第84話 久しぶりの現場
久しぶりに外の空気を吸った。
ダンジョンから北へ二日。
護衛のゴブリン隊に囲まれて、森の中を歩いている。
空を見上げると、百二十キロ先の天井に人工光源が淡く伸びている。
リング型コロニーの内壁だ。
この世界に来て一年以上経つが、空に大地がある景色にはまだ慣れない。
アニが先頭にいる。
護衛の配置、行軍速度、休憩の間隔、全部アニが決めた。
俺は後ろの方で歩いているだけだ。
レイゼルが隣を歩いている。
「君、外に出るの久しぶりだろう」
「分かるか」
「歩き方が硬い。ダンジョンの中しか歩いてないからそうなるんだ」
「お前もだろ」
「私はシルヴァさんの森で運動してるよ、君と違ってね」
軽口の応酬。
こいつと並んで歩くことになるとは思わなかった。
近場に候補地がひとつある。
北西部の空白地帯、ダンジョンから二日の森の奥。
小隊の報告では「候補の可能性あり」だった。
中央寄りではないから最終候補にはならないだろうが、現場を見ておきたかった。
それと、百隊がどう動いているか、自分の目で確かめたかった。
道中、ゴブリンの小隊とすれ違った。
七体編成。
先頭に斥候、後方に荷運び、中央に小隊長。
チュウタの分体が小隊長の肩に乗っている。
すれ違いざま、小隊長がアニに敬礼した。
アニが短く頷く。
小隊はそのまま別方向の森へ消えていった。
一年前のゴブリン達は、群れだった。
今は、すれ違う時に敬礼する。
小隊長が判断し、斥候が先行し、荷運びが補給を担う。
チュウタが連絡を繋ぐ。
こいつらは、軍隊になった。
俺が作ったんじゃない。
アニが作った。
候補地に着いたのは、二日目の午後だった。
森が深い。
木の密度が高く、日が差さない場所がある。
地面は苔に覆われている。
小川が一本、東に向かって流れている。
アニが周囲を見回して、指で地形を示した。
「ここなら入口を隠しやすい。斜面の裏に掘れば、上からは見えない。周囲の魔物も弱い。展開もしやすい」
軍事的には悪くない。
レイゼルが、森の中をゆっくり歩き回る。
木の幹に手を当てたり、地面の苔をめくったり、小川の方角を確認したりしている。
「ダメだ」
「理由は」
「小川がある」
「水源があるのは悪くないだろう」
モンスター達はそこまで水を必要としない。
だが、煮炊きや掃除に洗濯、あるに越したことはない。
「逆だよ。人間は水源に寄る。小川があるってことは、下流に集落がある可能性がある。集落がなくても、猟師や探索者が上流を辿って入ってくる。魔物が弱いってことは人間が入りやすいってことだ」
アニが黙った。
俺も黙った。
言われてみれば、そうだ。
だが、言われるまで気づかなかった。
ゴブリンの小隊も、水源を好条件として報告していた。
水がある場所は良い場所だ、と。
人間にとっても良い場所だから、ダメなのだ。
「レイゼル」
「ん」
「他に気づいたことは」
レイゼルが、苔をめくった手を払いながら言った。
「苔の下に石組みがある。古い。たぶん数十年前に誰かがここで暮らしていた。炭焼き小屋か、山小屋か。人間が住んだ痕跡がある場所は、また人間が来る。道は消えない」
「……アニ、わかるか?」
「無理だな」
「だから私がいるんだよ」
レイゼルが、軽く笑った。
嫌味じゃない。
事実だ。
俺にもアニにもゴブリン達にも、この判断はできない。
「ここは見送りだな」
「そうだね」
レイゼルに続いて、アニも頷いた。
帰り道、レイゼルが少し後ろに下がった。
俺と並んで歩く。
「君」
「ん」
「役に立っただろう」
「まぁな」
「それはよかった。役に立っておいた方が、ここでは扱いが良いからね」
軽い口調に、笑顔が見える。
だが、その下にある計算は隠していない。
自分の居場所を作るために、有用であることを選んでいる。
「ところでどうだろう。私のダンジョンの制限、支配域化だけでも解除してくれないかな?いい加減手狭でね、広くなれば更にDPも稼げる。君にとっても悪い話じゃないはずだよ」
「……考えておく」
こういうことだ。
分かった上で、使う。
「レイゼル」
「なんだい」
「戻ったら、アニと一緒に候補地の報告を見てくれ。中央寄りの候補がいくつか上がってきてる」
「いいよ。支配域化の件、期待しておくからね」
帰路は二日。
ダンジョンに戻ると、報告が溜まっていた。
その中に、ラセツ隊の報告があった。
他の小隊と同じ書式。
「候補地確認。周辺に野良モンスター。排除済み。該当なし」
他の隊の報告には、地形の細かな描写や、周辺の動物の種類や、帰路の状況が書き込まれている。
ラセツの隊の報告は、四行。
行った。見た。潰した。該当なし。
引っかかるものはあった。
だが、その引っかかりを言葉にする前に、次の報告が来た。
「マスター、こっちもお願いします」
ぽんこが新しい報告を持ってくる。
ギルドの動向に街の噂、そういえばリオン達にはどう説明したものか。
「マスター、ちょっといいかしら」
シルヴァさんから、ダンジョンの復旧についての相談。
イモは何をしているだろう。
あいつは何やら研究を続けているが、こちらから聞きに行かないと、自分から報告には来ない。
報告の手間すら惜しいようだ。
「……忙しいな」
「本社でふんぞり返るのも楽じゃないですねぇ」
ラセツ隊の報告は、報告書の山の下に沈んだ。




