第99話 要人防衛形態
三人目には、準備が必要だった。
「バーガ。鉄谷ダンジョンのマスター。……この人だけは、注意が必要です」
ぽんこが、レイゼル経由の資料を開いた。
「戦闘型のダンジョンマスターで、本人もDPで相当な自己強化をしています。レイゼルさんの見立てだと、単体戦力で、その辺の上級モンスターより上です」
「……ダンジョンマスター本人が、か」
「はい。従属自体には同意済みですが、マスターが直接対面するのは危険を伴います」
別に直接受け取る必要はない。
誰かに預けてもらって、俺がそれを受け取ればいいだけだ。
しかし……
「それじゃ、納得しないよな」
「しないでしょうね、怒って暴れ出しますよ。きっと」
「だよなぁ……」
こういうタイプは、自分が認めないと制度上は下でも言うことは聞かない。
やはり、バーガとの直接対峙は避けられないだろう。
しかし、従属を装って接近する作戦だったら。
あるいは殺す気がなくても、気が変わったら。
俺は、その場で対処できない。
「そのクラスから俺を守れる奴。セラしかいないよな」
とはいえ、セラの任務はコア部屋の防衛。
唯一にして最優先で、コア部屋からは動かせない。
応接室にセラを出せば、その間、コア部屋が薄くなる。
バーガの来訪が陽動で、別働隊がコアを狙う可能性は、ゼロじゃない。
「セラは動かせない。俺は守りが要る。……一つしかないだろ、これ」
「はい?」
「コア部屋の前で会う」
ぽんこのお団子が、止まった。
「……マスター?コア部屋は、来客から一番遠ざけるべき区画です。前室まで通したら、突破されたら終わりですよ」
「突破されないだろ、セラなら」
「そりゃそうですけど……」
「セラ、どうだ?」
「作戦としては推奨できません」
「ほら、セラちゃんだって言ってます!」
「ただし、要人防衛形態使用時は作戦成功率99.99%。許容範囲です」
「要人防衛形態?」
バーガは時間より早く来た。
ゴブリンに案内されてくる足音が、前室に近付いてくる。
重い。
重いが、無駄な音がない。
一歩ごとに体重の乗せ方が揃っていて、歩き方だけで、鍛えた人間だと分かる。
……気がする。
「……マスター。防衛体制は万全です」
「わかってる」
「しかし……」
今、俺はセラの要人防衛形態に守られている。
一見それは普通の戦闘形態、四メートルを超え、手足がごつくなり、キャタピラで移動し、肩から武装を展開する。
しかし、その背面にはいつもとはあきらかに違う物がある。
背面に、要人防衛用のシェルターが備え付けられているのだ。
シェルターはラグビーボール状で、俺の全身を覆い隠している。
……顔だけを除いて。
「威厳がありません!」
「わかってる」
ぽんこの突っ込みと同時に、前室の入口に、男が現れた。
大柄で、顔の左半分に古い火傷の痕がある。
「バーガだ。鉄谷ダンジョンの」
「……ユートだ」
セラの肩越しに、半分だけ顔を出して答えた。
バーガの眉が、器用に片方だけ上がった。
「……あんたが? 北西の狂犬?」
「そうだが」
「なんだその格好は」
「これがうちのやり方だ。正式な布陣だ」
バーガは、しばらく俺とセラを交互に見てから、前室をぐるりと見回した。
そして、奥の扉に目を留めた。
「……おい。まさかとは思うが、この奥、あんたのコア部屋か」
「そうだ」
「……剛毅なのか、馬鹿なのか。それともこちらへの信頼を示して……」
バーガは、言葉を止めた。
それから、もう一度、部屋を見まわす。
今度は、値踏みの目だった。
奥の扉の前のセラ。
その立ち位置と、扉と、セラの後ろの俺との距離。
「……違うな。これが一番強いのか」
「分かるのか」
「分かるさ。気に入った、格好は情けねぇが勝つために手段を選ばない強さがある、部下に全てを任せる度量もな」
その後は特に引っかかることもなく、順調にコアの従属化が済んだ。
