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第82話 探索部隊は百隊

翌朝、コア部屋にアニが入ってきた。


「アニさん、来ましたー」


ぽんこが軽く手を振る。

アニは軽く目礼して、机の前まで歩いてきた。


人間サイズになってからのアニは、座る時に必ず椅子の縁を一度手で確かめる。

ジェネラルの体格は、ゴブリン時代の感覚と微妙にずれるらしい。

本人がそれをこぼしたのは一度きりだったが、癖だけは残っている。


「呼んだ理由は、聞いたか」

「ああ」


短い相槌。

アニは余計なことを言わない。


「中央寄りで距離は離したい。深い森や断崖や湿地。でも街道から完全には切れていない場所」


ぽんこがまとめたメモを、UI越しに展開する。

アニは三十秒ほど黙って読んだ。


読んでいる間、テーブルの上に置いた左手の指が、ゆっくり、規則的に動く。


これも癖だ。

最近気付いた。

配下の動かし方を頭の中で並べている時に出る。


「広い」

「分かってる」

「チュウタでは足りない」

「だから呼んだ」


アニが一拍、間を置いた。


それから、UI上に新しい画面を立ち上げた。

俺の前ではなく、自分の前に。

自分用の作業画面だ。


数十秒、無言で操作する。

画面の中で、ゴブリンの編成と区画割りが組み上がっていくのが、横から見えた。


「百隊が限界だ」

「百」

「補充が進んだ。動かせるのは二千ちょっと。百隊なら、防衛と作業を削らずに出せる」


二千。

二千体ならぱっと出てくる。


一年前のアニ達は、たった三体の兄妹だった。

そいつがここまで来るとは大したものだ。


今は、百隊を編成しても余裕がある程度の数を、こいつが管理している。

俺がアニを見ながら感慨に浸っていると、アニがさっさとまとめはじめた。


「報告は俺の方でまとめる。撤退判断は小隊長に任せる。それでいいか?」


任せる、と言った時のアニの口調は、淡々としていた。


末端に判断を任せるのは、信用していない指揮官にはできない。

あいつは小隊長を育てた。

その上で「任せる」と言える。


「よろしく」

「わかった」


アニは作業画面を閉じて、立ち上がった。


いや、頼みたいことがもう一つある。


「待った。ラセツも外に出したい」


アニの動きが、わずかに止まった。

こちらを見る。

表情は変わらない。

ただ、止まった。


「どこかを攻めるのか?」

「いや。候補地探しの一隊として」


アニはそのまま、一拍、二拍。

それから、短く頷いた。


「分かった」


返事は、それだけだった。

何も付け足さずに、アニは出ていった。


扉が閉まる。


ぽんこが、お団子を一回転させる。


「アニさん、ちょっと困った顔した気がします」

「ああ、あいつは色々考えてるからな。何かあるんだろうが……」


ぽんこはそれ以上は突っ込まなかった。

ただ、お団子が、もう一回ゆっくり回った。


その日の夕方、ラセツがコア部屋に来た。


ノックはしない。

扉を蹴り開けるように開ける。

釘バット型の金棒は肩に担いだまま。

俺がコア部屋で執務をしているのを知っていて、それでも気にせず入ってくる。


(あるじ)!」

「おう」

「ぽんこからチラッと聞いた。外の任務だってな」


ラセツの顔はわくわくが隠しきれていない、ずっと外に出たがっていたからな。


ラセツは机の前まで来て、金棒を床に立てた。

立てる時に、軽く石が削れる音がする。

本人はそれを気にしていない。


「攻めか!」

「いや。候補地探しだ」


ラセツの顔が一瞬だけ曇る。

しかしその直後、笑顔が戻ってくる。


「まあいい。外に出られるなら、それでいい」

「機嫌よさそうだな」

「そりゃな、何ヶ月ぶりだよ外の任務なんて」


その時、ラセツの後ろから、一体のゴブリンが顔を出した。


小柄。

ラセツ隊は最初期以降、ラセツと同種族の鬼種で固めてきた。

そんな中で、ラセツ生成当初から仕える最古参。

ゴブリンでありながら、ちゃっかりとラセツ隊の副官みたいな位置に落ち着いている。


目つきが他のゴブリンと違う。

眠そうな、半開きの目。

口の端が、いつもわずかに下がっている。


名前はない。

だが、ラセツが動く時には、いつもこいつがいる。


『出発は……すぐですな。あっしも準備してきやす』


ラセツが舌打ちした。


「お前、誰がついてこいと言った」

『言われてませんよ、兄貴。あっしも同じ方向に用があるんでさ。ねぇマスター』


副官ゴブリンが気軽に俺に話しかける。


「ついてきてんだろ」

『方向が一致してるだけです』


ラセツが、観念したように肩を落とす。


「勝手にしろ」

『勝手にしやす』


俺は、そのやり取りを横で見ながら、少しだけ妙な気分になった。


俺じゃない。

ラセツに、ついていく奴がいる。


命令ではない。

頼まれてもいない。

勝手についていくと言って、ついてくる。

ラセツも、邪険には追い払わない。


悪い関係じゃない。


ただ、それを、俺は今日まで真面目に見ていなかった。


「ラセツ」

「ああ」

「アニから作戦と報告の段取りを聞いておけ」

「分かった」

「今回はアニの作戦だ。アニの判断に従え」


ラセツの目が、一瞬だけ、こちらに向いた。


「他と同じか」

「ああ」


ラセツは、それから少しだけ笑った。

笑ったが、目は笑っていない。


「はっ。りょーかい」


短い返事。

それ以上は何も言わずに、ラセツは出ていった。

副官が、その後ろを音もなくついていく。


扉が閉まる。

部屋が静かになる。


「マスター」

「なんだ」

「ラセツさん、機嫌悪かったです?」

「悪かった」

「ですよね」


ぽんこが、お団子をゆっくり回した。

それ以上は言わない。


俺は、机の上のコアを見下ろした。

ぽんこの目が、少しだけ引っかかった。


だが、今は他に急ぐ話が多い。

このダンジョンの復旧。

ローラー作戦の開始。

場所が決まってからの造成準備。

やることは積み上がっている。


ラセツは、外に出れて機嫌が直る。

それで十分だ。


そう判断した。


「ぽんこ。地図、出してくれ」

「はい!」


ぽんこがUIに、地図を展開し、アニから上がってきた区画割りを投影する。


大陸の中央寄り、いくつかの区画。

そこに百個の隊が、散らばっていく。

百隊。

明日の朝、いっせいに動き出す。


「マスター、規模、大きくなってきましたね」

「俺一人じゃ、こんなことできないな」

「アニさんですよ。アニさんが作った軍隊です」

「分かってる」


ぽんこが、にっと笑った。


「マスターは、引きこもるのが仕事です!」

「引きこもってない」


翌朝、百隊が散らばっていく。

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― 新着の感想 ―
前回あたりからこの先どういう展開になるのかまったく分からなくなってきました。素直に面白いですね。こうやって更新された分をちまちま読むのではなく、書籍化されたのを一気読みしたい感じです。
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