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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第二十四話 忘れずに

初めてのお昼更新です。


 朝食の席で、アリスが野菜と向き合っていた。


 正確には、皿の端へ寄せた野菜を、どう処理するか考えている。

 小さな葉を一枚ずつ重ね、パンの陰へ押し込む手つきは、なかなか丁寧だった。


「アリス様」

「食べています」

「そちらのお野菜を、でございます」


 カリーナに指摘され、アリスは手を止めた。

 俺はパンへ木の実のペーストを塗りながら、なるべく二人を見ないようにする。ここで目が合うと、俺の皿へ引っ越してくる可能性がある。


「昨日は、いただいたお野菜を召し上がっていたではありませんか」

「あれは、くださった方が見ていらしたので」

「今日は私が見ております」

「それとは違います」


 何が違うのかは、なんとなく分かる。

 でも、口には出さない。カリーナを敵に回してまで助けるほど、俺も朝から元気ではなかった。


 昨日はよく転がされた。

 体が痛むほどではないが、地面へ倒れる時の景色は、しばらく見なくてもいいと思う。


 隣へ目を向ける。

 ディアルは黙って食べていた。いつもどおりにも見えるが、さっきからパンへ手を伸ばすたび、指先が少し急いでいる。


「今日は街に行かない?」

「昨日、行った」

「知ってるよ。今日はぼくも行きたいんだけど」


 返事を待っていると、ディアルの手元で音がした。


 フォークが指先から滑り、皿の縁へ当たったのだ。

 ディアルは眉を寄せ、テーブルへ落ちたそれを拾い直す。ウルスナが替えを差し出すまで、しばらく握ったままだった。


「……分かった。いつ出る?」

「食べ終わってからでいいよ」


 短く頷き、また食事へ戻る。

 今日は、少し機嫌が悪いのだろうか。


「お二人で、お出かけですか?」


 アリスが顔を上げた。

 その隙に、カリーナがパンの陰から野菜を戻している。


「うん。アリスも行く?」

「私は治療院へ参ります。昨日、続きを教えていただくお約束をしましたから」


 すぐに返事が来た。

 野菜と違って、こちらは迷う必要がないらしい。


「何か欲しいものがあったら、見てくるよ」

「では、甘いものをお願いします」

「分かりやすいね」

「お野菜以外でしたら、大抵のものは嬉しいです」


 注文が追加された。

 どうやら、野菜との戦いは今日も長引きそうだった。


 ◇◇◇


 宮殿を出る前に、ウルスナがフードの位置を確かめてくれた。


「こちらでは、人の多い場所もございます。お足元にもお気をつけください」

「うん。行ってくるね」


 付き添いはアリソンだ。

 ディアルの少し後ろへつき、門を出たところで俺にも目を向ける。


「どちらからご覧になりますか」

「お店の多いところがいいな」

「昨日の広場であれば、こちらです」


 ディアルが先へ歩き出した。

 ちゃんと案内してくれるつもりらしい。俺は横へ並び、木々の間を通る道へ足を踏み入れた。


 マドリーの街は、歩くたびに見える景色が変わる。

 大きな幹を回り込んだら店があり、その屋根の向こうから別の建物へ渡る橋が伸びている。上の階にも人が歩いていて、ぼんやり見ていると足元を忘れそうだった。


 まず入ったのは、木の器を売る店だった。


 棚には、浅い皿や深い椀に混じって、葉を丸めたような形の器が並んでいる。縁には蔓に似た模様が彫られ、手に取ると見た目より軽かった。


「これ、どうやって作ってるの?」

「そこにあるのは、薄く削ってから曲げてるんだ。濡らしたり、熱を加えたりしてな」


 店主が、まだ形を整える前の板を見せてくれる。

 俺は器と板を交互に見た。


「割れない?」

「急ぐと割れる。そっちの棚は、全部俺がせっかちだった証拠だ」


 示された籠には、端にひびの入った器が積まれていた。

 失敗した物まで捨てず、小さな材料入れに使っているらしい。


 俺が創造魔法で作った皿は、まだそこまで薄くない。

 なるほど。完成した形ばかり考えていたけど、普通に作る方法も見た方が面白いかもしれない。


「一つ、買ってもいい?」

「好きにしろ」


 ディアルの返事は早かった。

 顔を見ると、店先を横切った人の方へ視線が向いている。


「じゃあ、これ」

「ああ」

