↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/47

第十三話 五歳に任せる仕事

「もう少しだ」


 ハーバードが言った。


 俺は刀へ意識を向けたまま、ほんの少しだけ魔力を足す。


 刀身の内側に収まっていた魔力が濃くなり、外へ広がろうとする感覚が強まった。決めた範囲を動かさないように保つと、光は揺れずに留まる。


「よし。そのまま」


 言われたとおりに待つ。


 そろそろいいだろうか。


 そう思った頃に、また声がした。


「では、もう少し」


 うーん。


 この人の「もう少し」は、何回続くのだろう。


 昨日までの魔力圧縮は、少量の魔力を一定の範囲へ集め、保ち、解く練習だった。


 今日は、その量を増やしている。


 やっていること自体は同じだ。けれど、中へ収める量が増えるほど、押さえておく難しさも増していく。


 昨日は軽く蓋をしておけばよかったものが、今は内側からぐいぐい押されている感じだった。


 力を入れているのは腕ではない。


 分かっていても、つい柄を強く握りたくなる。


「肩」


「はい」


「息」


 言われて、止めていた息を吐く。


 隣ではディアルも、普段使っている剣へ魔力を圧縮していた。表情はいつもと変わらないが、目は剣身から離れていない。


 あちらも、さすがに余裕たっぷりというわけではなさそうだ。


「一度戻せ」


 ハーバードの声に合わせ、俺は魔力を少しずつ抜いた。


 圧縮する範囲は、そのまま。


 中にある量だけを減らしていくと、押し広がろうとする感覚が弱くなる。


「……ふう」


「全部解くなよ。そこから、また増やす」


「休憩じゃなかったんですね」


「まだ始めたばかりだろう」


 それは、そうなのだが。


 俺は刀を見下ろした。


 最初に流した分より、ずいぶん多く入っている気がする。そのくせ、刀はいつもどおり、こちらが流した分だけを静かに受け入れていた。


 今日は、お前も少しくらい文句を言っていいと思うんだけど。


 返事の代わりになるような抵抗すらなく、魔力は素直に刀へ通った。


 ◇◇◇


 最初は、少しずつ量を増やす。


 次は、増やした状態を保つ。


 そのあと、圧縮を崩さずに量を減らし、また増やす。


 途中で範囲が乱れたら、一度少ない量へ戻ってやり直す。うまくいったからといって、勢いで増やしてはいけない。


 やることは分かりやすい。


 分かりやすいことと、簡単なことは違うだけである。


「先から崩れる」


 隣でディアルが言った。


 俺も刀の先端へ目を向ける。こちらは柄に近い部分の方が、少し落ち着かなかった。


「俺は手元かな。魔力を入れる時に、そこだけ広げちゃってる気がする」


「入れる量に、意識を取られるのか」


「たぶん。中へ足すことを考えると、入り口まで動かしそうになるんだよね」


 ディアルは剣へ目を戻した。


「量を増やす時だけ、先を押さえ直そうとしていた。それで、ほかとずれたのかもしれない」


「全部まとめて、だね」


「ああ」


 昨日も、似たようなことを話した気がする。


 できるようになったつもりでも、量が変わると、また同じところで引っかかるらしい。


 俺は一度魔力を減らし、刀全体を捉え直した。


 ここから、ここまで。


 内側にある量が変わっても、その形は変えない。


 少しずつ足していくと、さっきよりも安定した。柄元へ意識を張りつけていなくても、魔力が外へ逃げようとする前に、その動きが分かる。


「今の量を覚えておけ」


 ハーバードが言った。


「無理に押さえ込まなくても保てるだろう」


「はい」


「ディアルも、それ以上は足さんでよい」


 ディアルが頷く。


 ようやく終わりかと思ったが、そこから、同じ量での繰り返しが始まった。


 流して、圧縮して、保つ。


 量を減らし、また同じところまで増やす。


 最後は安全に解き、魔力を抜いて、初めから。


 地味だ。


 剣を振っているわけでも、派手な魔法を放っているわけでもない。二人で並び、武器を眺めているだけに見えるだろう。


