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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第二十二話 刀の言い分


 翌朝、フェリックス王に指定された庭へ向かうと、すでにお茶の用意が整っていた。


 木々に囲まれた広場に、机と椅子が置かれている。王はその一つに座り、傍らへ大曲剣を立てかけていた。


「よく眠れたか?」

「はい。おかげさまで」

「へえ。大したもんだな」


 何が、とは聞かなかった。

 褒められたのだと思っておく。朝一番から、わざわざややこしくする必要もない。


 勧められた椅子へ座り、刀を膝へ載せる。付き添ってきたウルスナが広場の端へ下がると、王は俺の刀へ目を向けた。


「そいつを、どうやって従わせた?」

「どうやって、ですか?」

「最初から大人しかったわけじゃないだろ」

「最初は、勝手に魔力を持っていったんです。止めようとしても、まだ欲しがって」

「それで?」

「逆に、全部流しました」

「全部?」

「はい。そんなに欲しいなら、どうぞって」


 王は何も言わなかった。

 俺は鞘の木目へ目を落とす。こうして説明すると、あまり賢そうな方法ではない。


「その後、振ったら……稽古場が、半分くらい壊れました」


 一拍置いて、王が笑った。


「ハーバードのところか。あいつ、何て?」

「二度とやるなと」

「だろうな。よく、そこで済んだもんだ」


 怒られずに済んだらしい。俺も少し笑い、鞘を撫でる。


「でも、それからは言うことを聞くようになりました」

「それで、解決したか?」

「はい。たまに無視されますけど――」


 顔を上げて、言葉が止まった。

 フェリックス王は、もう笑っていなかった。怒っている顔でもない。ただ、俺の続きを待っている。


「……解決したと、思ってました」

「なら、確かめよう。抜いてみろ」


 庭の開けた場所へ移り、刀を抜いた。

 王に言われるまま、少量の魔力を送る。力は素直に入っていき、刃へ薄い光が沿った。


「そのまま、少し増やせ」


 流す量を増やす。

 まだ余裕はある。もう少しなら、と柄を握り直したところで、手のひらへ魔力が押し戻された。


「止めろ」


 流すのをやめると、刃の光が収まった。


「何を返してきた?」

「もういらない、ですかね」

「いつもの拒み方と同じか?」


 刀を見下ろす。

 今の量で、いっぱいになるはずはない。それに、力を貸したくない時は、最初から受け取ってくれないこともある。


「違います。増やそうとしたら、急に返してきました」

「そいつ、お前の力を認めてる。それでも、少し怖いんだろうな」

「……ぼくを?」

「また全部流されるかもしれないだろ」

「そんなこと、しませんよ」

「お前は知ってる。そいつは?」


 返事に困った。

 毎回そんなことをするわけがないじゃないか、とは言えなかった。


 怖がっていたのか。

 その割には、普段の態度が随分と大きいんだけど。


 ふわりと、視界の端で光が揺れた。


 椅子へ立てかけられた大曲剣から、淡い魔力がこぼれている。鞘の表面で膨らみ、引っ込んでは、また膨らむ。小さな波が、何度も繰り返された。


 手の中の刀が熱くなった。

 俺へ戻っていた魔力が途切れ、刀身へ細い光がにじむ。


「おい、笑うな。今、こっちと話してるだろ」


 フェリックス王が大曲剣の柄へ手を置くと、光は収まった。


「……今、笑われたんですか?」

「ああ。随分と楽しそうだったな」

「仲、悪いですね」

「そいつも、言い返す気はあるらしいぞ」


 俺は刀を見下ろした。