従属化するのにコアに触らなきゃいけないからと、唯一出ている顔をコアでグリグリされたのは秘密だ。
全て終わって静かになった部屋で、台の上の三つのコアを眺める。
「ぽんこ。この三つ、コア部屋の格納庫に移すぞ」
「はい!名札を付けておきますね。トトさん、ゲルダさん、バーガさん」
「名札」
「取り違えたら大変です!命なので!」
とはいえ、必要なのは確かだった。
これから更に増やさなくてはならないのだ。
「で、昼間から考えてたんだが。目を増やしたい」
「はい?」
「今日は三人、うちに来たから顔が見えた。でもこれから南を取るなら、向こうに行く用事の方が増える。レイゼルの報告だけだと、俺は文字と地図しか見ないことになる」
「なるほど!では、これですね」
ぽんこがウィンドウを開いた。
【スキル:感覚共有】
【対象:配下モンスター】
【効果:対象の五感を共有する】
「配下の見てるもの、聞いてるもの、そのまま感じられます。遠くの現場を、マスター自身の感覚で確認できます」
感覚共有。八十万DP
取得可能リストにはだいぶ前から表示されていた。
しかし、必要DPが多すぎて取得候補には入ってこなかった。
手持ちは足りるが、使っていいものか。
今の収入を整理する。
時間経過DPと、イース北ダンジョンからの収入が月15万。
レイゼルからの税徴収が月5万。
合計20万。
そして、新しく従属化した三つのコアからの税徴収が30万。
合計50万。
「50万?」
「50万ですね……」
「ぽんこ、お前とあった時」
「時給1DPでした」
時給1DPから月給50万DP。
「でかくなったなぁ」
「マスター!がんばりました!」
これはさすがに感慨深い。
通路を三歩分作るために一時間待つ生活。
今考えたら、よく頑張ったと自分でも褒めてやりたい。
「まぁ今が取り時だろうな。これで従属コアが増えればさらに収入も増える」
【スキル取得:感覚共有】
スキルが身体に染み込んでくる。
「試しましょう! まずは蟻さんです」
近くの壁の中の働き蟻に、意識を繋ぐ。
繋がった瞬間、世界が消えた。
視界というものが、ほとんど無い。
代わりに匂い、濃淡と方向を持った匂いが道になっている。
「……切ってくれ」
「どうでした?」
「世界が匂いでできてた。情報はすごいが、俺には読めない」
「では次、セラちゃんいってみましょう」
セラに繋いだ。
一秒で切った。
「……数字」
「はい?」
「脳みその中が数字であふれた。視覚とかそれどころじゃない」
ヤバい、はずれスキルだったか。
チュウタに繋いだ。
『ん』
視界が、低い。
床すれすれから、コア部屋を見上げている。
行ける。
視点を借りたまま、部屋を一周してもらった。
酔った。
「マスター、顔が緑です」
「……大丈夫だ。慣れればいける、はず」
行ける、チュウタなら酔うだけで済む。
「これ、離れてても共有できるのか?」
「はい!ダンジョン所属のモンスターであればどこにいても任意に選べます」
チュウタはどこにでもいる。
つまり……
「リオンについてるチュウタは、こいつか」
頭の中でリオンについている個体を探し出す。
膨大な量の連絡先リストみたいだ。
「よっと」
その瞬間、リオンとカークが視界に映し出された。
「アウル村、もうすっかり森の中だね」
横を見ると、エルノの横顔。
エルノの肩に乗っているらしい。
「シルヴァさんが言うには、森の中は作物も育ちやすくしてくれてるってさ」
こいつらの顔を見るのもひさしぶりだ。
挨拶もせずに来たからな、まあ共犯とはいえダンジョンマスターと探索者だ、そこらへんは一線を引いて……ああだめだ限界だ。
「ぷはっ」
「マスター!どうでした?」
「十数秒が限界だ。慣れるまで訓練するしかないな」
そうして、精神力を犠牲に俺は新しい目を手に入れた。
レイゼルは移動しながら、南を落としていくそうだ。
準備が出来次第出発するとのこと。
それまでに、なんとか慣れないとな……




