第9話 ゴブリン増強
「ここが北の森ダンジョン。ランクE。よかったな、稼ぎ場だ」
「カーク達、生きて帰ってたもんな。スライムと、ゴブリン1匹だけ見たって」
「なら、飯代くらいにはなるか」
そんな会話が行われているところを、俺はコア部屋から眺めていた。
ぽんこが、視界の端に小さなウィンドウを出して書き込む。
【外部情報メモ:危険度Eで確定】
「はい。ギルドの判定、Eランク確定です」
「……本当に初心者向け扱いなんだな」
「はい。今のところ、お小遣い稼ぎにちょうどいい穴ですね」
「で、今日も来たな」
「はい。生命反応、三つ。入り口にいます。見た感じ、昨日とは別パーティです」
「ギルド、仕事早いな」
俺は支配域マップを拡大する。
侵入者三つ分の光点が、そこに光っていた。
三人は慎重に通路を進んでくる。今のところ、俺にとってはお客様だ。
丁重に扱って、お帰り願いたい。
「マスター。ゴブリンさん、入口側に一体出ました」
「ああ、見えてる」
通路の先、倒しやすいように単独でけしかける。
「一体だけか。やるぞ」
探索者たちが構える。
短い攻防。棍棒の一撃を一人が受け流し、一人が横合いから腹を斬る。
ゴブリンが倒れ、すぐに静かになった。
【ゴブリン死亡】
【再生成時間:3日】
「んー、3日。十体で持つかなぁ」
声に出すと、改めて心許ない数字だと実感する。
「はい。これ以上倒されるようなら調整が必要ですね」
今さら言っても遅い。ゴブリンは十体。
そのうち一体が、今倒された。
その後も奥まで進み、同じように単独で出したゴブリンをもう一体狩ったところで、探索者たちが立ち止まる。
「探索者さんたち、そろそろ引き返しそうです」
「何メートル進んだ?」
「距離、500メートルです」
「すでに五分の一か……」
ぽんこがモニターを拡大する。
「スライム三匹、ゴブリン二体、洞窟の長さは500メートル以上。浅い範囲で軽く稼げるEランクの新規ダンジョンという評価で帰ります」
「……それ自体は、悪くない」
今後の評判を考えれば、むしろ望ましい。問題は、戦力不足だ。
「探索者一パーティでゴブリン二体。ゴブリンの生成枠、増やさないと無理だな」
「ゴブリンさんは100DPですから、毎日一枠増やせますよ」
二階層の増築で時給DPは6まで上がったが、それでも1日144DP。
再生成が回り始めればなんとかなるが、それでもギリギリだな。
「探索者を殺さない限り、しばらく余裕は出来なさそうだな」
探索者を殺さないと危険。とはいえ殺せば、格上が来て殺される。
「10回に1人くらいならいけるか?」
「統計上、探索者さんの年間死亡率が20%、ダンジョンに限ると30%、探索者さんの平均年間ダンジョンアタック数が100日なので、一回につき0.357%」
ぽんこのお団子がフル回転する。
チーン!とでもいいそうな光を発して、元気よく言った。
「つまり1回300人殺していい計算です!」
「絶対違うだろ。えーっと、1/300だとして、3人パーティで100回に1人か、予想以上に厳しいな」
「はい。現在の再生成使い捨て運用は、経営的によろしくないです」
「しかしこれ、普通どうやって稼ぐもんなんだ。無理ゲーじゃねぇか」
「普通は初期DP20万を運用資金として取り崩しながら黒字を目指すんですよ」
「ぽんこ分か」
「はい!ぽんこ分です!」
ぽんこは屈託のない笑顔で続ける。
「マスター、ぽんこを選んでくれてありがとうございます」
選んでない、と言いたいところだが、不思議と後悔はないのでいいとしよう。
そうこうしている間に探索者三人は、慎重に引き返しながら通路構造を覚え、無事に穴から出ていった。
三人の後ろ姿が森の方へ離れていくのを確認してから、俺はゴブリンの現在数を確認する。
「さて。ゴブリンは八体になったわけだが」
「はい。ちょっと待ってください。数えます」
支配域マップの、ゴブリン表示を一つずつ数える。ぽんこが指で空中をなぞりながらカウントしていく。
「いち、に、さん……」
途中で、指の動きが止まった。
「……はち……きゅう」
「ぽんこ、さすがに数くらいまともに数えられてくれ」
「はい。いえ、ですが……実際九体います」
まさかと思いながら俺も数える。
「……増えてるな」
「増えてますね」
しばし沈黙。
もう一度、別角度から確認する。やっぱりどう見ても、九体いる。
「複製バグとかじゃないよな?」
「ぽんこはバグっていません。多分」
「多分をつけるな、いやそれよりぽんこじゃない」
視点を、一群のゴブリンに切り替える。
