第91話 蟻の巣ダンジョン(仮)
十五日目の襲撃の後、俺達は警戒を深めていた。
オト隊の索敵は目立つ形に変えさせた。
すでに気付かれている、気付かれないよりも見せることで牽制を狙った。
それから何度か、敵のダンジョンマスターからの偵察と見られる攻撃があったが、どれも軽くいなすと逃げて行った。
そして……十八日目。
崖が見えた。
森の向こうに、灰色の断崖がそびえている。
「ここだ」
崖の中腹に、亀裂がある。
アニの部隊が土木工事で入れてくれた大きな亀裂だ。
この亀裂の奥にダンジョンの入口を設置する。
下から見えにくいように崖自体も削ってある。
セラが、崖を見上げた。
多脚が岩肌に一歩踏み出して、感触を確かめている。
「防衛適性。上方は崖が阻み、下方は森が阻みます。側面は岩壁。正面の入口のみが侵入路になります」
「セラちゃんのお気に入りポイントですね」
「防衛適性の評価項目です」
「同じことです」
崖の中腹まで登った。
セラの多脚が岩場を掴みながら、慎重に登っていく。
亀裂の内部、入口予定の場所に着いた。
冷たい空気と、湿った岩の匂い。
奥行きがある。
ここから掘り広げて、蟻の巣にする。
セラが止まった。
「マスター」
「ああ」
「コアを設置しますか」
俺は、セラの下腹部を見た。
白い球体。
あの中に、俺のコアがある。
十八日間、あの中で、守られてきた。
あのコアをここに置けば、新しいダンジョンが、始まる。
「セラ。開けてくれ」
「了解しました」
格納庫の装甲が花弁のように開く。
コアは変わらずそこにあった。
亀裂の内部。
岩を削って作った小さな窪み。
そこに、コアを置いた。
手を離す。
一瞬、何も起きなかった。
次の瞬間、UIが勢いよく開き表示が流れていく。
【ダンジョンコア:設置完了】
【ダンジョン分割:有効化】
【旧ダンジョン:ダミーコア稼働継続】
【新ダンジョン:起動】
「起動しました!」
ぽんこの声が洞窟に響いた。
お団子が、くるくると回っている。
「マスター!新ダンジョン、起動です!」
「ああ」
「DP残高、確認します。……百万DP」
「百万……ぽんこ、前のダンジョンは何DPから始めたんだか覚えてるか?」
「よくぞ聞いてくれました。あれはぽんこがマスターと出会った日。あの時、マスターの所持金は……10DPでした!」
「百万DPではじめるダンジョン運営。なんでもできるぞ!」
テンションが上がった俺の目の前に、新しいUIが展開された。
ダンジョン選択画面。
【イース北ダンジョン】
【蟻の巣ダンジョン(仮)】
ダンジョンが選べるようだ。
というかなんだ(仮)って、とかイース北が正式名称なんだな、とか考えつつ、蟻の巣ダンジョン(仮)を選択する。
開いたUIには、支配域はゼロ。構造物はゼロ。モンスター配置はゼロ。
何もない。
ここから作る。
「まず支配域化だ」
「はい!範囲は?」
「一気に行く。とりあえず蟻の巣ダンジョンに相応しく、通路を通す」
「了解です!どうぞ!」
UIに、支配域が広がっていく。
旧ダンジョンを初めて作った時と同じだ。
岩が、石が、空気が、自分の体の延長になっていく。
だが、今度は頭の中で上下左右前後、縦横無尽に立体的に、一気に通路を作り上げていく。
「支配域化、完了」
「次。内部構造」
ここからが本番だ。
「コア部屋が最優先。次にセラの防衛区画。次にぽんこの管理室。次に居住区。次に食堂」
「全部は無理ですね」
「管理室は後にするか」
「えー!」
最奥にまとまった範囲で支配域化し、コア部屋を配置。
コア部屋が形になった。
小さい。
旧ダンジョンのコア部屋よりずっと小さい。
だが、コアが置ける。
今はそれでいい。
「セラの防衛区画」
セラが、通常形態に戻った。
百八十センチの女性型機械体。
新しいコア部屋の前に立つ。
「この位置で、問題ありません」
「狭くないか」
「狭いです。戦闘形態の展開には制約が出ます」
「すまん。今はDPを節約したい」
「問題ありません。適宜拡大を要請します」
セラの声に、不満はなかった。
「ぽんこの管理室」
「はいはい!ぽんこの部屋!ぽんこの部屋です!」
「二畳でいいな」
「ぽんこのへーや、ぽんこのへーや、どこにーあるー」
ぽんこが歌っている。
管理室は、コア部屋の隣、最小限の空間。
「次、居住区」
「マスターのお部屋!」
「マスターの部屋は防衛区画内でお願いします」
「ぽんこの部屋の隣です!」
俺の部屋はコア部屋の近く。
各幹部の部屋はそれより入口側に点々と作った。
各部隊は幹部部屋の近くの大広間。
ただし、この辺は作り替える前提だ。
どんなモンスターで固めるかも決まってないからな。
「蟻の巣状だからな、通路を延ばせばどうにでもできる」
話していると、アニが入ってきた。
「通路、見せてもらった」
「ああ。どうだった」
アニは入口からここまで、通路幅を腕で測り、天井高を目で確かめ、左手の指を規則的に動かしていた。
「大きさはいいが。動線がめちゃくちゃだ。マスター、あんた勢いだけで何も考えずに作っただろ」
「……通路を伸ばせばどうにでもできる」
こいつはいつでも冷静な奴だ。
一年前には殴りたがりで敵も味方もぶん殴ってグギャグギャ喚いてたってのに……
「オトの隠し通路は」
「もう入った」
オトの声が、壁の向こうから聞こえた。
いつの間にかいる。
「狭い。でも、動ける」
「どうだ」
「十分」
チュウタの連絡通路は、壁の中に小さなトンネルとして掘った。
分体が走り回れるサイズ。
『通れる。暗い』
「暗いのは平気だろ」
『ちょっと寂しい気分になる』
俺は、新しいダンジョンの構造を見回した。
小さい。
狭い。
旧ダンジョンとは比べものにならない。
だが、自分で考えて、自分で設計して、自分で作った。
継ぎ足しじゃない。
最初から、こうしたいと思って作った場所。
「ぽんこ」
「はい」
「悪くない」
「悪くないですね」
「ここから、広げていく」
「はい!」
ぽんこのお団子が、くるくると回った。
蟻の巣ダンジョン。
(仮)だが、確かに蟻の巣だ。
小さくて、深くて、見つけにくくて、中身が詰まっている。
ここが、新しい家だ。




