第十二話 天才たちの学び方
アリスへの説明は、思っていたより長くなった。
魔力付加の練習をしていたこと。刀が勝手に魔力を吸い取ったこと。それなら欲しがるだけ入れてやろうと思ったこと。
そこまで話すと、アリスが眉を寄せた。
「どうして、そうなるのですか」
「うーん。今なら、俺もそう思う」
「今では遅いです」
おっしゃるとおりである。
昨日から同じようなことを何度も言われているので、そろそろ、もう少し上手な返事ができてもよさそうなものだ。
しかし、俺が悪いことに変わりはない。
「本当に、怪我はしていないのですね」
「うん。誰も」
アリスは俺の顔を見て、それから両手へ目を落とした。指を開いたり閉じたりして見せると、ようやく少しだけ表情が緩む。
「なら、いいです。ですが、お兄様や皆さんを困らせてはいけません」
「はい」
「次からは、もっと気をつけてください」
「気をつけます」
俺が頷くと、アリスは満足したように顔を上げた。
「では、刀を見せてください」
「え?」
「お兄様からいただいた、大切な贈り物でしょう。壊れていないか、確かめなくてはいけません」
さっきから腰へ何度も視線を向けていたのは、そのためだったらしい。
俺は刀を鞘ごと外し、柄の方を差し出した。
「少し重いよ」
「これくらい、持てます」
アリスは両手で受け取り、表面の模様を眺めた。贈られた夜にも見ていたはずだが、明るい場所で近くから見るのは、また違うのだろう。
しばらくして、指先でそっと柄へ触れる。
「綺麗ですね」
「でしょ」
「勝手に魔力を持っていくところは、少し困りますが」
「今日は大丈夫だったよ。ちゃんと止まってくれた」
「では、フィルも止まれるようになってください」
まだ、そこへ戻るのか。
後ろでカリーナが小さく笑い、慌てて口元を押さえていた。
◇◇◇
その日の夕食は、昨日よりも賑やかだった。
レオとトレンが加わったおかげで、柵の修繕もずいぶん進んだらしい。イーサックが残りの作業を話している横で、カリーナは旅の途中で見たものをウルスナへ報告していた。
アリスは当然のようにディアルの隣へ座り、俺たちが里へ来てからの話を聞いている。
「門で勝負をしたのですか」
「うん。入る前に、ちょっとだけ」
「怪我は」
「してないよ」
そこで俺は、向かいに座っていたディアルを見た。
余計なことは言わなくていいからね。
目で訴えたつもりだったが、ディアルは普通に食事を続けていた。たぶん、何も伝わっていない。
その隣で、ハーバードが楽しそうに笑う。
「一発で決めおったぞ。なかなかよい動きだった」
「そうなのですか」
アリスが俺を見る。
少しだけ胸を張ってみた。
「まあ、それほどでも」
「そのあと、稽古場を壊したのですね」
胸を戻した。
そろそろ、その話から離れていただけないだろうか。
アリスが話に気を取られている間に、皿の端へ寄せられた野菜をカリーナが見つけた。
「アリス様、そちらも召し上がってくださいね」
「あとで食べます」
「先ほども、そうおっしゃっていましたよ」
俺は黙って水を飲んだ。
人には、それぞれ苦手なものがある。
今は、口を挟まないでおくのが優しさだと思う。
◇◇◇
夕食のあと、フィルたちが部屋へ戻った頃。
ハーバードは、廊下の先で待っていたヴィルツを見つけた。
「まだおったのか」
「本日の見学について、お話ししてもよろしいでしょうか」
「構わん。来い」
ハーバードは近くの部屋へ入り、椅子へ腰を下ろした。向かいの席を示されても、ヴィルツはしばらく立ったままだったが、もう一度促されて、ようやく座る。
「何が見えた」
ヴィルツは膝の上で手を揃え、少し考えてから口を開いた。
「お二人とも、教えられた動きを、そのまま真似ているわけではありませんでした」
「ほう」
「なぜ、その動きになるのかを考えていました。注意を受けても、直された場所だけではなく、その前の動きまで確かめていました」
言いながら、ヴィルツは昼間の光景を思い返した。
腰が前へ出ていると指摘されたフィルは、腰を戻すだけでは終わらせなかった。なぜ前へ出たのかを考え、その前の振り方から変えていた。
ディアルも、手の動きを真似てうまくいかなければ、すぐに視線を足元へ移した。