 しかし、中でやっていることは、なかなか忙しい。


 柵の前では、今日もヴィルツが見学していた。


 ハーバードに指摘された箇所だけでなく、俺たちが魔力を増やす前や、減らしたあとにも目を向けている。


 見ている方は、退屈ではないのだろうか。


 そんなことを考えた途端、刀の先で光がわずかに膨らんだ。


「フィル」


「はい。今、戻します」


 人のことを気にしている場合ではなかった。


 ◇◇◇


「よし。今日はそこまでだ」


 ようやく、その言葉が出た。


 俺は圧縮をゆっくりと解き、刀から魔力を抜いた。刃がいつもの色へ戻ったことを確かめてから、肩を回す。


 動き回っていたわけではないのに、妙に肩が凝った気がする。


「これを、毎日やるんですか」


「そうだ。今日の量を基準にしておけ。安定して扱えるようになったら、少しずつ増やせばよい」


「どこまで?」


「自分で解けなくなるところまでは、絶対にやるな」


 ハーバードの声が、少しだけ低くなった。


「集めるより、解く方が難しくなったら、無理をしとると思え。武器にも限度はある。増やせるからといって、増やしてよいとは限らん」


「はい」


 俺とディアルが頷くのを見て、ハーバードも頷き返した。


「これからは、普段の鍛錬に組み込め。素振りと同じだ。一日で終わらせるものではない」


 なるほど。


 魔力圧縮にも、毎日の宿題ができたらしい。


「里で教えておく基礎は、ひとまずここまでだ」


 その言葉に、俺は顔を上げた。


「終わりですか?」


「教わるのはな。使いこなすのは、これからだ」


 ハーバードが俺の刀を指す。


「それを持ったから強くなるわけでも、技を覚えたから勝てるわけでもない。どう使うかは、自分で考えろ」


「分かりました」


 刀を鞘へ納める。


 魔力付加に、属性付与、魔力圧縮。


 里へ来る前より、できることは確かに増えた。


 とりあえず、これで刀を光らせるだけでは終わらずに済みそうだ。


「腹は減っとるか」


 急に聞かれ、俺は少し考えた。


「減ってます」


「なら、先に着替えてこい。飯のあとに、頼みたいことがある」


 ディアルも剣を納め、頷く。


「何でしょうか」


「戻ってから話す」


 ハーバードはそう言って、俺たちを送り出した。


 ◇◇◇


 フィルとディアルが稽古場を離れると、イーサックは二人の背中を見送りながら、首の後ろへ手をやった。


「……最初から、あのやり方ですか」


 ハーバードは木剣を棚へ戻した。


「何か問題があったか」


「問題はありませんでしたが。普通は、同じ量を保つところだけでも、もう少し日をかけるでしょう」


「昨日、それはできた」


「ええ。ですが、増やす方の段階まで、ずいぶん飛ばされたように見えました」


 ハーバードは振り返り、二人が立っていた場所へ目を向けた。


「余裕のある量を、余裕のあるまま扱わせても、あの二人の鍛錬にはならん」


 イーサックは否定しなかった。


 フィルが最後に維持していた魔力量も、ディアルが崩さず収めていた量も、基礎を覚えた翌日に扱わせるようなものではない。


 しかも、一度できたところで終わらせず、何度も繰り返していた。


「覚えがよいことは、分かっておった」


 ハーバードが続ける。


「問題は、そのあとだ。あれだけ魔力を使って、二人とも、まだ普通に次の用事を考えとる」


「腹が減った、と言っていましたね」


「ああ。魔力を使い果たした者の顔ではない」


 イーサックが、小さく笑った。


「王都でも同じです。剣の稽古をして、魔法を使って、そのあと何をするか相談しています。止めなければ、別のことを試し始める時もあります」


「昔からか」


「できることが増えるほど、使う量も増えています。それでようやく底が見えるかと思えば、まだ先がある」


 イーサックは、フィルたちが去った方へ目を向けた。


「五歳と八歳にしては、という話ではありません。あの二人の魔力総量は、少しおかしいですよ」


「だから、同じ物差しでは測れん」


