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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第十五話 始まりの里に残るもの

 王都へ戻るのは、翌朝に決まった。


 朝食の席でそう聞かされ、俺は手に持っていたパンを置いた。もう少し先の話だと思っていたのだが、ハーバードにしてみれば、教えることは教えた、ということらしい。


「圧縮できる量を増やす鍛錬は、帰ってからも続けろよ。今の量を、確実に扱えるようになってから増やせ」


「はい」


「二人ともだ。競って増やすなよ」


 隣のディアルも頷く。


 別に、そんなつもりはなかった。

 ただ、ディアルが昨日より多く扱えるようになっていたら、俺も少しくらい試したくなる気はする。黙ってパンへ手を戻すと、ハーバードが小さく笑った。


 稽古場の柵は、昨日のうちに直った。捕まえてきた幼獣たちも、今朝、森に詳しい人が引き受けてくれている。人が作業する場所から離れたところへ戻すそうだ。


 帰る前に仕事を増やさずに済んで、何よりである。


 増やした仕事を片づけてもらっただけ、とも言うけど。


「刀の稽古は、王都でも同じことをすればいいんですか」


「まずはな。妙な癖がつく前に、イーサックに見てもらえ。自分では直したつもりになっとることもある」


「よく言われます」


「なら、よく覚えておけ」


 ハーバードはそう言って、食事へ戻った。


 刀を持って、格好よく振る。

 里へ来る前は、もう少し簡単な話だと思っていた。今は刀を握るだけで、肩や足や腰について言われたことまで、一緒についてくる。


 忘れ物は少ない方がいいが、この辺りは持って帰らないといけないらしい。


 ◇◇◇


 食事のあと、ディアルと外へ出ると、ヴィルツが待っていた。


 こちらへ気づくなり背筋を伸ばし、ディアルへ頭を下げる。その姿を見ると、なぜか俺まで襟元を確かめたくなる。


「殿下。昨日の討伐について、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「なんだ」


「エレファントボアの動きは、何を見て判断されたのですか」


「足と肩だ。踏み込む前に、動く」


 ディアルの答えに、ヴィルツは自分の足元へ目を落とした。


「牙の向きではなく?」


「そっちばかり見てると、途中で曲がった時に遅れるんだよね」


 俺が口を挟むと、ヴィルツの顔が上がる。


「お前も、同じところを見ていたのか」


「うん。いつもの稽古で、よくやられるから」


「魔物が相手でも、同じなのか」


「全部が同じかは知らないけど。今回のは、分かりやすかったよ」


 牙が近づいてから慌てるより、その前に足を動かした方が楽だった。そこまで話すと、ヴィルツは少し考え、片足を引いて姿勢を変えた。


 今の話を、体でも確かめているらしい。


「では、子供を連れて帰ったのは」


「戻す場所を、里の人に聞きたかった」


 今度はディアルが答えた。


「元の場所では駄目なのですか」


「また、人の近くへ来るかもしれない。俺は、あの森に詳しくないから」


 ヴィルツが頷く。そこで終わればよかったのだが、視線が律儀にこちらへ回ってきた。


「お前もか」


「いや。育てれば、おいしい肉に困らないかなって」


 眉が寄った。


「育て方を知っていたのか」


「知らないけど」


「では、誰が世話をするつもりだったんだ」


「そこは昨日、ちゃんと怒られました」


 できれば、二度目は勘弁してほしい。


 ヴィルツは何か言いたそうに口を開き、それから閉じた。言わずにおいてくれたことには、感謝したい。


「……お前は、考えているのか、いないのか分からない」


「一応、考えてはいるんだよ」


 結果が伴わないこともあるだけだ。

 とはいえ、その説明を始めると、なぜ伴わなかったのかまで聞かれそうなのでやめておく。やっぱり、少し苦手な人だった。


「ディアル、フィル。少し来い」


 道の向こうからハーバードに呼ばれた。


「帰る前に、見せておきたいものがある」


