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第93話 致命的な欠陥

不眠を取得してから、一晩が経った。


一度も寝ていない。

だが、頭は冴えている。


アニと新ダンジョンの通路を歩いていた。


蟻の巣の名前通り、上下左右に通路が分岐している。

縦穴、横穴、行き止まり、進んだようで戻る回廊。

設計通りだ。


アニが壁を確認しながら、歩いている。


「迷わせる構造としてはいい」

「ああ」

「こちらが正しい道を知っているなら強い。上下左右に動けるのも悪くない、だが……」

「だが?」

「作り込みが足りない。待機場所が少ない。正解が一本道に近い。複雑に見えて単純なダンジョンだ」


否定はしない。

勢いで通路を通したツケだ。


「あと、マスター」


ぽんこが横から口を出した。

嫌な予感がする。


「これ、階層判定がまずいです」

「階層判定?」

「通路が上下左右に繋がりすぎてて、システム上一階層扱いになってます」

「……まずいな」

「まずいです」


構造変更レベル2は「同じ階層に敵がいない場合」に構造変更できるスキル。

一階層扱いということは、敵が一体でもダンジョンの中にいると、通路も壁も罠も、一切いじれなくなる。


アニがこちらを見た。


「作り込まれていない上に、敵が入ったら変更できないダンジョン。どうなんだそれ」

「どうもこうも、致命的だな」

「……マスター、もうちょっとこう、考えてだな」

「うるさい。文句があるならゴブリンに掘らせろ」


もちろん冗談だ。

しかし、アニは真面目な顔で黙った。

何か考えている。


「ぽんこ、ゴブリンに掘らせた壁はどうなる?」


難しい顔をしたアニの質問に、ぽんこはきょとんとして言った。


「どうにもなりませんよ?穴になるだけです」

「……ん?」


「今までだって散々、壊したり直したりしてきたじゃないですか。ゴブリンがツルハシで壁を壊すのは、ダンジョン管理機能じゃなくてただの物理です。一緒ですよ」


俺とアニが、同時にぽんこを見た。


物理で掘る。

管理機能の構造変更ではなく、モンスターが自分で壁を壊す。

システム上の構造変更ではない。

制限の外側だ。


「ぽんこ」

「はい」

「モンスター一覧出せ」

「はい!何系がいいですか」


「掘る奴」

「掘る奴って、そんなジャンルありませんよ」

「蟻の巣だ。蟻とかいないのか」

「蟻ですか」


ぽんこがUIをスクロールしていく。

虫系モンスターの欄が開く。

蜘蛛型、百足型、蜂型、甲虫型。


「あ」

「あったか?」

「ありました。蟻の巣ダンジョンを作ったから、蟻系が解放されたんですね。生成候補はマスターの傾向や経験で変わりますから」


ぽんこがUIを俺の方に向けた。


【キラーアント】

生成コスト:2,000DP

特性:顎力特化、集団行動、穴掘り適性


「兵隊蟻か」

「はい。本来は戦闘用のモンスターで、集団で敵を食い止めるタイプです。蟻なんで穴掘りもできます」

「戦えて掘れる」

「戦えて掘れます」

「出せ」


一体、試験生成。

通路に、それは現れた。


黒い甲殻。

体長一メートルほど。

太い顎。

六本の脚。

蟻だ。

でかい蟻。


「掘ってみろ」


キラーアントが壁に取りついた。

顎で岩を噛み砕く。

岩が粉になって崩れ、穴が開いていく。


速い。


「いいな」

「いいですね」

「これは繁殖で増えるのか?」


「キラーアントは働き蟻なので、単体では増えませんね。蟻はクイーンから産まれてくる繁殖形態です」

「クイーンがいれば増えるってことか」

「はい。クイーンアントは三十万DPです」


「買おう」

「即決ですね」

「ゴブリンで思い知った。無料で増えるのは強い」


クイーンアント、生成。