ちょうど分岐が重なってできた、広めの通路にゴブリンたちが群れていた。
粗末な寝床に、石を積んだだけの腰掛け。
棍棒を振り回して遊んでいる個体もいれば、互いに肩を叩き合い、楽しそうに殴り合っている個体もいる。
その中で、二体が特に距離を詰めていた。
肩と肩を寄せ、殴り合うでもなく、じゃれ合うように転がり、体格差のある二体が岩陰に消えていく。
数分後、肩を寄せ合ったまま、少し疲れた様子で戻ってきた。
「……」
「……」
「ぽんこ」
「はい」
「あれは、俺の目がおかしいわけじゃないよな」
「ゴブリンさんの求愛行動ですね」
さらっと言った。
「つまり?」
「繁殖です」
はっきりと言った。
「ゴブリンさんは自然繁殖可能種族です。オスとメスの組み合わせによって、新しい個体が生まれます」
「なんで今まで黙ってた」
「聞かれなかったので」
そういう問題じゃない。
「じゃあ、二体死んだのに九体いるのは」
「どこかのタイミングで、自然繁殖分が発生したと推定されます」
ぽんこが新しいウィンドウを開く。
【モンスター増加の二系統】
1.DPを消費して、迷宮から生成
2.一部種族は、条件を満たすと自然繁殖
※自然繁殖個体は再生成不可
「条件ってなんだ?」
「詳しい条件は非公開ですが、ゴブリンの場合は個体数、性別比、環境ストレス、空間の広さ、危険度などが絡みます」
「要するに、ちゃんと住める場所があれば勝手に増えると」
「はい。特に、ゴブリンさんは繁殖力が高い種族です」
俺は少し考え込む。
ゴブリン生成には一体100DP、しかし死んでも再生成される。繁殖で増えた分には生成コストがかからない、しかし死んだら再生成されない。
「……生成ゴブリンを前線に出して、防衛用に繁殖で増やすか」
口に出してから、自分で納得する。
「前線で倒される分は、再生成で補充。万一足りなくなったら繁殖分を投入」
ぽんこがぱっと顔を明るくする。
「はい!ゴブリン繁殖部屋を作れば、防衛戦力の供給元になります!」
「名前はもう少しどうにかならないか」
「ゴブリン居住区・繁殖特化型」
「余計にひどくなった」
ただ、やることは決まった。
「ゴブリンが落ち着いて暮らせる広い部屋を作って、寝床を用意する。あとは環境を整えて、あまり前線に出さないようにする」
「そうすれば、再生成と繁殖で増えた分で回せます」
「DPは、必要なモンスターにまわせばいい」
DPの使い道が、ようやく少し整理された気がした。
「よし。じゃあ、養殖場を作るか」
「はい。メニューを開きます」
一階層の最奥、現時点では到達させる気のないエリア。
そこに支配域を展開する。
ぽんこのアドバイスに従い、ゴブリン達が過ごしやすい部屋を作っていく。
岩壁が消え、内側から土と岩の広間が現れた。
床はやわらかい土、壁にはごつごつした岩。一部には自然な段差と、身を隠せる岩陰。
うっすらと湿り気を含んだ空気で満たされる。
しめて81DP。
「……ああ、たしかに巣っぽいな」
ぽんこが、ゴブリンたちに誘導命令を送る。
「居心地の良い部屋ができたので、ぜひどうぞ、っと」
数体のゴブリンが、興味津々といった様子で広間に入っていく。
棍棒を持ったまま軽く打ち合う組。肩を並べて何か喋っている組。
先ほど見た求愛行動と同じ動きも、少しずつ目立ちはじめる。
「どうだ?」
「仲良し指数、上昇中です」
確かに、この部屋はさっきまでの通路よりもゴブリンたちが落ち着いている。
「前線に出すのは、一部だけにする。基本は、この部屋で生活させる」
「はい。探索者さんに見つかる範囲には、持ち出し用のゴブリンさんだけを配置する運用ですね」
「言い方がひどいが、だいたいそうだ」
探索者が倒すゴブリンは、再生成可能な分。あとは時間とゴブリン自身が、勝手に戦力を増やしてくれる。
「……ようやく、ダンジョン運営っぽいことになってきたな」
「はい。日中は探索者さんが入ってきて、スライムさんとゴブリンさんを倒し、夜はゴブリンさんが増えます」
「昼に減って夜に増える、か。回転率のいい養殖場だな」
「サステナブル経営です」
「ダンジョンで掲げていいのかそれ」
しかし、悪くない。
視界の片隅で、ゴブリンたちが土の上に寝転がり、肩を寄せ合い、時々こそこそと岩陰に消えていく。
「……増えすぎたら、それはそれで頭が痛くなりそうだな」
「そのときは、そのときでまた考えましょう」
ぽんこが言う。
「まずは、自然に成長する形が一つできました。それだけでも、大きな一歩です」
「たしかに」
養殖部屋はできた。しかし、やることはまだまだある。
しばらくは忙しい日が続きそうだ。




