第二十二話 刀の言い分
翌朝、フェリックス王に指定された庭へ向かうと、すでにお茶の用意が整っていた。
木々に囲まれた広場に、机と椅子が置かれている。王はその一つに座り、傍らへ大曲剣を立てかけていた。
「よく眠れたか?」
「はい。おかげさまで」
「へえ。大したもんだな」
何が、とは聞かなかった。
褒められたのだと思っておく。朝一番から、わざわざややこしくする必要もない。
勧められた椅子へ座り、刀を膝へ載せる。付き添ってきたウルスナが広場の端へ下がると、王は俺の刀へ目を向けた。
「そいつを、どうやって従わせた?」
「どうやって、ですか?」
「最初から大人しかったわけじゃないだろ」
「最初は、勝手に魔力を持っていったんです。止めようとしても、まだ欲しがって」
「それで?」
「逆に、全部流しました」
「全部?」
「はい。そんなに欲しいなら、どうぞって」
王は何も言わなかった。
俺は鞘の木目へ目を落とす。こうして説明すると、あまり賢そうな方法ではない。
「その後、振ったら……稽古場が、半分くらい壊れました」
一拍置いて、王が笑った。
「ハーバードのところか。あいつ、何て?」
「二度とやるなと」
「だろうな。よく、そこで済んだもんだ」
怒られずに済んだらしい。俺も少し笑い、鞘を撫でる。
「でも、それからは言うことを聞くようになりました」
「それで、解決したか?」
「はい。たまに無視されますけど――」
顔を上げて、言葉が止まった。
フェリックス王は、もう笑っていなかった。怒っている顔でもない。ただ、俺の続きを待っている。
「……解決したと、思ってました」
「なら、確かめよう。抜いてみろ」
庭の開けた場所へ移り、刀を抜いた。
王に言われるまま、少量の魔力を送る。力は素直に入っていき、刃へ薄い光が沿った。
「そのまま、少し増やせ」
流す量を増やす。
まだ余裕はある。もう少しなら、と柄を握り直したところで、手のひらへ魔力が押し戻された。
「止めろ」
流すのをやめると、刃の光が収まった。
「何を返してきた?」
「もういらない、ですかね」
「いつもの拒み方と同じか?」
刀を見下ろす。
今の量で、いっぱいになるはずはない。それに、力を貸したくない時は、最初から受け取ってくれないこともある。
「違います。増やそうとしたら、急に返してきました」
「そいつ、お前の力を認めてる。それでも、少し怖いんだろうな」
「……ぼくを?」
「また全部流されるかもしれないだろ」
「そんなこと、しませんよ」
「お前は知ってる。そいつは?」
返事に困った。
毎回そんなことをするわけがないじゃないか、とは言えなかった。
怖がっていたのか。
その割には、普段の態度が随分と大きいんだけど。
ふわりと、視界の端で光が揺れた。
椅子へ立てかけられた大曲剣から、淡い魔力がこぼれている。鞘の表面で膨らみ、引っ込んでは、また膨らむ。小さな波が、何度も繰り返された。
手の中の刀が熱くなった。
俺へ戻っていた魔力が途切れ、刀身へ細い光がにじむ。
「おい、笑うな。今、こっちと話してるだろ」
フェリックス王が大曲剣の柄へ手を置くと、光は収まった。
「……今、笑われたんですか?」
「ああ。随分と楽しそうだったな」
「仲、悪いですね」
「そいつも、言い返す気はあるらしいぞ」
俺は刀を見下ろした。
確かに、縮こまっている様子ではない。今にも、あちらへ魔力を放ちそうだった。
「いいから。今はこっちの話を聞いて」
柄へ触れたまま待つと、ようやく熱が薄れていく。
俺が怖くても、あの剣には文句を言いにいくらしい。なかなかいい度胸をしている。
フェリックス王は大曲剣を椅子の反対側へ移し、こちらへ向き直った。
「で、お前はどうしたい?」
「怖がらなくなってくれれば、と思います」
「それで、言うことを聞かなくなったら?」
また、答えに困ることを聞かれた。
仲良くします、と言えば済む気もしたが、目の前の顔を見ると、それで終わるとは思えない。
「……その時は、文句を言います」
「それでも従わなかったら? また、力で黙らせるか?」
柄へ添えた指が止まった。
「必要な時に力を貸してほしいだけで、怖がらせたいわけじゃないです」
「だったら、どうする?」
「だから、話が通じるようになりたいんですけど」
少し強く言ってしまった。
王は俺を見たまま、すぐには返事をしなかった。風で落ちた葉が足元を転がってから、ようやく口元が緩む。
「そうか。なら、俺の顔色より、そいつを見てやれよ」
気づかれていたらしい。
