第四章 勇者アルディス
二度目の勇者選定は、最初の儀式よりはるかに盛大に行われた。
教会は失敗を覆い隠すだけでは足りず、民衆に疑いを抱かせないほど大きな成功を演出する必要があった。
大聖堂前の広場には何千人もの市民が集められ、白い旗が風に揺れ、聖歌隊の歌声と鐘の音が朝から絶えることなく続いていた。
祭壇へ立つのはアルディスだった。
選定石は新しいものへ替えられ、その周囲には高位神官が立っている。
光の術式。
音響魔法。
すべては前夜までに確認されていた。
アルディスが石へ手を置くと、白い光が広場を包んだ。
大神官セラフォンが、神は第二王子アルディス・レグナートを勇者としてお選びになったと宣言した。
広場から歓声が上がる。
人々はアルディスの名を呼び、王国の勝利を願い、魔王討伐を叫んだ。
アルディスは笑顔を作り、教会と王家が名工に命じて作らせた剣を掲げた。
国宝級の武器ではある。
高位魔術師と神官が何重にも加護を施している。
だが、神の声は聞こえなかった。
聖剣は飛んでこなかった。
人が作った光の中で、人が作った勇者として立っている。
それでも民衆は疑わなかった。
アルディスは王宮へ戻り、自室の扉が閉じるまで笑顔を崩さなかった。
扉に背を預けた後、そのまま床へ座り込む。
胸元には勇者章があった。
指先で触れた瞬間、吐き気が込み上げた。
洗面器へ身を屈めたが、胃にはほとんど何も残っておらず、それでもしばらく身体を起こせなかった。
夜。
アルディスは護衛一人だけを連れ、大聖堂の地下へ降りた。
牢番が慌てて頭を下げる。
アルディスはノアの牢を開けるよう命じた。
中ではノアが壁際に横になっていた。
声をかけると身体を起こし、王子を見て少し不思議そうな顔をした。
アルディスが牢の中へ入ると、ノアはその足元へ視線を落とし、本当にそこまで近づいてよいのかと聞いた。
不可触民だからである。
アルディスは、自分はその穢れを信じていないと答えた。
するとノアは、ならなぜ自分は牢へ入れられているのかと尋ねた。
アルディスは返す言葉を失った。
「すまない」
ようやくそう言うと、ノアは何について謝っているのか分からないようだった。
アルディスは、今日、自分が勇者になったことを話した。
ノアは聞いていると答えた。
「違う。私は君から勇者という名を奪った」
ノアはしばらく彼を見つめた後、本気で考えるように首を傾げた。
「欲しいならやるよ」
アルディスは意味を理解するのに少し時間がかかった。
ノアは勇者という称号も、聖剣も、持っていけるものなら持っていけばいいと続けた。
アルディスは思わず声を強くした。
ふざけないでくれと。
神に選ばれたのは君だと。
なぜ怒らないのかと。
しかしノアは、何に怒ればいいのか分からないという顔をした。
「王家にも教会にも、期待したことないから」
その言葉が、アルディスの胸に重く残った。
ノアは、自分が勇者と公表された場合、何が変わるのかと尋ねた。
黒街の外を自由に歩けるのか。
街の井戸を使えるのか。
教会の正面から入れるのか。
アルディスは、どれもできるようになると答えた。
そこでノアはミナの名を出した。
十二歳の少女。
それからバルト。
死体を運ぶ仲間たち。
彼らはどうなるのかと問われ、アルディスは答えられなかった。
「俺だけ人間になるのか」
ノアは静かに言った。
アルディスは、そんな言い方をするなと言いたかった。
だが違うとは言えない。
「なら、いらない」
ノアは壁へ背を預けた。
アルディスは勇者には人々を救う責務があると口にしたが、言った瞬間に、その言葉の空虚さを自分でも感じた。
ノアはゆっくりこちらを見た。
「人々って、俺も入ってた?」
アルディスは当然だと答えた。
「昨日までは?」
返事は出なかった。
ノアは十三歳の時、中央広場で鞭打たれたことを話した。
鐘の紐が切れていることに気づかず、不可触民であることを知らせないまま広場へ入った。
衛兵に二十回。
周りにいた者は誰も止めなかった。
教会の正面からは入れない。
裁判では証言できない。
貴族に触れれば腕を切られることもある。
ノアは怒鳴らず、一つずつ事実として並べた。
「それで魔王が来たら、急に同じ人間だから助けろって?」
アルディスは何も言えない。
黒街も滅びるのだと告げると、ノアはそこへ魔王が来たなら戦うと答えた。
では王都はどうするのか。
知らない。
子供もいるのだとアルディスが言った時だけ、ノアの顔がごく僅かに動いた。
それでも、彼は静かに首を振った。
「俺は、そんな立派な人間じゃない」
長い沈黙の後、アルディスは立ち上がった。
明日から勇者として訓練を受けることを話し、ノアを救うこともできないかもしれないと告げた。
ノアは別に構わないような顔をした。
それでも、アルディスは牢を出る前に振り返った。
「君が勇者だったことだけは、忘れない」
ノアは最後まで答えなかった。
翌日から、アルディスは勇者として訓練を受けた。
聖剣術。
魔族への対処。
歴代勇者の戦闘記録。
魔王の能力。
教官は誰も、彼が本物ではないことを口にしない。
むしろ、さすが勇者だ、神に愛された方だと繰り返した。
そのたびにアルディスは、地下牢のノアを思い出した。
数日後。
彼は父王へ、ノアを牢から出すよう進言した。
王は、神託の件を公言される恐れがあると言った。
アルディスは、ノアはそんなことをしないだろうと答えた。
信用できるのかと問われ、少し考えてから言った。
「我々よりは」
国王はしばらく息子を睨んでいたが、最後には許可した。
ただし、その前に。
ノアは王と話すことになった。