自分なら、言われた形へ直せたところで、次の一振りを始めていたかもしれない。
「魔力付加も、昨日の手本を覚えていて、稽古が終わったあとに考え直していたと……」
「そう言っとったな」
「属性付与では、自分で試す前に、互いの考えを話していました。片方が気づいたことを、もう片方も使っていました」
ハーバードは口を挟まずに聞いていた。
ヴィルツは一度言葉を切り、少しだけ目を伏せる。
「それに……楽しそうでした」
「楽しそう、か」
「はい。できないことを注意されても、分かった時には、すぐにもう一度試していました。難しいことを教えられても、嫌がるより先に、どうすればできるのかを考えているように見えました」
フィルは何度もぼやいていた。
それでも、新しいことを教わる時には、いつも手元とハーバードを交互に見ていた。ディアルも表情こそ大きく変えなかったが、自分の剣に炎が宿った時には、何度も角度を変えて確かめていた。
ヴィルツは顔を上げた。
「私も、もっと考えて稽古をするべきだと思いました」
「うむ」
「ですが」
そこで、声に迷いが混じった。
「それだけで、あれほど早く身につくものなのでしょうか」
ハーバードは椅子の背へ体を預けた。
しばらくヴィルツを見たあと、あっさりと言う。
「そこは真似せんでいい。あの二人は天才だ」
ヴィルツの指が、膝の上でわずかに動いた。
「……天才、ですか」
「そうだ。よく見て、よく考える。そのうえで、考えたことを実際にやってのける力がある。お前が同じことに気づいたとして、同じ回数で身につくとは限らん」
ヴィルツは黙った。
ハーバードは、机の上へ肘を置く。
「参考にしろと言ったのは、何を見て、どう考えたかだ。覚える早さではない」
「ですが、早く身につけば、その分だけ先へ――」
「進めるだろうな」
否定はしなかった。
ヴィルツが唇を結ぶ。
「だからといって、お前まで急いで先へ進んでどうする。分からんところを残したまま、形だけ追いかけるつもりか」
「……いいえ」
「同じように考えて、同じ日にできなかったからといって、お前の稽古が間違っとることにはならん」
ハーバードの声は、終始変わらなかった。
「今日できんかったことを、明日も確かめろ。何が違うか分からんなら、聞け。言われたことを真面目にやるのは、お前のよいところだ。それを捨てる必要はない」
ヴィルツは、ゆっくりと頷いた。
「ただ、やった回数だけで満足するな。自分が何を覚えたかも、確かめておけ」
「……はい」
返事をしてから、ヴィルツはもう一度考え込んだ。
ハーバードは急かさず、その様子を眺めていた。
やがてヴィルツが顔を上げる。
「明日も、見学させていただけますか」
「構わん」
即座に返ってきた答えに、ヴィルツは深く頭を下げた。
◇◇◇
翌朝、俺は刀を抜く前に、稽古場を見回した。
柵が増えている。
昨日までは大きく空いていた場所にも支柱が立ち、横木が渡されていた。抉れた地面はまだ残っているが、ずいぶん元の姿へ近づいている。
ありがたい。
そして、今日は絶対に壊さない。
「何を見とる」
ハーバードに聞かれ、俺は慌てて向き直った。
「皆さんのお仕事を」
「なら、増やさんようにな」
「はい」
信用を取り戻すには、もう少し時間がかかりそうだ。
俺とディアルが並ぶと、ハーバードは木剣を持ち上げた。
「今日は魔力圧縮だ。まずは少量で、範囲を保つことから始める」
昨日見た淡い光が、木剣へ行き渡る。
そこから光が内側へ収まり、剣の形に沿って濃くなった。
「量は増やさんでよい。集める、保つ、解く。この三つを覚えろ」
「振るのは?」
「まだだ」
念のために聞いただけです。
ハーバードは俺たちの前で、圧縮した魔力をゆっくりと緩めた。濃かった光が薄く広がり、それから消える。
「維持できなくなりそうなら、無理に押さえるな。少しずつ解け。押し込めたまま手放せば、どこへ戻るか分からんぞ」
俺とディアルは頷き、それぞれ武器を構えた。
まずは魔力付加。
昨日と同じように、刀全体へ薄く魔力を行き渡らせる。そこから、広がっている範囲を武器の内側へ狭めていく。
刀は素直に受け入れた。
表面の光が薄くなり、魔力が内側へ収まる。
特に抵抗はない。
……できたのでは?