 確かに、縮こまっている様子ではない。今にも、あちらへ魔力を放ちそうだった。


「いいから。今はこっちの話を聞いて」


 柄へ触れたまま待つと、ようやく熱が薄れていく。


 俺が怖くても、あの剣には文句を言いにいくらしい。なかなかいい度胸をしている。


 フェリックス王は大曲剣を椅子の反対側へ移し、こちらへ向き直った。


「で、お前はどうしたい?」

「怖がらなくなってくれれば、と思います」

「それで、言うことを聞かなくなったら?」


 また、答えに困ることを聞かれた。

 仲良くします、と言えば済む気もしたが、目の前の顔を見ると、それで終わるとは思えない。


「……その時は、文句を言います」

「それでも従わなかったら? また、力で黙らせるか?」


 柄へ添えた指が止まった。


「必要な時に力を貸してほしいだけで、怖がらせたいわけじゃないです」

「だったら、どうする?」

「だから、話が通じるようになりたいんですけど」


 少し強く言ってしまった。

 王は俺を見たまま、すぐには返事をしなかった。風で落ちた葉が足元を転がってから、ようやく口元が緩む。


「そうか。なら、俺の顔色より、そいつを見てやれよ」


 気づかれていたらしい。

 でも、それは無理があると思う。昨日、騎士を一言で見習いへ戻した人なのだ。気にするなと言われても、気になる。


「そいつはお前を嫌ってない。ただ、お前が次に何をするかまでは分からない。今度は、そこを考えてやってみろ」


 刀へ向き直り、再び魔力を流す。

 ゆっくり増やしても、やはり途中で押し戻された。


 いつもなら、ここで量を調節して済ませる。

 だが、刀は途中までは受け取っている。全部いらないなら、最初から断ればいいのだ。


 増やすのをやめ、返される分だけ力を緩めた。

 刀へ入る流れを細く残し、そのまま待つ。


「……これなら、いい?」


 刃の光は弱いが、消えていない。

 しばらくして、指の腹へ温かいものが触れた。さっきのように急いで離れる感触ではなく、手のひらに触れてから、ゆっくり引いていく。


「少し、増やすよ」


 今度は、返ってこなかった。

 先ほど押し返された時と同じ量を送っても、刀は静かに受け取っている。


「嫌だったんじゃなくて、待ってほしかったの?」


 何も返ってこない。

 けれど、刃の光は揺れず、こちらが送る魔力を受け入れていた。


「通じたな」


 王の声に、肩から力が抜けた。

 全部分かったわけではない。それでも、刀の反応を待ったら、こちらのすることも受け入れてくれた。


「ありがとうございます。少し、分かった気がします」

「そうか。じゃあ、次は動きながらだ」


 フェリックス王が大曲剣を手に取った。


「……何をですか?」

「今やったことに決まってるだろ。そいつと相談して、俺の剣を止めてみろ」


 幅のある刀身が、鞘を離れる。

 ただ抜いただけなのに、俺は戻しかけていた刀を、もう一度前へ出していた。


「今ですか?」

「ああ。せっかく、話が通じるようになったんだろ?」


 手の中の刀が熱を持った。

 逃げる気配はなく、柄を通して、こちらへ強く働きかけてくる。


 うん。こいつは、やる気だ。

 今の気持ちだけは、聞き間違えようがなかった。


 ◇◇◇


 その頃、アリスはカリーナとともに、王都の治療院へ到着していた。


 大きな木々をつなぐように、いくつもの建物が並んでいる。渡り廊下の屋根には蔓が這い、入口の横には、葉や根を分けて干す棚があった。風が吹くたびに、青い匂いがする。


 カリーナが受付へ向かう間、アリスは入口の脇で待っていた。廊下では、白い布を抱えた女性と、薬草の鉢を運ぶ青年がすれ違っている。アセナルの医療施設とは、建物も、働く人の服装も違っていた。