 ヴィルツはすぐに一歩下がり、ディアルへ頭を下げる。俺にも軽く目を向けたので、小さく手を振っておいた。


 次に話す時は、できれば俺が怒られたこと以外の話題がいい。


 ◇◇◇


 ハーバードが向かったのは、里の奥へ続く道だった。


 家の脇を抜ける途中、戸口にいた女性が声をかけてくる。ハーバードは立ち止まって少し話し、塀の向こうで薪を割っていた男にも手を上げた。


 誰も、王宮の人たちのように姿勢を正したりはしない。


「ハーバード様って、ここでは普通に里長なんですね」


「普通でない里長とは、なんだ」


「いや。前の王様だから、もっとこう……皆が道を空けたりするのかなって」


「そんなことをしておったら、互いに歩きにくかろう」


 それもそうか。


 前を行く背中を眺めていると、ハーバードが肩越しに振り返った。


「そもそも、王になる前から、うちはここの族長の家系だ」


「アリソンから聞きました。王国より、里の方が先なんですよね」


「ああ。周りの国々が大きくなっていく中で、近隣の土地や人をまとめ、国を起こした。里だけで済んどった頃とは、事情が変わったんだろう」


 俺は、通り過ぎた家々へ目を向けた。


 ここを大きくしたのではなく、別に王都を作ったわけだ。それなら、王様を辞めて戻ってきたハーバードは、家業を継ぎ直したようなものなのだろうか。


「どうして、こっちを王都にしなかったんですか」


「お前、来る途中の道を見て、何も思わんかったか」


「歩きにくかったです」


「大勢の人や荷物を通すにも、向かん場所だな」


 なるほど。

 俺の足より先に、荷車が困るらしい。


「でも、里は移さなかったんですね」


「ここで暮らす者がおるからな。国を作るから明日から引っ越せでは、困るだろう」


「それは、まあ」


 俺だったら、荷造りの前に文句を言うと思う。


 道の脇に積まれた薪を避け、少し先を行くディアルに並ぶ。ハーバードは振り返らずに続けた。


「王になれば何でも好きにできる、というわけではない。特に、ここはな」


「父上も、祖父様に相談されるのですか」


 ディアルが尋ねた。


「里に関わることならな。逆に、こちらにも王都へ相談せねばならんことはある」


 ディアルは頷いた。


 俺としては、国王とハーバードが向かい合って話しているところを、少し見てみたかった。あの国王でも、父親の前では説教されたりするのだろうか。


 聞くのはやめておいた。

 隣のディアルの耳に入るには、少し失礼な疑問だった気がする。


 ◇◇◇


 家が途切れると、道の両側に木々が増えた。


 地面には根が張り出している。踏み越えた拍子に鞘が脚へ当たり、位置を直すと、ハーバードが俺の手元を見た。


「刀は、昨日から変わりないか」


「はい。今朝も、ちゃんと魔力を受け取ってくれました」


「そうか。あまり機嫌を損ねんようにな」


「ぼくが気を遣う方なんですか」


「振るのは、お前だろう」


 ごもっともなのだが、もう少し持ち主の味方をしてくれてもいいと思う。


 ハーバードは足を緩め、俺が並ぶのを待った。


「神樹の武器と、里で教えとる技は、よく合う。以前から、そこは気になっとった」


「魔力を溜められるからですか」


「それもある。普通の武器なら、力を込める者より先に、武器の方が音を上げることもある。神樹の武器なら、その先まで試せるかもしれん」


 俺は柄へ目を落とした。


 こいつの場合、先に持ち主の方が振り回されるのだが。


「昔、神樹の武器を使っとった者が、こうした稽古を工夫したのではないか。儂は、そんなことを考えとる」


「この里で?」


「そこまでは知らん。エルフが来て教えたのかもしれんし、こちらから習いに行った者がおったのかもしれん」


 ハーバードは、俺の刀へもう一度目を向けた。


「丈夫な武器を持てば、それだけ試したくもなるだろうからな」


「……何か、心当たりがありそうな言い方ですね」


「お前には、ないのか」


「あります」


 つい先日、稽古場で。

 それについては、十分に反省している。


 昔の人も、新しい武器を手に入れて浮かれたりしたのだろうか。そうだとしたら、使い方と一緒に、壊した物の記録も残しておいてほしかった。俺が読むべきなのは、たぶんそちらだ。


