れを終えた剣を腰へ戻した。

 続けて、椅子に置かれた小さな革袋を手に取る。


 中身を確かめ、一つずつ机へ並べ始めた。

 布と、留め具と、細い紐。何に使うか分からない物もあったが、剣の手入れに必要な物らしい。


「殿下。袋の留め具も、ご確認ください。森では引っかけることもございますので」

「分かっている。今、やっている」


 ディアルの手は、ちょうど留め具へ伸びたところだった。


 俺は、自分の袋へ入れかけた器を止めた。

 アリソンの口調は、さっきまでと何も変わっていなかった。


「承知いたしました。傷みがあれば、お取り替えします」


 説明が続く。

 ディアルは留め具を外し、もう一度留め直した。


「緩みはない」

「では、そちらをお使いください」


 普通のやり取りに戻っていた。

 俺も、止めていた手を動かす。


「フィル様」

「はい」

「そちらの器も、お持ちになるのですか?」


 今度は俺の手が、自分の意思で止まった。


「食べ物を入れられるよ?」

「食器はご用意いたします」

「蓋もあるんだけど」

「存じております」


 機能を説明しても、駄目らしい。

 俺は器を袋から出し、机の端へ置いた。


「こちらの道具は?」

「木を削るやつ。向こうの木も見てみたいし」

「森へ木工を習いに行くわけではございません」

「空いた時間に、少しくらい」

「まずは、道具の扱いを教わってから、というお話でしたね」


 昨日、自分でもそう思っていた。

 先に言われると、何も返せない。


 小さな包みも、器の隣へ並んだ。

 袋の中が、急に寂しくなる。


「これ、持っていく物を決めてるんだよね?」

「はい」

「置いていく物ばかり増えてない?」

「よい準備ができているかと」


 アリソンは笑っていた。

 たぶん、本気でそう思っている。


 ◇◇◇


 しばらくして、アリスとカリーナも部屋へ来た。


 アリスは小さな箱を持っている。

 中には清潔な布や、手当てに使う道具が、きちんと分けて収められていた。


「私も、こちらを持っていきます」

「アリスのはいいの?」

「必要な物ですから」


 アリソンの返事に、俺は机の端へ目をやった。

 器と道具は、相変わらず置かれたままだ。


「杖も、忘れずにお持ちくださいね」


 カリーナが言うと、アリスは頷いた。


「はい。明日、治療院で使った後に、きれいにしておきます」


 忘れる心配など、少しもしていない声だった。


 ディアルが箱の蓋へ触れる。


「これも、自分で持つのか?」

「はい」

「持ってみろ」


 アリスが両手で持ち上げる。

 重そうではない。それでもディアルは、取っ手と蓋の留まり方を確かめてから手を離した。


「大丈夫そうだ」

「お兄様ほど重い物は、入っていませんから」


 アリスが少し得意そうに言った。

 ディアルは自分の剣へ目を落とし、それから頷いた。


 俺は二人を見てから、残った包みを袋へ入れる。


「フィル。それは何だ」

「お菓子」

「さっき、食料は用意すると言われただろ」

「これは、途中で食べる分だよ」

「途中で食べる物も、食料だ」


 そこまで正確に分けなくてもいいと思う。


「半分、食べる?」

「いらない」

「私はいただきます」


 隣から、アリスの手が上がった。


 カリーナが何か言うより早く、俺は包みを少し開いた。花の形をした菓子が二つ、割れずに残っている。

 一つずつ取ると、ちょうど包みが空になった。


「これなら、荷物も減るね」

「そうですね」


 アリスと意見が一致した。

 アリソンが、小さく息を吐く。


 俺は菓子を口へ入れながら、机に広げられた地図を見た。

 王都から東へ延びる道の先に、小さな集落の印がある。


 どんな場所なのだろう。

 とりあえず、木の器は置いていくことになったけど、帰りに増えないとは約束していない。


 それは、着いてから考えることにしよう。

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