キラーアントよりずっと大きい。

体長四メートル超。

腹部が身体のほとんどを占めていて、全体に丸みがある。

戦闘向きの体形ではない。


だが、こいつがいれば、キラーアントは勝手に増えていく。


「クイーンアントを置いた区画が産卵区画になります。環境が整わないと、増えません」

「どうしたらいい?」

「邪魔しなければ大丈夫です。勝手にお世話アントを産んで環境を整えます」


さて、穴の方だ。


キラーアントが掘った穴を覗き込む。

粗い。

壁面がぼろぼろだ。

だが、通る分には問題ない。


「アニ、どうだ」


アニが穴の壁を指で押した。

固い。

次にナイフを取り出し、切りつける。

壁はかすかに削れ、パラパラと土が地面に落ちる。


「通路としては使える。だがここで戦うのは無理だな」

「まぁ、逆に敵ごと生き埋めにする作戦には使えそうだけどな」

「それにしても退路が崩れやすいのは困る。丈夫な穴を掘れる奴はいないのか」

「穴掘り系モンスター、他にも探してみるか」


俺はモンスター一覧をスクロールした。

亜人系。


【ドワーフ】

生成コスト:10,000DP

特性:坑道技術、土魔法、金属加工


「ドワーフって、モンスターなのか?」

「まぁ、人間ではないですからね」

「でも喋るだろ」

「そんなこと言ったらドライアドも悪鬼も喋りますよ。でも人間じゃない。ダンジョンマスターが生成できる存在は、全部モンスター扱いです」


「一体一万DPか。重いな」

「亜人系は高いですよ。ちょっと格が違います」

「この値段だと数は揃えられないな」

「そうですね」


「……こいつら、増えるのか?」

「男女揃えば増えますよ。ただし増えるペースは人間と一緒ですし、相性もありますからね」

「……一応男女同数にしとくか」

「なんでも増やそうとしないでください!」


ぽんこのツッコミはもっともだが、ドワーフを三十体生成した。

男十五、女十五。


小柄な人型。

俺の胸くらいの背丈。

男は立派なヒゲがあり、女はヒゲはない。

しかし、男女ともに筋骨隆々、職人気質を伺わせる鋭い目つきは変わらない。


一体が、キラーアントが掘った穴を覗き込んで、天井を叩いて、壁を押して、振り返った。


「雑だ」

「喋った」

「掘り方が雑だ。この穴、誰が掘った」

「蟻が掘った」

「蟻か。蟻にしては上出来だが、このままでは使えない。補強するか」

「戦略的に使う通路だけ頼む。他はそのままでいい」


ドワーフが頷いて、穴の中に入っていった。

要所を選んで、支柱を岩から削り出し、壁の弱いところに当てて、打ち込んでいく。

手つきが手慣れている。


職人だ。


「ぽんこ」

「はい」

「この穴、ダンジョン構造変更になるか」

「なりません。ただの穴です。キラーアントが掘って、ドワーフが支えた穴です。構造変更制限の対象外です。いつでもできます」

「……いいのか、それ」

「仕様の穴ですね。穴だけに」

「黙れ」

「マスターもちょっと笑ったでしょ今」

「笑ってない」


アニが補強済みの通路を歩いて戻ってきた。


「使える。正式な壁より脆いが、戦う場所としても機能する」

「運用方針を決めよう」

「ああ」


「正式な構造は俺がDPで作る。戦略的に使う場所だけドワーフが補強。蟻達には好きに掘らせる」

「それでいいと思う。蟻の戦い方は蟻が一番よく知っている、それが一番蟻を生かせる」


壁の向こうで、キラーアントが岩を噛み砕く音がする。

その後ろで、ドワーフが支柱を打つ音がする。


オトの声が壁の向こうから聞こえた。


「新しい穴、通れた」


アニが地図を書き換えている。


蟻の巣ダンジョンは、ようやく本当に蟻の巣になり始めた。

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