「俺の剣も、使い続ければ傷みますか」


 ディアルが腰の剣へ触れた。


「傷む。魔力を通したから、何をしてもよいわけではない。今の稽古を続けるなら、刃だけでなく、柄元も見てもらえ」


「分かりました」


「お前たちは、力の加減も覚えろ。技を使えることと、毎回使うことは別だぞ」


 俺は、昨日の刀の態度を思い出した。


 使わなくても倒せる相手だから、魔力を受け取らなかった。

 本当にそうだったのなら、今の話はこいつにとって都合がよすぎる。


 あとで断られる理由が増えなければいいのだが。


 刀は何も言わず、腰で静かに揺れていた。


 ◇◇◇


 木々の間に、小さな祠が見えた。


 低い屋根の下に石が収められ、台座の角は丸く削れている。古いものらしいが、前には落ち葉もなく、脇の草も短く刈られていた。


 その先にも、細い道が続いている。


「今日は、ここまでだ」


 ハーバードが足を止めた。


「奥にも、何かあるんですか」


「入れん場所がある。そちらへは行かんでよい」


「入ると怒られる方ですか。それとも、本当に入れない方?」


「後者だ。儂も奥まで辿り着いたことはない」


 俺は道の先を覗いた。

 木が重なっていて、ここからではよく見えない。


「ハーバード様でも?」


「ああ。王家の者なら入れる、というわけでもない」


「危険はないのですか」


 ディアルが尋ねた。


「少なくとも、里へ何か出てきたことはない。だが、無理に確かめに行くなよ」


 俺も頷いた。

 昔の人にも、他人を入れたくない場所くらいあったのだろう。ただ、子孫まで入れなくなるとは思わなかったのかもしれない。


 鍵をなくした倉庫みたいなものだったら、少し気の毒だ。


 もっとも、ここまで戻ってきて開けてあげるほど、俺も親切ではない。

 まずは帰り道を、無事に歩きたい。


 祠へ目を戻したところで、台座の文字に気づいた。


 表面の浅いところは読みづらい。それでも、目を近づけて辿っていくと、何が書かれているかは分かった。


 ――白き髪を憎むな。

 ――たとえ再び、刃を向ける日が来ようとも。


「……昔、この里にも白髪の人がいたんですかね」


 思わず口にすると、ハーバードが隣へ来た。


「そう思うか」


「わざわざ書いてあるので。その人と、何かあったのかなって」


 揉め事でも起きたのだろうか。

 髪の色を理由に喧嘩が増え、そのたびに困った里長が書かせたとか。


 それなら、もう少し分かりやすく書いてくれてもよさそうだが。


「誰が残した言葉なんですか」


「そこまでは伝わっとらん。昔からここにある」


「では、この祠は」


 ディアルが、屋根の下に収められた石を見た。


「何を祀っているのですか」


「それも、今でははっきりせん」


「分からなくても、手入れを続けるのですね」


「ああ。里の者が、大事にしとるからな」


 ハーバードは、台座に落ちていた細い葉を払い落とした。


「誰を祀ったか分からんからといって、壊す理由にもならんだろう」


 ディアルは、掃かれた地面へ目を向けてから頷いた。


 俺も石の台を見直す。

 確かに、今日明日で片づけられそうな場所には見えなかった。これだけ長く置いてあれば、ある日なくなっただけで、落ち着かない人もいるのかもしれない。


「白い髪については、お前たちも色々聞いとるだろう」


 ハーバードに言われ、自分の髪へ触れた。


 白髪の男が神を殺し、災いをもたらした。

 そのせいで、同じ髪の色をしているだけの俺まで、不吉だと思われることがある。


 だが、この石には、憎むなと書いてある。


「髪ではなく、何をしたかで決めろということですか」


 ディアルが尋ねると、ハーバードは頷いた。


「儂は、そう受け取っとる」


 それなら、分かりやすい。


 この里で髪について何も言われなかったのも、そういう考えの人が多いからなのだろうか。入り口では、年齢の方をずいぶん気にされたけれど。


「お前はどう思う、フィル」


「こう書いてもらえる方が、ありがたいです」


 正直に答えた。

 昔の誰かが何をしたとしても、こちらは会ったことすらないのだ。髪の色まで責任を持てと言われても、困る。


「ただ、何をしたかで決まるなら、ぼくは稽古場を壊した方ですね」


「そうなるな」


「帰るまでには、忘れてもらえませんか」


「まだ、新しい柵の色が違うぞ」


 しばらくは無理らしい。


 隣で、ディアルが小さく息を漏らした。こちらを見る前に口元が戻ったが、今のは笑ったと思う。


 ハーバードも笑い、道へ足を向けた。


「戻るぞ。帰り支度もあるだろう」


「はい」


 俺は二人のあとへ続きかけて、もう一度だけ台座を見た。


 刻まれた文字は、端の方が少し欠けている。

 誰が書いたのかは分からなくても、ここを掃除した人は、今も里にいるのだろう。


 白髪を憎むな。


 これなら、わざわざ消すこともない。そう思って残してくれているのなら、俺としては助かる。


「フィル。置いていくぞ」


「待って。今行く」


 声のした方へ駆け寄ると、ハーバードが俺の足元を指した。


「根がある」


「見えてます」


 跨いだつもりの爪先が、少し引っかかった。


 何も言われなかったので、そのまま歩くことにする。

 隣へ並んだディアルも、前を向いていた。


 帰り道は、来た時より少し下りになっている。

 木々の向こうから人の声が聞こえ始め、俺は荷物をどこまで片づけたか思い出しながら、二人について里へ戻った。

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