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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第十六話 それぞれの帰り道

 祠から戻ると、宿の前に荷物が並び始めていた。


 レオがまとめた荷を持ち上げ、トレンが紐の緩みを確かめている。俺も部屋へ戻ろうとしたところで、ハーバードに呼び止められた。


「フィル。その刀のことだがな」


「はい」


「変化させたと知れば、エルフの国王がお前に会いたがるかもしれん」


 思わず、腰へ手が伸びた。


「……持ってると、まずいんですか」


「そうではない。神樹の武器を変えた者が、どんな相手か気になるだろう、という話だ」


 それならよかった。

 ウルスナにも許してもらっているし、何よりディアルからの贈り物である。返せと言われても、できれば遠慮したい。


「ただ、あれと話す時は、曖昧に頷くなよ」


「どうしてですか」


「承知したと思えば、そのつもりで話を進める。あとから愛想笑いでしたと言っても、困るのはお前だ」


 少し、心当たりがあった。

 よく分からない話を聞きながら、ひとまず笑っておくことくらい、誰にでもあると思うのだが。


「嫌なら、嫌と言えばよい。それだけで怒る男ではない」


「じゃあ、安心ですね」


「言えるならな」


 ハーバードが笑った。


 俺は隣のディアルを見た。助言を期待したのだが、彼もハーバードへ目を向けている。


「怖い方なのですか」


「話せば分かる。あれは、自分が声を荒らげる必要などないと知っとる男だ」


 ずいぶんと、安心できない紹介だった。


「人間だからと、命を軽く扱うことはない。短い一生でも、その者にとっては全てだとな。だが、気安く話すことと、甘く見ることは別だぞ」


「……できれば、会わずに済ませたいです」


「まあ、知られたらの話だ」


 それを先に言ってほしかった。

 知られなければ、呼ばれもしない。刀を変化させたと、わざわざ言いふらすつもりもないのだ。


 俺が柄から手を離すと、ハーバードは、まだ少し面白そうにしていた。


 ◇◇◇


「殿下。お願いがあります」


 宿へ入る前に、今度はヴィルツが近づいてきた。


 さっき別れてから、ずっと考えていたのだろうか。握った手を一度開き、こちらへまっすぐ顔を向ける。


「王都へ、同行させていただけないでしょうか」


「何のために」


「お二人のそばで、学びたいのです」


 ディアルだけでなく、俺にも目が向いた。


 俺から学べることがあるだろうか。

 稽古場を壊したあとの片づけ方なら、多少は詳しくなったけど。


「稽古を見せていただいて、自分に足りないものが分かりました。今日のお話も、自分では考えていなかったことばかりです。もっと近くで学べば――」


「それは認められない」


 声をかけたのは、荷物を確かめていたイーサックだった。


 いつもの笑みはない。

 ヴィルツが向き直ると、彼はその目を見て続けた。


「殿下についていくには、今のお前では弱すぎる」


「……承知しています。ですから、学ばせていただきたいのです」


「学ぶことと、殿下のおそばにつくことは別だ。こちらが、お前を守らなければならない状況を増やすわけにはいかない」


 ヴィルツの口が閉じた。


 イーサックは返事を待たず、荷の紐へ手を戻す。厳しいが、言い直せば通る話でもなさそうだった。


「雑用でも構いません。私にできることを――」


「今の願いを、そのまま認めるつもりはない」


 もう一度、はっきりと言った。


 俺は口を挟まずにいた。

 普段は気安く話してくれるが、こういう時のイーサックは、第三騎士団を預かる人の顔になる。


「なら、願いの方を変えてみるか」


 横からハーバードが言った。


 ヴィルツが顔を上げる。


「殿下の供ではなく、お前のところの見習いとしてなら、どうだ」


 イーサックは、すぐには頷かなかった。


「王都へ来たからといって、殿下と同じ稽古を受けられるわけではありません」


「ああ。お前の指示で、お前が必要と思うことをさせればよい」


「殿下について回ることも、認めません」


「それで構わん。どうだ、ヴィルツ」


 問われた本人は、少しだけ視線を落とした。

 やがて、イーサックへ向き直る。


「第三騎士団で、学ばせていただきたいです」


 イーサックは腕を組んだ。


「気持ちだけでは、預かれませんよ」


「分かっとる。その前に、一つやらせよう」


 ハーバードがヴィルツを見る。


「エレファントボアの成獣を一頭。自分の力で倒してみろ」


 ヴィルツの顔が強張った。

 昨日、俺たちが倒してきた魔物である。こちらを一度だけ見たが、すぐにハーバードへ視線を戻した。


「場所も相手も、わしが選ぶ。勝手に探しに行くな。見届けも、わしがする」


「……倒せば、王都へ行ってもよろしいのですか」


「もう一つある」


 ヴィルツが姿勢を正す。


「王都へ行ったら、休みの日まで剣を振るな。誰かと街へ出て、稽古以外に楽しめるものを見つけてこい」


