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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第二十一話 王の前で、峰打ち

魂の乱闘です。


「はい。フィルと申します。このたびは、お招きいただき――」

「堅苦しいのはいい。よく来たな」


 挨拶を最後まで言う前に、フェリックス王は片手をひらりと振った。

 肘掛けに頬杖をついた姿勢も、そのままだ。こちらが頭を下げたままでいると、指先で軽く上を示される。顔を上げろということらしい。


 練習してきた挨拶だったんだけどな。

 まあ、長いのがお嫌いなら、俺としても助かる。


「アリソン、道中はどうだった?」

「問題なく到着いたしました」

「ならいい。お前ら、しばらく見ないうちに大きくなったな」


 俺の後ろへ目を向けた王に、アリスが一歩進み出た。


「お久しぶりです、お祖父様」

「ああ。少しは落ち着いたか?」

「私は、いつも落ち着いております」

「へえ。じゃあ、俺が覚えてるあの賑やかな子は、誰だったんだろうな」


 フェリックス王が、わざと部屋を見回した。

 アリスの頬が少し膨らむ。すぐに澄ました顔へ戻ったが、間に合っていない。


「もう、子供扱いしないでください」

「悪かったな。で、何ができるようになった?」

「回復魔法です。医療施設で、治療のお手伝いもしています」

「立派なもんだ。じゃあ、野菜くらい食えるようになったんだろ?」

「……それは、別の話です」


 俺は咳払いで笑いを隠した。

 アリスがちらりとこちらを見る。助けを求められても、野菜に関しては俺も庇えない。


「ディアル。お前は?」

「変わりありません」

「便利な返事だな。背は伸びてるぞ。ほかは?」

「稽古と勉強をしています」

「何の勉強だ?」

「最近は街道の補修について。道を直す間にも、人や荷物を通さなければならないので」


 王が頬杖を解いた。

 ディアルは姿勢を変えず、祖父の目を見ている。


「なるほどな。道だけ直しても、終わらないか」

「はい。まだ、知らないことばかりです」

「なら、こっちも見ていけ。バスクのところとは、やり方も違うだろ」


 ディアルが頷くと、王はウルスナとカリーナへ視線を移した。


「こいつら、手間をかけてないか?」

「お変わりなくお過ごしです」

「毎日、とても賑やかです」


 違う返答をする二人を見て、フェリックス王は小さく笑った。

 そのまま俺へ手を差し出す。


「フィル、そいつをこっちへ持ってこい。もう少し近くで見たい」

「はい」


 腰の刀を鞘ごと押さえ、前へ進む。

 俺を呼んだ理由は、やはりこれらしい。見せるだけなら、抜かなくてもいいだろう。


 ところが、数歩進んだところで、腰に熱を感じた。


 柄の端から細い光がこぼれ、鞘の表面へ流れていく。肌へ触れる魔力が、ぴりぴりと尖っていた。


 ちょっと待って。

 俺は何もしていない。


 顔を上げると、王の隣に置かれた大曲剣も、薄い光をまとっていた。こちらより静かだが、鞘の輪郭が揺らいで見えるほど、魔力が集まっている。


 それを見た途端、腰の刀がさらに熱くなった。


「あの、これ」

「ああ。互いに気に入らないらしい」


 フェリックス王は面倒そうに息を吐き、大曲剣の柄へ指を添えた。


「おい、もういい。抑えろ」


 光が、触れた指の下へ吸い込まれていく。

 王は柄を一度撫で、手を離した。大曲剣は、すっかり静かになっている。


 うちの刀は、まだ落ち着かない。

 いや、相手はもうやめたんだから、こっちもやめようよ。


「こら、めっ」


 鞘の横を、平手でぺしりと叩いた。


「何してるの。今、見せてって言われただけでしょ」


 光が止まった。

 続いて、外へ漏れていた魔力が、するすると鞘へ戻っていく。腰に残った熱も、ゆっくり薄れていった。


「そう。それでいいんだよ」


 叩いたところを軽く撫でる。

 初対面から喧嘩を売るのはやめてほしい。俺だって、知らない剣に謝る方法までは習っていない。


「ははっ。お前、そいつにも容赦ないな」


 顔を上げると、フェリックス王が笑っていた。

 俺の手と刀を交互に眺め、それから椅子へ背を預ける。


「すみません、勝手に」

「分かってる。お前がやらせたわけじゃない」


 叱られずに済んで、ひとまず安心した。

 できれば、刀にも今の言葉を聞いておいてほしい。


「陛下」


 左の柱のそばから、硬い声がした。

 宮殿騎士の一人が、俺の進む先へ半歩出ている。その目が刀を離れ、俺の髪へ移った。


「御前で武器を抑えられぬ者を、それ以上お近くへ進ませるべきではありません」

「もう収まりましたが」


 アリソンが穏やかに言った。

 騎士はそちらを見たものの、すぐ俺へ向き直る。


