↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/90

第89話 空白の三十日

蟻の巣ダンジョンの設計が仕上がった。

あとは、実行に移すだけだ。


ダミーコアは手元にある。

レイゼルが勇者を騙した時に使ったダミーコアと、物としては同じもの。

ただし、今回は偽装ではなく、代替コアとして使う。

その機能が、元々備えられていた。


コア部屋に、主要メンバーを集めた。


シルヴァさん、アニ、オト、イモ、セラ、レイゼル。

ぽんこは俺の横。


「これから、ダミーコアの代替コア機能を起動する。その前に、全員で段取りを確認したい」


俺はUIを展開して、全員に見えるようにした。


「ぽんこ」

「はい。説明します」


ぽんこが一歩前に出た。

真面目な話の時の顔だ。


「ダミーコアの代替コア機能を起動すると、このダンジョンはダミーコアで維持される状態に切り替わります。ダンジョンコアは、このダンジョンから切り離されます」

「切り離されたコアを、新しい場所に持っていく」

「はい。ただし、制限があります」


ぽんこがUIに赤い文字で表示した。


「代替コア機能の起動から三十日以内に、新しいダンジョンへダンジョンコアを設置しなければなりません。三十日を過ぎると、代替コア機能は無効になります。無効になると現ダンジョンの管理も不可能になり、私達は帰る家がなくなります」


部屋の空気が、少しだけ変わった。


アニが腕を組む。

オトは表情を変えないが、わずかに姿勢が前に出た。

レイゼルが椅子の上で足を組み替えた。


「さらに」


ぽんこが続ける。


「ダンジョンコアを新しいダンジョンに設置するまでの間、現ダンジョンは既存構造の自動維持だけになります」

「自動維持だけ、というと」


アニが聞いた。


「構造、モンスターの自動生成、今ある罠は、そのまま動きます。でも、新しいモンスターの生成、構造の変更、マスターの転移、そういった操作は全部できなくなります」

「指示も出せないのか」

「出せます。ただしUIを通じた全体指示は出来ません、直接指示を出すしかなくなります」


「新ダンジョンの方は」

「まだ正式稼働していないので、何もできません。コアを設置して初めて起動します」


つまり、空白期間が生まれる。


ダミーコアを起動してから、俺が新ダンジョンにコアを設置するまでの間。

現ダンジョンは自動運転。

新ダンジョンは起動前。

俺はコアを抱えて外を歩いている。


誰もが、その意味を理解した。


「候補地までの距離は」


アニが地図を見ながら聞いた。


「護衛部隊の行軍速度で、二十日前後です」

「余裕は十日」

「はい」

「移動中に何かあった場合の対応は」

「アニさんの護衛部隊と、同行メンバーだけで対処するしかありません」


アニは何も言わずに、頷いた。

代わりに、頭の中で護衛の編成を組み始めている様子だった。

左手の指が、規則的に動いている。


「同行メンバーを決めたい」


俺が言った。


「セラ。コアを任せる。絶対に守ってくれ」

「了解しました」


セラの返事は短い。

だが、コア防衛と聞いた瞬間、立ち姿がわずかに変わった。

重心が低くなる。

戦闘形態ではないが、臨戦に近い姿勢。

セラにとって、コア防衛は存在理由だ。


「アニ。護衛部隊の編成と指揮を頼む」

「了解。精鋭で組む。数はどれくらい出す」

「多すぎても目立つ、隠密に動ける最大数で」

「わかった。……百、だな」


「オトは先行偵察、オト隊は全部連れてっていい」

「うん」


「チュウタ。連絡網」

『了解』


チュウタの念話が、部屋の隅から飛んできた。

分体が、机の端にちょこんと座っている。


「ぽんこ、今回はお前もついてきてくれ」

「はい!マスターのナビ、ぽんこにお任せです!」


「レイゼルは、このダンジョンに残れ」

「了解。ま、危ない時に私にまで構ってられないよね」

「いや、なんとも不本意だが、お前にも仕事を頼む。このダンジョンに何か問題が起きた時、シルヴァさんと連携して対応してくれ」

「あれ?ちょっとは信頼してくれた?」


レイゼルの軽口に、俺は返さなかった。


「イモは」

「はいはい、どっちでもいいですけど」

「残れ、レイゼルの監視を頼む」

「じゃあ残ります」


編成が決まった。


移動組。俺、ぽんこ、セラ、アニ隊護衛部隊百、オト、チュウタ連絡網。

残留組。シルヴァさん、レイゼル、イモ、残りのゴブリン。


ぽんこがメンバーをUIに書き込んでいく。


「ところで」


シルヴァさんの声。


穏やかな声。

だが、少しだけ、いつもと違う響きがある。


「マスター」

「はい」

「改めて。……私は、新しいダンジョンへは行きません」


行かない。


引っ越しも佳境になり、判明した事実。

分かっていたが、こうして言われると、重さが違う。


「私は、この森そのものです。人の形で歩ける範囲はありますけれど、この森から大きく離れることは、できません」


その声は、いつも通り穏やかだった。


「森を離れるということは、体の大部分を捨てるということです。エンプレスに進化してから、私と森は、もう切り離せません」

「……分かってます」

「寂しさはありますが、このダンジョンには愛着もあります。私はこのダンジョンに残ります」


シルヴァさんの声が、ふっと、柔らかくなった。


「私は、このダンジョンを守りますわ。マスターが初めて作った、このダンジョンを」

「シルヴァさん」

「低層の探索者のお世話も、深部の管理も、私にお任せください。私ひとりで何もかも、という訳にはいかないでしょうが、私には森も、ゴブリンさん達もついています。みんなの力で、守ってみせます」

「……ありがとうございます」

「いいえ。ここは私の家ですもの」


家。


シルヴァさんが「家」と言う時、それはダンジョンそのものを指している。

ここで暮らす全員の居場所。


その家を、シルヴァさんに託す。

俺は家を出て、新しい場所を作りに行く。

シルヴァさんは家に残る。


「シルヴァさん」

「はい」

「戻ってきます」

「ええ。お茶を淹れて、待っていますわ」


部屋に静寂が戻る。

俺はUIに目を戻した。


三十日。


その間に、コアを抱えて大陸を横断する。

護衛はアニが選んだ百のゴブリンとセラとオト。

このダンジョンはシルヴァさんが守る。


「ぽんこ」

「はい」

「代替コア機能、起動しろ」

「了解です」


ぽんこがUIに手を伸ばした。

ダミーコアが、淡い光を帯びた。


ダンジョンコアの脈動が揺れる。

青白い光が、ほんの一瞬、強く明滅する。

それから、元のリズムに戻った。


だが、UIの表示が変わっていた。


【代替コア機能:起動】

【ダンジョンコア:切り離し可能】

【制限時間:三十日】


「起動しました」


ぽんこの声が、静かに響いた。


「カウントダウン、始まります」


三十日の空白が、始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ただのお引越しパートかと思ったら、30日というタイムリミットが! 何かのアクシデントが死に直結するというスリリング!! 良いですね。宇宙戦艦ヤマトの地球滅亡まであと365日と同じ構図ですが、盛り上がり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。