「今、見てなかったよね」


 少し間があって、こちらへ顔が戻った。

 俺が掲げた器を見てから、ディアルは棚の上を指す。


「蓋つきもある」

「お。そっちもいいね」


 蓋を開けたり閉めたりしているうちに、俺は最初に何を聞こうとしていたのか忘れていた。


 店を出ると、今度は香ばしい匂いが流れてきた。

 道の向こうで、平たい生地を鉄板へ押しつけて焼いている。


 朝食は食べた。

 でも、知らない食べ物を見つけたら、少しくらい試しておくべきだと思う。


「一つずつ?」

「昼に食べられなくなるぞ」

「じゃあ、一つを半分にしよう」


 ディアルが小さく息を吐いた。

 駄目とは言われなかったので、了承ということにしておく。


 焼き上がった生地の間には、潰した豆と細かい木の実が挟まれた。店の女性が二つに切り分け、葉で包んで渡してくれる。


「熱いから気をつけてね」

「ありがとう」


 受け取った半分をディアルへ渡す。

 一口かじると、薄い表面がぱりっと割れた。中は柔らかく、塩気の後に木の実の甘さが残る。


「これ、おいしいね」

「ああ」

「アリスにも買っていく?」

「甘いものと言っていただろ」

「そうだった。これはぼくらの分か」


 言いながら、もう一口食べる。

 ディアルも、文句を言わずに食べていた。


 ◇◇◇


 広場の端で足を止めた時、近くの店先から話し声が聞こえてきた。


「王宮に、白髪の子供が来ているそうだよ」


 口の中に残っていた木の実を、ゆっくり飲み込む。


「白髪? 本当か」

「中で働いている者が見たって。まだ、小さい子らしいけど」

「嫌だねえ。何も起きなければいいが」

「王が迎えたのだろう。滅多なことを言うものじゃないよ」


 話していた二人の姿は、並べられた布の陰でよく見えなかった。


 最後の人も、白髪は関係ないとは言わないらしい。

 まあ、知らない子供のために、わざわざ言い争う必要もないか。


 フードの端へ触れる。

 さっきまで、店の人たちは普通に話してくれていた。中にある色が見えたら、その続きはどうなるのだろう。


「フィル」


 ディアルに呼ばれ、手を下ろした。


「向こうに、菓子を売っている」

「うん。見に行こう」


 道を渡る途中で、先ほど生地を焼いていた女性と目が合った。

 葉の包みが空になっているのを見て、嬉しそうに手を振ってくれる。


「またおいで」

「うん。おいしかったよ」


 俺も手を振り返した。


 フードは、ちゃんとかぶっている。

 足元も忘れていない。


 ウルスナの言うことは、しっかり聞いておくに限る。


 ◇◇◇


 アリスへの土産を選んだ後、俺たちは水路の近くで休むことにした。


 木陰に低い腰掛けが並び、すぐ下を澄んだ水が流れている。細い枝で水面をつついていた子供が、母親に手を引かれて通り過ぎた。

 少し離れたところでは、アリソンが飲み物を買っている。


 ディアルは隣へ座り、前を見ていた。

 膝へ置いた手の指が、一度だけ握られ、それから開く。


「今日、何か考えてる?」


 聞くと、視線だけがこちらへ向いた。


「別に」

「そっか」


 俺は土産の包みへ目を落とした。

 中身は花の形に焼いた菓子で、一つだけ見本として食べさせてもらった。かなり甘い。たぶん、アリスは気に入ると思う。


 包みの紐を直していると、隣から声がした。


「昨日、母の話を聞いた」


 手を止め、顔を上げる。

 ディアルは、また水路の方を見ていた。


「お祖父様から」

「……そっか」


 昨日の夕方、二人だけ呼ばれたのは、そのためだったらしい。


 ディアルたちの母親には、会ったことがない。

 何も気にならなかったわけではないが、聞けば簡単に話してもらえることだとも思っていなかった。


 だから、その先は尋ねなかった。

 包みを膝へ置き、アリソンが戻ってくる方へ目を向ける。


「母は、この国を出てからも、ここの人々を気にかけていたらしい」


 ディアルの声に、もう一度向き直った。


「そうなんだ」

「ああ」


 水路の向こうで、先ほどの子供が母親へ何かを見せていた。握った手を開いては、また閉じる。

 小さな石でも拾ったのだろうか。母親が屈んで覗き込むと、子供は得意そうに胸を張った。


 ディアルは、その二人を見ていた。


「忘れずにいなければな」


 低い声だった。


 母親のことを、という意味だと思った。

