第65話 S.E.R.A.
三か月が経った。
通常収入とレイゼルのダンジョンからの徴収を合わせて、四十万DPが貯まっている。
不労所得とはよく言ったものだ。
転移でコア部屋に飛ぶ。
転移はDPで取得したスキルだ。
ダンジョンが広くなり、いい加減歩いての移動は無理が出てきた。
俺専用のスキルで、ダンジョン内の任意の地点に飛べる。
人やモンスターも連れていけるが、発動に数秒かかるので戦闘中の緊急回避には向かない。
そして、コアは持ち運び不可。
ちなみにマスター専用と言いながらなぜかぽんこは普通に使っている。
相変わらず謎の多い奴だ。
「ふふふ、謎の女と呼んでください」
そんなぽんこを無視して続ける。
「ぽんこ、DP残高を出してくれ」
「四十万ぴったりです!」
三か月かけて貯めたDPの使い道は、もう決めている。
この三か月の間に、街では本部直轄の調査隊派遣が正式に決まったらしい。
外の敵に備えなければならない。
だが外に意識を向けているということは、内側が手薄になるということだ。
コア部屋の隅に目をやると、レイゼルが食堂でお茶を飲んでいる。
チュウタの分身が肩に乗っているが、あの男の頭の中までは覗けない。
「コア防衛の専任を作る」
「専任、ですか」
「シルヴァさんの仕事は森全体の防衛であって、コア部屋の警護じゃない。コア部屋を24時間守り続ける奴が、今のうちには必要だ」
「レイゼルさん対策、ということですか」
「それもある。だがそもそも、コアは俺の命だ。守りすぎということはない」
生成メニューをスクロールする。
高位モンスターの候補がいくつか並んでいるが、俺が探しているのは前線の主力ではない。
守りに特化した、門番のような存在だ。
一つの候補で、手が止まった。
【自律思考機兵:閉域防衛特化モデル】
【必要DP:400,000】
【説明:閉じた空間の防衛に特化した機兵。侵入者の検知、拘束、排除に最適化されている。持ち場を離れず、進路を遮断し、通さないことに全能力を注ぐ。戦闘能力は高いが、広域殲滅には向かない】
「自律思考機兵?どんなモンスターだこれ」
「ゴーレムですね。自分で考えて動く防衛特化の上位種ですね」
「ゴーレムか。石の巨人みたいな感じか?」
「見てからのお楽しみです!」
嫌な予感がするが、四十万DPで防衛特化。
コア部屋に置く門番としては、これ以上の候補はない。
「やるか」
「やりましょう!」
実行。
コア部屋の床に光が浮かんだ。
白い光だ。
冷たく、硬く、均一な白。
温かみがない代わりに、合理性だけが痛いほど伝わってくる。
光が収束していく。
中心に、人影が立っていた。
女性型。
背が高い。
170センチはある。
白い髪のショートカット。
細身で、直立した姿はスマートで——石の巨人では断じてない。
顔を上げた。
その動きに合わせて、首筋の継ぎ目がかちりと開く。
隙間から金属のフレームと、薄く光るケーブルが一瞬だけ覗く。
肩口にも、鎖骨にも同じ継ぎ目が走っていて、肌に見える部分は全て人工皮膚だった。
顔立ちは整っているが冷たく、瞳には光がない。
美しさの方向がシルヴァさんとは真逆で、暖かみではなく鋭さがある。
うん、これ……
「ロボットじゃないか」
「ロボットですよ?」
「ゴーレムって言ったろ」
「はい!ゴーレムの一ジャンルですね」
ゴーレムの概念が広すぎる。
自律思考機兵が腕を持ち上げ。
肘の継ぎ目が開き、内部で何かが噛み合う音がする。
歯車とも関節ともつかない駆動音。
動くたびに機械であることが露わになる体だった。
人型ではあるが、人間には見えない。
「起動完了。自律思考機兵、閉域防衛特化モデル。機体名『Self-governing Executive Reasoning Automaton』です」
声は落ち着いていた。
抑揚が少なく、必要な情報だけを含んだ発声。
