第92話 不眠
新ダンジョンが動き始めた。
とはいえ、最低限の部屋と通路があるだけだ。
防衛は仮。
生活も仮。
おまけに名前まで仮だ。
何もかも仮だが、やることだけは山ほどある。
旧ダンジョンとの連係を決めなければならない。
新ダンジョンに何を配置するかも決まっていない。
モンスター一覧から使えそうなモンスターを洗い出して、防衛体制を組み上げて、アニと相談して、セラの防衛区画を調整して、ぽんこの管理室を整えて。
俺はモンスター一覧を開いた。
文字が滲む。
一覧の三行目あたりで、目が止まった。
止まったまま動かない。
文字は見えているが、頭に入っていない。
同じ項目を三回読んで、一回も中身を理解していない。
「マスター、眠そうですよ」
「眠くない」
ぽんこの声を片耳で聞きながら、四回目を読む。
やっぱり頭に入らない。
一分後。
「マスター、眠そ」
「寝てる場合じゃない」
眠い。
認めたくないが、限界だ。
コア輸送の十八日間、ろくに眠れなかった。
更に到着してから丸一日経つ。
寝た方が早い。
寝て起きた方が判断力も戻る。
だが、今寝るのは危ない。
コアを置いたばかりの新ダンジョン。
防衛は未完成。
本気で攻められたら簡単に落とされる。
ぽんこもモンスターも睡眠は必要ない。
それが羨ましい。
俺にも寝なくていい体があれば。
ああ、そういえばイース北の時も寝れなくて似たようなこと考えてたな。
あの時は……
……ん?
俺は取得可能スキル一覧を開いた。
スクロールする。
身体強化系。感覚系。空間系。
その下に、見覚えのある項目。
【不眠】
必要DP:200,000
「あるじゃないか」
「ありましたね」
ぽんこが横から覗き込んでいる。
「二十万か」
「高いですね」
「高い」
高い。
だが、ずっと欲しかったスキルだ。
あの頃は手が届かなかった。
今、DP残高は百万から諸々引いてもまだ余裕がある。
「取る」
「即決ですね」
「迷う理由がない。ずっと欲しかった」
「はい!」
取得。
【不眠】を取得しました。
眠気が、消えた。
一秒前まで脳に張り付いていた重たい膜が、すっと剥がれた。
モンスター一覧の文字が、くっきり見える。
三行目の内容が、ようやく頭に入った。
「すごいな、これ」
「でしょう!」
その直後、UIに追加の通知が表示された。
【不○系スキルが解放されました】
「ふ……けい、なんて読むんだこれ」
「ふまるシリーズです!寝ない、惑わないなどの存在維持系のスキルですね」
「ふまる……今考えたろそれ」
「正式名称です!」
その瞬間、UIの表示が乱れた。
一行目の文字が崩れる。
【不○系スキル】と表示されていた部分が黒く潰れた。
【管理権限者よりリネーム申請……承認】
次の瞬間、表示が変わった。
【ふまるシリーズ】
「おい。UIが書き換わったぞ」
「あ。」
沈黙。
「……だ、だから正式名称だと言ったじゃないですか!」
「正式名称になった。今、なった。後からな」
「そんなことよりマスター!このスキル見てください!」
露骨にごまかしている。
追及したい気持ちはあったが、表示された一覧に目を奪われた。
【ふまるシリーズ】
不眠。取得済み。
不惑。必要DP:500,000。
不老。必要DP:10,000,000。
不壊。必要DP:1,000,000,000。
不死。必要DP:1,000,000,000。
「不死……」
俺は、その項目で目が止まった。
「なんだこれ……死ななく、なるのか?」
「そうです!ただし、コアが残っていることが条件です。ダンジョンマスターの身体が死んでも、コアが残っている限り自動再生成されます」
「俺がリスポーンするようになるのか」
「そうです!取りますか?」
「いちじゅうひゃく……十億か。無理だろ」
「上には上があるんですねぇ」
「それに比べて不老は一千万か、お手頃だな」
「金銭感覚バグる奴ですね」
というか、不老?
「おい、ぽんこ。俺、年取るのか?」
「取りますよ!」
「先に言え」
「聞かれてません!」
「聞かれる前に言うことだろ、それは」
「人間が年を取るなんて当たり前じゃないですか!ぽんこのせいじゃないです!」
ぽんこが頬を膨らませている。
お団子が不機嫌そうに回る。
不老。一千万DP。
今の手持ちでは無理だ。
だが、いずれ必要になる。
ここまで一年。
大陸統一だけで何年かかるかわからない。
世界統一なんて何十年だろう。
その間に、俺の体が老いるのは困る。
年を取れば、判断力も体力も落ちる。
ダンジョンマスターは戦争中だ。
老いている場合じゃない。
俺はUIを閉じて、モンスター一覧に戻った。
眠気はない。
頭は冴えている。
だが、問題は何も減っていない。
「ぽんこ、モンスター一覧の続き出してくれ」
「はい!今夜は寝かせません!」
「その言い方はやめろ」