でも、それは無理があると思う。昨日、騎士を一言で見習いへ戻した人なのだ。気にするなと言われても、気になる。
「そいつはお前を嫌ってない。ただ、お前が次に何をするかまでは分からない。今度は、そこを考えてやってみろ」
刀へ向き直り、再び魔力を流す。
ゆっくり増やしても、やはり途中で押し戻された。
いつもなら、ここで量を調節して済ませる。
だが、刀は途中までは受け取っている。全部いらないなら、最初から断ればいいのだ。
増やすのをやめ、返される分だけ力を緩めた。
刀へ入る流れを細く残し、そのまま待つ。
「……これなら、いい?」
刃の光は弱いが、消えていない。
しばらくして、指の腹へ温かいものが触れた。さっきのように急いで離れる感触ではなく、手のひらに触れてから、ゆっくり引いていく。
「少し、増やすよ」
今度は、返ってこなかった。
先ほど押し返された時と同じ量を送っても、刀は静かに受け取っている。
「嫌だったんじゃなくて、待ってほしかったの?」
何も返ってこない。
けれど、刃の光は揺れず、こちらが送る魔力を受け入れていた。
「通じたな」
王の声に、肩から力が抜けた。
全部分かったわけではない。それでも、刀の反応を待ったら、こちらのすることも受け入れてくれた。
「ありがとうございます。少し、分かった気がします」
「そうか。じゃあ、次は動きながらだ」
フェリックス王が大曲剣を手に取った。
「……何をですか?」
「今やったことに決まってるだろ。そいつと相談して、俺の剣を止めてみろ」
幅のある刀身が、鞘を離れる。
ただ抜いただけなのに、俺は戻しかけていた刀を、もう一度前へ出していた。
「今ですか?」
「ああ。せっかく、話が通じるようになったんだろ?」
手の中の刀が熱を持った。
逃げる気配はなく、柄を通して、こちらへ強く働きかけてくる。
うん。こいつは、やる気だ。
今の気持ちだけは、聞き間違えようがなかった。
◇◇◇
その頃、アリスはカリーナとともに、王都の治療院へ到着していた。
大きな木々をつなぐように、いくつもの建物が並んでいる。渡り廊下の屋根には蔓が這い、入口の横には、葉や根を分けて干す棚があった。風が吹くたびに、青い匂いがする。
カリーナが受付へ向かう間、アリスは入口の脇で待っていた。廊下では、白い布を抱えた女性と、薬草の鉢を運ぶ青年がすれ違っている。アセナルの医療施設とは、建物も、働く人の服装も違っていた。
「まあ、姫様」
長椅子へ腰掛けていた年配の女性が、膝の籠をよけて立ち上がろうとした。足首に巻かれた布を見て、アリスは慌てて近づく。
「どうぞ、そのままで。お怪我をなさっているのでしょう?」
「大したことではございません。畑で足を取られまして」
「でしたら、座っていてください」
女性は目を細め、もう一度腰を下ろした。
「姫様にお会いできるとは、今日はよい日になりました」
「……ありがとうございます」
王都へ入ってから、何度かそう呼ばれている。それでも、これほど近くで嬉しそうに言われると、照れくさかった。
カリーナが、一人の治療師を伴って戻ってきた。袖を肘までまくった女性は、アリスの前で足を止め、丁寧に礼をする。
「お待ちしておりました、姫様。本日は私がご案内いたします」
「よろしくお願いします」
頭を下げ返し、アリスは手にした杖を持ち直した。
「こちらの回復魔法について、教えていただきたいです。できることがあれば、お手伝いもさせてください」
「では、まず中をご覧ください」
歩き出しかけて、アリスは長椅子の女性を振り返る。
「後ほど、お加減を伺いに来てもよろしいですか?」
「ええ、もちろんですとも」
嬉しそうな返事に笑みを返し、先へ進む二人を追いかけた。
◇◇◇
診察室の前を通ると、患者と話していた治療師が、こちらを見て小さく会釈した。その手は、患者の腕を支えたままだった。
アリスも頭を下げ、邪魔をしないように通り過ぎる。
案内された隣の部屋には、見学用の椅子が用意されていた。カリーナの座る分と、小さな机まである。
「こちらでしたら、施術の様子もよくご覧になれます」
「あの、私も治療をさせていただけませんか?」
「姫様のお手を煩わせるわけには……」
アリスは困った。アセナルであれば、手が空いたまま座っていると、セシリアに何をするべきか尋ねられるところだ。
「アリス様は、普段から治療のお手伝いをなさっているんですよ」
カリーナが添えると、女性はアリスの杖へ目を向けた。
「では、ご一緒にお願いしてもよろしいでしょうか」
