第80話 戦後
ダンジョン内、コア部屋。
ぽんこがUIに住人掲示板を表示している。
イース北ダンジョン総合
312:名無しの探索者
イース北、Bランクに引き上げだってよ
313:名無しの探索者
マジかよ。稼ぎ場が
314:名無しの探索者
Eランクかと思ったらBランクだったってもしかしてギルドって無能?
315:名無しの探索者
第三大陸支部では平常運転
316:名無しの探索者
第三支部のやらかしで打線くんだ
4番 Eランクかと思ったらBランクで討伐隊全滅←new!
317:名無しの探索者
誰だよ
簡単すぎて中級以上は稼げないって言ってた奴
318:名無しの探索者
Bだったら中級どころか上級でも旨そうだよね
319:名無しの探索者
Bランクになると何か変わるの?
320:名無しの探索者
低ランクの探索者は届け出が必要になる
階層によってはランク制限
321:名無しの探索者
めんどくせー
322:名無しの探索者
でも低層は変わらないんだろ?
323:名無しの探索者
変わらないらしい
深層が危険なだけで低層は今まで通りだって
324:名無しの探索者
じゃあ別にいいか
深く行かなきゃ済む話だ
325:名無しの探索者
本部の連中は帰ったか?
326:名無しの探索者
帰ったよ
あの眼鏡も
327:名無しの探索者
よっしゃ
328:名無しの探索者
やっと平和になるな
UIを閉じた。
「Bランク、か」
「はい。低層は今まで通り。ただし中層以降は高ランク探索者しか入れなくなります」
「リオン達から連絡はあったか?」
「はい、一応処分は下ったそうですが、探索者の間では討伐隊すら全滅したダンジョンで生き残った英雄ということで、むしろ歓迎されてるとのことです」
静かだった。
ゼルヴェンが帰り、ギルドの看板がEからBに変わった。
それだけだ。
リオン達は生きている。
村も無事だ。
ダンジョンは健在だ。
だが、勝ったのかと聞かれれば、勝ったとは言えない。
「ぽんこ」
「はい」
「ゼルヴェンは帰った。でも、あの男は見た。コア部屋を見た。セラを見た。報告はあがったはずだ」
「はい。ただ——チュウタさんの情報だと、ゼルヴェンさんは左遷されたようです。第五大陸の辺境に飛ばされたと」
「左遷?」
「被害を出しすぎたからですかね?」
「まぁ、全滅だからな。そりゃそうか」
「フフフ……所詮奴は査定官の中でも最弱の男。いずれ第二第三のゼルヴェンが現れるであろう」
「お前はどっち側なんだ」
しかし、ゼルヴェンが左遷か。
少し心配の種が減った気分だ。
「ゼルヴェンの報告が棚上げになったなら、しばらくは大規模な討伐は来ないか」
「可能性は高いです。Bランクに上がったことで、逆にしばらくはギルドも様子見になるでしょう」
「つまり、時間が稼げた」
「はい。ただし——」
ぽんこが少しだけ真剣な顔になった。
「ゼルヴェンさんが見たものは消えません。報告が棚上げされても、あの人の記憶には残っています。いつか、あの情報が掘り返される可能性はゼロじゃないです」
「分かってる」
分かっている。今回は時間を稼いだだけだ。
問題を先送りにしただけだ。
「レイゼル」
食堂の方に声をかけると、レイゼルが出てきた。
侵攻前と変わらない顔。
だが、目だけは少し真剣だった。
「聞いてたか」
「聞いてたよ。Bランクか。私の時より甘い結末だな」
「お前の時は勇者が来た」
「来た。だから言える。今回の結末は、悪くない。少なくとも——勇者が来なかった」
レイゼルの声は軽いが、その一言だけは重かった。
レイゼルにとって勇者は、全てを奪われた記憶と繋がっている。
「次はどうする」
「今のうちに、やれることをやる。中層の再構築。深層の補修。ゴブリンの補充。全部だ」
「忙しくなるな」
まったくだ。
「いつになったら一息つけるんだろうな」
DP残高を確認する。
今回の大規模討伐での獲得DPを合算すると、かなりの額になっていた。
このDPで——次の準備をする。
コア部屋の隅で、セラが扉の前に立っていた。
通常形態に戻った機械体が、静かにこちらを見ている。
「セラ。お前の初陣だったな」
「はい。任務は完了しました。侵入者の抹消には至りませんでしたが、コアへの到達は阻止しました」
「十分だ」
「はい」
「セラちゃん。よくがんばりました」
「がんばってはいません」
「もーそういう時は素直にありがとうと言っておけばいいんです」
「あなたに命令権限はありません」
「命令じゃありません、アドバイスです!」
「ま、そこはぽんこの言うとおりだな。セラ、よくがんばった」
「……ありがとうございます」
セラの声に感情はない。
だが、「ありがとうございます」という言葉を、この機械体が初めて使った。
ぽんこが横で小さく笑った。
【side:ミナ】
イースの街から東へ一月。
教会の聖都、カナンの白い尖塔が朝日を受けて輝いている。
聖堂の裏手にある孤児院の庭で、一人の少女が木剣を振っていた。
十一歳。
小柄で、短く切った黒髪が汗に張りついている。
白い修道服の裾が朝露に濡れている。
目が大きく、顔立ちは幼いが、木剣を握る手には力がこもっていた。
ミナ。
アウル村から逃げてきた子供。
あの夜、村が燃えるのを背に走り続け、イースの街にたどり着き、教会に引き取られた。
そこからカナンの孤児院に送られて、半年が経った。
「ミナ。朝の礼拝の時間ですよ」
修道女が庭に顔を出した。
ミナは木剣を置いて、修道女の後についていく。
聖堂の中は、朝の光に満ちていた。
ステンドグラスの色が床に落ち、子供たちの歌声が天井に響いている。
ミナは孤児院の子供たちに混じって、前列に座った。
礼拝が終わり、子供たちが散っていく中で、司祭がミナを呼び止めた。
「ミナ。少し話がある」
白い髭の老人。穏やかな声だが、目には何かの決意が宿っている。
「あなたの素質について、教会の上層部に報告が上がりました」
「素質?」
「聖光の適性です。あなたには——勇者の素質がある」
ミナは司祭の顔を見上げた。
意味が分からない、というわけではない。
意味は分かるが、それが自分のことだとは思えなかったのだ。
「聖都の訓練学校に通ってもらいます」
「訓練学校……」
「勇者候補生としての訓練です。辛いですよ。やめたければ、やめてもいい」
ミナは黙って俯いた。
あの夜のことを思い出していた。
燃える村。
倒れた祖父。
逃げ出した自分。
何もできなかった自分。
顔を上げた。
「やります」
司祭が、少しだけ目を見開いた。
「……迷わないのですね」
「迷いません」
ミナの目には、十一歳の少女にはそぐわない光があった。
聖都の朝日が、ミナの背中を照らしていた。




