第88話 新ダンジョン設計会議
ラセツが出ていった翌日、アニがコア部屋に来た。
「聞いた」
「ああ」
「追いかけるか」
「追いかけない」
アニは一拍だけ俺を見て、短く頷いた。
それだけだった。
理由も、経緯も聞かなかった。
ラセツ隊の鬼達はアニが引き取って、即座に編入先を振り分けた。
副官だけがラセツについていったから、残りは行き場を失うところだったが、あいつはこういう時に速い。
シルヴァさんは、いつもの穏やかな声に戻っていた。
昨日の怒りの痕跡は、どこにもない。
お茶を淹れてくれる時の手つきが、いつもより少しだけ丁寧だった。
イモは、通りがかりにぽそっと言った。
「ラセツさん、楽しそうに出ていきましたよ」
楽しそうに出ていった。
それなら、いい。
三日後。候補地が決まった。
中央西寄り、山岳と森が重なる地帯。
深い森の奥にある、断崖絶壁。
アニとレイゼルの最終報告で、第一候補。
街道から離れている、人間が来ない理由がはっきりしている、大陸の中心に近い。
「ここにする」
「即決ですね」
「迷う理由がない」
ぽんこが、にっと笑った。
「じゃあマスター、新居の設計です!」
「新居って言うな」
「新居じゃなければ愛の巣です」
ぽんこがUIに白紙の設計画面を展開した。
その横に、セラが立っている。
いつからいたのか分からない。声を出さずに、設計画面を見ている。
「さて」
俺は椅子に座り直した。
「前のダンジョンは、できることが増えるたびに継ぎ足してきた。最初はゴブリン、次に罠、次に階層、次に防衛。全部、必要に応じて作った」
「はい」
「今回は違う。最初から目的を持って作れる」
ぽんこのお団子が、くるっと回った。
楽しそうだ。
「ではでは!まず大方針から!マスター、どんなダンジョンにしたいですか!」
「人を入れない」
「はい」
「探索者も、討伐隊も、ギルドも。誰も来ない。稼ぎは旧ダンジョンに任せる。新しい方は、完全に防衛用だ」
「防衛だけのダンジョン!いいですね!じゃあ、案出ししましょう!」
ぽんこがUIにメモを立ち上げて、俺と交互に案を並べていく。
「絶対に見つからない秘境ダンジョン」
「出入り不可能な断崖絶壁ダンジョン」
「入口が水中のダンジョン」
「森の中の城型ダンジョン」
「偽の重要区画を作って、侵入者を迷わせる」
「迷宮型にして、正しい道を知らないと奥に行けない構造」
ぽんこが楽しそうに書き加えていく。
お団子がくるくるくるくる回っている。
「セラちゃんを最大限活かす前室!」
「アニ隊が展開できる大通路」
「チュウタさん専用ちっちゃい通路!」
「オトが動ける隠し通路」
「ぽんこの管理室!」
「イモの分析室」
「宴が開けるおっきな食堂!」
「それぞれの居住区」
「マスターの寝床!大事です!」
そこで、セラが口を開いた。
「居住区はコア防衛に不要です」
静かな声だった。
感情はない。
ただ、事実として言っている。
ぽんこが振り返った。
「セラちゃん、みんなが住む場所は必要です」
「全員がコア近傍に常駐すれば防衛効率は上昇します。居住区を別区画に設けると、コアとの距離が生まれます」
「だからって寝床をコアと一緒にするなって言ってるんです」
「一緒ではありません。コア防衛に最適化された常駐区画です」
「それを一緒って言うんです」
ぽんこの声が、珍しく強くなった。
「みんなはコアに付属する備品ではありません。生活する場所が必要です。寝る場所、食べる場所、考える場所。それがないと、マスターが壊れます」
「なるほど、マスターの生存はコア防衛に含まれます」
「含め方が雑です!」
「旧式もたまには正しい意見を言うのですね」
「あー!また旧式って言った!まったくこれだから最近の若い人は!」
俺は二人のやり取りを横で聞きながら、少しだけ笑った。
セラは間違っていない。
コア防衛の効率だけを考えれば、皆がコアの横に張りついているのが一番安全だ。
ぽんこも間違っていない。
俺は人間だ。
生活できないと、頭が回らなくなる。
アニが横から口を出した。
「基本の通路幅は、オーガが二体並んで歩ける程度にしてほしい」
「狭いな」
「狭くていい。広い通路は攻めやすい通路だ。防衛なら狭い方がいい」
「なるほど」
レイゼルが、食堂から顔を出して言った。
「入口は一つにしないほうがいい。非常口が要る。人間の城には必ず裏口がある」
「捕虜が設計会議に参加するな」
「聞こえただけだよ」
聞こえただけにしては、的確だ。
案が出揃ったところで、俺は図面を見下ろした。
崖の中腹に入口を作る。
入口自体が見つけにくく、見つけても入りにくい。
中は上下左右に分岐する。
縦穴、横穴、行き止まり、偽通路、戻ったように見せる回廊。
正しい道を知らないと奥まで辿り着けない。
通路は立体的に交差する。
頭の中に、構造が浮かんだ。
「蟻の巣だな」
「蟻の巣?」
「蟻の巣は、入口が小さくて、中が深い。中は立体的に分岐していて、正しい道を知らないと女王の部屋まで辿り着けない。そういう構造だ」
「ああ、なるほど!蟻の巣ダンジョン!」
「名前はつけなくていい」
「蟻の巣ダンジョン、採用です!」
「採用してない」
「却下は認めません!」
ぽんこが楽しそうに図面を仕上げていく。
楽しい。
素直にそう思った。
前のダンジョンは、生き残るために作った。
必要に迫られて、その場その場で継ぎ足した。
今回は違う。
最初から、こうしたいと思って作れる。
ダンジョンを作るのは、こんなに楽しかったのか。
「マスター」
「ん」
「いい顔してますよ」
「してない」
「してます。ラセツさんの時とは、全然違う顔です」
ぽんこが、にっと笑った。
ラセツ。
あいつはこの楽しさの輪の中に、いない。
「……空けとけ」
「え?」
「ラセツの部屋。居住区の端でいいから、空けとけ」
「はい」
ぽんこが、図面の端に、小さな空白を残した。
名前は書かなかった。
でも、場所だけはそこにあった。




