第十九話 魔物の季節と王の招待
投稿が遅くなりすみません…
次章の設定に苦労しました、、
今日は、やけに声がよく通る。
木剣を受け止めたまま、俺は訓練場の端へ目を向けた。いつもなら誰かしら走っている外周にも、打ち合いの順番を待つ場所にも、ぽっかりと空きがある。
代わりに、門のそばには荷物を積んだ馬が並んでいた。
「よそ見」
短い声とともに、手元の木剣が跳ね上がった。
慌てて引き戻すより早く、ディアルの切っ先が胸へ触れる。
「今の、もう一回やらない?」
「次も同じことをするのか」
「いや、今度はちゃんと見るから」
ディアルは木剣を下ろし、少しだけ顎を引いた。
やり直しに応じてくれるらしい。ありがたい。こういうところは、もう少し甘くてもいいんだけど。
結局、次は正面から崩されて負けた。
見ていれば何とかなる、というものでもなかったようだ。
「よし、そこまで。少し休んでこい」
イーサックの声に、俺はさっさと木剣を片づけた。水を飲みながら門の方を見ると、レオが騎士たちへ何かを伝えている。その横では、トレンが一人ずつ荷物を確認していた。
「今日、人が少ないね」
「巡回を増やしてるからな。朝方にも一組出た」
「何かあったの?」
「何かある前に出てるんだよ」
イーサックが俺の隣へ腰を下ろす。手にした水筒は、俺のものよりずっと大きい。
「そろそろ魔物の動きが活発になる。街道に出てきたり、餌を探して集落の近くまで来たりするんだ」
「毎年?」
「ああ。場所も数も毎年同じなら、こっちも楽なんだがな」
門の前で、騎士の一人が荷物を下ろした。トレンが中身を指差して何か言うと、その騎士は慌てて建物の方へ走っていく。
「忘れ物かな」
「予備の縄だろうな。剣は忘れなくても、ああいうものは抜ける」
「魔物を縛るの?」
「それにも使う。荷物をまとめる、壊れた柵を直す。何に使うかは、行ってから分かることもある」
なるほど。剣を持って出かけて、魔物を倒して帰れば終わり、という仕事でもないらしい。
戻ってきた騎士から縄を受け取ったトレンが、荷物の上へ結びつける。レオはその間にも、別の騎士から報告を聞いていた。
「北の街道は異常なしです。ただ、村の猟師が森の浅いところで足跡を見たと」
「場所は?」
「この辺りだそうです」
広げられた紙を、何人かがのぞき込む。
すぐ近くでは剣を打ち合う音が続いているのに、そこだけ稽古とは違う空気があった。
「イーサックも行くの?」
「必要ならな。今のところ、あいつらに任せてる」
「じゃあ、今日はずっと稽古?」
「そうなるな」
「そっか。必要になるといいね」
「俺に出てほしい理由が別にあるだろ」
人聞きが悪い。王国の平和を願っているだけである。
稽古が少し短くなる可能性も、一応は考えたけど。
「フィル様、ディアル様」
その可能性は、思わぬところからやってきた。
訓練場の入口に、アリソンが立っていた。いつもどおり服には乱れがなく、土埃の上を歩いてきたとは思えない。
「お二人にお話がございます。お着替えを済ませてから、お部屋へお越しください」
「勉強?」
「いいえ。本日の予定にはなかったお話です」
「うーん。それ、あんまり嬉しくない言い方だね」
アリソンは微笑んだだけだった。
さっきまで休憩の終わりが来なければいいと思っていたのに、今は続きをやっていた方がよかった気がする。
我ながら、勝手なものである。
◇◇◇
部屋へ入ると、アリスが机の上をのぞき込んでいた。
隣にはカリーナ、窓際にはウルスナがいる。俺たちの後からイーサックも入り、扉を閉めた。
「フィル、遅いです」
「呼ばれてから、ちゃんと着替えて来たんだけど」
「私はもう待っていました」
「先に呼ばれた人の方が早いのは、仕方なくない?」
アリスは返事をせず、隣の椅子を引いた。
座れということらしい。その手元には、見慣れない紋様の入った封筒がある。
「それ、誰から?」
「レアリード王国からです」
答えたのはアリソンだった。
「レアリード?」
「南方にある、エルフ族の国です。フェリックス国王陛下より、正式なご連絡をいただきました」
どこかで聞いた名前だ。
思い出すより先に、腰の刀が椅子の縁へ当たった。軽い音がして、俺は鞘の位置を直す。
ああ、そうだった。
「……もしかして、ぼく?」
「はい。フィル様にお会いしたいとのことです」