 けれど、横顔には懐かしそうな様子も、寂しそうな様子もなかった。


 朝、フォークを拾い直した時の顔が、ふと頭に浮かぶ。

 何が気になったのか、自分でもうまく言えない。ただ、頷く言葉が、すぐには出てこなかった。


「……うん」


 結局、それだけ返した。


 ディアルは何も言わず、水路から視線を戻した。

 俺が膝に載せていた菓子の包みを見て、少し眉を動かす。


「傾いているぞ」

「え?」

「中で割れる」


 慌てて持ち直す。

 さっき紐を引いたせいで、片側が緩んでいた。


「危ない。割れてたら、ぼくが食べたことにしよう」

「減るだろ」

「味見だよ、味見」

「さっき、していた」


 見られていたらしい。

 いや、隣にいたのだから当たり前か。


 アリソンが飲み物を持って戻ってくる。

 ディアルは礼を言って受け取り、いつもと同じように口をつけた。


 俺も杯を受け取りながら、もう一度だけ、その横顔を見た。


 ◇◇◇


 帰り道では、道具を売る店へ寄った。


 刃物だけでなく、細い木を削る道具や、蔓を切る鋏も並んでいる。店主が小さな木片を削るところを見せてくれたので、俺はしばらく動けなくなった。


 薄い木屑が、くるくると丸まって落ちる。

 削った面を指で触らせてもらうと、驚くほど滑らかだった。


「魔法じゃないんだね」

「魔法でやる者もいるが、俺はこっちの方が早くてな」


 そう言って、もう一度刃を滑らせる。

 俺が作った器にも、この仕上げをしたら、もう少しまともに見えるだろうか。


「フィル」


 ディアルに呼ばれ、顔を上げた。


「それを買うなら、アリソンに持ってもらえ」

「まだ買うって言ってないよ」

「さっきから値札を見ている」


 よく見ている。

 今日のディアルは、見ていないようで、変なところだけ見ていた。


 結局、小さな道具を一つ買った。

 もちろん、使う時は教わってからである。勝手に指を切ったら、アリスに何を言われるか分からない。


 宮殿へ戻る頃には、俺の荷物は朝より随分と増えていた。


「お店の多いところにして、正解だったね」

「そうだな」


 ディアルが、俺の腕から滑りかけた包みを受け取る。

 そのまま返してこなかったので、ありがたく持ってもらうことにした。


 ◇◇◇


 夕方、アリスが戻ってきた。


 部屋へ入るなり、机の上の包みに目を留める。けれど、その前に椅子へ座っていたディアルと俺へ向き直った。


「今日は、お手伝いできることが増えました」

「へえ。どんなの?」

「怪我の具合を、先に確かめさせていただいたんです。あとで治療師の方に、合っているかを見ていただきました」


 話しながら、自分の手首へ指を添える。

 どう動かすと痛むのか、患者に聞きながら確かめるらしい。昨日教わったことを、自分でも試せたそうだ。


「いつも来ている方が、私の名前を覚えてくださったんです」

「もう?」

「はい。明日も来るのかと聞かれました」

「なんて答えたの?」

「もちろん、伺いますと」


 迷いのない返事だった。

 カリーナが後ろで笑いながら、アリスの杖を受け取った。


「皆様、楽しみにしていらっしゃいましたね」

「ですから、明日も遅れないようにしなくては」


 そこで、ようやく包みの方へ視線が戻る。


「そちらは?」

「約束のお土産。野菜じゃないよ」

「そこまで心配していません」


 言いながら、顔は明らかに嬉しそうだった。

 カリーナがお茶を用意し、俺が包みを開く。花の形は、ちゃんと残っていた。


 一つ手に取ったアリスが、ディアルへ皿を差し出す。


「お兄様も」

「ああ」


 ディアルは受け取り、アリスが治療院で聞いてきた話に耳を傾けていた。

 時々、短く問い返す。その様子は、普段と変わらない。


 朝から感じていた機嫌の悪さも、今は見えなかった。


「フィル。聞いていますか?」

「聞いてるよ。明日も行くんでしょ」

「その後のお話です」

「……もう一回、お願いしてもいい?」


 アリスが頬を膨らませた。

 隣で、ディアルが小さく息を漏らす。笑われた気がする。


 俺は菓子を一つ取り、今度こそアリスの話へ耳を向けた。


 ただ、水路のそばで聞いた、あの声だけは。

 賑やかな部屋へ戻ってからも、妙に耳に残っていた。

わたしも甘いものが大好きです

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