「そもそも、白髪の者へ神樹の武器を持たせること自体が――」

「で? その先も言ってみろよ」


 フェリックス王は、騎士の顔を見ていた。

 笑みは残っている。けれど、騎士は一度口を閉じてから、言葉を選び直した。


「その者に、扱う資格があるとは思えません」

「何を見て、そう思った?」

「先ほどの振る舞いを見れば」


 俺は鞘を押さえたまま、二人を交互に見た。

 こちらだけが騒いだわけではないし、もう止めてもいる。そう言いたかったが、白髪という言葉が出たあたりで、何を説明すれば済むのか分からなくなっていた。


「そこまで言うなら、お前が倒してみろ」


 王が、椅子から立ち上がった。


「俺も見ててやるよ」

「……ぼくをですか?」

「他に誰がいるんだよ」

「刀を見せるだけだったような」


 フェリックス王は、俺の肩を軽く叩いて通り過ぎた。


「少し付き合え。すぐ済む」


 そのまま扉へ向かう背中を見る。

 用事を増やした人の言う『少し』は、あまり信用できないと思う。


 ◇◇◇


 宮殿の裏手には、石造りの回廊に囲まれた稽古場があった。

 踏み固められた土の中央で、宮殿騎士たちが木剣を打ち合わせている。


 フェリックス王が姿を見せると、次々に稽古が止まった。

 彼は空けられた道を進み、回廊の縁へ腰を下ろす。隣へ大曲剣が置かれ、従者がお茶を差し出した。


 王はそれを受け取り、俺たちへ顎を向ける。


「殺すなよ。それ以外は好きにやれ」


 随分、大まかな決まりだった。

 アリソンが隣で手を差し出したので、上着を脱いで渡す。


「急にこういうことになるの、よくあるの?」

「陛下のお考えですので」

「便利な言葉だね、それ」


 イーサックは地面を見ていた。


「足元は悪くないな。石もない」

「感想、そこなんだ」

「他に何かあるか?」


 特にないらしい。

 ディアルたちは日陰へ移動し、アリスはカリーナから受け取った布で、座る場所を拭いている。


 もう少しくらい心配してくれてもいいと思うのだが。


 先ほどの騎士が中央で剣を抜いた。

 俺も刀を抜き、手に収まる重みを確かめる。今度は熱くなったり、勝手に魔力をまとったりしない。


 この相手には、静かなものである。


 騎士の刃先はぶれず、足の置き方もきれいだった。ちゃんと稽古をしている人なのだろう。

 ただ、俺の手元を見すぎている気がする。刀が珍しいのかもしれないけど、顔も足も見ておいた方がいい。


「準備はいいか?」


 王の声に、騎士が頷いた。

 俺も頷き、少しだけ膝を緩める。


「じゃあ、始めろ」


 相手の踵が浮く。

 踏み込みと同時に肩が動き、剣が斜めに振り下ろされた。


 半歩、横へずれる。

 目の前を刃が抜けたところで、その内側へ踏み込んだ。刀を返し、峰を相手の脇腹へ打ち込む。


 鈍い音がした。

 騎士の体が傾き、剣先が地面を擦る。膝をついたあと、そのまま横向きに倒れた。


 俺は刀を引き、少しだけ間を置く。


「峰打ちだ……」


 うん。

 やっぱり、一度言ったくらいでは飽きないね。


 刀を鞘へ戻し、相手の様子を確認した。

 脇腹を押さえて体を丸めているが、目は開いている。少し痛いだろうけど、命に関わるような打ち方はしていない。


「終わりで、いいですか?」


 顔を上げると、周囲の宮殿騎士たちが固まっていた。

 木剣を握ったまま、俺と倒れた相手を交互に見る者もいる。さっきまで聞こえていた小声は、すっかり消えていた。


「はい、フィル様。お見事です」


 アリソンが、いつもの笑顔で上着を差し出す。

 イーサックは騎士のそばへしゃがみ、背中へ手を添えた。


「息を吐け。ゆっくりでいい」


 その隣で、ウルスナが脇腹へ手をかざす。

 普段の稽古が終わった後と、大して変わらない光景だった。


「フィル、土がついています」


 アリスに言われて膝を見る。

 払おうとすると、先にカリーナが布を寄越してくれた。


 こちら側は、いつもどおりである。


「ディアル。お前もやってみるか?」


 フェリックス王が茶器を置いた。

 ディアルは返事の代わりに上着を脱ぎ、アリソンへ渡す。


「話が早いね」

「呼ばれたからな」


 それだけ答えて、稽古場へ出ていった。

 俺なら、今のはお誘いですか、それとも命令ですか、と一度くらい確認するところだ。


 ◇◇◇


 王に指名されたのは、回廊の近くに立っていた別の騎士だった。

 彼はすぐに前へ進み、ディアルへ一礼する。


「お相手を務めます」

「よろしく頼む」


 ディアルも礼を返し、普段使っている剣を抜いた。


 今度の相手は慎重だった。

 剣を低めに構え、ディアルの全身を見ている。先ほどの勝負を見て、子供だからと油断してはいけないと分かったのだろう。


「始めろ」


 騎士が小さく踏み込んだ。