「|Self-governing Executive ReasoningAutomaton。S.E.R.A.か。セラだな。」
「個体名を登録しました。」
「よし、セラ。俺はマスターのユートだ」
「認識済みです。最優先保護対象として登録しました」
「任務は分かっているか」
「第一にコア防護。第二にマスターの明示命令。第三にレイゼルの監視と拘束。第四にダンジョン中枢の保全」
淀みなく、正確に。
マニュアルを読み上げるような精度だった。
「コア部屋から出ることはない。持ち場はこの部屋の中央、内室の扉前。侵入者がコアに到達する前に排除しろ」
「はい。行動範囲はこの区画内。外へ出ての追撃は行わない。侵入者を倒しきれなくても、コアから引き離せれば任務は達成される」
「完璧だ」
「当然です」
自信ではなく、事実確認の口調だった。
ぽんこが横でじっとセラを見上げていた。
セラの視線がぽんこに向いた。
「管理AI、型番を」
「ぽんこです!」
「型番を聞いている」
「ぽんこはぽんこです!」
セラが一瞬だけ黙った。
処理しているのだろう。
「……旧式ですね。演算精度、応答速度、情報処理量、いずれも現行基準を下回っています。管理AIとしての機能は最低限維持されているようですが、効率面で改善の余地があります」
ぽんこのお団子の回転が止まった。
「旧式って言いましたね?」
「事実です」
「マスターを思う気持ちは最新式です!」
「AIに感情は必要ありません」
ぽんこがむっとした顔で俺を見る。
俺を見られても困る。
「オト」
声をかける。
返事はない。
だが、コア部屋の隅の影がわずかに揺れた。
いつの間にか来ていたのだろう。
「近づいてみろ」
影が動いた。
オトが音もなく、セラの背後に回り込もうとする。
ナイトストーカーの隠密で、存在を消したまま接近する——はずだった。
セラが、振り返りもせずに言った。
「三時方向、二メートル。接近する存在を検知。空気圧の変動と床面荷重から、体重推定四十キロ前後の人型」
オトの足が止まった。
「……見つかった」
「見てはいません。検知しました」
視覚ではなく、空気の流れ、熱、床への荷重を統合して「何かがいる」と判断している。
オトの偽装は視覚とエーテル感知を騙すが、物理的な存在は消せない。
セラはそこを突いている。
オトが珍しく、少しだけ悔しそうな顔をしていた。
ぽんこが、セラの横で腕を組んでいた。
自分より頭一つ以上大きな機械体を睨んでいる。
「マスター」
「何だ」
「この子、性能は認めます。でも、ちょっと感じ悪いです」
「お前の好き嫌いで人事は決めない」
「好き嫌いじゃないです!AIとしての在り方の話をしています!」
セラが振り向いた。
「ぽんこ。一つ質問があります」
「何ですか」
「あなたの判断プロセスを開示してください。先ほどの『ぽんこはぽんこです』という応答は、型番照会に対する回答として不適切です。なぜあの応答を選択したのですか」
「……だって、ぽんこはぽんこです」
「それは論理的な回答ではありません」
「論理じゃないです。事実です」
セラが再び黙った。
今度の沈黙は、さっきより少しだけ長かった。
処理の仕方が分からないという種類の沈黙に見えた。
ふむ、なかなか面白いことになりそうだ。
「セラ。持ち場につけ」
「了解」
セラがコア部屋の中央に歩いていき、内室の扉の前に立った。
直立。
微動だにしない。
門番という言葉がそのまま形になったようだった。
【残DP:0】
また使い切った。
だが、これで内側は固まった。
コアの前にセラがいる。
レイゼルの監視も強化された。
俺はダンジョン内転移で自由に動ける。
次は外だ。
「ぽんこ、本部直轄の調査隊が来るまでに、中層の強化方針を詰めるぞ」
「はい!……あの子のことはぽんこがきちんと教育しますから安心してくださいね」
コア部屋の隅で、セラの目が静かに光っている。
最後の扉の番人は、こうして生まれた。