俺は少しだけ刀を傾けた。
その隣で、ディアルが眉を動かす。
「戻る」
「魔力が?」
「ああ」
ディアルの剣では、内側へ寄った光が、ゆっくりと外へ広がり始めていた。
それを押さえようとしたのか、柄を握る指に力が入る。
「握っても変わらんぞ」
ハーバードに指摘され、ディアルは手の力を抜いた。
光が元の薄さへ戻る。
俺は自分の刀を見た。
こちらは、まだ内側にある。
「俺、戻らないんだけど」
ディアルが刀へ目を向けた。
「どうした」
「どうって……中へ入れたら、そのまま」
「濃くなったか」
聞かれて、もう一度確かめる。
刀の中に魔力はある。
それは分かる。
けれど、昨日、ハーバードの木剣から感じたような変化があるかと言われると――。
「……普通に、溜まってる気がする」
「では、溜めただけではないか」
ハーバードが言った。
俺は刀を見下ろした。
そうか。
こいつは、もともと魔力を溜め込めるのだ。
内側へ入ったからといって、圧縮したことにはならないらしい。
「便利なのも、考えものだね」
小さく呟いても、刀は静かなままだった。
いや、刀は悪くない。
言われたとおり、魔力を受け取っただけである。
◇◇◇
一度魔力を戻し、俺はディアルへ顔を向けた。
「さっき、どんな感じだった?」
「狭めた分だけ、外へ広がろうとした」
「柄の方に戻るんじゃなくて?」
「最初は周りへ。そこを強く押さえると、今度は手元へ寄ってきた」
なるほど。
俺の方は、広がろうとする感じすらなかった。
「押さえる場所が、少なすぎたのかな」
「どういうことだ」
「刃の横からだけ押したら、逃げられる方へ動くじゃん。全体を、同じように囲まないと駄目なんじゃない?」
ディアルが剣を見た。
「先と、柄元もか」
「うん。俺は、その前にただ収納してたけど」
それぞれ武器へ向き直り、もう一度試す。
今度は、刀の中にある魔力の位置を意識した。
内側に入れるだけではない。
どこからどこまでを使うのか。その範囲を、刀の形に合わせて定める。
そこへ、さっき纏わせた分の魔力を収めていく。
途中で、初めて手応えが変わった。
何かを押すと、押しただけ返ってくる。
腕に力を入れているわけではないのに、つい肩が固くなった。
「あ、これか」
声が漏れた途端、刃先側の光が薄く膨らむ。
慌てて押し戻そうとして、止めた。
少しずつ範囲を緩める。
広がろうとする力が弱まり、刀全体へ薄く魔力が戻ったところで、俺は息を吐いた。
「今は、同じだったと思う」
「俺も、さっきより保てた」
ディアルの剣には、まだ濃い光が残っていた。
ただ、よく見ると、先端に近いところがわずかに揺れている。
「そこ、気になる?」
「ああ。直そうとすると、ほかが緩む」
「一か所ずつ追いかけると、間に合わないのかな」
言いながら、昨日の魔力付加を思い出した。
先端を意識すれば、手元を忘れる。
手元を直せば、先端がおろそかになる。
あれと、少し似ている気がする。
「魔力を押し返すより、範囲の方を変えないつもりでやってみたら?」
「……剣の形を、先に決めておくのか」
「うん。中の魔力が動いても、外側は動かさない感じ」
ディアルはしばらく剣を見つめてから、圧縮を解いた。
改めて魔力を纏わせ、今度はゆっくりと範囲を狭める。
光が濃くなった。
先ほど揺れていたところも、今は形を崩さずに留まっている。
「こっちの方がいい」
「本当?」
「ああ。ただ、急に狭めると乱れる。少しずつ合わせた方が、最後は保ちやすい」
俺も頷き、刀へ意識を戻した。
先に範囲を決める。
そこへ一気に押し込むのではなく、魔力の動きを感じながら、少しずつ収めていく。
さっきは反発を感じたところで、押し負けないようにしてしまった。
けれど、力比べをする必要はないのかもしれない。
ここまで、と決めた場所を、ずらさない。
