第77話 最下層
オーガの咆哮が通路を震わせた。
三体。
鈍色の巨体が階段前に並んでいる。
『オーガか。三体、拍子抜けだな』
上級討伐隊の隊長格が鼻を鳴らした。
余裕の声だ。
上級にとってオーガは一人で相手できるクラスのモンスター。
三体程度、この人数なら敵ではない。
『散開——』
その時、右のオーガが棍棒を柱に叩きつけた。
同時に左のオーガも反対側の壁を殴る。
石壁が砕け、石つぶてが討伐隊を襲う。
石つぶてを除ける三秒の間に、三体目が敵に迫り、前衛の一人を掴んで後方へ投げ飛ばした。
孤立。
投げられた兵士が立ち上がる前に、先ほど壁を砕いた二体のオーガが粉塵の中から飛び出し、孤立した兵士を三体で囲んだ。
三秒で終わった。
『——連携している!』
オーガが連携する。
普通はあり得ない。
オーガは単体で突撃する知能しかないモンスターだ。
二体が目くらましをし、一体が敵を投げて孤立させ、三体で囲んで仕留める。
それは、指揮系統があって初めて成立する戦術だ。
アニの強化。
力を底上げするだけではない。
統率を生み、個体に連携をさせる。
オーガの腕力に連携が乗るとどうなるのか、討伐隊は初めて思い知らされた。
『油断するな!一体ずつ確実に仕留めろ!散開はするな、固まって当たれ!』
隊長格が指示を修正した。さすがに切り替えが速い。
そこからは地力の勝負だった。
連携を理解した討伐隊が密集陣形で一体ずつ仕留めにかかる。
だがオーガの腕力にアニの統率が乗った連携は重く、三体を倒すまでに上級は十名を失った。
残りは上級十五名。ゼルヴェン。リオン達三人。十九名。
十五階層への階段が、開いた。
十九名が、十五階層に降りていく。
十五階層に降りた瞬間、空気が変わった。
通路から広い空間に出た。
天井が高い。
今までの階層とは規模が違う。
だが、それ以上に異様なのは——壁も床も、一面が植物であることだ。
蔦、根、苔。
這い回る緑が石壁を完全に覆い隠していて、岩肌が一切見えない。
床も同じだ。
踏みしめると足元に枯葉の感触があり、よく見れば地面全体が根と蔦に覆われている。
天井からは光苔に混じって蔓が垂れ下がり、薄暗い光の中で緩やかに揺れている。
洞窟の中に、植物が浸食した異様な空間。
『ここが最深部か?』
隊長格が周囲を見回しながら言った。
『ボスの後だ。最下層かもしれん。慎重に進め』
十九名が空間の中央に向かって歩き始めた。
ゼルヴェンが歩きながら、ふと足を止めた。
しゃがみ込んで、床に手を触れている。
根の網目を指でなぞり、引っ張り、感触を確かめている。
立ち上がって、壁に手を当てた。
蔦を掻き分け、その奥を爪で引っ掻いた。
次に天井を見た。
植物は天井までも浸食しているが、床や壁と違い、天井だけは岩肌が露出している。
薄暗い光苔の明かりの中、討伐隊が進んでいくと、空間の先にぽっかりと開口部が現れた。
植物に覆われた壁面に、四角い穴。
そこだけ切り取られたように煌々と光が灯っている。
ゼルヴェンの目が開口部に固定された。
瞬間。
「落とせ」
「はいはい」
床が消えた。
いや、消えたというよりも、ほどけた。
植物だった。
岩を浸食したのではない。
最初から全部、植物だ。
床も、壁も、蔦と根が網のように編まれて形を作っていた。
シルヴァさんが力を抜いた瞬間、その網目が開き、全てが落ちた。
壁面を覆っていた蔦も同時に剥がれ落ちる。
植物に覆われた洞窟に見えていた空間の正体が露わになる。
ここは洞窟ではない。
シルヴァさんの森の上に、植物で作られた偽の階層だ。
十九名の足元から床が消え、その下に広がる深い深い緑——十六階層のシルヴァさんの森が、口を開けて待っていた。
ここが正真正銘の最下層だ。




