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おひとりさま歴33年、異世界で捨て子になって王子に拾われました  作者: 花金男爵


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第十二話 天才たちの学び方

 アリスへの説明は、思っていたより長くなった。


 魔力付加の練習をしていたこと。刀が勝手に魔力を吸い取ったこと。それなら欲しがるだけ入れてやろうと思ったこと。


 そこまで話すと、アリスが眉を寄せた。


「どうして、そうなるのですか」


「うーん。今なら、俺もそう思う」


「今では遅いです」


 おっしゃるとおりである。


 昨日から同じようなことを何度も言われているので、そろそろ、もう少し上手な返事ができてもよさそうなものだ。


 しかし、俺が悪いことに変わりはない。


「本当に、怪我はしていないのですね」


「うん。誰も」


 アリスは俺の顔を見て、それから両手へ目を落とした。指を開いたり閉じたりして見せると、ようやく少しだけ表情が緩む。


「なら、いいです。ですが、お兄様や皆さんを困らせてはいけません」


「はい」


「次からは、もっと気をつけてください」


「気をつけます」


 俺が頷くと、アリスは満足したように顔を上げた。


「では、刀を見せてください」


「え?」


「お兄様からいただいた、大切な贈り物でしょう。壊れていないか、確かめなくてはいけません」


 さっきから腰へ何度も視線を向けていたのは、そのためだったらしい。


 俺は刀を鞘ごと外し、柄の方を差し出した。


「少し重いよ」


「これくらい、持てます」


 アリスは両手で受け取り、表面の模様を眺めた。贈られた夜にも見ていたはずだが、明るい場所で近くから見るのは、また違うのだろう。


 しばらくして、指先でそっと柄へ触れる。


「綺麗ですね」


「でしょ」


「勝手に魔力を持っていくところは、少し困りますが」


「今日は大丈夫だったよ。ちゃんと止まってくれた」


「では、フィルも止まれるようになってください」


 まだ、そこへ戻るのか。


 後ろでカリーナが小さく笑い、慌てて口元を押さえていた。


 ◇◇◇


 その日の夕食は、昨日よりも賑やかだった。


 レオとトレンが加わったおかげで、柵の修繕もずいぶん進んだらしい。イーサックが残りの作業を話している横で、カリーナは旅の途中で見たものをウルスナへ報告していた。


 アリスは当然のようにディアルの隣へ座り、俺たちが里へ来てからの話を聞いている。


「門で勝負をしたのですか」


「うん。入る前に、ちょっとだけ」


「怪我は」


「してないよ」


 そこで俺は、向かいに座っていたディアルを見た。


 余計なことは言わなくていいからね。


 目で訴えたつもりだったが、ディアルは普通に食事を続けていた。たぶん、何も伝わっていない。


 その隣で、ハーバードが楽しそうに笑う。


「一発で決めおったぞ。なかなかよい動きだった」


「そうなのですか」


 アリスが俺を見る。


 少しだけ胸を張ってみた。


「まあ、それほどでも」


「そのあと、稽古場を壊したのですね」


 胸を戻した。


 そろそろ、その話から離れていただけないだろうか。


 アリスが話に気を取られている間に、皿の端へ寄せられた野菜をカリーナが見つけた。


「アリス様、そちらも召し上がってくださいね」


「あとで食べます」


「先ほども、そうおっしゃっていましたよ」


 俺は黙って水を飲んだ。


 人には、それぞれ苦手なものがある。


 今は、口を挟まないでおくのが優しさだと思う。


 ◇◇◇


 夕食のあと、フィルたちが部屋へ戻った頃。


 ハーバードは、廊下の先で待っていたヴィルツを見つけた。


「まだおったのか」


「本日の見学について、お話ししてもよろしいでしょうか」


「構わん。来い」


 ハーバードは近くの部屋へ入り、椅子へ腰を下ろした。向かいの席を示されても、ヴィルツはしばらく立ったままだったが、もう一度促されて、ようやく座る。


「何が見えた」


 ヴィルツは膝の上で手を揃え、少し考えてから口を開いた。


「お二人とも、教えられた動きを、そのまま真似ているわけではありませんでした」


「ほう」


「なぜ、その動きになるのかを考えていました。注意を受けても、直された場所だけではなく、その前の動きまで確かめていました」


 言いながら、ヴィルツは昼間の光景を思い返した。


