第75話 大規模討伐
三百の点が、ダンジョンを埋め尽くしていく。
UIの画面が足りない。
拡大すれば個々の動きは見えるが全体が消え、縮小すれば全体は見えるが個が潰れる。
「ぽんこ、これってマルチウィンドウってできないのか」
「マルチウィンドウってパソコンじゃないんですから——できました!二画面です。左に全体図、右に拡大映像」
低階層は前回と同じだ。
探索者が先頭に立ち、討伐隊が後ろに続く。
一階層から四階層まで、三百人の軍勢には蟻ほどの障害にもならず、一時間で低層を駆け抜けた。
五階層以降。
ゴブリンの群れが出始める。
探索者たちの足が鈍り始めた。
前回、九階層まで連れて行かれて放り出された記憶があるのだろう。
積極的に前に出る者が減り、討伐隊の背中に隠れるようになっていく。
「探索者たち、もう腰が引けてますね」
『探索者はここまでだ。十階層以降は討伐隊のみで進む』
ゼルヴェンの声がUIに流れた。
討伐隊の隊長格に向けて言っている。
今回は抵抗がほとんどない。
前回の噂で、この先が地獄だと知っているからだろう。
むしろ、安堵の空気が流れる。
『ただし、各階にバラけてモンスターの排除を続けてくれ。大規模な討伐戦では、ダンジョンの構造変化がよく起きる。それを抑える効果がある』
探索者二百名以上が九階層より上に留まる。
人間側にも構造変更のルールは悟られているらしい。
残るは中級討伐隊四十名、上級討伐隊五十名、ゼルヴェン、リオン達三人。
九十四名。
こいつらが、十階層に降りてくる。
「ぽんこ。ゴブリンの現在数」
「四千二百体です」
「DP残高」
「ゼロです」
「これから稼ぐ。アニに合図を出せ」
「了解」
十階層の階段を、先頭の中級討伐隊が降り始めた。
とはいえ十階層までは構造もモンスター構成も割れている。
変えてはゼルヴェンの疑惑を深めるだけだ。
前回、中級討伐隊を狩った十階層。
今回は上級討伐隊の助けによって、なんなく攻略されていく。
ここからだ。
アニは十一階層の指揮所にいた。
UIの映像が切り替わる。
薄暗い小部屋に、アニが腕を組んで立っている。
その周囲にホブゴブリンの小隊長が四体、壁に背をつけて待機していた。
シャドウ戦の時、俺は手持ちのゴブリンを使い切れなかった。
あの反省から、十階層以降は待機場所と連絡通路を張り巡らせた。
敵の位置に合わせて全方位からゴブリンを送り込める。
待機部屋はさながら『モンスターハウス』
作りながら、なるほどモンスターハウスとは前線への待機場所だったのかと納得したものだ。
四千二百体のゴブリンが、暗い通路の裏で待っている。
「来たぞ」
アニが短く言った。
壁の向こう、表の通路から足音が聞こえ始める。
鎧の擦れる音。
盾を構える音。
討伐隊が十一階層に入った。
アニが片手を上げた。
その手が振り下ろされた瞬間——通路の四方から、ゴブリンが溢れた。
壁のひびから。
天井の隙間から。
床の穴から。
通路の奥から。
あらゆる方向から緑の体が飛び出し、討伐隊の隊列に叩きつけられる。
二十、三十。
数えている余裕がない。
中級討伐隊の前衛が盾を組んだ。
側面を警戒し、後衛が通路の両側に展開する。
ゴブリンが盾にぶつかる。
弾かれる。
斬られる。
倒れる。
だが、倒れた端から次が来る。
壁の穴から新しい腕が伸び、天井から新しい体が落ち、通路の奥から新しい群れが走り込んでくる。
途切れない。
一体倒しても、三秒後にはもう一体が同じ穴から出てくる。
『何体いるんだ、これ!』
『きりがない!』
討伐隊の悲鳴がUIに飛び込んでくる。
一体一体は弱い。
アニの強化バフがかかっていても、中級討伐隊なら一対一では負けない。
だが一対一の暇がない。
一体を斬っている間にもう一体が横から来て、それを払っている間に背後からもう一体。
処理が追いつかない。
盾の隙間から一体が抜け、後衛の魔術師に飛びかかる。
魔術師が杖で殴って叩き落とす。
その間に詠唱が途切れ、範囲攻撃は実らない。
暗くなった通路の奥から、さらに十体が走ってくる。
前衛の盾持ちが一人、崩れた。
三方からゴブリンに取りつかれ、盾を引き剥がされ、喉を短剣で突かれた。
倒れる。
周囲の兵が叫ぶ。
穴を塞ごうとする、だが穴を塞ぐために移動すれば、別の穴が開く。
二人目。
三人目。
UIにDPが積み上がっていく。
5,000、10,000、15,000。
「ぽんこ、ゴブリン残数」
「四千。二百体消耗しました」
四千。
まだ十分にいる。
一時間。
中級討伐隊の死者が十名を超えた。
「DP、50,000」
貯まった。
使う。
「十二階層にホブゴブリンを配置、ありったけだ」
「了解、配置します」
ゴブリンの波で足を止め、消耗させ、殺す。
殺したDPでホブゴブリンを追加し、下層を固める。
DPで買うのは上位個体だけ——ホブゴブリン、ゴブリンメイジ、ゴブリンアーチャー。
生まれた時点で一線級だ。
中級討伐隊が十二階層まで到達した。
『隊長、様子が変わりました!植物です!』
植物。
十二階層からは地面や壁にシルヴァさんの植物を這わせてある、蔦に根に枝。
一見ただの植物に浸食された洞窟だ。
しかし、その植物はシルヴァさんの身体、自由自在に敵を邪魔し、味方を援護する。
ゴブリンの隠れ場所が増える。
そして、さっき配置したばかりのホブゴブリンが通路の角に立ちはだかった。
通常ゴブリンの群れを蹴散らしながら進んできた中級の前衛が、ホブゴブリンの一撃で吹き飛ばされた。
盾ごと壁に叩きつけられ、鎧がひしゃげる。
『ホブゴブリンだ!構え直せ!』
三人がかりでホブゴブリンを囲む。
その間にも、背後からは通常ゴブリンが途切れることなく押し寄せてくる。
ホブゴブリン一体を処理するのに三十秒。その三十秒で、通常ゴブリンに背中から五人が切りつけられる。
崩れていく。
一時間半。
中級の死者が二十を超えた。
「DP、50,000」
「ホブゴブリン、ゴブリンメイジ、ゴブリンアーチャー」
「了解」
ゴブリンメイジの火球が通路の奥から飛んでくる。
ゴブリンアーチャーの矢が盾の隙間を射抜く。
単体では大したことがない。
だが、通常ゴブリンの波の中に魔法と矢が混じると、討伐隊は正面の盾だけでは耐えきれなくなる。
ここで——上級討伐隊が前に出た。




