第86話 ユート
ラセツ隊が帰還した。
捜索が終わり、候補地はいくつかに絞れている。
アニとレイゼルがまとめた報告を、俺とぽんこで詰めているところだ。
ラセツは帰ってきた日に、作業に回した。
新ダンジョンの準備が始まっている。
最後の選定に、候補地の地形をどこまで作り変えられるか、それも試しておきたい。
ラセツ隊の鬼種は、力仕事に向いている。
ゴブリンでは動かせない岩を、鬼なら一人で担げる。
ラセツなら崖の中腹に足場になる大穴を開けられる。
効率がいい。
指示を出して、仕事に戻る、今は寝る間も惜しい。
そんな中、ラセツがコア部屋の扉を蹴り開けた。
いつもの入り方だ。
だが、いつもと空気が違った。
金棒を肩に担いでいない。
両手が空いている。
「主」
「ん」
「話がある」
俺はUIから目を上げた。
ラセツが、いつもの様子で机の前に立っている。
だが、目の奥に、いつもとは違うものがある。
「どうした」
「俺は、いつまでこれをやる」
「これ?」
「候補地探し。護衛。運搬。力仕事」
「……終わるまでだ」
「終わったら、次は何だ」
「終わったら、攻めでもなんでもやらせてやる」
ラセツが、一歩、近づいた。
「主よ」
「なんだ」
「俺は、何のためにここにいる」
俺は黙った。
「二十万DPで生まれた。攻めの切り札として。主がそう決めた」
「ああ」
「じゃあなんで、俺は崖を削っている」
「今は作業が必要だからだ」
「作業が必要だから、か」
ラセツの声が、低くなった。
「なあ、主よ。お前は人を使うのが下手なわけじゃねぇ」
「……なんだ、急に」
「むしろ上手いんだろうさ。シルヴァの姉御には森を任せる。アニには軍を任せる。セラにはコアを守らせる。それぞれに合った仕事を渡して、信頼して、任せる。上手いことやってる」
「だったら」
「だがな」
ラセツの目が、まっすぐ俺を射た。
「お前は任せた後も、手綱を握ってねぇと気が済まねぇんだよ」
空気が、変わった。
「任せるって言いながら、横から口を出す。好きにしろって言いながら、条件をつける。信用してるって言いながら、保険をかけてやがる」
「それは」
「アニにレイゼルを任せたよな。あれ、オトを見張りにつけただろ」
息が、止まった。
「知ってんだよ。オトの気配を察知できるように、鼻を磨いたからな」
俺は、何も言えなかった。
ラセツが続ける。
「お前は信用してねぇわけじゃねぇ。それは分かってる。信用した相手に権限を渡す。仕事も任せる。そこは本物だ」
「だったら」
「だから腹が立つんだよ」
ラセツの声が、もう一段、低くなった。
「お前は信頼した相手ほど、自分の盤面に置きたがる。俺もアニもオトもシルヴァの姉御も、みんなお前の盤面にきっちり置かれてやがる。お前が引いた線の中で暴れろってことだろ」
「違う」
「違わねぇよ」
俺は反論しようとした。
シルヴァさんにはダンジョン運営を任せている。
アニにはゴブリンの指揮を任せている。
オトにも偵察を任せている。
俺は一人で全部を抱え込んでいるわけじゃない。
だが、そこで言葉が止まった。
任せている。
それは事実だ。
だが、何を任せるか、どこまで任せるか、どこから先を禁じるか。
その線を引いているのは、いつも俺だった。
アニにレイゼルを任せると言いながら、オトに見張らせた。
あれは保険のつもりだった。
アニを守るためだと思っていた。
ラセツには、それが手綱に見えている。
「俺はな」
ラセツが、声を絞った。
「お前に使われたくないんじゃねぇ。お前の盤面に置かれたくねぇんだ。俺は自分の喧嘩がしてぇ。自分で選んだ相手と、自分で決めた場所で、全部出し切って、それで勝つか負けるか。そういう喧嘩が」
「おい」
「ユート」
主、ではなかった。
「お前の枠の中で暴れるのは、喧嘩じゃねぇ。飼われてるだけだ」
刺さった。
深く、刺さった。
正しいと思った。
正しいから、言い返せなかった。
「……出てけ」
声が出た。
自分でも驚くほど、冷たい声だった。
「そこまで言うなら、出ていけ」
ラセツが、一瞬だけ目を見開いた。
それから、笑った。
「ああ。出ていくよ」
ラセツが、扉の前で振り返った。
「じゃあな、クソくだらねぇ時間だったぜ」
「……二度と戻ってくるな」
その声は、自分のものとは思えなかった。
「マスター」
背後から、シルヴァさんの声がした。