 腰が前へ出ていると指摘されたフィルは、腰を戻すだけでは終わらせなかった。なぜ前へ出たのかを考え、その前の振り方から変えていた。


 ディアルも、手の動きを真似てうまくいかなければ、すぐに視線を足元へ移した。


 自分なら、言われた形へ直せたところで、次の一振りを始めていたかもしれない。


「魔力付加も、昨日の手本を覚えていて、稽古が終わったあとに考え直していたと……」


「そう言っとったな」


「属性付与では、自分で試す前に、互いの考えを話していました。片方が気づいたことを、もう片方も使っていました」


 ハーバードは口を挟まずに聞いていた。


 ヴィルツは一度言葉を切り、少しだけ目を伏せる。


「それに……楽しそうでした」


「楽しそう、か」


「はい。できないことを注意されても、分かった時には、すぐにもう一度試していました。難しいことを教えられても、嫌がるより先に、どうすればできるのかを考えているように見えました」


 フィルは何度もぼやいていた。


 それでも、新しいことを教わる時には、いつも手元とハーバードを交互に見ていた。ディアルも表情こそ大きく変えなかったが、自分の剣に炎が宿った時には、何度も角度を変えて確かめていた。


 ヴィルツは顔を上げた。


「私も、もっと考えて稽古をするべきだと思いました」


「うむ」


「ですが」


 そこで、声に迷いが混じった。


「それだけで、あれほど早く身につくものなのでしょうか」


 ハーバードは椅子の背へ体を預けた。


 しばらくヴィルツを見たあと、あっさりと言う。


「そこは真似せんでいい。あの二人は天才だ」


 ヴィルツの指が、膝の上でわずかに動いた。


「……天才、ですか」


「そうだ。よく見て、よく考える。そのうえで、考えたことを実際にやってのける力がある。お前が同じことに気づいたとして、同じ回数で身につくとは限らん」


 ヴィルツは黙った。


 ハーバードは、机の上へ肘を置く。


「参考にしろと言ったのは、何を見て、どう考えたかだ。覚える早さではない」


「ですが、早く身につけば、その分だけ先へ――」


「進めるだろうな」


 否定はしなかった。


 ヴィルツが唇を結ぶ。


「だからといって、お前まで急いで先へ進んでどうする。分からんところを残したまま、形だけ追いかけるつもりか」


「……いいえ」


「同じように考えて、同じ日にできなかったからといって、お前の稽古が間違っとることにはならん」


 ハーバードの声は、終始変わらなかった。


「今日できんかったことを、明日も確かめろ。何が違うか分からんなら、聞け。言われたことを真面目にやるのは、お前のよいところだ。それを捨てる必要はない」


 ヴィルツは、ゆっくりと頷いた。


「ただ、やった回数だけで満足するな。自分が何を覚えたかも、確かめておけ」


「……はい」


 返事をしてから、ヴィルツはもう一度考え込んだ。


 ハーバードは急かさず、その様子を眺めていた。


 やがてヴィルツが顔を上げる。


「明日も、見学させていただけますか」


「構わん」


 即座に返ってきた答えに、ヴィルツは深く頭を下げた。


 ◇◇◇


 翌朝、俺は刀を抜く前に、稽古場を見回した。


 柵が増えている。


 昨日までは大きく空いていた場所にも支柱が立ち、横木が渡されていた。抉れた地面はまだ残っているが、ずいぶん元の姿へ近づいている。


 ありがたい。


 そして、今日は絶対に壊さない。


「何を見とる」


 ハーバードに聞かれ、俺は慌てて向き直った。


「皆さんのお仕事を」


「なら、増やさんようにな」


「はい」


 信用を取り戻すには、もう少し時間がかかりそうだ。


 俺とディアルが並ぶと、ハーバードは木剣を持ち上げた。


「今日は魔力圧縮だ。まずは少量で、範囲を保つことから始める」


 昨日見た淡い光が、木剣へ行き渡る。


 そこから光が内側へ収まり、剣の形に沿って濃くなった。


「量は増やさんでよい。集める、保つ、解く。この三つを覚えろ」


「振るのは?」


「まだだ」


 念のために聞いただけです。


 ハーバードは俺たちの前で、圧縮した魔力をゆっくりと緩めた。濃かった光が薄く広がり、それから消える。


「維持できなくなりそうなら、無理に押さえるな。少しずつ解け。押し込めたまま手放せば、どこへ戻るか分からんぞ」


 俺とディアルは頷き、それぞれ武器を構えた。


 まずは魔力付加。


 昨日と同じように、刀全体へ薄く魔力を行き渡らせる。そこから、広がっている範囲を武器の内側へ狭めていく。


 刀は素直に受け入れた。


 表面の光が薄くなり、魔力が内側へ収まる。


 特に抵抗はない。


 ……できたのでは?