 ハーバードは短く答えた。


「普通の順番を守らせるために、必要のないところへ留めておくつもりはない。扱えるなら、その先を教える。扱えんところまで急がせるつもりもないがな」


「承知しています」


 イーサックが頷く。


 ハーバードは、途中まで直った柵を見た。


「力を増やすことだけ覚えてもらっては困る。今度は、増やさずに済むところを覚えてもらうか」


「例の群れですか」


「ああ。お前はディアルを見ておけ」


「かしこまりました」


「手を出すのは、必要な時だけだ」


 イーサックはいつもの笑みを浮かべた。


「では、こちらは見学で済むことを祈っております」


 ◇◇◇


 昼食のあと、ハーバードに呼ばれて戻ると、机の上に簡単な地図が広げられていた。


 里と、その周囲の道。


 さらに外側には、森や竹林らしい印が描かれている。


「二人に、魔物を討伐してきてほしい」


 ずいぶん急な頼み事だった。


 俺は地図から顔を上げた。


「魔物ですか」


「エレファントボアだ。二つの群れが、それぞれ別の場所へ入り込んでおる」


 ハーバードの指が、竹林の中にある二か所を示した。


「この辺りでは、里の者が竹を採る。昨日も近づいた者が追われてな。しばらく作業を止めておる」


「怪我人は?」


 ディアルが尋ねた。


「今のところはおらん。だが、そのままにはしておけん」


 俺も地図を覗き込む。


 魔物の討伐。


 いよいよ、それらしい仕事である。


「エレファントボアって、どんな魔物なんですか」


「大きな猪だ。成獣で二メートルほどになる」


 大きな猪。


 二メートル。


 前世なら、見かけた時点で距離を取りたい相手だ。


「皮が硬く、体に似合わず素早い。まっすぐ突っ込んでくるだけと思うなよ。向きを変えるのも速い」


「逃げたら、追ってきますか」


「縄張りに入ったと思えばな。一度追い払った程度では、また向かってくることもある」


 思っていたより、気が強いらしい。


 とはいえ、俺はまだ五歳である。


 その五歳に任せようという仕事なのだから、少なくとも、今の俺にとって無理な相手ではないはずだ。


 里に来てからというもの、周りが強すぎて、そこがいまいち分からない。


 ハーバードにしてみれば、初めての討伐にちょうどいい魔物なのだろう。


 そう考えると、少し気が楽になった。


「俺とフィルで、一つずつですか」


 ディアルが確認する。


「そうだ。ディアルは北寄り、フィルは東寄りの群れを頼む」


 ハーバードはそれぞれの場所までの道筋を説明した。


 竹を運ぶために使っていた道を辿れば、群れが目撃された辺りまで行けるらしい。そこから先は、足跡や荒らされた場所を見て探すことになる。


「倒した魔物は、どうしますか?」


 俺が聞くと、ハーバードは当然のように答えた。


「あとで里の者を向かわせる。場所が分かるようにしておけ。肉は食えるからな」


「おいしいんですか」


「うむ。よい肉だぞ」


 なるほど。


 それは、大事な情報である。


 討伐がうまくいけば、夕食にも期待できるかもしれない。


 隣のディアルは、食事よりも地図が気になるらしく、群れのいる場所と里の位置をもう一度確かめていた。


 ハーバードは地図を畳む前に、竹林の印へ指を置いた。


「この辺りの竹は、よいものが育つ」


「はい」


「里でも長く使っておる場所でな。これからも、大切にしていきたいと思っとる」


 俺を見る。


 なぜか、ディアルではなく、俺を見る。


「傷められたら、悲しいのう」


「……気をつけます」


 昨日までの地面を、思い出してしまった。


 これはお願いではない。


 周囲ごと吹き飛ばすな、という話である。


 分かります。今の俺でも、そのくらいは分かります。


 ◇◇◇


 出発前に渡されたのは、掌に収まる小さな丸い道具だった。


 蓋を開くと、細い針が一本、中央で揺れている。


「帰路針だ」


 ハーバードが言った。


「里にある目印の方向を指す。竹林は似たような景色が続くからな。向きを見失ったら、これで確かめろ」


