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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第二十話 森の向こうの王国


 馬車の旅にも、良いところと悪いところがある。


 良いところは、座っているだけで景色が変わること。

 悪いところは、気になるものを見つけても、そう簡単には止まってもらえないことだ。


「今の、何だったんだろう」


 窓の縁へ手をかけ、後ろを振り返る。道端に立っていた大きな輪が、木々の間へ隠れていった。


「水をくみ上げるものです」


 向かいに座るウルスナが答える。


「水車? でも、川はなかったよ」

「川から引いた水路がございます。輪の下を流れているはずです」

「へえ。もうちょっと近くで見たかったな」

「止まるたびに降りていては、いつまで経っても着きません」


 隣からアリスに注意された。

 つい先ほどまで、花の咲いている場所で休憩したいと言っていた人の言葉である。


「ぼくは見るだけだよ」

「私も見るだけです」

「さっき、摘みたいって言ってなかった?」

「少しだけです」


 その少しを、どちらまで許してもらえるか。

 俺たちが反対側の席へ目を向けると、ディアルは広げていた地図から顔を上げた。


「次の休憩で見ればいい」

「花があるか分かりません」

「水車もあるか分からないよ」

「なら、どちらも同じだ」


 確かに。

 平等ではある。誰の希望もかなっていないけど。


 王都を出てから、何日かが過ぎていた。

 窓の外には畑が続き、時折、小さな集落が見える。柵の一部を外し、太い杭へ取り替えている場所もあった。そのそばでは、武器を持った男たちが森の方を見ている。


 昼前には、アセナルの騎士たちとすれ違った。

 馬車が止まると、御者台のイーサックが一人を呼び、道の様子を聞く。森の縁で魔物を二体見つけたが、街道には出ていないという。


「南の橋の先は?」

「問題ありません。ただ、日が落ちる前に抜けた方がよろしいかと」

「分かった。そっちも気をつけろよ」


 騎士たちは馬車へ一礼してから、来た道を戻っていった。

 やがて車輪が動き始めると、アリソンが懐中時計へ目を落とした。


「次の休憩は短めにいたしましょう」

「花も水車も、なくてもいい気がしてきたね」

「また今度ですね」


 アリスも素直に頷いた。

 さすがに、眺めている間に夜になっては困る。俺たちは窓から手を離し、それぞれの席へ座り直した。


 ◇◇◇


 旅が進むにつれ、畑よりも木々を見る時間が長くなった。

 道の両側から枝が伸び、昼間でも馬車の中へ入る光が細くなる。雨の降った翌朝などは、窓を開けると、湿った土と葉の匂いがした。


 ある日の休憩で、カリーナが小さな包みを広げた。

 中には、殻をむいた木の実が並んでいる。朝、宿を出る前に買ったものらしい。


「懐かしくて、つい買ってしまいました」

「食べていい?」

「もちろんです。こちらの小さいものが甘いですよ」


 一つ口へ入れる。

 硬いのかと思ったが、噛むとほろりと崩れた。香ばしくて、あとから少し甘みがある。


「おいしいね、これ」

「もう少し南へ行くと、よく採れるんです。昔は私も集めました」

「木に登るの?」

「落ちたものを拾います」

「そっか。そっちの方が楽だね」

「カリーナは登っておりましたが」


 ウルスナの言葉に、包みを差し出していた手が止まる。


「……あれは、枝に引っかかっていたので」

「落ちてくるまで待てずに?」

「いえ、たくさん残っていましたから」


 それなら、登りたくなる気持ちは分かる。

 俺がもう一つ取ろうとすると、カリーナは包みを近づけながら、小さな声で付け加えた。


「下りる時の方が大変でした」

「上る時に考えなかったんだ」

「途中までは、下りられると思っていたんです」


 アリスが木の実を頬張ったまま、近くの枝を見上げた。

 その視線を追ったウルスナが、何も言わずに枝の下へ立つ。


 早い。

 まだ誰も登るとは言っていないのに、すでに道が塞がれていた。


 そんなやり取りをしながら、二週間近く馬車に揺られた。

 食事や宿が少しずつ変わり、ウルスナとカリーナが道の先を説明してくれることも増えた。曲がり角の向こうに川があると言えば、本当に川が現れる。


「この先の坂を下りれば、もう近いですよ」


 カリーナが窓の外を指差した。

 俺には、まだ森しか見えていない。


 ところが坂を下りきったところで、道が途切れた。


 いや、違う。