刀身の光が、静かに内側へ寄っていった。
広がろうとする感覚はある。
それでも、今度は慌てずに保てた。
「……できた」
ハーバードが俺の前へ来た。
刀を見て、それから、柄を握る手を見る。
「肩を落とせ」
言われて初めて、肩に力が入っていることに気づいた。
息を吐き、少し緩める。
光は変わらない。
「指も、そこまで握らんでよい」
指の力を抜く。
それでも、魔力は収まったままだった。
「どうだ」
「力を抜いても、変わりません」
「魔力を扱っとるんだからな。腕で押し込むわけではない」
分かってはいた。
分かってはいたのだが、何かを押さえている感じがすると、つい体まで頑張ってしまう。
俺は刀を見た。
あの、勝手に魔力を持っていった時とは違う。
今は、こちらが決めた範囲に、こちらが流した分だけが収まっている。その状態を作っているのも、俺だと分かった。
「一度、解いてみろ」
少しずつ圧縮を緩める。
濃い光が薄くなり、刀へ纏わせた状態へ戻った。
そこから魔力を引くと、刃はいつもの色になる。
ハーバードが頷いた。
「もう一度だ」
◇◇◇
それからは、同じことを繰り返した。
魔力を纏わせ、範囲を定め、内側へ収める。
保ってから、少しずつ解く。
途中でハーバードに声をかけられても崩さない。手元から目を離しても、魔力の位置を見失わない。
初めは刀を見つめていたが、慣れると、光を見なくても状態が分かるようになってきた。
目で確かめることと、魔力の感触を確かめることは、似ているようで別らしい。
「フィル。今、先が緩んだ」
「うん。分かった」
ディアルに言われるのと、ほとんど同時に気づいた。
大きく崩れる前に範囲を保ち直す。
今度は、ほかの場所も緩まなかった。
「解く時、最後だけ急になってない?」
俺が尋ねると、ディアルは剣へ目を落とした。
もう一度、圧縮を解く。
最後の光がゆっくりと薄くなるのを見てから、頷いた。
「今の方が、魔力が残らない」
「だよね。俺も、そこで引っかかる感じがしてた」
休憩を挟みながら繰り返すうちに、集める時も、解く時も、途中で迷うことがなくなってきた。
少し離れたところでは、ヴィルツが今日も見学している。
昨日よりも、俺たちが試す前や、終わったあとの方をよく見ている気がした。目が合っても、今回は眉を寄せず、そのまま静かにこちらの手元へ視線を戻した。
「よし。二人とも止めろ」
ハーバードに言われ、俺とディアルは圧縮を解いた。
武器から魔力を抜き、顔を上げる。
「今、何をしたか。自分で分かっているな」
「はい」
「同じ量なら、もうできます」
俺が答えると、ハーバードは口の端を上げた。
「なら、基礎は身についた」
思わず刀を見た。
魔力圧縮。
さっきまで、何を押さえればいいのかも分からなかったものが、今は手の感触として残っている。
やり方を忘れる気はしなかった。
「では、次は量ですね」
ディアルが言った。
「そうだ。今できる量で満足するなら、ここまででもよい。だが、もっと威力が欲しいなら、収められる魔力を増やす必要がある」
「同じことを、たくさん入れてやればいいんですか?」
「いずれはな。そのための鍛錬は、明日教える」
明日。
俺は頷き、それから念のために尋ねた。
「少しずつ、ですよね?」
ハーバードがこちらを見た。
「昨日までのお前に聞かせてやりたい言葉だな」
ディアルが隣で、小さく息を漏らした。
笑った?
今、笑ったよね。
「俺だって、ちゃんと覚えるんだよ」
「知ってる」
短い返事だった。
何となく言い返しにくくなり、俺は刀を鞘へ戻した。
その向こうには、修繕の進んだ柵がある。
地面も、今日は新しく抉れていない。
魔力圧縮を覚えて、誰にも怪我をさせず、何も壊さなかった。
うん。
今日は、なかなかよい修行だったと思う。