アリソンが、丁寧に封筒を持ち上げた。
中の紙を見せてもらうと、確かに俺の名前がある。見間違いを期待してもう一度読んでみたが、別人になる様子はなかった。
始まりの里で、ハーバードが言っていた。
神樹の武器を変化させたことが知られれば、エルフの王に目をつけられるかもしれない、と。
目をつけられた結果が、ずいぶん立派な紙になって届いている。
「あの手紙、本当に王様まで届いちゃったんだね」
カリーナを見ると、彼女は嬉しそうに頷いた。
「はい。実家でも、とても驚いていたそうです」
「うん。驚くよね」
「王様からお招きいただけるなんて、よかったですね」
「そうだねえ」
なかなか難しい返事をしてしまった。
カリーナは自分のことのように喜んでいる。その顔を見ていると、もう少し知られずに済ませたかったとは言いにくい。
「用件は、神樹の武器か」
ディアルが尋ねると、アリソンが頷いた。
「そのようです。変化した武器と、その使い手を直接確かめたいとのことでした」
「見せるだけでいいのかな」
「お話も伺われるでしょう」
「どうやって変えたのか、とか?」
「おそらくは」
刀がいいなと思ったら、刀になった。
以上です。
うーん。もう少し説明を増やした方がいい気がする。ただ、増やせるほど立派なことを考えていたわけでもない。
「変えようと思ったら変わりました、じゃ駄目?」
「事実をお伝えすればよろしいかと」
「その事実が、ちょっと頼りないんだけどね」
ウルスナへ視線を向ける。
「やっぱり、そんなに珍しいことなんだ」
「はい。私たちにとって、見過ごせる出来事ではありません」
「怒られる話ではないよね?」
「少なくとも、お招きの文面にそのような意図はありません」
否定の仕方が慎重で、かえって気になる。
まあ、ウルスナが勝手に王様の気持ちを決めるわけにもいかないか。
紙へ目を戻してから、俺はもう一つ思いついた。
「白髪のことも、知ってるの?」
カリーナが、今度は少し考えてから口を開いた。
「そちらは、以前のお手紙に書いております」
「以前って?」
「ディアル様がフィル様をお連れになった頃です」
ずいぶん前だった。
「その頃から?」
「はい。小さな赤ちゃんをお連れになって、皆でお世話をすることになったと。髪がとてもきれいな白色だったことも、覚えております」
本人の知らないところで、俺の成長記録が国外へ送られていたらしい。
いや、実家へ近況を知らせるのは普通のことだ。名前を伏せて秘密の赤ちゃんとして書かれても、それはそれで嫌だけど。
俺は前髪をつまんだ。
「じゃあ、見てびっくりされるわけじゃないんだね」
「お相手は、フィル様が白髪であることも承知しておられます」
アリソンの答えに、指を離す。
それなら、少なくとも会った瞬間に話が違うとはならない。
白髪だからこそ確かめたい、という可能性もありそうだけど、今ここで考えても分からない話だった。
「陛下には、すでにご確認いただいております。こちらから訪問についてのお返事を差し上げる予定です」
「ぼくの名前、そんなに偉い人たちの間を行ったり来たりしてたの?」
「正式なご招待ですので」
「なるほど。簡単には断れなさそうだね」
隣で、アリスが少しだけ身を乗り出した。
「私たちも一緒に行きます」
「アリスも?」
「はい。お兄様もです」
ディアルを見ると、当然のように頷いた。
二人とも、俺ほど身構えてはいないらしい。
「一人じゃないなら、まあ……」
「私も同行いたしますので、ご安心ください」
アリソンが笑う。
心強いのは間違いない。ただ、話がうまく進みすぎていて、今さら椅子から逃げても何も変わらなさそうだった。
◇◇◇
同行するのは、俺とディアル、アリス。それにアリソン、イーサック、ウルスナ、カリーナの七人になった。
馬車で二週間ほどかかるという。
始まりの里へ行った時より長い。途中で泊まる場所や、連絡を取る相手について、大人たちの話は早くも具体的になっていた。
「レオとトレンは、お留守番?」
「こっちの仕事があるからな。騎士団を空にはできん」
イーサックが、机の上の書類をまとめる。
「ヴィルツも?」
「あいつは、まだ王都で覚えることがある」
それはそうか。
来たばかりなのに次の国へ連れていかれたら、本人も落ち着かないだろう。