 突き出された剣を、ディアルは自分の剣で外へ流す。同時に相手の前足の外側へ入り、体を寄せた。


 相手の肩が回る。

 後ろ足で立て直そうとするより早く、ディアルの剣の腹が肩口を打った。


 騎士が片膝をつき、その手から剣が落ちる。

 ディアルはすでに、一歩離れたところにいた。


 短い。

 俺が言うのも何だけど、見学する側としては、もう少し見ていたかった。


「よし、そこまでだ」


 ディアルが剣を収める。

 騎士は肩を押さえて立ち上がり、頭を下げた。ディアルも応じ、こちらへ戻ってくる。


「いいじゃないか。二人とも、よく鍛えてる」


 フェリックス王は立ち上がり、上衣の裾を払った。

 王のそばにいた騎士は、まだ稽古場へ目を向けている。それを待つこともなく、王はこちらへ歩いてきた。


「分かってたんですか?」


 尋ねると、俺の足元へ視線が落ちた。


「ああ。入ってきた時にな」

「歩いてただけなんですけど」

「そうだよ。その歩き方を見たんだ」


 俺は自分の靴を見下ろした。

 変な歩き方をしていたつもりはない。ないのだが、この人には、それだけで分かるらしい。


「じゃあ、戦わなくてもよかったんじゃ」

「俺にはな」


 王が、周囲の騎士へ目を向ける。

 目の合った一人が姿勢を正し、もう一人は、倒れた騎士が起き上がる方へ顔を向けた。


 なるほど。

 見せる相手は、王様だけではなかったらしい。


 ウルスナに治療された騎士が、脇腹から手を離した。

 フェリックス王がそちらへ歩くと、彼は急いで背筋を伸ばす。


「お前は、見習いからやり直せ」

「陛下、私は――」

「俺の客だぞ。髪ばかり見て、何ができるかも確かめなかったな」


 王は声を荒らげなかった。

 騎士が何か言いかけても、その顔を見たまま、続きを待っている。


 結局、言葉は出てこなかった。


「剣だけ振ってても駄目だ。見るところから覚え直してこい」

「……承知いたしました」


 騎士の頭が深く下がる。

 フェリックス王はもう一人へ振り返った。


「お前は肩を治してもらえ。さっきの足運び、覚えとけよ」

「はい」


 そちらには、それだけだった。

 騎士はディアルへ一度目を向け、ウルスナのところへ歩いていく。


 俺は上着へ袖を通した。

 負けたら全員見習いへ戻される、という話ではないらしい。それなら、俺はイーサックと稽古するたびに、職を失うところだった。


 ◇◇◇


「さて、お前の刀だったな」


 フェリックス王が、俺の腰へ視線を戻した。

 大曲剣は従者が持ち、少し離れたところにある。俺はそちらを確かめてから、柄へ触れた。


「また怒らないでね」


 小声で言うと、手のひらへ、ぬるい魔力が触れた。

 外へ漏れたり、肌を刺したりはしない。どうやら、分かってくれたようだ。


「で、今のは何だった?」

「え?」


 王が、俺の手元を見ていた。


「そいつが返したものだよ。お前には、どう伝わった?」

「……もう騒がない、ですかね」

「そう受け取ったのか?」

「静かになったので」


 言ってから、少し考える。

 静かだったのは、その前からだ。手に触れた魔力は、怒っている時とは違った。でも、それ以上を聞かれると困る。


「喜んでるとか、嫌がってるとかは、何となく分かるんですけど」

「その先は?」

「まだ、よく分からないです」


 王は俺の顔を見たあと、刀へ目を落とした。


「こんだけ気に入られてるのに、もったいないな」

「気に入られては、いるんですね」

「おい、今さらそこを疑うのかよ」


 笑われたが、言うことを聞かない時もあるのだ。

 そこまで自信を持って言われると、俺もちょっと安心する。


 毎日手にしている。

 稽古でも一緒だし、腰にないと何か忘れた気がするくらいには、馴染んでいる。


 それでも、今返ってきたものが何だったのか、俺には答えられなかった。


 もう一度、柄へ触れる。

 さっきより少しはっきりと、魔力が指先をなぞった。


「何て言ってるか、分かるんですか?」

「俺に返してるわけじゃないからな。お前が受け取れよ」


 手の中の柄を見る。

 答えを聞けば済むと思っていたが、そういう話ではないらしい。


「……教えてもらえますか」


 フェリックス王が、口の端を持ち上げた。


「ああ、いいぞ。明日、俺が見てやる」

「ありがとうございます」

「ただし、分かったふりはするなよ。そいつが困る」


 刀を軽く握り直すと、手のひらへ、また温かさが触れた。


 どうやら、見せて帰るだけでは済まないらしい。

 ただ、増えた予定がこれなら、俺の方にも文句はなかった。

フィルがまた強くなりそうですね。

ただ、この章の主役はアリスです

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