「はい」
アリスは頷き、用意された椅子を部屋の端へ運ぼうとした。
治療師とカリーナが、同時に手を伸ばす。
「そちらは私が」
「これくらいなら、私にも運べます」
二人が顔を見合わせる。そのまま三人で一脚の椅子を持つことになってしまい、アリスは少し笑った。
最初に手伝わせてもらったのは、作業中に腕を傷つけた男性の治療だった。
袖をまくった男性は、アリスに気づくと腰を浮かせかけたが、治療師に肩を押さえられ、座り直した。
「本日は、姫様もご一緒に診てくださいます」
「それは、ありがたい。こんな腕でよろしければ」
「治療の間、少し動かさずにいてくださいね」
アリスは傷の具合を確かめ、杖を近づけた。
淡い光が腕を覆い、傷が閉じていく。男性はまじまじと自分の腕を見た後、そっと指を動かした。
「もう、こんなに」
「痛みは残っていませんか?」
「はい。おかげさまで」
「念のため、こちらも」
治療師が腕を支え、手の向きをゆっくり変えてもらう。その途中で、男性の指が止まった。
「ここは、前からでしたね?」
「ええ。今日の怪我とは別ですから」
アリスは二人を見比べた。
女性は傷のあったところではなく、手首へ指を添え、男性に動かしてもらいながら場所を確かめている。やがて、狭い一点へ光を集めた。
再び手を動かした男性が、驚いたように眉を上げた。
「楽になったな」
「よくなったからと、使いすぎないでくださいね」
男性は二人へ礼を言い、部屋を出ていった。
その背中を見送ってから、アリスは治療師へ向き直る。
「今の治療を、教えていただけますか」
「手首の方でしょうか?」
「はい。とても狭いところだけに、魔法を使っていらしたので」
怪我の周囲も治療することは知っている。けれど、彼女の魔法は、アリスが普段そうする時よりもずっと小さかった。
「この方は何度か通っていらっしゃいますので、以前の様子も分かります。まず、どこが傷んでいるのかを確かめるところからですね」
治療師は先ほど片づけた椅子を引き寄せ、自分の腕を差し出した。
「ここからは、お座りになってください」
「はい」
今度はアリスも素直に座り、教えてもらった場所へ指を添えた。
◇◇◇
説明を聞いた後も、アリスは治療師と並んで手当てを手伝った。
傷の状態を見てもらい、分からないことがあれば尋ねる。治療師も、次第に遠慮せず注意してくれるようになった。
「もう少し、こちらも確かめましょう。大丈夫とおっしゃっても、我慢されていることがありますから」
「それは、分かります」
思わず返すと、女性が顔を上げた。
アリスは少し唇を尖らせる。
「兄も弟も、すぐに大丈夫と言うんです」
「まあ。それでは、姫様も大変ですね」
「そうなんです」
隣でカリーナが笑っていた。
次に来たのは、遊んでいて転んだという少女だった。母親に連れられ、膝に小さな擦り傷をつくっている。
アリスは椅子へ座らせ、杖を向ける前に尋ねた。
「ほかに、痛いところはありませんか?」
少女は首を横へ振った。けれど、握り締めた手をアリスが見ていると、ためらいながら開いてみせる。手のひらにも傷があった。
「こちらもでしたね」
「ひめさまが、なおしてくれるの?」
「はい。両方、治しましょうね」
光が傷を覆う間、少女はまばたきもせず自分の手を見つめていた。
治療を終え、痛みがないことを確かめると、小さな顔がほころぶ。
「ありがとう、ひめさま」
椅子を降りた少女は、扉のところでも振り返り、大きく手を振った。
手を振り返していると、カリーナが昼食の時間を知らせに来た。
「もうですか?」
「はい。続きは、お食事の後にいたしましょう」
「午後も、教えていただけますか?」
治療師へ尋ねると、今度はためらいなく頷いてもらえた。
「もちろんです。お待ちしております」
嬉しくなって立ち上がると、廊下から声がかかった。
「姫様。よろしければ、こちらを」
入口で会った女性だった。足の布はもう外れ、帰り支度を整えている。
アリスが歩き具合を尋ねるより先に、籠から小さな赤い野菜を差し出された。
「今朝、うちの畑で採れたんです。甘くて、おいしいですよ」
アリスの笑顔が、ほんの少し固まった。
隣でカリーナが、そっと口元へ手を添える。女性は嬉しそうに返事を待っていた。
「……ありがとうございます。いただきます」
両手で受け取る。
アリスは一度カリーナを見てから、覚悟を決めて、小さくかじった。
この章は基本的に3人は別行動になりそうですね。