話が終わって部屋を出る頃には、廊下の先からレオとトレンがやってきた。イーサックと打ち合わせをするらしい。
「お出かけになるそうですね」
トレンが声をかける。
俺は腰の刀へ触れた。
「これを見せてほしいんだって」
「それは、なかなか大事なご用ですね」
「本人としては、見せたらすぐ帰してもらいたいんだけど」
「どうでしょう。お話が弾むかもしれませんよ」
それは困る。相手が王様では、そろそろお昼なので、と席を立つわけにもいかない。
レオの後ろには、書類を抱えたヴィルツがいた。
目が合うと、きちんと姿勢を正す。
「旅の間、お気をつけて」
「ありがとう。ヴィルツも、稽古頑張ってね」
「もちろんです」
迷いのない返事である。
この人に限って、そこは心配いらなかった。
「でも、イーサックがいないなら、少しは楽になるんじゃない?」
俺が言うと、レオが不思議そうにこちらを見た。
「いえ。普段どおり行います。団長からも、次の課題を預かっておりますので」
「次の課題」
「はい。今の内容には慣れてきたようですから」
ヴィルツは一度だけレオを見た。それから、書類を抱える腕に力を入れる。
「承知しました」
偉い。俺なら内容を聞いてから返事をする。
できれば、聞く前に交渉もしておきたい。
「休みまで稽古に使うなよ」
イーサックの言葉には、ヴィルツの返事が少し遅れた。
「……分かっています」
「そこだけ自信がないのか」
レオが笑い、トレンも口元を緩める。
俺がいない間も、ここの毎日は大して変わらなさそうだ。
◇◇◇
出発までの数日は、思ったより忙しかった。
着替えを用意され、旅の予定を聞き、その合間にいつもの勉強と稽古が入る。旅に出るからといって、その前が休みになるわけではないらしい。
アリスも、セシリアへ渡すものがあると言って、紙の束を抱えて行ったり来たりしていた。
俺の部屋では、ウルスナが荷物を確かめている。
椅子の背には、街へ出る時に使うフード付きの上着が掛かっていた。
「向こうでも、これを着るんだよね」
「街中では、その方がよろしいでしょう」
招待されたからといって、国中の人に顔を知られているわけではない。俺は上着の裾を直し、隣の机へ広げた地図に目を戻した。
「レアリードって、森ばっかりなの?」
「森の多い国ですが、人の暮らす場所もございます」
「それはそうだね。家も木で作るの?」
「木材を使ったものが多いですね」
「じゃあ、火を使う時は大変そう」
「そのための備えはしております」
窓や階段はどんな形なのだろう。
森の中なら、雨の日の道も気になる。高い場所に家が並んでいたりしたら、荷物を運ぶだけでも一仕事だ。
「お店は?」
「ございます」
「食べ物も、ここと違う?」
「同じものも、違うものもあります」
質問するたび、ウルスナの手が一度止まる。
邪魔をしている自覚はあるのだが、聞ける人が目の前にいるのだから仕方がない。
「フィル」
開いた扉のところに、ディアルが立っていた。
後ろから、アリスも顔を出す。
「まだ支度か」
「ぼくの分は、だいたい終わってるよ」
「では、先ほどから何を話しているのですか」
「向こうのことを、ちょっと聞いてただけ」
「ちょっとではございませんでしたが」
ウルスナから訂正が入った。
アリスが机の地図を見て、なぜか得意そうに頷く。
「楽しみなのですね」
「いや、王様に会うのは、まだ気が重いよ?」
「さっき、店のことを聞いていた」
ディアルまで、余計なところを聞いていたらしい。
まあ、否定はできない。
エルフの国なんて、前世では絵や画面の中にしかなかった場所だ。そこへ行って、歩いて、物を買ったり食べたりできる。
興味がないと言ったら嘘になる。
「王様に会うのと、街を見るのは別だからね」
「では、両方済ませましょう」
アリスがあっさり言った。
それができれば苦労はしない。いや、たぶんそうすることになるんだけど。
俺は地図の上で、王都から南へ指を滑らせた。
まだ知らない道が、森の描かれた場所まで続いている。
「……街を見る時間も、ちゃんとあるよね?」
ディアルは答える代わりに、アリソンを呼びに廊下へ出ていった。
どうやら、相談する気にはなってくれたらしい。
ありがたい。
どうせ王様には会わなければならないのだ。せめて、それ以外の予定は増やしておこう。
さてエルフの国編の始まりです。
フェリックス、いい人だといいですね




