第73話 大規模改修
討伐隊が帰った翌日、リオン達が来た。
「街がひどいことになってる」
リオンの声に余裕がなかった。
「討伐隊の生き残りが帰ってきて、ギルドが大騒ぎだ。死者三十人。ギルド所属の討伐隊が、Eランクのダンジョンで三十人死んだ」
「Eランクじゃないだろって話だな」
「ギルドの職員は右往左往してるし、街の探索者も動揺してる。ただ——」
カークが続けた。
「探索者側に死者がいないことが、効いている」
「どう効いてる」
「深く潜った討伐隊は死んだ。でも探索者は全員無事だった。低層しか行かない連中にとっては、自分たちは安全だったということだ。『あいつらが勝手に深く行って勝手に死んだ』という空気だ」
「酷い話だな」
「まぁそもそも嫌われてたからな」
カークの分析は冷たいが的確だった。
地元探索者を敵に回さない、という方針は機能している。
「他には?」
エルノが答える
「酒場で噂だよ。本部の連中が『Eランクのわけがない、最低でもB以上だ』って息巻いてたけど、街の探索者は冷めてた。『俺らの稼ぎ場を勝手にランク上げるなよ』って」
「ランクが上がると何か困るのか?」
「んー低ランクの探索者が入れなくなったりとか、ギルドの承認が必要になるかな」
「あとランクが上がると大陸中の探索者が来るぞ。腕自慢が来て狩り場を荒らされる」
この街の探索者にとって、イース北ダンジョンは低層で安全に稼げる場所だ。
迷惑な話でしかない。
「ゼルヴェンの動きは」
「帰ってすぐ本部と連絡を取ってた。詳しい話はわからない。ただ、次を準備しているのは確実だと思う」
「次、か」
次は来る。
それは分かっている。
しかも今度は、第三大陸の討伐隊だけじゃ済まないだろう。
本部と連絡を取り合っている、つまり、本部の連中が来る。
「カーク。中級探索者ってどれくらいいるんだ?」
「……そんなに珍しくはない。一割くらいはいる。ま、このあたりにはほとんどいないがな」
「探索者は数年で一割死ぬ、同じくらいは中級になる、でも上級になれるのは一握りだけ。探索者になる時何度も聞かされたね」
エルノが続ける。
一割、珍しくない。
「こないだの奴らは中級探索者レベルだった。本部の連中は……どうだろうな」
「上級だな。上澄みには届かないだろうが、並みの上級探索者くらいはあるはずだ」
「……そうだろうな」
上級探索者。
完全に未知の領域だ。
「勇者よりは弱いか?」
「そりゃ、な。上澄みは勇者並みだと聞くが、討伐隊にはそのレベルはいないだろう」
まだマシか。
レイゼルのダンジョンで見た勇者、あのレベルだったら今すぐ逃げるしかなかった。
「リオン。しばらくダンジョンには来るな」
「……なぜ?」
「次の討伐で、お前たちが巻き込まれる可能性がある。今から出入りしていると、また案内役に組み込まれるかもしれない」
リオンの顔が強張った。
前回は外されたが、次はどうなるか分からない。
「チュウタ経由で連絡は取れる。何かあったらそっちから知らせてくれ」
「……分かった」
三人が帰った後、俺はコア部屋に戻った。
「ぽんこ」
「はい」
「DP残高」
「十五万です」
「全部使う」
「またですか」
「いや全然足りない」
椅子から立ち上がる。
今のままでは次を凌げない。
十階層のアニとオトだけで三十人殺したが、あれはこちらの手の内が割れていない初見だったから機能した。
ましてや、次に来るのは前回よりも手練れだ。
オトと同格だったら一人も殺せないかもしれない。
根本から作り変える必要がある。
「シルヴァさん」
森の奥に声をかけると、木々がざわめいて、シルヴァさんが根元から歩いてきた。
「はーい。なにかしら」
「仕事を頼みたい」
「仕事?」
「ダンジョンの下半分を作り替える。シルヴァさんの力がないと出来ないことだ」
シルヴァさんが少しだけ目を細めた。
「私の力、ということは森?」
「ああ。詳しい内容はこれから詰めるが、今までとは違う。森を隠すのを止める」
「まあ」
「シルヴァさんの森を広げて、構造そのものを変える。今回ばかりは小手先じゃどうにもならない」
シルヴァさんが穏やかに微笑んだ。
だがその微笑みの奥に、別の感情が見えた。
人の形をした森が、領域を広げることに対する喜び、だろうか。
「任せてください。私にできることなら、なんでもしますわ」
「ありがたい」
「じゃあ、遠慮なく。ふふっ」
シルヴァさんの雰囲気は相変わらず独特だが、やる気は十分だ。
UIを開き、ぽんこと三人で構造の打ち合わせに入った。
方針だけは固まった。
十一階層から先を全面的に作り替える。
今までの入らせない構造から、もっと積極的な排除へ。
「一つ問題がある」
「何ですか」
「構造は今回のDPで作れる。だが、中身が足りない。モンスターが足りないし、階層ボスも置きたい。それには今のDPでは足りない」
「……次の戦闘で稼ぐしかないですね」
「うん、次に討伐隊が来た時、戦いながらDPを稼いで、稼いだDPをその場でダンジョンに注ぎ込む。大分無茶をすることになる」
「自転車操業ですね」
「聞こえは悪いが、それしかない。構造というガワだけ先に作っておいて、中身は実戦で回す」
「綱渡りですね」
「綱渡りだ。だが綱がないよりマシだろ」
ぽんこが少し黙ってから、頷いた。
「分かりました。じゃあモンスターについて詰めましょうか」
「頼む」
レイゼルが食堂の奥から顔を覗かせ、改修の打ち合わせをしている俺たちを遠巻きに見ていた。
「大工事だな。何を作ってるのか知りたいところだが、聞いても教えてくれないんだろう」
「教えない」
「だろうな」
レイゼルが引っ込んだ。
こいつに構造を教える気はない。
「セラ」
コア部屋の扉の前に立っていたセラが、静かにこちらを見た。
「コア部屋区画の位置が変わる。詳細は後で伝える。お前の任務は変わらない」
「了解しました。持ち場がどこであろうと、任務に変更はありません」
それだけ言って、セラは元の姿勢に戻った。微動だにしない。
俺は椅子に座り直した。
十五万DP。
全額投入。
構造を作り、ガワを整え、階層だけを用意する。
中身は次の戦闘で回す。
まともな作戦とは言えない。
だが、まともな状況でもない。
「ぽんこ」
「はい」
「完成まで、どれくらいかかる」
「シルヴァさんの施工速度次第ですが……二週間。最低でも二週間は欲しいです」
「二週間か」
「ゼルヴェンさんが次を仕掛けてくるまでに間に合うかはわかりませんが」
分からないことだらけだ。
次にいつ来るか分からない。
何人で来るか分からない。
ゼルヴェンが何を考えているか分からない。
分かっているのは、来るということだけだ。
「やれることを全部やって、待つしかないな」
ダンジョンの奥底で、シルヴァさんの森が静かに広がり始めていた。