 俺は少しだけ刀を傾けた。


 その隣で、ディアルが眉を動かす。


「戻る」


「魔力が?」


「ああ」


 ディアルの剣では、内側へ寄った光が、ゆっくりと外へ広がり始めていた。


 それを押さえようとしたのか、柄を握る指に力が入る。


「握っても変わらんぞ」


 ハーバードに指摘され、ディアルは手の力を抜いた。


 光が元の薄さへ戻る。


 俺は自分の刀を見た。


 こちらは、まだ内側にある。


「俺、戻らないんだけど」


 ディアルが刀へ目を向けた。


「どうした」


「どうって……中へ入れたら、そのまま」


「濃くなったか」


 聞かれて、もう一度確かめる。


 刀の中に魔力はある。


 それは分かる。


 けれど、昨日、ハーバードの木剣から感じたような変化があるかと言われると――。


「……普通に、溜まってる気がする」


「では、溜めただけではないか」


 ハーバードが言った。


 俺は刀を見下ろした。


 そうか。


 こいつは、もともと魔力を溜め込めるのだ。


 内側へ入ったからといって、圧縮したことにはならないらしい。


「便利なのも、考えものだね」


 小さく呟いても、刀は静かなままだった。


 いや、刀は悪くない。


 言われたとおり、魔力を受け取っただけである。


 ◇◇◇


 一度魔力を戻し、俺はディアルへ顔を向けた。


「さっき、どんな感じだった?」


「狭めた分だけ、外へ広がろうとした」


「柄の方に戻るんじゃなくて?」


「最初は周りへ。そこを強く押さえると、今度は手元へ寄ってきた」


 なるほど。


 俺の方は、広がろうとする感じすらなかった。


「押さえる場所が、少なすぎたのかな」


「どういうことだ」


「刃の横からだけ押したら、逃げられる方へ動くじゃん。全体を、同じように囲まないと駄目なんじゃない?」


 ディアルが剣を見た。


「先と、柄元もか」


「うん。俺は、その前にただ収納してたけど」


 それぞれ武器へ向き直り、もう一度試す。


 今度は、刀の中にある魔力の位置を意識した。


 内側に入れるだけではない。


 どこからどこまでを使うのか。その範囲を、刀の形に合わせて定める。


 そこへ、さっき纏わせた分の魔力を収めていく。


 途中で、初めて手応えが変わった。


 何かを押すと、押しただけ返ってくる。


 腕に力を入れているわけではないのに、つい肩が固くなった。


「あ、これか」


 声が漏れた途端、刃先側の光が薄く膨らむ。


 慌てて押し戻そうとして、止めた。


 少しずつ範囲を緩める。


 広がろうとする力が弱まり、刀全体へ薄く魔力が戻ったところで、俺は息を吐いた。


「今は、同じだったと思う」


「俺も、さっきより保てた」


 ディアルの剣には、まだ濃い光が残っていた。


 ただ、よく見ると、先端に近いところがわずかに揺れている。


「そこ、気になる?」


「ああ。直そうとすると、ほかが緩む」


「一か所ずつ追いかけると、間に合わないのかな」


 言いながら、昨日の魔力付加を思い出した。


 先端を意識すれば、手元を忘れる。


 手元を直せば、先端がおろそかになる。


 あれと、少し似ている気がする。


「魔力を押し返すより、範囲の方を変えないつもりでやってみたら?」


「……剣の形を、先に決めておくのか」


「うん。中の魔力が動いても、外側は動かさない感じ」


 ディアルはしばらく剣を見つめてから、圧縮を解いた。


 改めて魔力を纏わせ、今度はゆっくりと範囲を狭める。


 光が濃くなった。


 先ほど揺れていたところも、今は形を崩さずに留まっている。


「こっちの方がいい」


「本当?」


「ああ。ただ、急に狭めると乱れる。少しずつ合わせた方が、最後は保ちやすい」


 俺も頷き、刀へ意識を戻した。


 先に範囲を決める。


 そこへ一気に押し込むのではなく、魔力の動きを感じながら、少しずつ収めていく。


 さっきは反発を感じたところで、押し負けないようにしてしまった。


 けれど、力比べをする必要はないのかもしれない。


 ここまで、と決めた場所を、ずらさない。


 刀身の光が、静かに内側へ寄っていった。


