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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第二十三話 受け止めた先


 大曲剣が、頭の上から落ちてきた。


 速い。

 そう思った時には、もう刀を斜めに立てていた。まともに受けるのはまずい。刃を滑らせ、横へ逃がす。


 そのつもりだった。


 刀から魔力が返ってくる。手の内で急に膨らんだ力を抑え、体を横へ動かした瞬間、フェリックス王の剣がぴたりと止まった。

 そこから、手首だけで軌道が変わる。


「うわっ」


 足がもつれた。

 なんとか転ばずに済んだものの、首の横には大曲剣の刃があった。


「一回」

「何を数えてるんですか?」

「お前が斬られた回数」


 朝から、聞きたくない数字が増え始めた。


 フェリックス王は剣を引き、同じ場所へ戻った。肩へ担ぐように持っているだけなのに、こちらが近づけそうな隙はない。

 さっきの一撃も、途中で止められる程度には手加減されていたわけだ。


 それでこれか。

 お茶を飲むだけで帰ればよかった。まだ一口も飲んでないけど。


「次、いいか?」

「もう少し、ゆっくりでもいいですよ?」

「よく見える方がいいだろ?」

「そういう意味じゃ――」


 踏み込まれた。


 今度は下から。

 刀を合わせ、外へ払おうとすると、また柄から力が返ってくる。


 今じゃないって。

 正面から張り合ったら、俺ごと飛ばされるじゃん。


 刀へ送る力を絞り、刃の角度を変えた。大曲剣は狙いどおり外へ滑ったが、それを追いかけるように俺の腕も流れる。

 空いた胸元へ、王の手が伸びた。


 軽く押されただけなのに、数歩も後ろへ下がってしまう。


「今のは斬ってませんよね?」

「そうだな」


 何も増えなかった。

 いや、喜んでる場合ではない。


 刀を握り直すと、戻りかけていた魔力が静かに引いた。相変わらず、力を貸す気はあるらしい。


「……そんなに張り合わなくてもいいんだけどな」


 小声で言ってみる。

 返事はない。さっきまで手のひらに触れていた力も、もう感じなかった。


 広場の端にはウルスナがいる。

 助けを求めるつもりで目を向けたら、こちらへ深く一礼された。


 うん。見守ってくれているね。

 できれば、止めてくれてもいいんだけど。


「余所を見る余裕はあるんだな」


 慌てて正面へ向き直る。

 フェリックス王は笑っていた。剣を下ろして待ってくれているのに、それが少しも安心につながらない。


 まずは、次の一撃だ。

 俺は刀を構え、王の足元へ視線を落とした。


 ◇◇◇


 同じ頃、ディアルはアリソンとともに、マドリーの街を歩いていた。


 大きな木を避けて曲がる道の先に、市場が広がっている。屋根の下には果実や布、木の器が並び、荷車を引く者と買い物客が、声をかけ合いながらすれ違っていた。


 干した肉を売る店の前で、子供が母親の袖を引いている。

 その横を通り過ぎたディアルは、広場の向こうへ目を向けた。


 店の裏手に、いくつもの木箱が積まれていた。箱を抱えた男が列の端へ運び、別の者が蓋に印をつけている。

 荷車は二台。片方には、まだ何も載っていなかった。


「何を運んでいる?」


 作業の邪魔にならないところまで近づいてから、ディアルが尋ねる。

 男は箱を下ろし、小さな来訪者と、その後ろに立つアリソンを見た。


「境界へ送る品ですよ。こちらは乾燥させた食料で、あちらは薬と包帯です」

「魔物への備えか」

