第8話 表と裏
「はい、初心者スライム戦終了です」
ぽんこが淡々と実況を入れてきた。
「戦というほどのもんでもなかったな。ほぼほぼ叩き割られたゼリーだ」
「はい。入口の顔として、柔らかめに設定しました!」
「採算度外視の販促ってことだな」
【スライム死亡】
【再生成時間:1日】
「スライムさん一体、一日後に再生成されます」
「コストがかからないのはいいな」
「はい!使い放題です!」
「言い方」
とはいえ実際、スライムは初心者に倒させるための看板としては優秀だ。倒しやすくて、見た目も分かりやすくて、ドロップもある。こちらとしては「安全な入口のダンジョンですよ」と宣伝するための、必要な犠牲だと思うことにする。
「ぽんこ。探索者の様子、どうだ?」
「三人とも、まだ余裕があります。最初のダンジョンにしては当たりじゃないか。と言っています」
「当たりってなんだよ」
「楽に戦利品が出るという意味です!」
「まあ、あいつらの財布的にはそうだろうな」
あのスライム魔石をこの調子で何個か拾えれば、彼らにとっては悪くない稼ぎになるのだろう。
こちらは、現時点では特にメリットはない。でも、ここを気軽に通えるダンジョンだと認識してくれるなら、その分は後で回収できる。
……はずだ。
視線をUIに戻す。
通路の奥へ進みながら、探索者たちは二体目、三体目のスライムと遭遇した。
いずれも、少し逃げようとしたところを追いかけて斬り倒す。
やがて、通路が少しだけ狭くなり、天井も低くなる。
「気を引き締めろ」
カークが声を潜める。
「こういう変化点の先に、罠か魔物がいるのが定番だ」
詳しいな、こいつ。
その予想は……正解だ。
「グギャッ」
かすかな声が、壁の奥から聞こえてくる。
「今の、何だ」
「カークさん、分岐です」
慎重に角を覗き込んだ先頭の男の視界に、例の奴が飛び込んできた。
緑色の皮膚。ぎょろりとした目。粗末な棍棒。
「ゴブリンか!」
反射的に剣を構える。だが、ゴブリンは突っ込む訳でもなく、敵を一瞥したあと、奥へと引っ込んでいった。
「逃げた?」
「様子見だな。単体行動か、仲間を呼びに行ったか」
カークの声に、先頭の男が反応する。
「どうします?追います?」
「やめとけ。今回は入口の把握と第一印象の確認が仕事だ。ゴブリンの群れと初見でやり合う必要はない」
「でも、ドロップが」
「死んだら元も子もねえ。Eランクで死ぬのはEランクを舐めた奴だけだ」
そう言い切ると、男は踵を返した。
「引き返すぞ。スライム三体ぶんだけでも、今日の飯代にはなる。調査報酬を合わせたら余裕で黒字だ」
「え~ゴブリンくらい、倒せますよ。森でも倒したことありますし」
エルノと呼ばれた若者は、未練がましく通路の奥を見ていたが、やがて後に続き、引き返していった。
「はい、ほどほどのところで撤退を選択しました。記録、300メートル!」
ぽんこの報告に、俺は小さく息を吐く。
「慎重だな。ゴブリン全部ぶつければ勝てなくはなかっただろうけど、生かして帰すのは難しい」
ぽんこも頷く。
「今回は、スライム3体やられました。探索者さんたちは全員生還。ギルドの報告にはスライムと、入口付近でゴブリンを確認と書かれるはずです」
支配域マップから視線を外す。
さっきまで迷宮内にあった三つの光点は、穴の外へ出て行った。
「前に出てたのがリオン、軽そうなのがエルノ、後ろで指示出してたのがカーク、か」
記念すべき初めてのお客さんだ。
あの様子ならまた来るだろう。
「で、今の調査でランクとやらが決まるわけだ」
「はい。ランクはギルドによる危険度評価です。EからSまであって、Eが最下位、Sが災害級です」
「うちの初期評価は?」
「今の内容なら、ほぼ確実にEからスタートです。初心者と、食うに困った村人さんのお小遣い稼ぎ用ですね!」
「最後の説明いらなかったな」
「Eランクなら、勇者が来る心配はないな」
勇者。
ぽんこの説明いわく、こいつらはダンジョンの天敵。
この世界最大、というかほとんど唯一の宗教。
『マザーノード信仰』
その教会による対ダンジョン兵器であり、Aランク以上のダンジョンにだけ出てくる災害級人材。
迷宮が大きくなりすぎると、世界にとって危険だから、勇者という存在が送り込まれて処理される。
ダンジョンマスターがどれだけ頑張ろうが、勇者が本気で来たら大抵は終わる。
だから普通のダンジョンマスターは、ランクを上げすぎないようにわざと弱く見せる。
調子に乗って殺しすぎれば勇者にバレるし、弱すぎてもコアが危険にさらされる。
この絶妙なバランス取りが、生き残るダンジョンマスターの基本戦術。
「そうですね!Eランクで殺し過ぎれば、勇者以前に探索者ギルドに駆逐されます」
元気よく返事をする顔は、笑っているようで、どこか冷静でもある。
「さて、と」
俺は立ち上がり、コアの下を一周する。
迷宮が正式に見つかり、探索者が最初の一歩を刻んだ。
「ぽんこ」
「はい、マスター」
「Eランクのまま、裏の戦力だけ肥大化させる、ってできるか?」
ぽんこの瞳に走るリングが、一瞬だけきらりと光を増した。
「はい。できます。見せる顔と本当の顔を分ければいいだけです」
「具体的には?」
「表層階だけを、初心者ダンジョンらしい構造と戦力に維持します。その奥に、本気の防衛線と戦力を隠しておけば――」
「表はEランク、裏は別物、ってわけか」
「そうです。マスターの世界の言葉で言うなら……粉飾決算みたいなものです!」
「どこで覚えたんだその物騒な例え」
「旧式ですが、学習機能はあります!」
ぽんこは胸を張る。
俺はしばし黙ってから、天井を見上げた。
「……いいじゃないか」
「マスター?」
「Eランク。最下位。その看板のまま、どこまでやれるか試してみよう」