 正面に並んだ木々の間を、太い蔓が何重にも横切っている。枝も不自然なくらい密に重なり、人が通れる隙間がない。その上には足場が渡され、弓を持った人影が立っていた。


「これ、壁?」

「北の集落、ノルディアの防壁です」


 ウルスナの説明を聞き、もう一度見上げる。

 幹の太さはばらばらなのに、その間は枝と蔓できっちり埋められていた。左右へ目をやっても、どこまで続いているのか分からない。


「遠くからだと、普通の森に見えたよ」

「その方が、外から様子を探られにくいでしょう」


 馬車が止まる。

 木の間に隠れていた通路から、数人の武装した男たちが出てきた。


 ◇◇◇


 先頭の男は、革と金属を組み合わせた防具を身につけていた。

 腰には剣、背には弓。派手な飾りはない。後ろの二人は少し離れ、俺たちと道の両側を見ている。


 アリソンが馬車を降り、書状を差し出した。

 男は封を確かめてから中を読み、一度、俺たちの乗る馬車へ視線を向ける。


「お待ちしておりました。ご一行の確認をさせていただきます」


 扉が開き、俺たちも順に降りた。

 男がディアルとアリスへ頭を下げる。その後ろで、別の男がカリーナに気づいた。


「カリーナ?」

「お久しぶりです」


 彼女が笑うと、男の険しかった顔が少し緩む。


「ウルスナも戻っていたのか。随分と久しぶりだな」

「今回は、お二人のお供です」

「ああ、話は聞いている」


 ウルスナは普段と変わらない声だったが、相手の視線を受けて、わずかに頷いた。

 知り合いがいるなら、話も早そうだ。


 そう思っていると、書状を持つ男が俺の前で足を止めた。


「フィル殿ですね」

「はい」

「お顔を拝見しても?」


 俺はフードの縁へ手をかけた。

 少し後ろへずらすと、額に張りついていた髪へ風が触れる。


 男の目が、そこで止まった。


 すぐ後ろで、誰かの靴底が土を擦る。カリーナと話していた男も口を閉じ、俺の頭を見ていた。

 顔の確認には、もう十分な時間が過ぎている。


「……これくらいでいいですか」

「はい。失礼いたしました」


 書状へ視線が戻る。

 さっきまで滑らかだった男の指が、紙の端をなぞった。


 俺はフードを戻した。

 白髪だと聞いていることと、実際に見ることは、やっぱり少し違うらしい。


 隣に立つディアルは、男を見ていた。

 何も言わない。俺も、特に付け足す言葉はなかった。


「確認は、お済みでしょうか」


 アリソンが穏やかに尋ねる。

 男は背筋を伸ばし、改めて一礼した。


「お待たせいたしました。ご案内します」


 合図が送られると、壁の一部に見えた木組みが内側へ開いた。蔓の絡んだ大きな扉だったらしい。

 馬車の前へ案内役がつき、俺たちは再び乗り込んだ。


 通り抜ける時、窓から男たちを見る。

 こちらへ向けられた視線と目が合い、俺が小さく頭を下げると、相手も遅れて頭を下げた。


 うーん。

 歓迎の仕方にも、いろいろあるようだ。


 ◇◇◇


 防壁の内側には、弓を手入れする者や、槍を抱えて走る者がいた。

 建物の前には盾が並び、開いた扉の奥では、何人もの人が荷物を運んでいる。道沿いの家も頑丈そうで、窓は小さく、屋根は低かった。


「ここの騎士は、忙しそうだね」

「彼らは戦士です」


 ウルスナが言った。

 俺は窓から振り返る。


「騎士とは違うの?」

「レアリードでは、戦士の方が上位にあたります。経験を積み、実力を認められた者が、こうした国の外側を守ります」

「偉くなると、王様の近くへ行くんじゃないんだ」

「陛下のおられる場所が、最も安全ですから」


 あまりにも当然のように言われた。

 俺は少し考えてから、窓の向こうの見張り台へ目を戻す。


「じゃあ、出世すると危ないところへ行くの?」

「任される仕事に応じて、俸給や生活の待遇も上がります」

「なるほど。そこまで同じだったら、ちょっと困るよね」


 国の中心へ行くほど安全で、外側へ行くほど強い者がいる。

 分かりやすい仕組みではある。王様が一番安全な理由に、王様本人が入っているのが、少し気になるけど。


「イーサックも、さっきの人たちには気をつけてた?」


 御者台へ続く小窓から尋ねると、前を向いたまま返事が来た。


「よく周りを見てたな。お前が降りた時も、道から目を離してない奴がいた」

「ぼくの髪だけ見てたわけじゃないんだ」

「仕事中だからな」


 その答えに、俺はもう一度後ろを見た。

 防壁の上に立つ人影は、すでに小さくなっていた。


 ノルディアを抜けても、しばらく森の道は続いた。

 やがて木々の間隔が広がり、馬車の外が明るくなる。道の脇には畑があり、細い水路が建物の方まで延びていた。


 さらに進むと、人の声が増えた。