「ええ。今の季節は多めに送ります」


 答えてから、男はディアルの服装を見直した。


「あの、失礼ですが……」


 アリソンが身分を伝えると、男は慌てて姿勢を正した。

 ディアルは片手を上げ、箱へ目を戻す。


「作業を続けてくれ。見ていてもいいか」

「もちろんでございます」


 再び箱が運ばれ始める。

 しばらく見ていたディアルは、荷のない方の車を指した。


「あちらには積まないのか?」

「先に道を空けないと、出せませんので」


 男が示したのは、広場から続く細い道だった。

 やがて、そこから車輪の音が聞こえてきた。戻ってきた荷車には空の籠が積まれ、その隙間に、腕を布で吊った男が腰掛けている。


「向こうから戻る便を待ってたんです。荷を下ろせば、そちらも次に使えますから」


 行きの荷車が脇へ寄せられ、帰りの車がゆっくり広場へ入る。

 待っていた女性が駆け寄ると、腕を吊った男は無事な方の手を振った。笑って何かを言ったが、女性の顔はすぐには緩まなかった。


 ディアルはその様子を見た後、木箱の山へ向き直った。


「薬は、どれだ?」

「青い印の箱でございます」

「着いたら、先に下ろせる場所に積むのか」


 男が少し驚き、それから頷いた。


「はい。もっとも、今日は布の方を急いでほしいと言われてます。薬だけでは間に合わない仕事も多いようで」


 蓋の開いた箱には、畳まれた布が隙間なく詰められていた。

 ディアルは、男がそれを最後に載せるところまで見ていた。


 荷を積み終えると、男は額の汗を拭い、次の箱へ手を伸ばした。荷車の御者が、少し休めと声をかける。


「あと二つだ」

「それは俺がやる。さっきも水を飲んでないだろ」


 押し返すように水筒を渡され、男は苦笑した。

 ディアルの視線に気づくと、気まずそうに背筋を伸ばす。


「お見苦しいところを」

「休んでくれ。俺は急がせに来たわけじゃない」


 男は一瞬きょとんとしてから、礼を言って水筒を傾けた。


 荷車が出ていくのを見届け、ディアルたちは広場を離れた。

 しばらく歩いてから、ディアルが口を開く。


「国の外側ほど、強い戦士がいるのだったな」

「はい。昨日、伺ったとおりです」

「帰ってきた男も、戦士だろうか」

「装備からすると、そのようでしたね」


 ディアルは一度、広場の方を振り返った。

 道はもう、買い物客で埋まり始めている。


「強くても、怪我はする」

「ええ」

「次の便まで待つ物もあるのだろうな」


 アリソンはすぐに答えず、ディアルの隣へ並んだ。


「先ほどは積みきれず、残った箱もございました」

「アセナルでは、どうしている?」

「地域や時期によります。王都へ戻りましたら、お調べになりますか」

「ああ。必要な時に届かなければ、あるだけでは役に立たない」


 ディアルは前を向いた。

 その先では、別の荷車が道を塞いでいた。布の束が崩れたらしく、店主と通行人が拾い集めている。


 アリソンが声をかけるより先に、ディアルは足元へ転がってきた一束を拾った。


「これは、どこへ置けばいい?」


 ◇◇◇


 何回目かの打ち合いで、俺はようやく、刀の妙な癖に気づいた。


 ずっと力を押しつけてくるわけではない。

 王が構えている間は静かだし、俺が体勢を立て直している時も、余計なことはしない。


 刃を合わせる、その直前。

 俺が受け流そうとすると、決まって力が返ってくる。


 今度もそうだった。

 斜めに落ちてくる大曲剣へ刀を向けると、柄から手のひらへ魔力が触れる。


 抑えようとして、やめた。


 毎回、ここなのか。

 何か、やりたいことがある?