 少しの間、誰も喋らなかった。


「それが、何の役に立つのでしょうか」


「役に立つかどうかは、あとで考えろ。王都まで行って、この里と同じことだけして戻るつもりか」


「ですが、稽古を休んでは――」


「休みの日の話だ」


 イーサックが口を挟んだ。


「休めと言われた時は休む。それもできないなら、預かるのは難しいな」


 ヴィルツが黙る。

 魔物を倒せと言われた時よりも、困っているように見えた。


 気持ちは分からなくもない。強くなるために頼んでいるのに、遊んでこいと言われたのだから。


 ただ、俺だったら喜んで引き受けると思う。


「……分かりました」


 ヴィルツが頷いた。


 イーサックはハーバードと目を合わせ、それからディアルへ顔を向ける。


「殿下。条件を満たせた場合、私のもとで見習いとして預かりたいと思いますが」


「構わない」


 ディアルの返事に、ヴィルツが深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「合格したら、王都へ来い。ただし、入ってからも、お前に合った稽古から始める。二人の真似ばかりするなよ」


「はい」


 明日の荷物を用意する人たちの横で、ヴィルツは、ようやく握っていた手を緩めた。


 ◇◇◇


 翌朝、俺たちは里の入口に集まった。


 借りていた帰路針を返し、荷物を背負う。腰の刀は、来た時より自然に収まっている気がした。歩くたびに直さなくても、脚にぶつからなくなっている。


「フィル。言われたことは覚えとるな」


「たくさんあるんですけど」


「なら、全部覚えておけ」


 なかなか厳しい。

 とりあえず、全力で魔力を流して振らないことだけは、最優先で覚えている。


「お世話になりました」


 頭を下げると、大きな手が載った。


「よく学んだ。帰ってからも続けろよ」


「はい」


 ハーバードの後ろには、ヴィルツが立っていた。

 旅の荷物はない。俺たちを見送り、ここで課題を受けるのだ。


「殿下は、王都でも同じ鍛錬を続けられるのですか」


「ああ。魔力の鍛錬は、朝の稽古の前に済ませる」


「……そのあとに、剣の稽古をするのですか」


「勉強もある」


 ヴィルツの背筋が伸びた。


 いや、俺も初めて聞いたんだけど。

 里へ来る前の予定に、そのまま足すつもりだったのか。この人、一日の長さが変わらないことは分かっているのだろうか。


「じゃあ、またね」


 俺が声をかけると、ヴィルツは真面目な顔で頷いた。


「ああ。次に会うまでに、俺も鍛えておく」


 休む方の条件も、忘れないでほしい。


 俺たちは見送りの人たちへ手を振り、竹林へ続く道を歩き始めた。


 ◇◇◇


 しばらく進むと、薄い霧が道へ流れてきた。


 前を歩くイーサックたちに迷う様子はない。俺もそのあとに続きながら、少しずれた肩紐を掛け直した。


「フィル。刀は邪魔になりませんか」


 隣のアリスが、腰へ目を向ける。


「うん。来る時よりは、慣れたよ」


「振り回してはいけませんよ」


「歩いてる時には、振らないって」


 そう答えて柄へ触れたところで、昨日の忠告を思い出した。


「そういえば、この武器を変化させたって知られたら、エルフの国王に呼ばれるかもしれないんだって」


「陛下にですか?」


 少し後ろから、カリーナが顔を出した。


「うん。ハーバード様に、会ったら返事に気をつけろって言われた」


「そうなのですね」


「できれば、知られずに済むと助かるんだけどな」


「それでしたら、実家への手紙に書きました」


 足が止まりかけた。


「……いつ?」


「フィル様たちをお見送りしたあとです。私たちが出発するまで、少し時間がありましたので」


 カリーナは、嬉しそうに続けた。


「お誕生日のことも書いたのです。神樹の武器が変化するなんて、なかなかないことですから。きっと驚くと思います」


 そうでしょうね。

 俺も、今、驚いている。


「まだ王都に置いてある、とかではないんだよね」


「はい。ちゃんと、お届けをお願いしました」


 仕事が丁寧だった。


 カリーナは、実家への手紙に嬉しかったことを書いただけだ。責められるような話ではないし、口止めを頼んだ覚えもない。


 ただ、その出来事の当人が、あとから少し困っている。


「……そっか」


 隣のディアルを見る。

 彼は少し考えてから、落ち着いた声で言った。


「まだ、国王に伝わると決まったわけではない」


「そうだよね」


 書いた相手はカリーナの家族で、国王ではない。

 そのくらい珍しい話でも、王様のところへ届くとは限らないではないか。


「珍しい話ですし、家でも話題になるでしょうね」


 カリーナが言った。


 俺は前を向いた。

 竹林の道は、まだ先まで続いている。


 知られなければ、呼ばれもしない。

 昨日は、それで安心したはずだったのだが。


 どうやら、俺が安心した頃には、手紙はとっくに出発していたらしい。

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