第76話 上級討伐隊
ここで——上級討伐隊が前に出た。
今まで後ろを守っていただけだった上級討伐隊、奴らが前に出たとたん、空気が変わった。
先頭に立ったのは大柄な剣士だった。
両手剣を片手で振り回し、通路に殺到するゴブリンを三体まとめて薙ぎ払った。
その横を別の上級が駆け抜け、壁の穴に手を突っ込んで、中にいたゴブリンを引きずり出して叩きつけた。
速い。
一人一人の処理速度が、中級とは次元が違う。
中級が三人がかりで処理していたホブゴブリンを、上級は一人で三秒で仕留めた。
ゴブリンメイジが火球を放つ前に矢で射抜き、ゴブリンアーチャーの位置を音だけで特定して魔法を打ち込む。
通常ゴブリンの波が、上級の前では波にならない。
押し寄せる端から斬られ、踏まれ、壁に叩きつけられる。
ゴブリン十体を一人が五秒で処理する。それが五十人いる。
「……強いな」
「強いです」
レイゼルの言った通りだった。
通常ゴブリンでは、相手にならない。
だがそれでも、中級は死んでいく。
上級が前に出たことで、中級は後方に下がった。
下がったところを、裏道から回り込んだゴブリンが襲う。
上級は前しか見ていない。
後ろで中級が死んでいることに気づいても、戻る余裕がない。
いや、守る気がないように見える。
一人、また一人と、後方で静かに倒れていく。
オトが動き始めた。
指示は出していない。
アニの指揮系統の中で、オトは自分の判断で動く。
上級討伐隊の隊列の後方で、最後尾の兵士が膝から崩れ落ちた。
首の横に、細い切り傷が一本。
致命傷だ。
倒れた兵士の隣にいた仲間が振り返る。
誰もいない。
通路は空、壁の影にも天井にも何もない。
二十秒後。
別の位置で、もう一人が倒れた。
今度は太腿の裏、動脈を断たれ、立てなくなった。
『——何かいるな』
上級の隊長格が低い声で言った。
周囲の空気が引き締まる。
『全員警戒。背後と死角を常に確認しろ。二人一組で離れるな』
上級討伐隊の進行速度が、目に見えて落ちた。
一歩進むたびに全周を確認し、隊列を密にし、壁の影を杖の明かりで照らす。
オトはそれでも隙間を縫った。
二人一組の片方が前を向いた一瞬に、もう片方の背後から首筋に刃を走らせる。
倒れた音で振り返る。
もういない。
だが、三人目の標的で止まった。
上級の一人が、気配もなく振り返った。
反応ではない。
予測だ。
こいつはオトが来る方向を読んでいた。
振り返りざまに剣が閃く。
UIに映ったのは一瞬だった。
オトの左腕から血が飛び、黒い影が壁の向こうに消えていく。
『……見えなかった。だが、確実にいる。怪我を与えた。血が出ている』
上級の剣士が冷静に報告している。
見えなかったのに斬った。
経験と読みだけで、オトに傷を負わせた。
「オト、下がれ。無理するな」
十二階層の指揮所から、アニの指示が飛ぶ。
「ゴブリン残数」
「千四百。三分の一切りました」
三分の一。
二時間で二千八百体のゴブリンが死んだ。
上級の処理速度が上がっているせいで、消耗が加速している。
「DP残高」
「145,000。中級の死者三十名、上級の死者五名です」
中級はもうほぼ壊滅だ。
四十名中三十名が死に、残りは上級の背中にしがみついているだけ。
上級は五十名中五名が死に、十名が負傷で後退。
三十五名が戦闘を続けている。
「十四階層に階層ボスを配置する」
「何にします?」
「オーガ。アニのご指名だよ、俺ならもっと上手く使えるとさ」
「あー、アニさんオーガには思い入れありそうですもんね。何体いります?」
「三体。十五階層への階段前に並べろ」
「三体セット割引で207,000DPです。今は145,000しかありません」
「足りないか」
「62,000足りません」
足りない。