 考えている時間はなかった。

 逃がすつもりだった刃を、その場へ残す。刀が返してきた力に合わせて握りを定め、後ろの足で地面を踏んだ。


 金属のぶつかる音が、庭へ響いた。


 腕に衝撃が走る。

 けれど、押し潰されない。肩も、腰も、思ったほど崩れていなかった。


 受け止めた。


 驚くより先に、重なった刃がわずかに外へずれる。

 大曲剣を追いかけていたはずの俺の刀が、まだ体の前にある。引き戻す必要がない。


 ここからなら、返せる。


 手首を返し、そのまま踏み込んだ。

 刀が描いた短い弧の先で、フェリックス王の服が揺れる。


 当たる、と思った時には、王は半歩だけ横へ移っていた。

 空を切った刃を止めると、すぐ隣から声がする。


「危ないな。俺を斬る気か?」

「そっちから始めましたよね?」


 反射的に言い返してから、刀を見た。

 刃に沿っていた光が、ゆっくり薄れていく。手のひらに残る感触は、さっきまでと変わらない。


 でも、今は攻撃できた。


 受け流すだけで精いっぱいだと思っていたのに。

 こいつが返してきた力を使ったら、剣を受け止めた後、そのまま打ち返せたのだ。


「……ああ。そういうこと?」


 刀は静かだった。

 俺は先ほどの動きを、小さく手元でなぞってみる。


 受け流そうとすると、どうしても刀が外へ動く。

 だけど、一度ここで受ければ、戻さずに次へつなげられる。


 なるほど。

 君は、そう考えてたんだね。


 うん。そっちの方がいい。

 ずっと逃げ続けるより、反撃もできるじゃん。


 柄を握る指を、少し緩めた。

 そういえば、こちらが求めていない時に力を返されたのは、今日が初めてではなかった。


 もしかして、あれも何か教えてくれていたのかな。

 そのやり方より、こっちの方がいいって。


 全部がそうだとは限らない。

 こいつは実際、気に入らない相手に威嚇するし、使いたい時に力を貸してくれないこともある。


 でも俺も、理由を確かめる前に、また言うことを聞かないと思っていた。


 今日だって、そうだ。

 力を抑えれば、それ以上は強く返してこなかったから、そこで終わりにしていた。


 少し、怖がっている。

 朝、フェリックス王に言われた言葉が頭へ戻ってきた。


 文句がないから引っ込めた、とは限らないんだよな。


「ごめん。次は、ちゃんと聞くよ」


 小さく声をかけ、刀を構える。

 返事らしいものはなかった。まあ、今すぐ何か言いたいわけでもないのだろう。


 フェリックス王が、大曲剣を持ち直した。


「もういいか?」

「はい」


 踏み込みに合わせ、こちらも動く。

 今度は上から来ると決めつけず、剣の向きと、手の中の感触を確かめた。


 刃が触れる直前、力が返る。

 その分を押し込めず、自分の動きへ重ねた。


 受けて、返す。

 今度は驚いて止まらず、踏み込むところまでつなげる。


 王の剣がこちらの刃へ触れ、反撃を外へ逸らした。直後、足元へ靴先が差し込まれる。


 視界が傾いた。


「うわっ」


 背中から草の上へ転がる。

 空は明るく、枝の隙間から差す日差しが、やけに眩しかった。


「そっちも、ありなんですか」

「なしにした覚えはないな」


 見下ろしてくる王へ文句を言いかけ、やめた。

 確かに、聞いていなかった。


 刀を持った手を横へ下ろす。

 さっきの反撃までは、悪くなかったと思う。少なくとも、二人で同じところを狙えた気がした。


 その後の足払いは、まあ。

 俺が気をつけるしかないよね。


 ◇◇◇


 ディアルが戻ってきた時、俺は庭の椅子で、ようやくお茶を飲んでいた。


 冷めている。

 でも、今はこれくらいがありがたかった。


「終わったか」

「一応ね。地面とも仲良くなったよ」

「背中に草がついている」

「その証拠だね」


 ディアルは俺の後ろへ回り、服についた草を払った。自分では取ったつもりだったが、まだ残っていたらしい。

 隣へ座るのを待ってから、俺は尋ねた。


「街はどうだった?」

「境界へ送る荷を見てきた」

「へえ。何を送るの?」

「食料と薬。布も多かった」

「布?」

「ああ。薬と同じくらい必要らしい」


 包帯とか、着替えとかだろうか。

 言われてみれば、戦う人に必要なのは剣だけではない。


「ぼくらも、服はよく駄目にしてるしね」


 ディアルの視線が俺の背中へ向いた。

 破れてはいない。たぶん。


「王都へ戻ったら、こちらでも調べる」

「また勉強することが増えたね」

「お前も来るか?」

「荷物を運ぶ方じゃないよね?」


 ディアルは答えず、運ばれてきた杯を受け取った。

 そこは否定してほしかった。


 俺は刀を膝へ載せ、冷めたお茶をもう一口飲む。

 今日の稽古について、ディアルにも少し話してみようと思った。


 ◇◇◇


 その日の夕刻、ディアルとアリスは、フェリックスに呼ばれて宮殿の一室を訪れた。


 昼間の賑わいから離れた、小さな部屋だった。窓際に椅子が三つ置かれ、机には飲み物が用意されている。

 案内した侍女は二人を通すと、静かに扉を閉めた。


 部屋に残ったのは、祖父と孫二人だけだった。


「座れよ」


 フェリックスは窓辺に立っていた。

 アリスが先に腰掛け、ディアルもその隣へ座る。


「お祖父様、今日は治療院で――」

「ああ。聞いてる。随分、熱心だったらしいな」


 アリスが嬉しそうに頷く。

 フェリックスはその顔を少し眺めてから、二人の向かいへ腰を下ろした。


「だが、今からするのは別の話だ」


 ディアルが姿勢を正す。

 アリスも口を閉じ、祖父を見た。


 フェリックスは二人へ順に目を向けた。


「お前たちの母親の話だ」

ディアルとアリスの母。気になりますね

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