「まあ、姫様」


 長椅子へ腰掛けていた年配の女性が、膝の籠をよけて立ち上がろうとした。足首に巻かれた布を見て、アリスは慌てて近づく。


「どうぞ、そのままで。お怪我をなさっているのでしょう?」

「大したことではございません。畑で足を取られまして」

「でしたら、座っていてください」


 女性は目を細め、もう一度腰を下ろした。


「姫様にお会いできるとは、今日はよい日になりました」

「……ありがとうございます」


 王都へ入ってから、何度かそう呼ばれている。それでも、これほど近くで嬉しそうに言われると、照れくさかった。


 カリーナが、一人の治療師を伴って戻ってきた。袖を肘までまくった女性は、アリスの前で足を止め、丁寧に礼をする。


「お待ちしておりました、姫様。本日は私がご案内いたします」

「よろしくお願いします」


 頭を下げ返し、アリスは手にした杖を持ち直した。


「こちらの回復魔法について、教えていただきたいです。できることがあれば、お手伝いもさせてください」

「では、まず中をご覧ください」


 歩き出しかけて、アリスは長椅子の女性を振り返る。


「後ほど、お加減を伺いに来てもよろしいですか?」

「ええ、もちろんですとも」


 嬉しそうな返事に笑みを返し、先へ進む二人を追いかけた。


 ◇◇◇


 診察室の前を通ると、患者と話していた治療師が、こちらを見て小さく会釈した。その手は、患者の腕を支えたままだった。

 アリスも頭を下げ、邪魔をしないように通り過ぎる。


 案内された隣の部屋には、見学用の椅子が用意されていた。カリーナの座る分と、小さな机まである。


「こちらでしたら、施術の様子もよくご覧になれます」

「あの、私も治療をさせていただけませんか?」

「姫様のお手を煩わせるわけには……」


 アリスは困った。アセナルであれば、手が空いたまま座っていると、セシリアに何をするべきか尋ねられるところだ。


「アリス様は、普段から治療のお手伝いをなさっているんですよ」


 カリーナが添えると、女性はアリスの杖へ目を向けた。


「では、ご一緒にお願いしてもよろしいでしょうか」

「はい」


 アリスは頷き、用意された椅子を部屋の端へ運ぼうとした。

 治療師とカリーナが、同時に手を伸ばす。


「そちらは私が」

「これくらいなら、私にも運べます」


 二人が顔を見合わせる。そのまま三人で一脚の椅子を持つことになってしまい、アリスは少し笑った。


 最初に手伝わせてもらったのは、作業中に腕を傷つけた男性の治療だった。

 袖をまくった男性は、アリスに気づくと腰を浮かせかけたが、治療師に肩を押さえられ、座り直した。


「本日は、姫様もご一緒に診てくださいます」

「それは、ありがたい。こんな腕でよろしければ」

「治療の間、少し動かさずにいてくださいね」


 アリスは傷の具合を確かめ、杖を近づけた。

 淡い光が腕を覆い、傷が閉じていく。男性はまじまじと自分の腕を見た後、そっと指を動かした。


「もう、こんなに」

「痛みは残っていませんか?」

「はい。おかげさまで」

「念のため、こちらも」


 治療師が腕を支え、手の向きをゆっくり変えてもらう。その途中で、男性の指が止まった。


「ここは、前からでしたね?」

「ええ。今日の怪我とは別ですから」


 アリスは二人を見比べた。

 女性は傷のあったところではなく、手首へ指を添え、男性に動かしてもらいながら場所を確かめている。やがて、狭い一点へ光を集めた。


 再び手を動かした男性が、驚いたように眉を上げた。


「楽になったな」

「よくなったからと、使いすぎないでくださいね」


 男性は二人へ礼を言い、部屋を出ていった。

 その背中を見送ってから、アリスは治療師へ向き直る。


「今の治療を、教えていただけますか」

「手首の方でしょうか?」

「はい。とても狭いところだけに、魔法を使っていらしたので」


 怪我の周囲も治療することは知っている。けれど、彼女の魔法は、アリスが普段そうする時よりもずっと小さかった。


「この方は何度か通っていらっしゃいますので、以前の様子も分かります。まず、どこが傷んでいるのかを確かめるところからですね」


 治療師は先ほど片づけた椅子を引き寄せ、自分の腕を差し出した。


「ここからは、お座りになってください」

「はい」


 今度はアリスも素直に座り、教えてもらった場所へ指を添えた。


 ◇◇◇


 説明を聞いた後も、アリスは治療師と並んで手当てを手伝った。

 傷の状態を見てもらい、分からないことがあれば尋ねる。治療師も、次第に遠慮せず注意してくれるようになった。


「もう少し、こちらも確かめましょう。大丈夫とおっしゃっても、我慢されていることがありますから」

「それは、分かります」


 思わず返すと、女性が顔を上げた。

 アリスは少し唇を尖らせる。


「兄も弟も、すぐに大丈夫と言うんです」

「まあ。それでは、姫様も大変ですね」

「そうなんです」


 隣でカリーナが笑っていた。


 次に来たのは、遊んでいて転んだという少女だった。母親に連れられ、膝に小さな擦り傷をつくっている。

 アリスは椅子へ座らせ、杖を向ける前に尋ねた。


「ほかに、痛いところはありませんか?」


 少女は首を横へ振った。けれど、握り締めた手をアリスが見ていると、ためらいながら開いてみせる。手のひらにも傷があった。


「こちらもでしたね」

「ひめさまが、なおしてくれるの?」

「はい。両方、治しましょうね」


 光が傷を覆う間、少女はまばたきもせず自分の手を見つめていた。

 治療を終え、痛みがないことを確かめると、小さな顔がほころぶ。


「ありがとう、ひめさま」


 椅子を降りた少女は、扉のところでも振り返り、大きく手を振った。

 手を振り返していると、カリーナが昼食の時間を知らせに来た。


「もうですか?」

「はい。続きは、お食事の後にいたしましょう」

「午後も、教えていただけますか?」


 治療師へ尋ねると、今度はためらいなく頷いてもらえた。


「もちろんです。お待ちしております」


 嬉しくなって立ち上がると、廊下から声がかかった。


「姫様。よろしければ、こちらを」


 入口で会った女性だった。足の布はもう外れ、帰り支度を整えている。

 アリスが歩き具合を尋ねるより先に、籠から小さな赤い野菜を差し出された。


「今朝、うちの畑で採れたんです。甘くて、おいしいですよ」


 アリスの笑顔が、ほんの少し固まった。

 隣でカリーナが、そっと口元へ手を添える。女性は嬉しそうに返事を待っていた。


「……ありがとうございます。いただきます」


 両手で受け取る。

 アリスは一度カリーナを見てから、覚悟を決めて、小さくかじった。

この章は基本的に3人は別行動になりそうですね。

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