第69話 ゼルヴェン襲来
UIにリオン達が映った。
侵入者を示す点が三つ。
いつもの三人だ。
だが今日は、その後ろにもう一つの点がある。
四つ目。
映像を拡大すると、一階層の入口に、四人の姿が映った。
リオン、エルノ、カーク。そして——
痩せた男がいた。
背は高いが、線が細い。
眼鏡をかけていて、髪は軽くぼさついていて前髪が目にかかっている。
服装は質が良さそうだが装飾がなく、武器らしい武器は見当たらない。
腰に短い杖のようなものが差してあるだけだ。
姿勢は悪くない。
だが、佇まいに人間味がない。
いかにも陰気で、近寄りたくない類の男。
リオン達から聞いた評判通りの第一印象だった。
だが、弱そうには見えない。
「あれがゼルヴェンか」
「ですね。本部直轄迷宮査定官、ゼルヴェン。初めての実物です」
四人が動き出した。
リオンが先頭、エルノが後方、カークが真ん中と、いつもの配置だ。
ゼルヴェンは三人の後ろについて歩いている。
前衛に立つ気はないらしい。査定官としては当然の判断、と思いかけて、違和感に気づいた。
この男、ゴブリンを見ていない。
一階層に入った直後、通路の角からゴブリンが飛び出してきた。
リオンが盾で受け止め、カークが処理する。
いつもの手順だ。
ゼルヴェンは、その戦闘を見もしなかった。
代わりに見ていたのは、通路の壁だった。
壁面の傷、天井の染み、地面の擦れ跡。
「……何を見てるんだ、あいつ」
「……壁ですね」
ぽんこにも分からないらしい。
そして、リオンに声をかけた。
『ここの分岐、普段はどちらを通る』
『右です。左は行き止まりなので』
『行き止まりは確認したのか』
『はい。何度か入って確かめました』
『左に入った時、ゴブリンは出たか』
『……出ました。一体だけ。右と同じです』
ゼルヴェンが頷いて、左の通路を覗き込んだ。
数秒見て、何も言わずに戻ってきた。
何だ、今のやり取りは。
行き止まりの通路にゴブリンが出るかどうか。
そんなことを聞いて、何が分かるんだ。
四階層。
ゼルヴェンがまたリオンに質問した。
『この階層で死亡した探索者はいるか』
『ここまででは年に一人か二人です。死んだのは探索者未満の初心者で——』
『五階層以降は』
『もう少し多いです。月に一人くらいは亡くなってます。これまでで十人以上は』
『月に一人。それは多いと感じるか、少ないと感じるか』
妙な質問だった。
リオンが少し考えてから答える。
『……ダンジョンだから、多少の犠牲は仕方がないと思ってます。ここは他のダンジョンと比べればずっと安全な方です』
『安全、か』
ゼルヴェンは「安全」という言葉を咀嚼するように繰り返し、また壁を見始めた。
俺は椅子の肘掛けを握っていた。
何を考えている。
月に一人死ぬダンジョンが「安全」かどうか、そんな議論に何の意味がある。
「マスター、手、力入りすぎです」
「……分かってる」
四階層を抜け、五階層に入る。
ここからがリオン達の通常活動範囲だ。
ゴブリンが群れで出始め、ホブゴブリンも混じってくる。
リオン達の動きが一段引き締まった。
慣れた戦場だ。
ゼルヴェンは、その変化を見ているようだった。
ゼルヴェンは助けない。
三人が戦っている間、ずっと後ろにいる。
戦闘に参加しない。
危なくなっても助けない。
ただ見ている。
「あいつ、戦う気ないな」
「ないですね。観察してます」
何を。
七階層、八階層と進む。
群れの規模が増し、ホブゴブリンの数も増えていく。
リオン達の動きには余裕がある。
ここはあいつらの庭だ。
何十回と通っているだけあって、通路の構造も敵の出現パターンも頭に入っている。
群れの殺到するタイミングに合わせて、自然に陣形を切り替えている。
ゼルヴェンが、その歩き方を見ていた。
後ろから、黙って。
それが何を意味するのかは分からないが、嫌な感覚がある。
十階層への階段前で、ゼルヴェンがリオンに聞いた。
『お前たちの活動範囲はここまでか』
『はい。十階層の入口付近までが俺たちの限界です。奥に行ったことはありますが、空気が違いすぎて引き返しました』
『ギルドには五階層までの記録しかないが』
『ギルドへの報告義務はありません。命の危険がないのであれば、成果を秘匿するのは探索者の権利です』
『ふん。ここから先は何が違う』
『ゴブリンの質が変わります。動きが鋭くて、連携してくる。今までのゴブリンとは別物でした』
『連携。統率されている、と感じたか』
リオンがわずかに間を置いた。
『……統率。……よくわかりません』
リオンはゴブリンがアニによって統率されていることを知っている。
ごまかしてくれたようだが、その言い方には少々のよどみがあった。
ゼルヴェンがリオンの目を見た。
初めてだ。
今日、この男が人間の顔を見たのは、これが初めてだった。
数秒。
それだけで、リオンの肩が少しだけ強張ったのがUIでも分かった。
『行くぞ』
ゼルヴェンが階段を降り始めた。
十階層。
アニの強化がかかっている区域だ。
ゴブリンの動きが鋭くなり、明確な連携が出始める。
群れが来た。
十体、バラバラに来るのではなく、前衛が引きつけている間に側面から別の群れが回り込む。
リオン達が対応するが、いつもの余裕がない。
エルノの火球が一群を止めている間に、別方向から五体が殺到する。
カークが割り込んで二体を処理するが、三体がリオンの盾を越えようとする。
リオンが歯を食いしばって押し返す——
その瞬間、ゼルヴェンが前に出た。
杖を抜いた。
短い杖——ではなかった。
刃がついている。
杖に見えるが、実際には刃物だ。
ゼルヴェンの動きは、ラセツのような暴力でもなく、オトのような隠密でもなかった。
ゴブリンが来る方向を見て、一歩だけ横にずれる。
先頭の一体が勢い余って通り過ぎ、二体目にぶつかる。
二体が振り向く前に刃が一閃する。
三体目が死角から来たが、丁度斬られた二体が倒れ込んできて、詰めきれない。
ゼルヴェンは最初からわかっていたかのように、杖の石突で膝を打って崩し、次の一撃で仕留める。
全ての動きに無駄がない。
相手の動線を読み、自分が有利な位置に立ち続けている。
気がついたら、三体とも倒れていた。
ゼルヴェンは息一つ乱していない。
リオン達は呆然としていた。
カークだけが、ゼルヴェンの足運びを目で追っていた。
ゼルヴェンは、そのまま十階層の通路を少しだけ進み、奥の空気を見るように立ち止まった。
数秒。
『帰る』
「やった!帰るそうですよ!何故かはわかりませんがラッキーですね!」
ぽんこが嬉しそうに言う。
しかし、俺は恐怖に呑まれていた。
十階層に少し入って引き返す。
何のためにここまで来たのか分からない。
少し先を見たかっただけなのか。
それとも、見るだけで何かが分かったのか。
撤退中、ゼルヴェンは黙っていた。
質問もしない。
帰り道の通路を歩きながら、時折天井に目をやるだけだ。
入口付近で、ゼルヴェンがリオンに言った。
『ご苦労だった。報酬はギルドから出る』
『……はい』
『お前たちはこのダンジョンに向いている。また来い』
「向いている」
妙な言い方だ。
強いでも弱いでもなく、向いている。
四人がダンジョンを出ていく。
嫌な後味だけが残る。
「あいつ、結局何を見てたんだ」