 試しに体の向きを変えてみる。


 針は少し揺れたあと、先ほどと同じ方角を指した。


 方位磁針に似ている。


 ただし、北ではなく、この里へ帰る方向を教えてくれるらしい。


「便利ですね」


「道までは教えてくれんぞ。針の先へまっすぐ歩けば帰れる、と思うなよ」


「はい」


「戻ったら返せ。それから、なくすな」


 念を押され、俺は蓋を閉じて、落ちないようにしまった。


 ディアルも同じ物を受け取り、動きを確かめている。


 水と、少しの食べ物。


 刀の具合を確認し、紐を締め直す。


 支度を手伝ってくれたウルスナが、最後に俺の服の裾を整えた。


「お気をつけて」


「うん。行ってくる」


「無理はなさらないでください」


「分かってるよ」


 今日は、朝からずいぶん慎重に扱われている気がする。


 いや、昨日までの俺が原因なのだが。


 アリスは少し離れたところで、ディアルにも同じようなことを言っていた。こちらを見ると、すぐに歩いてくる。


「フィルも、怪我をしないで帰ってきてください」


「うん。気をつける」


「お兄様とは別々なのですから」


「大丈夫。ちゃんと帰る道具ももらったし」


 しまった場所を軽く叩いて見せる。


 アリスはまだ何か言いたそうだったが、最後には頷いた。


「では、待っています」


 俺も頷き返し、ディアルと並んで里を出た。


 ◇◇◇


 竹林へ入ると、里の声が少しずつ遠くなった。


 風が吹くたび、頭上で葉が擦れる。細長い影が道へ落ち、歩くにつれて、足元を横切っていった。


 この道を通るのは、里へ来た時以来だ。


 あの時は大人たちについて歩いていたが、今日は俺たちが前を進む。


 少しだけ、任された感じがする。


 少しだけ、なのは――。


「……いるよね」


 小さく言うと、ディアルが頷いた。


「ああ」


 里を出たあと、一度だけ、道から外れたところに気配があった。


 顔は見えていない。


 ただ、あの感じには覚えがある。


 イーサックと、アリソン。


 正確にどこを歩いているかは、もう分からなかった。確かめようとして振り向くのも、何となく悪い気がする。


 内緒でついてきてくれているなら、そのままにしておこう。


 考えてみれば、五歳と八歳を魔物の群れへ向かわせるのだ。


 俺たちだけで行ってこいと言われても、本当に放っておくわけではなかったらしい。


 そういうところは、ちゃんとしている。


「先に終わったら、里へ戻る?」


 俺が尋ねると、ディアルは道の先を見たまま答えた。


「ああ。待っている」


「俺が先かもしれないじゃん」


「では、待っていてくれ」


 さらりと言い直された。


 別に、勝負をしているわけではない。


 そのはずなのだが、こうも落ち着いて返されると、こちらだけ少し張り合ったみたいになる。


「……まあ、無事に終わればいいんだけどね」


「ああ」


 やがて、道が二つに分かれた。


 ここから先は、別々である。


 ディアルは北へ向かう道を確かめ、俺へ顔を向けた。


「竹を斬るなよ」


「分かってるって。ディアルもね」


 返事の代わりに、小さく頷く。


 俺も手を上げ、東側の道へ入った。


 足元を確かめながら進むと、しばらくして、土が大きく掘り返された場所が見つかった。


 落ち葉が散り、地面には幾つもの足跡が重なっている。


 道の先では、竹の根元に泥が擦りつけられていた。硬いものが当たったのか、表面が削れている場所もある。


 俺は立ち止まり、音を聞いた。


 葉の擦れる音。


 その下に、土を蹴るような音が混じる。


 さらに奥から、低く、荒い鼻息が聞こえた。


 柄へ手を添える。


 刀は、いつもどおり静かに腰へ収まっていた。


 二メートルの、硬くて素早い猪。


 まずは、どれくらいいるのかを確かめよう。


 俺は竹の間を覗き込み、足音を抑えて道を外れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。