 広がろうとする感覚はある。


 それでも、今度は慌てずに保てた。


「……できた」


 ハーバードが俺の前へ来た。


 刀を見て、それから、柄を握る手を見る。


「肩を落とせ」


 言われて初めて、肩に力が入っていることに気づいた。


 息を吐き、少し緩める。


 光は変わらない。


「指も、そこまで握らんでよい」


 指の力を抜く。


 それでも、魔力は収まったままだった。


「どうだ」


「力を抜いても、変わりません」


「魔力を扱っとるんだからな。腕で押し込むわけではない」


 分かってはいた。


 分かってはいたのだが、何かを押さえている感じがすると、つい体まで頑張ってしまう。


 俺は刀を見た。


 あの、勝手に魔力を持っていった時とは違う。


 今は、こちらが決めた範囲に、こちらが流した分だけが収まっている。その状態を作っているのも、俺だと分かった。


「一度、解いてみろ」


 少しずつ圧縮を緩める。


 濃い光が薄くなり、刀へ纏わせた状態へ戻った。


 そこから魔力を引くと、刃はいつもの色になる。


 ハーバードが頷いた。


「もう一度だ」


 ◇◇◇


 それからは、同じことを繰り返した。


 魔力を纏わせ、範囲を定め、内側へ収める。


 保ってから、少しずつ解く。


 途中でハーバードに声をかけられても崩さない。手元から目を離しても、魔力の位置を見失わない。


 初めは刀を見つめていたが、慣れると、光を見なくても状態が分かるようになってきた。


 目で確かめることと、魔力の感触を確かめることは、似ているようで別らしい。


「フィル。今、先が緩んだ」


「うん。分かった」


 ディアルに言われるのと、ほとんど同時に気づいた。


 大きく崩れる前に範囲を保ち直す。


 今度は、ほかの場所も緩まなかった。


「解く時、最後だけ急になってない?」


 俺が尋ねると、ディアルは剣へ目を落とした。


 もう一度、圧縮を解く。


 最後の光がゆっくりと薄くなるのを見てから、頷いた。


「今の方が、魔力が残らない」


「だよね。俺も、そこで引っかかる感じがしてた」


 休憩を挟みながら繰り返すうちに、集める時も、解く時も、途中で迷うことがなくなってきた。


 少し離れたところでは、ヴィルツが今日も見学している。


 昨日よりも、俺たちが試す前や、終わったあとの方をよく見ている気がした。目が合っても、今回は眉を寄せず、そのまま静かにこちらの手元へ視線を戻した。


「よし。二人とも止めろ」


 ハーバードに言われ、俺とディアルは圧縮を解いた。


 武器から魔力を抜き、顔を上げる。


「今、何をしたか。自分で分かっているな」


「はい」


「同じ量なら、もうできます」


 俺が答えると、ハーバードは口の端を上げた。


「なら、基礎は身についた」


 思わず刀を見た。


 魔力圧縮。


 さっきまで、何を押さえればいいのかも分からなかったものが、今は手の感触として残っている。


 やり方を忘れる気はしなかった。


「では、次は量ですね」


 ディアルが言った。


「そうだ。今できる量で満足するなら、ここまででもよい。だが、もっと威力が欲しいなら、収められる魔力を増やす必要がある」


「同じことを、たくさん入れてやればいいんですか?」


「いずれはな。そのための鍛錬は、明日教える」


 明日。


 俺は頷き、それから念のために尋ねた。


「少しずつ、ですよね?」


 ハーバードがこちらを見た。


「昨日までのお前に聞かせてやりたい言葉だな」


 ディアルが隣で、小さく息を漏らした。


 笑った?


 今、笑ったよね。


「俺だって、ちゃんと覚えるんだよ」


「知ってる」


 短い返事だった。


 何となく言い返しにくくなり、俺は刀を鞘へ戻した。


 その向こうには、修繕の進んだ柵がある。


 地面も、今日は新しく抉れていない。


 魔力圧縮を覚えて、誰にも怪我をさせず、何も壊さなかった。


 うん。


 今日は、なかなかよい修行だったと思う。

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