 木を組んだ家々の軒先に、布や籠が並んでいる。柱に絡む蔓には小さな花が咲き、その下では、店の人と客が何やら楽しそうに話していた。


「王都マドリーです」


 アリソンが告げる。


 俺は窓へ顔を近づけた。

 二階へ続く階段が木の幹を避けて曲がっていたり、建物の間に細い橋が渡されていたりする。道も真っすぐではなく、大きな木を囲むように分かれ、その先でまた合流していた。


 見ているだけで、歩いてみたくなる。


「あっちの店、何を売ってるんだろう」

「食器のようですね」

「枝がそのまま取っ手になってたよ」

「お気に召しましたか」

「うん。使いやすいかは、持ってみないと分からないけど」


 ウルスナに答えながら、次の店も見る。

 木や布だけでなく、金属の道具もある。焼いた何かを売る店の前では、子供が背伸びをして品物を指差していた。


 皆、耳も顔つきも、アセナルで会う人たちと変わらない。

 ここがエルフの国だと知らなければ、俺には見分けられなかったと思う。


 そのうち何人かが、馬車へ顔を向けた。

 目が合った子供へ手を振ると、小さな手が振り返される。俺はフードがずれていないことを確かめてから、窓の縁へ肘を置いた。


 さっきのような反応ばかりでは、街を見るのも疲れてしまう。

 今のところは、このくらいがちょうどよかった。


 ◇◇◇


 宮殿は、何本もの大木を背にして立っていた。

 白っぽい石の土台に木の柱が並び、屋根へ伸びる梁には、枝葉の模様が彫られている。蔓は好き勝手に伸びているわけではなく、窓を避け、柱に沿って整えられていた。


 入口を守る者たちは、揃いの上衣と磨かれた防具を身につけている。

 こちらが宮殿騎士だと、降りる前にアリソンが教えてくれた。


 確かに、さっきの戦士たちとは印象が違う。

 同じ剣でも、鞘の擦れ方が随分ときれいだった。


 階段の上から、一人の男性が下りてくる。

 彼はアリソンと言葉を交わした後、ディアルとアリスへ深く頭を下げた。


「お孫様方のご到着を、陛下もお待ちでございます」


 俺は、階段へ足をかけたまま止まった。


 お孫様。


 ディアルもアリスも、特に驚いた様子はない。アリスは案内の男性へ礼を言い、そのまま階段を上がっていく。


 俺は慌てて追いつき、ディアルの隣へ並んだ。


「フェリックス王って、お祖父さんなの?」

「ああ」

「二人とも?」

「アリスとは双子だ」


 それは知っている。

 いや、確かに聞き方が悪かったけど。


 ウルスナから贈られた神樹の武器。エルフ族以外へ渡してはいけないという話。

 その時に少し気になったことが、ようやくつながった。


「じゃあ、お母さんは――」


 ディアルがこちらを見る。

 俺は一度口を閉じ、階段の先へ視線を向けた。


 二人の母親には、会ったことがない。

 どこにいるのかも、どうして会わないのかも、俺は知らなかった。


「……ここには、前にも来たことある?」

「一度だけだ。幼い頃にな」

「そっか。じゃあ、ぼくより少し詳しい?」

「覚えている場所なら案内できる」

「それは助かる。迷ったらよろしくね」


 ディアルが頷き、歩く速さを少し緩めた。

 先へ行っていたアリスも、扉の前でこちらを待っている。


 中へ入ると、外よりもひんやりしていた。

 高い窓から入った光が、磨かれた床へ葉の影を落としている。遠くで水の流れる音がしたが、姿は見えない。


 案内の男性が、一番奥の扉の前で足を止めた。


「陛下がお待ちです」


 アリソンが俺の肩口を軽く払う。

 俺はフードを下ろし、前髪を指で直した。今さら隠したまま会うわけにもいかない。


 大きな扉が、ゆっくりと開く。


 部屋の奥に、一人の男が座っていた。

 淡い緑色の長い髪を背へ流し、深緑の上衣に薄い外套を重ねている。襟元の金の刺繍と、肩で外套を留める枝の形をした金具が、光を受けていた。


 長い脚を組み、肘掛けに片腕を預けている。

 細身だが、服の上からでも肩や腕の形が分かった。隣には、鞘に収まった大きな曲剣が立てかけられている。


 思っていたより、ずっと若く見える。

 祖父という言葉から想像していた姿とは、随分違った。


 男の視線が、ディアルとアリスを順に捉える。

 口元がわずかに動き、それから、俺へ目が向いた。


 白い髪。

 腰の刀。

 最後に、俺の顔。


 何か言おうとしていたのに、用意していた挨拶が一瞬遅れた。


「お前が、フィルか」


 声は大きくなかった。

 それでも、俺は自然と背筋を伸ばしていた。

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