第90話 いざ、新ダンジョンへ
出発の朝。
コア部屋で、セラがダンジョンコアの前に立っていた。
「マスター。コアを収納します」
「頼む」
セラが、コアに手を伸ばした。
その瞬間、セラの体が変わり始めた。
脚部装甲が展開され、分解される。
胴体の下半分が開いて、中から球形の構造体が展開した。
白い球体。直径は一メートルほど。
その表面が花弁のように開き、内部にダンジョンコアを収める空間が現れた。
セラがコアを持ち上げて、格納庫に収めた。
青白い脈動が、球体の中に吸い込まれていく。
格納庫が、静かに閉じた。
球体の下部から、複数の脚が伸びる。
鋭い先端が床を掴み、重い金属音を立てて機体を支えた。
六本。
岩場でも、ぬかるみでも、崖でも倒れない脚。
球体の頂部から、セラの上半身がせり上がってくる。
人型の上半身と、多脚の球形機体。
全高は約三メートル。
それは戦うための姿ではない。
コアを運び、守り抜くための姿だった。
「中枢防衛形態へ移行完了」
セラの声が、高い位置から聞こえてくる。
「本形態はコアの護送を最優先とします。攻撃性能防衛性能は戦闘形態に劣ります」
「どのくらい」
「防衛強度40%ダウンです」
「セラちゃんは閉域防衛特化モデルですからね、護送は苦手です」
「用途の問題です、性能の問題ではありません。しかし、この中では私が最適なのも確かです。この身に代えても任務は達成します」
俺は、格納庫を見た。
さっきまで机の上にあったコアが、あの中に入っている。
自分の心臓を、機械の中に預けた感覚。
だが、怖くはなかった。
セラの中にある方が、俺の腹に巻きつけるより、ずっと安全だ。
あの球体を開けられる奴が、この旅路にいるとは思えない。
「セラ」
「はい」
「その中、どうなってる」
「格納庫内は衝撃吸収構造になっています。歩行や跳躍、転倒程度では揺れません」
「揺れないのか」
「セラちゃん、多脚で姿勢制御してますから。地面がどんなに荒れても、格納庫だけは水平を保ちます」
「……すごいな」
「うちのセラちゃんは実はすごいんです」
ぽんこが、お団子を回しながらセラを見上げている。
なぜか誇らしげだ。
セラは何も言わなかった。
ただ、多脚が一歩、静かに床を踏んだ。
入口の前に、隊が整列していた。
アニが選んだ百体。
全員が上位種だ。
広域捜索で実地を経験した小隊長を中心に、偵察、戦闘、荷運びのバランスを組んである。
セラが、隊列の中央に入った。
多脚の歩みは慎重だ。
一歩ごとに、六本の脚が地面を確かめ、細心の注意を払って歩いている様が見て取れる。
しかし、それでもゴブリンよりも速かった。
オトは、もういない。
先行偵察を任せてある、出発前に消えていた。
チュウタの分体が、俺の肩に乗った。
『いく』
アニが、手を上げた。
「全隊、前進」
百体が動き出した。
森の中を進む。
アニが組んだ隊形は、セラを中心にした環状配置だった。
セラの多脚が木の根を踏み越えるたびに、周囲のゴブリンが自然に道を空ける。
三メートルの機体は森の中では目立つが、木々の間を縫うように進む多脚は、想像以上に器用だった。
怖いのは、野良モンスターに襲われることじゃない。
この護衛部隊と、セラの中枢防衛形態があれば、道中の脅威には対応できる。
アニの隊形は穴がなく、オトの先行偵察は正確で、この布陣を抜ける存在が、この近辺にいるとは思えない。
怖いのは、見つかることだ。
ダンジョンマスターが、コアを抱えて地上を歩いている。
それを、他のダンジョンマスターに知られること。
「ぽんこ」
「はい」
「地図のコア位置表示、今どうなってる」
「一緒に移動しています。ダミーコアも地図は欺けませんから」
「丸見え、か」
「それに、マスターによっては、別の方法でコアを探知できる可能性もあります」
「例えば」
「コアの移動を検知する専用スキルとか」
「あるのか」
「あるかどうかは分かりません。ないとも言い切れません」
たまたま、このタイミングで地図を監視しているマスターがいなければいい。
もしくは、気付かれたとしても、襲撃が間に合わなけばいい。
三日目。
六日目。
十日目。
何も起きなかった。
十二日目に地形が変わり始めた。
丘陵が終わり、山が見え始める。
森の木が太くなり、空気が冷たくなる。
候補地の地域に入りつつある。
十五日目の夜明け前。
先行するオトから、チュウタを介して連絡が入った。
『狼の群れ。五十以上。先頭にワーウルフ。速い。抜かれるって』
オトで処理しきれない群れ。
部隊に警戒が走る。
アニが即座に隊形を切り替えた。
「密集。セラを中心に陣形を縮めろ。外周はホブゴブリンとゴブリンファイター。メイジとアーチャーは内側」
セラの多脚が止まった。
格納庫を守る姿勢のまま、一歩も動かない。
来た。
森の奥から、灰色の影がいくつも飛び出してきた。
狼型モンスター。
通常の狼より二回りほど大きく、牙が長い。
オト隊が周囲から攻撃をしかけている。
一体一体は大したことがない。
だが、速い。
群れで連携して、隊形の隙間を突いている。
そして、その後方に、一体。
二足で立つ狼。ワーウルフ。
人間の上級探索者でも手を焼く上位種。
こいつが群れを統率している。
これは野良じゃない。
どこかのダンジョンマスターが送り込んできた。
コアの移動に気づいた奴がいる。
ワーウルフ一体と狼の群れ。
本気にしては数が少ない、様子見か、後続がいるか。
狼がホブゴブリンの外周に食いついた。
アニの指揮が飛ぶ。
「押すな、引き込め。挟め」
ホブゴブリン達が盾を構えて狼を受け止め、メイジが後方から火球を叩き込む。
狼が一体、二体と倒れていく。
だが、ワーウルフが厄介だった。
速い。
陣形の厚い部分を避けて、横から回り込んでくる。
こちらの攻撃は、すんでの所でかわされる。
殺せない。
防御は破られない。
セラは微動だにしていない。
だが、ワーウルフを仕留められない。
こいつは隊列を崩す気で動いていて、こちらはそれを許さない形で受けている。
膠着だ。
決め手がない。
圧倒的な一撃で前線をぶち抜く力があれば、こんな膠着にはならない。
ワーウルフ一体、潰せばいい。
それだけで群れは崩れる。
その一撃が、今のこの隊にはない。
「アニ」
「分かってる。狼を先に片付ける」
アニの判断は正しかった。
ワーウルフは足止めに専念し、まずは群れを削る。
ホブゴブリンの隊列が狼を押し込み、メイジの火球が追い打ちをかけ、十分ほどで狼は全滅した。
「今だ」
アニの号令で、ホブゴブリンが一斉にワーウルフを囲んだ。
物量で退路を塞ぎ、メイジが四方から火を放つ。
ワーウルフは三度突破を試み、三度跳ね返され、四度目にオトが首をかき斬った。
倒した。
とはいえ時間がかかった。
「被害は」
「負傷多数。重傷ゼロ。死亡ゼロ」
「ゼロか」
守りは固い。
それは間違いない。
アニの指揮は完璧で、セラのコア防衛は鉄壁で、ゴブリン達は一体も死なずに耐えきった。
だが、ワーウルフ一体に一時間かかった。
今回は後続が来なかったが、本気の襲撃なら、この一時間の間に第二波が来る。
次がそうじゃないとは限らない。
俺達は急いで先へと足を進めた。