戦闘は続いている。
十四階層に入った上級討伐隊がゴブリンの群れを蹴散らしながら進んでいく。
ゴブリンメイジの火球が床を焼き、ゴブリンアーチャーの矢が盾に刺さる。
上級の前衛が魔法と矢をものともせず突進し、メイジを斬り、アーチャーを踏み潰していく。
強い。
こいつらは本当に強い。
だがその代わり、中級の生き残りが後方でぽつぽつと死んでいく。
通常ゴブリンに囲まれ、消耗しきった体で最後の抵抗をし、力尽きて倒れる。
「中級、さらに三名死亡。DP残高160,000」
まだ足りない。
「上級、一名死亡。DP残高170,000」
あと37,000。
十四階層の奥で、上級の二人がホブゴブリン三体に囲まれていた。
一人が脚を斬られてよろめき、もう一人が庇おうとして背中を見せた。
ゴブリンの短剣が、その隙間を突いた。
「上級、一名死亡。DP残高180,000」
「中級、一名死亡。DP残高185,000」
あと22,000。
上級討伐隊の先頭が十四階層の最奥に到達していた。
通路を曲がれば十五階層への階段が見える。
ここに、オーガが——
まだ、いない。
だがオトが再び動いた。
傷を負った左腕を庇いながら、影から影へ。
上級の一人が、足を止めた。
何かに気づいたようだ。
周囲を確認し、壁に手をつき——背後からオトの刃が、首筋に走った。
倒れた。
「上級、一名死亡。DP残高195,000」
あと12,000。
曲がり角までの短い通路。
戦闘が続く。
ゴブリンが十四階層の通路を埋め尽くし、上級討伐隊が斬り進んでいく。
ゴブリンの死体が通路に積み上がり、それを踏み越えて前進する上級の靴が血に染まっている。
ゴブリンが一体、上級の剣士の脚に噛みついた。蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられて死んだ。
もう一体が、別の上級の盾の下に潜り込んだ。
短剣を振り上げ——頭を踏まれて潰れた。
一体、また一体。
命を賭けて足止めをし、一瞬だけ隙を作り、その隙にもう一体が駆け寄る。
それも斬られる。
次が来る。
また斬られる。
次が来る。
ゴブリンの命は安い。
だが無駄ではない。
一体が削った盾の耐久値は戻らない。
一体が使わせた魔力は回復しない。
千体のゴブリンが、上級の体力を0.1パーセントずつ削っている。
その千分の一の積み重ねで——もう一人が、倒れた。
消耗だった。
派手な一撃ではない。
何百体ものゴブリンを斬り続けた腕が重くなり、足が遅くなり、判断が一瞬だけ鈍った。
その一瞬に、ホブゴブリンの棍棒が横から入った。
「上級、一名死亡。DP残高237,000」
「——出せ。オーガ三体、配置」
「配置します」
十四階層の最奥、十五階層への階段前。
通路が広くなった空間に、三体の巨大な影が生まれた。
「ゴブリン残数」
「二百」
四千二百体いたゴブリンが二百まで減り、DPも底をついた。
だがここまで削った。
討伐隊九十四名が三十名を切っている。
十四階層の奥で、上級討伐隊の先頭がオーガの姿を視認した。
『——何だ、あれは』
『オーガだ。三体いる。階段を塞いでいる』
UIに、上級の隊長格の声が流れてきた。
『全隊、停止。陣形を組み直せ。あれを抜かなければ先に進めない』
オーガ。
身の丈三メートルを超える鈍色の巨体が、通路を塞ぐように並んで立つ。
手にはそれぞれ石の棍棒。
知性は低いが、その分、迷いがない。
目の前に来たものを潰す。
それだけに最適化された生き物だ。
しかし……うちにはアニがいる。
アニの強化は個人の力を底上げする、だがその力の本質は『統率』だ。
つまり、このオーガは……連携する。
オーガの咆哮が、十四階層の通路を震わせた。




